26悪魔を食らう軍勢


 チヌークは最大五十人の兵員を収容できる。三十人ほどがこの食堂以外を制圧に向かっているらしい。銃声と悲鳴が聞こえる。


 一方、俺たちめがけてフラッシュサイトを付加した89式自動小銃を構えているのは、将軍を含めて二十人ほどだ。


 無事なのは、俺とクレールとギニョルの断罪者三人に亜沙香。ニュミエと四人の悪魔に吸血鬼が三人の、合計十二人か。


 ロンヅを含めて息のある負傷者は、六人。


 対して銃口が二十。全員が丸腰だ。悪魔と吸血鬼の会議に、武器を持って臨むことは信頼を損なうらしい。


 相手は、将軍を含めて紛争を戦い抜いてきたであろう精鋭の兵士たち。


「おのれ、人間が……!」


 一人の吸血鬼が魔力を瞳に集める。狙いは将軍の眼鏡の奥。決まれば終わる蝕心魔法だが。


「だめよ!」


 ニュミエの声が銃声と重なる。89式の5.56ミリ小銃弾がシャツを真っ赤に染め、黒と赤のマントが血に濡れた。


 吸血鬼が優れるのは魔法と身体能力ぐらいだ。これだけ撃たれれば人間と同じようにひとたまりもない。


「はい。悪霊退散、っと」


 おどけて言った将軍が放った、9ミリ拳銃の一射。額を貫かれた吸血鬼が、物言わぬ灰になって崩れ去っていった。


「やっぱり効くなあ、銀の弾丸。バケモノだねこいつら。飯野二等陸尉」


「はっ。第三、第四小隊、特殊弾頭射撃用意」


 兵士たちが89式を片手に持ち、もう片方の手で9ミリ拳銃を抜く。レーザーサイトの赤い点が、ニュミエやロンヅ達生き残った悪魔と吸血鬼めがけて灯された。クレールのシャツにも浮かんでいる。


 9ミリ拳銃の改造モデルか。火災の影響で俺の目でもお互いが確認できるくらい明るいというのに、的確な準備。


 ハッタリの可能性もあるが、すべての銃が9ミリルガーの弾頭に銀を使用していれば、この場の悪魔と吸血鬼を文字通り灰に帰することができる。


 銀の恐怖は知っているのだろう。誰も口を利かなくなった。


 将軍はロンヅに銃口を向け、大仰なしぐさで、あたりを見回して見せる。


「人間より優れているくせに、骨董品の銃を使ってる皆さんに伝えておきましょう。その赤い点は拳銃の弾頭の飛び出す位置を示しています。分かりますね、そこにあるイレーア家の当主だった遺灰のようになりたくなければ、余計な口を利かないで。魔法なんてもってのほかです。私の目はごまかせません」


 将軍は、魔法こそ使えないものの、魔力を見ることができる。使い魔で探りを入れることも難しいだろう。


 従うしかないのだ。


 将軍が銃を亜沙香に向ける。レーザーサイトがブラウスの胸元に光点を映す。


「使い魔で会議の内容は聞きましたよ。見事に裏切ってくれましたね。ご両親と妹さんを殺めた悪魔に惹かれましたか」


「言い訳はしない。私は、生きて苦しむ悪魔たちが見たくなった。滅ぼして全てが終わるとは、思えなくなった」


 ロンヅ達への憎悪はまだ持っている。だが生かしてやりたいという心は強い。


「迂遠ですね。邪魔で憎いなら苦しめて殺せばいいのに。まあ、あなたの調査してくれたデータで、屋敷の位置は分かりましたから、もういいでしょう」


 位置というのは、おそらくあのマウントサースティからの詳しい距離や海抜などだろう。蜂起のときのために調べていたのを使って、これだけの精密な砲撃を撃ち込んだのだ。


 亜沙香が唇を噛んだ。


「あれは、まだシリルが持っているはず」


「もちろん、殺して頂きましたよ。この期に及んで、よく考えたいなどと口走っていましたからね。まったく、悪魔の奴隷に堕ちたうえ、わが日ノ本の国民として、家族を奪ったバケモノ共に一矢報いる覚悟もないとはね……」


