39子を喰らう怪物


 二機のアパッチが、禍神の頭部に向かって機関砲を放つ。

 機体下部についたAH64-D専用の、M230機関砲だ。わずかに見えるマズルフラッシュと共に、30ミリという大口径の弾丸が、火線となって次々と吐き出される。


 禍神の頭部とおぼしき部分で、岩や木、水が弾けて破片が飛び散っていく。生き物でいえば肉片がえぐれるにも等しいのだろう。


 十秒ほどで斉射が止んだ。何発叩き込んだかとても数えられない。頭の三分の一ほどを削り取られるようにして失った禍神に向かい、ゴドーはなおも呼びかける。


『おやおや、どうされたのです父上。またもご自分はお隠れになって、私を辺境に追いやる心づもりでしょうか。そうは参りませんよ!』


 アパッチ二機が、今度は両翼からミサイルを二発ずつ発射した。対地攻撃用のヘルファイアだ。


 一直線の煙と共に、禍神の胴体に命中したミサイルが炸裂。巨大な炎の塊となって禍神の上半身を覆い尽くす。あのスレインの炎が、ただのライターに見えるほど。相変わらず寒気のする威力。


 大きくえぐれた胴体の穴の中、様々な現象魔法に囲まれて、とうとう男がその姿を現した。王冠に深紅のマント、重厚なローブ。威厳を感じさせる灰色の顎髭、年はとっていながらも鋭い目と、狡猾そうなわし鼻。


『ゴドー、きさ、まが、余の国を、余の民を、余の子でありながら……!』


 ついに目の前に現れた。アキノ12世こと、ガラム・アキノ。ひん死にも等しい崖の上の王国の国王にして、禍神を発動させてしまった張本人。


 王は相当に腹を立てているらしい。それはそうで、再起を期した全ての策略が見事にヤスハラの手の平で踊っていたのだ。ゴドーの軍勢に追い詰められ、もはや希望もないとみて禍神となったのだろう。


 足の先から頭のてっぺんまで縮みあがるほどの迫力だが、スピーカーの声はそれ以上となって叩き付ける。


『違うなッ! この国を堕落させたのはお前自身だ! お前はバンギア・グラに嬉々として出兵した後、アグロスの連中の反撃に対して何をした。何もしなかっただろうが! お前に追従する貴族と共に首都に逃げ込んで、そのままだんまりを決め込んでいただけだ」


 事実を並べた容赦ない糾弾が続く。俺達の前では見せなかった感情を込めたゴドーの叫びが戦場を満たす。


『この七年間というもの、何度説得しようとも、この私やエルフロック伯に王権を渡さず、挙句ヤスハラのような外患を引き入れた。いたずらに国民を苦しめ、最後には禍神で逃げるだけのもうろくだ。もう一度言う。お前は王を降りろ。下りぬと言うならこの私がお前を殺してこの国を再び立ち上がらせてやるぞ、老人め!』


 舌鋒鋭い批判が、憎悪と共に、アキノ王を打ちすえる。


『……ゴ、ドー、おのれ。穢れた、血め、めかけの息子があああぁぁぁっ!』


 怒りの叫びとともに、禍神が右腕をゆっくりと持ち上げていく。


 スレインたちを取り巻いていた落とし子が、次々と退いていく。フリスベルもザルアも完全に無視して、一直線に禍神目指して走り続ける。


 かざした腕の下に集まった落とし子たちから、魔力が引きずり出されていく。魔力は禍神の全身を取り巻き、現象魔法が次々に発動。アパッチにやられた岩や稲妻、炎、水、木が戻り、王の姿を覆い隠してしまった。


 落とし子を呼び戻して、魔力を補充したのだ。怒り狂ったアキノ王の意志に従い、ゴドーを敵として戦う気だ。


『余の糧となるがいい、反乱者め!』


 怒りの声と共に、左手がアパッチを目指して持ち上がる。動きは早くないが、ホバリング状態のアパッチもいきなり素早く旋回できない。


 追いつかれそうになり、アパッチがロケット弾を発射するが、腕は爆風をものともせずに近づいていく。吹き飛んだ端から、発動した現象魔法が禍神を補充するのだ。


 このまま無残に握りつぶされ、ゴドーも魔力を吸収されるかと思ったそのとき。


『イ・ムース・アジイ・デーナイ!』


 マイク越しに聞こえた、聞いたことのない呪文。吸血鬼が蝕心魔法を使うときのに似ていただろうか。


 アパッチの窓から、灰色の魔力が禍神の腕に伸びる。渦を巻いて現象魔法の塊を取り巻いていく。


 何が起こるのかと思ったら、もう少しでアパッチをつかみかけていた巨大な腕の動きが止まった。それどころか、岩はもろくなり、炎は消えて、木は萎れて枯れ、崩れていく。水はびちゃびちゃと落ちて、下の地面を叩いた。


