20時忘れとローエルフ
手に入れたハイエースに積み込んだ武器は、89式自動小銃に、てき弾銃とМ2重機関銃、それにその弾薬三ケース。9ミリ拳銃と、押収品のグロック19、弾薬の9ミリルガーも三ケースある。
ニヴィアノ達ダークエルフにも、フェイロンド達が使っているグロック17を一人一丁とマガジンを配った。レグリムは拒否した。
9ミリルガーをマガジンに詰めるのがうまくいかないと嘆くダークエルフに代わって、兵士達がパッケージを破って装填してやっている。確かにスプリングが結構固く、グロック17の装弾数十七発をぜんぶ詰めるのはしんどい。
俺も例にもれず、両手を使ってニヴィアノの分に弾薬を詰めてやった。
スライドを引いて排莢と装填を行うM97と違って、オートマチックは一発撃ってスプリングの戻りでマガジンの弾薬を銃身に押し込む。引き金を引くだけでどんどん撃てるんだが、その分マガジンのバネがかなり固く、慣れていない女の力じゃちょっと辛いかも知れない。
「……ほら。終わったぜ」
「ありがと、騎士」
シクル・クナイブが植え付けた巨海樹に向かい進むハイエース。俺が銃を手渡すと、ニヴィアノは腰のホルスターにグロックをしまった。
運転席には狭山、助手席に俺。中間に兵士、さらに奥がダークエルフ達とレグリムと荷物という席割だ。
一気に突撃と行きたいところだが、太い根で道路が塞がれている所もあり、橋頭保までなかなか到着できない。幸いなことに敵とは出くわしてないのだが。
「魔法さえあれば十分だろうに、エルフが鉄と鉛に頼るなど、嘆かわしいことだな。だから、下僕半のヤドリギひとつ枯らせない」
現象魔法で椅子に生やした茂みにもたれかかり、嫌味を言ってくるレグリム。
果たしてその通りで、俺は解放と引き換えに、こいつにヤドリギを枯らしてもらったのだ。
俺が戻るなり、レグリムはヤドリギを見つけた。自分でなければ治療ができないと言い出し、実際ニヴィアノ達も無理だったから、めでたく魔錠の解除となった。
釈然としねえ。これじゃあ、レグリムの開錠のためにヤドリギを植え付けられたみたいだ。種を投げ入れた何者かも、それだけで居なくなったし。
「どうしたんだ、下僕半。命を拾って後悔しているのか?」
「なわけねえだろ。そうだ、あんたフリスベルについてなんか知ってるか」
「あのいまいましい鈴の音の娘か。一体どうしたんだ? こんな事態、あの娘がしゃしゃり出てきても不思議ではないだろうに」
込み入った話になるか。車はまだ巨海樹の根を迂回している。
俺はフリスベルについて話した。フェイロンドがあいつを求めていること、俺達を逃がした後様子が変わり、使い魔も失われてしまい、連絡も取れないことなど。
「……時忘れを、飲まされたのだな」
そりゃあ、何だろうか。恐らく植物の一種か。
「おじいちゃん、時忘れって、あの……いけない草のこと?」
ちょっと頬を赤らめながらたずねるニヴィアノ。愛らしさと淫靡な雰囲気が一緒くたになっている。二百歳は超えてたから、年の割にうぶと言えるのだろうか。
「私にはレグリムという名がある。時忘れとは、抑え込んでいた願望や欲望を開放する草だ。夜の人の穢れた魔法とは違って、純然たる自然の産物だ」
「分かりやすいじゃねえか。何が恥ずかしいんだよ」
「騎士。ハイエルフやローエルフはとっても真面目なの。ええっと、そういうことするときとか、楽しみたいときも、なかなか気分を盛り上げるのが大変でね。正式に結婚した夫婦は、その、時忘れを飲んでいいことになるんだ」
なるほど。分かってきた。
確かに、まともなハイエルフやローエルフは相当の堅物だ。適齢期がいつだか知らんが、あのままじゃ、種族の維持もままならない。
「大抵の者が、時を忘れて愛する者と楽しむようになるから、そのもの時忘れと呼ぶのだ。まっとうなハイエルフとローエルフは、婚礼の夜に二人で時忘れの薬を飲み干す。穢れた人間と違う、正義と美に従った愛の育み方をすることが許される」
なるほど、俺達を助けたフリスベルは、そこはかとなく雰囲気が違っていた。
「でも、ただエロいだけじゃなかったぜ。まるで別人だ。それに、時忘れってのは、吸血鬼の魔法みたいに、記憶や人格までひん曲げるのか。エルフの夫婦に会ったこともあるけど、そんなおかしいやつらじゃなかった」
「それがあの娘の歪さなのだ。正義と美を心に保つ我らエルフが、感覚に絡め取られるはずがないだろう。十分な大人なら、欲望と人格は調和する。あの娘の場合は、この私を断罪するような歪な真似をした。貴様らの不完全な法とやらを無理矢理守っていたせいで、精神がひどく歪んでいたのだ。ローエルフは無邪気と善良、従順が本来だというのにな」
