10一旦

 ほどなく、ニノ率いるもう十人の兵士達も合流。ユエ達と共に森を進むこと三時間。依然、深い森が続く。兵士達は自信を持って進んでいるようだが、村はどこにあるのだろうか。


 突然、フリスベルが顔を曇らせて立ち止まった。


「どうした?」


「すいません、私、少し休んでも……あまり、気分が良くないというか。皆さんには分かりませんか、この恐ろしい臭いと雰囲気、森が壊れていく様……」


 ローエルフに限らず、エルフは環境の変化や科学的な汚染、魔力の乱れに弱い。そういやマロホシも、おぞましい人体実験の中で、何かの影響が出たようなことを言ってた。


 ユエが飛ぶように戻ってきて、切り株に腰かけたフリスベルの側にしゃがみ込む。


「どんな感じ? もしかして、スレインの家の工房が動いてるときに似てるの?」


「そうですね……けれどあそこより無秩序で、地の底から湧き出る、毒気の臭いがします。完成していないだけに、余計に恐ろしくて」


 要領を得ないような気がするが、ユエは立ち上がるとハンドサインで兵士達を集めた。かつての特務騎士団は、たちまち俺達を取り囲む。


「ニノ、二人ほど連れて、斥候に出て。フリスベル、休んでていいけど、方向だけ」


「はい、私達の進行方向に対して、十一時から十時方向です。風に乗って、とても不快な魔力が……」


 それを聞くなり、ニノは二人の女兵士と共に、音も立てず森の奥へ消えた。


 他方でフリスベルは、本格的に調子が悪そうだ。崩れそうになるのを、俺は慌てて受け止めた。


 繊細な奴には違いないが、ここまで体調を悪くするのは初めてだ。


 一体この森の先に何があるというのだろう。そもそもこの森自体魔力が異常をきたいるらしいが、工業化の進むアグロスならともかく、産業革命的なものも起こっていないバンギアで、そこまでのことがありうるのだろうか。


 待つこと十数分。ニノ達三人が姿を見せた。


「お帰り、どうだった」


「……副団長のにらんだ通りです。製錬所でしたよ」


 製錬所。採掘した金属を溶かして、純度の高い状態にして取り出す場所。もしもそんなものがあるなら、石炭や木炭をがんがん燃やして、溶けた鉱物の混じった有毒な煙が発生しまくっているはずだ。フリスベルの気分が悪くなるのも納得できる。


 ユエが無言でうなずくと、ニノはジャケットの裏地から丸めた紙を取り出した。折りたたんだ方眼紙だ。島経由で手に入れたのだろう。


 続いてボールペンも取り出す。ニノだけでなく偵察に行った三人で、素早く書き込んでいく。五分もしないうちに、製錬所とやらの見取り図ができた。


 縮小の単位を見るなら、だいたい500メートル四方くらいの空間だ。四つの炉に二つの倉庫、そして宿舎と管理塔、後は小さいヘリポートからなる。奥には道が続いていて、どうやら自給自足のための畑もあるらしい。


「まいったなあ、結構でっかいね。まあ、あれから二年も放っといたからなー」


 ユエがあごに手を当てて、うーんとうなる。ニノは俺に対する間延びした言葉が消え、優秀な副官として状況を分析する。


「解散のとき懸念した通りです。詳細は分かりませんが、恐らく弾薬と銃器の組み立てもここで行っていますね。銃器の加工技術は、島に及びませんから、私達の使っているSAAやウィンチェスターライフルがせいぜいでしょう。管理棟に記号がありましたから、似た施設が国内にいくつかあると思われます」


 銃器の製造施設だと。たった二年で、自衛軍はそこまでこの国に根を張ったのか。ニノはさらに相手の戦力まで分析していく。


「見張りは、主に労働者の監視役に自衛軍兵士が5人、アグロス人が7人います。確認できた武装は、89式小銃と、我々と同じウィンチェスターM1873でした。管理棟には機銃座が二つです。こちらは74式機関銃です。私達の見た限りですが、M2重機関銃は確認できませんでした」


 人間を紙くずのように貫くM2がないのはいい。だが、なかなかの武装だ。こっちは俺達断罪者にザルアを足して25人か。


「なあユエ、村ってもしかして、その製錬所のことか」


「そうだよ。連れてこられた人は、ずっと暮らしているみたいだから、村ね。昨日の夜、ヘリを尾行して見つけたけど、詳しくは調べられてなかったんだ」


 なんでもないことのように言ってるが、森からヘリを追って基地を確かめたうえで撃墜したっていうのか。一人の犠牲も出さず。


 こいつらやっぱり底が知れない。何かを察したのか、ザルアはユエを見つめる。


「ユエ様、まさかこれから」


「落とすよ。ここじゃ携帯もないし、あいつらは使い魔を使わない。連絡は決まった時間に無線でやってるから、管理棟を抑えて定時連絡を騙せば、五日とはいわないけど、しばらくはもつ」