 人で言えば体が崩れるかのように、禍神の腕が次々と分解されていく。現象魔法の発動が阻害されているように見える。


「打ち消しの現象魔法ですよ、騎士さん」


 頭の上から声。スレインに背負われたフリスベルが追いついてきた。ザルアも一緒だ。落とし子が退いてこちらに合流できたのだ。三人ともけがはないらしい。


「フェンディ伯は特殊な現象魔法が使えると聞いたが、まさかあの禍神にさえ通じるとはな」


「恐らく、禍神は小さく簡単な現象魔法がたくさんつながってできているんだと思います。膨大な魔力量ですけど、解きほぐすのはそれほど難しくないみたいで」


「ならば、フリスベル、お前にもあれができるのか」


 肩の部分まで崩れてきた禍神を振り向きながら、スレインが尋ねる。

 フリスベルは杖を握ってうつむいた。


「……120年ほど、時間をいただければ。すみません、魔法そのものを打ち消すような、自然に反する魔法は、私達エルフの長い歴史の中でも使い手が居ないんです。実戦では便利だから、アキノ家には時々使い手が居るみたいなんですが」


 『打ち消し』というのは、そこまでマイナーで性格のねじ曲がった手段なのか。まあゴドーの奴が得意っていうのは分かる気がする。


 しかし、魔法に関しては、エルフが人間の完全上位互換と思っていたが。

 言ってる間に、禍神の崩壊はとうとう胴部にも広がる。今度はアパッチのミサイルや機関砲ではなく、魔法による崩壊で再びアキノ王の姿が覗いた。


『うぬぅ、小癪な、血筋と同じで汚い魔法を使う小僧めが……!』


『汚ければ何だ。立てた目標は何をやってでも達成しろと教えたのはお前だろう。引導を渡してやるぞ老いぼれ! 機関砲、射撃用意!』


 ゴドーの命令に、窓から魔力を出していたアパッチが、機首を旋回させ、M230機関砲の銃身を禍神の胸元へと向ける。距離は百メートルもない。


 ゴドーの魔法とて、さすがに禍神の巨体全てを抑えるほどじゃない。崩壊は止まり再生が行われているが、随分鈍い。まだ影響が残っているのだろう。


『放てええええっ!』


 掛け声と前後して、銃口にマズルフラッシュが灯る。火線は容赦なく禍神の胸元を襲い、凄まじい勢いで岩や木が削がれていく。


 気のせいか、禍神の再生が止まっているように見える。ガドゥは術者が魔力を使い果たせば禍神は止まると言った。ということは――。


『ハイドラ70ロケット、全弾斉射しろ!』


 息を吐く暇もないとはこのこと。ゴドーの命令で、二台のアパッチロングボウは両翼のロケット弾ポッドを一気に解放する。


 一機につき十九発入りのポッドが二つ。二機で七十六発。さっき撃った分を差し引いても、計七十発以上。


 爆炎につぐ爆炎。対戦車ミサイルのヘルファイアより威力は落ちるが、スレインの鱗をも貫くロケット弾の乱射だ。


 オーバーキルに等しい圧倒的な火力。禍神の上半身は完全に吹き飛び、続いていた再生も今度は完全に止まった。


 焼けて砕けた岩、燃え盛る木々。炎に吹き飛ばされた炎。胴体のほぼすべてが完全な空洞になった禍神に、動く気配は見られない。


 どんな、とまでは、言わないが。現象魔法では防ぎきれなかっただろう。胸元に居たアキノ王など、死体も残っていないに違いない。


 ゴドーの奴、打ち消しの魔法と、アグロスの火力という絡め手を使って、とうとう禍神となったアキノ王を討ち果たしてしまった。


 気が付けば、俺もガドゥも、ユエ達特務騎士団、それに子供たちでさえ、足を止めていた。禍神が招集したせいかもしれないが、周囲に落とし子の気配もない。


 事態は本当にこれで終わったのか。

 固唾をのんで皆が見守る中、フリスベルがはっと顔を上げた。


「おかしいです、魔力がまだ狂ってる。あ、上!」


