38再会と撤退
俺達が呆然と落とし子を見つめていると、浮上したチヌークが機首の向きを変えた。南へ向かって急速に前進する。
「あ、あいつら逃げる気だぜ!」
「やはりそうか。報国ノ防人が、それがし達に大人しく降伏するはずもなかった!」
追おうとするスレイン。こうなったら撃墜も視野に入れるか。
「待ってください! 下を見て、あそこにいるのはユエさんたちじゃないでしょうか」
フリスベルに言われて、地上を見つめる。堕とし子たちが猛烈に攻め寄せる中、銃撃の明かりが見えるのは、森の中の崖の前。
「見捨てられぬな。ギニョル、いいか」
首を回してこちらを見たスレイン。フリスベルの肩越しに、ねずみが紫色に目を光らせる。
『よいぞ。行け、ザルアを回収したら、イスマまで退くのじゃ』
ザルアだと。助けるのはユエじゃないのか。
妙に思ったが、ことは一刻を争う。スレインが急降下に入った。
ぐんぐん地上が近づいていく。上空から見えたのは銃火だけだったが、近づくとよりよく戦いの様子が分かった。
確かに、ユエ達特務騎士団の十数人が囲んで守っているのは、ザルアと数人の子供たちだった。製錬所で見たようなぼろぼろの服を着て、かなり痩せているから、解放したのだろう。
崖を背にした三十人ほどに、落とし子たちは次々に襲ってくる。
それをユエ達がの切れ目ない射撃によってどうにか食い止めている状態だ。
スレインが降下しながら、口内に溜めた炎を吐き出す。十体ぐらいの落とし子が焼け落ち、気勢を削がれて他の奴らが動きを止めた。そこを狙って、俺達は崖の前に立ちはだかった。
俺とガドゥはスレインを飛び降り、M97とAKで射撃。土や石の落とし子が、散弾とライフル弾を食らって砕け、崩れていく。
スレインが再び炎を吐き、炎上網のようにして崖の前を覆ってしまう。落とし子たちは炎を超えては来ない。ただ機械的に獲物を目指す奴らじゃないらしい。
今の内と散弾を補充する俺の右肩に、細い体が勢いよくしがみついた。
「騎士くん、来てくれたんだ!」
肩に絡むのはいくつもの死を作り出した細い腕。ブラウスに包まれた豊かな胸が俺の頭を覆い尽くす。こいつ、こんなに大胆な奴だったか。
「お、おいユエ、ちょっと待ってくれ。状況分かってんのか」
とはいえ、強く言えない。役得とでもいうのだろうか。何だこの見事過ぎる感覚、16歳の体で味わうにはちょっと刺激が強すぎないか。
ふと見ると、周囲の奴らの反応は様々だ。特務騎士団の女連中は意味ありげな視線をくれるし、ガドゥはやりにくそうにしている。スレインは火のため息を吐いて、フリスベルは冷たい視線をくれながら、自分の胸元を確認している。
ザルアは子供たちの視線を必死に隠していた。蔑んだ目が一番応える。カタブツめ。
ようやくひと心地ついたか、ユエが俺を離した。
「……あ、そうだった。でも来てくれて助かったよー。あれから製錬所と農場を三つ解放して、味方してくれる人たちを集めて、父さまの軍隊も来て、さあこれからって所でゴドー兄さまが来て、気が付いたらあの怪物だもん」
もはや遠い昔のことのようだが、ユエ達は本来陽動を担っていた。その隙にクリフトップを落とすのが俺達の作戦だった。
それが蓋を開けてみると、ユエの方は陽動どころか本命のアキノ王との戦いになり、そこに陰謀を巡らせたゴドーが乱入し、さらに禍神が発動するという訳の分からない事態になっちまった。
「フリスベル。スレインにガドゥも来てくれたんだ。また会えて良かった。本当に助かったよー」
今の今まで、あの恐ろしい落とし子どもを自衛軍の兵士より劣った火器で制していたように見えたが。まあ危なかったのは事実だろう。囲まれていた。
ザルアが咳払いをした。マヤに会えないのが不満なのだろうか。
「断罪者よ、よく戻ったな。お前達が来たということは、ギニョルはあれが何か知っているのか」
禍神を見上げてたずねると、ガドゥが答えた。
「あれは禍神っていうおっそろしい魔道具だ。あのまま一月は暴れ回るぜ。発動したのは、アキノ王だな」
ザルアはうつむき、額を覆った。
「偉大なる王が、敵も味方も無くあんなことをするものか。我々と共に、来てくれた者達は……」
じゃあ、この子供達はもしかして。ユエがうつむく。
「非戦闘員は逃がした。けど、民兵は私達の囮になって」
上から見ていた。自衛軍の奴らばかりだと思ったが、あの中には反乱軍に参加した、解放奴隷たちも居たのか。
三つ巴の戦場だ。禍神のような奴が居て、なぜ都合よく、俺達の味方だけが生き残っていると思ったのか。
フリスベルやガドゥ、スレインも察して言葉を失っている。
俺達の様子に、子供達は何かを考えたのだろう。男の子がザルアに声をかける。
「あの、伯爵様」
振り返ったザルアは、子供の両肩に手を置く。
「心配するな。君達は助かる。私達が命に代えても守るからな」