 兵士を捕まえて聞き出したのだろう。記憶を読めるクレールが居ない以上、どんな方法を使ったか、あまり考えたくはない。

 頼もしさに諸手を上げて賛成しそうになるが、目的は王と安原の断罪だ。大陸からの自衛軍の駆逐ではない。


「……ですが、いくら我々でもこの製錬所ひとつ落としたとて」


「このまま自衛軍の人達がずっと居ることになっても?」


 ザルアが黙り込む。ユエはまっすぐにその目を見つめる。感情のこもらない視線が逆に義憤を刺激するのだろう。ザルアは耐えきれなくなってしゃべり始めた。


「確かに、フェンディ伯も、エルフロック伯も、陛下も、伯爵が死んで自衛軍の占領した領土は差し当たってそのままにして、旨みを吸い取るおつもりでしょう。我が国単体では、アグロスの百年以上前の銃であるSAAでさえ、一丁も作ることができません。連中が製錬所や工廠を作って武器を供給するというなら、それを期待なさるでしょうし、売るというなら買われるでしょう」


 とすると、こういう製錬所を、王国の中枢は黙認していることになるな。

 ここで作られたものも含めて、銃がどれだけバンギアを脅かしているのか、そこには目をつぶって。


「そうだよねー。で、ニノ、私達の同胞の扱いどうだったの?」


 声のトーンを落とさずに言ったユエ。ニノも事務的にとうとうと並べ立てる。 


「はい。十分ほど確認した限りですが、小さな子供や老人、身重の女性まで、製錬の過酷な労働に従事させられていました。火傷と鉱毒で目や鼻を失い、半身が麻痺して満足に立てない者も少なくありません。ぼろ布を着せられ、足枷をはめられ、食事も最低限の様です。敷地内の木には銃殺の痕跡があり、畑には死体のがいこつが野ざらしでした。捕らえたエルフと思われる女性が兵士によって管理等に引きずられ」


 ザベルが地図に拳を叩き付けた。目を剥いて、兵士達全員に怒鳴る。


「もうよせッ! それ以上はいらん……たくさんだ。ポート・ノゾミに居れば分かる。元がどんな奴らか知らんが、自衛軍は紛争で荒んで、末端の軍紀は、バンギアの最も下等な傭兵よりひどい。だが、だがどうしろというんだ」


 国の中心に位置する王と二人の伯爵の誰もが、現段階での戦いは望んでいない。反抗は闇に葬られるだろう。ザルアとて、挑むための後ろ盾を持っていない。


 だが、俺達は断罪者だ。


「簡単だぜ、この機会にぶっ潰せばいい。だろ、ユエ?」


 無言でうなずき、ホルスターのSAAを握りしめるユエ。


「そう……ですよ。こんなに魔力を乱して、森を汚して、人を虐める人達は、たとえ断罪法に違反してなくても、私、許せません」


 蒼白な顔に鞭を打ち、フリスベルが切り株から腰を上げた。まだ本調子じゃなさそうだが、断罪者に共通の覚悟と決意が見える。


 握った拳を震わせるザルア、その手をそっとユエが握り、青い瞳をじっと覗く。


「ザルア。断罪者で一番危ない私と、騎士くんと、森を汚すのが一番嫌いなフリスベルを、ギニョルはここに送ったの。あなたが私の部下を集めてくれるのも読めてたと思う。私に二年前と同じ武器を与えて、何が起こるかは、見越してるはずだよ」


 『武器』と呼ばれたニノや他の女兵士達が、誇らしげに背筋を伸ばす。

 副団長の道具たることに、誇りを持っているんだろう。つくづく最高の兵隊だ。


 さておいて、ユエの言うことは正しいと思う。ギニョルは今頃、全力で動き回っているはずだ。勝算がなければ、崖の上の王国の政治的中心の断罪なんて命令したりはしない。


 リミットは、恐らくザルアの言う5日後の結婚式。それまでに騎士団を率いる王と兵士を率いる安原を本気で断罪するためなら、製錬所の占領ひとつでは、まったく足らないくらいだ。


「……まずここから。私達で、この国をひっくり返して、マヤ姉様を助けよう。私に協力して、ザルア」


 さすがにここまで言われては、覚悟を決めざるをえないのだろう。


「いいでしょう。作戦はどうします」


「そう来なくっちゃ。じゃあ、みんな集まって」


 ユエに応えて、俺もフリスベルも、兵士達も再び地図を取り囲む。

 バンギア唯一の人間の国、崖の上の王国。

 瀕死の巨人を舞台とした、長い長い断罪が、始まろうとしていた。

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