 杖で指し示した方角。地上四十メートルほどの所にホバリングするアパッチのローターの上に、岩の塊が形成されていく。ゴドーが乗っていたアパッチだ。


 大きさは操縦席ほどだから、直径三メートルほどだろう。漂っていた禍神の破片からできたのか。


 アパッチは旋回を始めるが、落下する岩塊はローターに接触。たちまち機体はバランスを崩した。


 ローターの音が乱れた。ひゅんひゅんと鳴きながら、機首をよじって高度を下げていく。


「兄さま!」


 ユエの悲鳴と、ヘリの墜落は同時に起こった。


 これは現象魔法だろう。どうやったのか知らないが、アキノ王は、禍神は見事に生きてやがった。

 禍神の腰のあたりに、現象魔法の腕が生成されていく。それは虫でも捕まえるように、墜落したアパッチを上からつかむ。


『肝が冷えたぞ、あれと同じで、余の命を狙うとは。それもここまでだがな……!』


 手の平の中に、大きな魔力の輝きが見える。生きているのか死んでいるのか分からないが、ゴドーから魔力を吸い上げているのだ。


 なす術もなく見守る俺達だが、ユエは特務騎士のライフルを奪った。


 禍神まで距離500メートルほど。レバーアクションで弾丸を送り込むと膝射の姿勢で禍神を狙う。


「兄さま、兄さまっ! やめて、やめてよ父さま!」


 どれだけユエに銃の腕があろうと、70発のロケット弾で破壊しきれない禍神だ。ウィンチェスターライフルの弾丸など、豆鉄砲に等しい。


 悲しい銃声が響く中、アキノ王の声がこだまする。


『喜べ、ゴドー。貴様の穢れた魔力は余が使ってやる。灰となって己の仕業を永遠に悔やむがよい!』


 狂気じみた高笑いと共に、魔力の輝きが失われていく。やがて光が、完全に見えなくなった。


「やめてよっ。なんで、なんで……父さま……」


 ユエの手からライフルがこぼれ落ちた。俺は駆け寄って、崩れそうな細い肩を支えてやる。フリスベルがぽつりと言った。


「……ゴドーさんの魔力が、消えました」


 あの兵士達のように、灰になったのだ。人間でありながら、銀の弾丸を喰らった悪魔や吸血鬼と同じ。肉体も形成できなくなってしまった。


 あいつは確かに独裁者の素質があった。だからといってアキノの名を持つ実の父親にこんなむごい殺され方をしなくとも。


 もう一機のアパッチが、機首を返して禍神に背を向けた。戦闘を諦めたのだろう。


 追撃するかと思ったが、意外にも禍神はその場を動かない。落とし子を放つこともしない。ゴドーから奪った魔力が渦巻き、体の再生が始まっているが、どうやらダメージも相当だったらしい。


 スレインが俺達に目配せをする。最後の一押しをすれば勝てるか。そう思ったとき、魔力が地面を走った。


 どどお、と地響きを立てて、岩のドームが禍神の体を囲む。高さ、直径、ゆうに100メートルはある。まさに山を作ってしまった。


 再生の時間を稼ぐつもりだろう。あれを壊す術はこちらにない。

 フリスベルの肩に、ねずみが現れた。目が紫色に光る。


『皆、イスマへ退け。今しかない。禍神もああなったら、しばらく動かぬ。落とし子も放たぬ』


 退いてどうなるというのか。

 だが今、ここにいるメンバーが挑んで倒せる相手じゃないのは明白だ。


 それに。いぶかしい目で、喋るねずみを見つめる子供たちのあどけない顔。


 こいつらを安全に避難させるには今をおいてない。


 ユエが涙をぬぐい、俺の体を離れた。


「……団長として命令する。みんな、イスマへ退こう」


 特務騎士団のメンバーも、俺達も、ユエの言葉に従うことにした。


 だが、打ち消しの魔法と大火力の戦闘ヘリで勝てない相手に、有効な手などあるのだろうか。


 答えが浮かばなくとも、今はあの怪物とその子を置いて退くしかなかった。

 

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