さっきまでの動揺が全く見えない。子供はうなずくと、弟と妹の手を握ってあやしはじめた。やっぱりこういう奴を騎士と呼ぶべきだ。
「まず、この崖を抜けなきゃ。ギニョルから作戦はある?」
『任せておけ。落とし子は禍神本体から一定以上は離れられん。しかも魔力の高いものから狙う。囮を出すのがよい』
「では私だな。ローエルフ殿も、頼めるか」
「ま、任せてください」
「よし、それがしも行こう。いざとなれば飛んで逃げればよかろう。残りの者は子供達を」
スレインが言いかけたときだった。炎の向こうでびちゃりと大きな音がした。
まるで川か池が歩いているみたいだ。
目を凝らすと、水の塊がこっちに近づいてくる。いや、魔力が取り巻いているのか。だとしたら、あれは落とし子だ。
「いかん、皆かがめ!」
スレインが炎に背を向ける。ユエや特務騎士は子供達をしゃがませた。俺もガドゥもフリスベルも、かがんで目の前を覆う。
地響きがひとつしたかと思うと、炎の壁が熱風を発して消し飛んだ。
破砕された地面や、木々の破片が、スレインの体で弾けている。つぶてが腕をかすっていった。
顔を上げると、炎上網は完全に失われていた。
水蒸気爆発だ。巨大な水の塊の落とし子が、熱い炎に突っ込むことで、瞬時に沸騰、爆発的に蒸発したのだ。その勢いで炎を消しやがった。
まずい。落とし子はここに集結しているらしい。
スレインが立ち上がると、自らの身長ほどもある灰喰らいを握りしめた。両手を使って頭上で回転させると、剛腕にものを言わせて落とし子の群れに叩き込む。
ずしゃ、とすさまじい音がした。肉厚な戦斧の刃は、木も岩も土も水も、まとめて潰して叩き切り、容赦なく吹き飛ばした。
二十数体がただの物に戻されながらも、さらにそれを上回る数がスレインの巨体に圧し掛かった。引き剥がし、叩き付け、火の息を吐き付けるスレイン。
囮をやると言ったザルアが、進み出てそこに加わる。勢いづく落とし子に向かって、束帯で釣ったSPAS12で散弾を撃ちかける。
「ユエ、騎士、ガドゥ、崖を回り込んでまっすぐ進め! やがて小道に出る、イスマまで撤退しろ!」
「お前らはどうするんだよ!」
俺はM97で射撃してやったが、二、三体吹っ飛ばしたくらいじゃ援護にもなりはしない。落とし子の勢いは止まらない。SPASの銃身をつかまれたザルアは剣を抜き、木の落とし子を斬り倒した。続いて岩の拳を受け止めながら振り向く。
「野暮だな、断罪者。こうなっては命尽きるまで戦い続けるしかあるまい。せめてその子らだけでも生かせ!」
すでにユエ達は子供を守りながら、崖を回り込みにかかっている。ガドゥも一緒だ。落とし子はそちらにも来るかと思ったが、意外なことにあまり関心が無いらしい。
その原因は、杖をかかげて、スレイン達の方へ走るフリスベルにあった。
『イ・コーム・フリス・オグ・ライン!』
立ち止まった直後、青く輝く杖の先から、風雪が巻き起こる。水の落とし子はたちまち凍りつき、木の落とし子もしおれていく。植物だけに寒さには弱いらしい。
だが現象魔法に反応したのか、三人を取り巻く落とし子はさらに増えた。スレインとザルアとフリスベル、囮になった奴らをぐるりと取り囲み、巨体のスレイン以外が見えなくなるほどだ。
「騎士、早く来い! 今のうちだぜ」
「くそっ!」
ガドゥに呼ばれて、俺は囮になった三人に背を向けた。いくらスレインが居るといっても、落とし子には死という概念すらない。士気も衰えなければ、文字通り次々に生まれてくる。
あの三人でもそう長くは持たないだろう。それでもここで切り捨てるしかないのか。
禍神のやつめ。走り去る前ににらみつけたが、相変わらずどこを見てるかも分からない。
迫撃砲の砲撃も止んだ。弾切れか、ここを見捨てて撤退に入ったか。
そう思ったときだ。
砲撃と明らかに違う、禍神の上半身を覆うほどの爆発が巻き起こった。
一発だけじゃない。二発、三発、四発、次々と連続して巻き起こっている。相変わらず禍神は苦痛を感じた様子もない。だがそれでも全身の一部、恐らく木が成長している部分に、はっきりと炎が灯っていた。
あの規模は榴弾砲か、いや、火柱の上がり方、一度見た事がある。
禍神と逆側の空を仰ぐと、クリフトップを蹂躙したアパッチ・ロングボウが、威風堂々とホバリングを行なっていた。
『なんともおいたわしい姿になられましたね、父上。だいぶ予定は狂いましたが、そろそろ引導を渡して差し上げましょうか!』
スピーカーから声が響いている。アパッチの持ち主といえば、こいつしかいない。
ヤスハラの策に踊らされ、まんまと誘き寄せられたはずのフェンディ伯。
アキノ家の兄妹の長兄、ゴドー・アキノの声だった。
禍神に、やられていなかったのか。
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