「馬鹿なっ!」
俺よりも先に、狭山が叫んだ。
全員の視線が集まると、黙って前方を注視する。
こいつはフリスベルの、危険を顧みない現象魔法で、命を救われた。たった一人でフェイロンドに挑もうとするあいつのために、日ノ本に戻れない覚悟をしてここまで付いてきたのだ。
自衛軍の空挺団小隊長という地位を危うくしてまで。凄まじいほどに重たい覚悟なのだ。
レグリムは意地悪く目を細めた。
「短命な人間よ。お前達のいう国家や法など、我らが育んだ正義と美に比べれば、もろく、はかない。あらゆる種族はその種族の振る舞いから逃れられんのだ。人は弱く、我らハイエルフは正しく美しい。正義と美こそが真理なのだよ」
気に食わねえ。だが、フリスベルにどことなく無理があったと言われれば、そうなのかも知れない。
思えば俺達断罪者は、それぞれの本来を超えようと必死だった。
悪魔と吸血鬼でありながら、実験や収奪の欲望を法で縛るギニョルとクレール。
ゴブリンの本来であるギーマと戦い、ついに殺してしまったガドゥ。
珠里を愛したがために、天秤が歪み、イェリサを討ち取ることになったスレイン。
そして、ハイエルフにかしずくはずの、ローエルフでありながら。
断罪者として法を守り、あらゆるエルフと戦うフリスベル。
バンギアとアグロスが出会ってたった七年。
種族の性に逆らうなんて、歴史上決してあり得なかったはずなのだ。
「時忘れは、本来を取り戻すものだ。フェイロンドの寵愛を受け、傍で安楽に暮らすのがあの娘の本意だったということだろう。ローエルフには有り余る幸福だぞ。不確かな法などを守ろうとするよりよほどいいことではないか。この穢れた島も、エルフの森にしてしまえばいい」
言いたい放題だな。何か腹が立ってきた。
俺はM97を向けると、スライドを引いた。
「貴様っ……!」
一言でも呪文を唱えればぶち抜く。強くにらみつける。
「鉛玉の雨で死にたくなかったら、口を慎むんだな。あいつはギニョルも、俺も認めた断罪者だ、それだけは確かだ」
レグリムが銃口を見つめる。12ゲージの鉛玉、金属にまみれて死ぬのは、エルフには最悪の最後らしい。
「何が法だ。貴様のように乱暴で下劣な者が権力を振り回すための単なる屁理屈ではないか。あの娘も哀れだ。法のせいで私に弓を引かされたのだからな」
論破したつもりか。俺は散弾銃から弾薬を抜いた。
「どぅした下僕半。腰が抜けたか」
「いや。俺には撃てないんだ。断罪法がある。刑の執行を停止された奴に、殺傷権の行使はできない。俺がいくら個人的にブチ切れても、お前が罪を重ねない限り、殺せない」
レグリムが杖を下ろす。眉根を寄せながら、渋い顔で尋ねる。
「なぜだ。人間らしく、怒りのままに力を振り回せばいい」
「……だから法を守るんだよ。フリスベルも俺と同じ断罪者なんだ。時忘れなんて変な草には負けねえ」
そう信じたい、というのが半分だが。
フリスベルの本当の気持ちか、あまり考えたことが無かったな。悠長なことを言っている場合ではなないのだが。
「あの娘が、変わり者であることだけは認めよう。仮にも、この私を断罪した娘だ」
急に殊勝なことを言いやがる。もっとも、そうあって欲しいものだが。
「あんな立派な人だもん。きっと大丈夫だよ……きゃぁっ!」
ニヴィアノが悲鳴を上げる。がくん、と車が揺れた。
「どうした!」
「分からない。タイヤが空転している」
狭山の言う通り、キュルキュルと激しい音を立てて、ハイエースの車輪がもがいているらしい。
「魔力は感じなかった……いや、今すぐ外に出ろ!」
疑えない真剣さのレグリム。俺はドアに手をかけた。
「開かねえ! 扉が歪んでるぞ」
びき、ずずっ、と不気味な音が車体から響く。
「う、浮いてるよ、この車」
ニヴィアノの言う通り、ハイエースはタイヤを空転させたまま夜空を釣り上げられていく。車内が前方に傾き、俺達は座席にしがみ付いて耐えた。
「フリスベルさん……!」
狭山が押し殺した声でつぶやく。果たして、言葉通り、運転席の窓から見える。
植物の茎のようなものの上で、薄衣を着た少女がたたずんでいた。
あれはフリスベルだ。
初めて見せる無垢な微笑みを浮かべて、新しい杖を振りかざしていた。
「ちくしょう、本当にそうなっちまったのか……!」
時忘れの効果か。これがあいつの本当の心か。
あいつに、断罪者は、法の守護者は重すぎたのだろうか。
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