 肩をすくめて見せる将軍。もとは日ノ本の人間だった奴隷、蜂起の際は友軍となる予定だった奴を殺してデータを奪ったのか。


「どうして! あなたは私たちを必ず日ノ本に返すと言ったわ!」


「異世界の脅威と七年間戦い続けてきた、我々陸戦自衛軍と共闘するに値する勇気を持っているなら、です。甘ったれた敵前逃亡者は銃殺刑に値するというだけのことだ。私が吸血鬼なら、隷属させてやるところですが」


「悪魔め……うあっ!」


 銃声。銀の弾頭は亜沙香の左の二の腕を貫いた。


「言葉は正しくどうぞ。それは、銀で死ぬ者たちに言うべきですよ」


 この場の誰より、悪魔じみた寒気のする微笑。苦痛をこらえる亜沙香の様子を楽しむように、将軍は再びレーザーサイトをロンヅの額に向けた。


「家族の仇を灰に還したくなければ、そのまま黙っていてくださいね」


 亜沙香はもう動けなかった。生きて苦しむさまを見るために、ロンヅを死なせるわけにはいかないのだ。


 銃口。生きている悪魔と吸血鬼には、クレールも含めてもれなく銀の弾頭を仕込んだ9ミリ拳銃が向けられている。距離は十メートル少しだが、外すことはないだろう。


 仮に急所を外れたとしても、悪魔や吸血鬼にとっては致命傷だ。


 将軍はゆうゆうとこちらに歩いてくる。ロンヅを狙う銃口は、ほかの兵士に受け継がれている。


「ではギニョルさん。一緒に来ていただいてよろしいですね」


 やはりそれが、狙いだったか。まだ亜沙香がハプサアラと名乗っていたころ、俺をぼこぼこにしながら言ってたっけな。この地を焼き尽くし、ギニョルを手に入れて王になるって。


「いたし方、あるまい……」


 ギニョルは立ち上がり、服のほこりを払った。ハンカチを取り出して血をぬぐい、髪の毛も軽く整える。これほど、全てを諦めきったような表情は、初めて見た。


「だめだギニョル。そいつの手に身をゆだねることだけは。喜銃を殺した奴だろう、君はとても辛いはず」


 銃声。肩を撃たれたロンヅが倒れ伏す。灰にはならない、将軍が89式の方で撃った。


「よせ、侠志! わしは行くと言うておる。これ以上、わしの大切な者たちを苦しめないでくれ!」


 目じりに小さな水滴を浮かべたギニョルに、将軍の眼鏡の下が歪んだ。


「ふふふ、そそる涙ですね。いやあ、すみません。あの醜い戦闘狂の名前を出されたものですから、つい気持ちが高ぶってしまいましてね」


 またキジュウか。ギニョルにとって相当大事な存在だったらしいな。将軍の奴は、その喜銃を紛争中に殺した所までは推測できる。


 それで、ギニョルを奪おうっていうのか。


「実の兄を、そう憎むものでもあるまい。わしが行けば、この場に生きる者たちを見逃すのか」


「ええ、今はね。明朝の防衛作戦で戦う相手を残しておかなければ。ロンヅとあなたを失い、名家の当主が軒並み討たれた者たちの掃除です。よい実戦訓練になるでしょう」


 俺は改めて惨状を見つめた。将軍の奴の言う通り、会議に参加した有名な悪魔や吸血鬼の当主は、ことごとく倒れ伏している。これでは、戦争もなにもない。


 せっかく、まとまりそうだったのに。一筋だけでも、光が見えていたのに。


「非国民の下僕半、丹沢騎士。父も母もない、哀れな吸血鬼クレール。私たちに散々煮え湯を呑ませた断罪者は、無力を噛みしめて死ぬといい。あなた方が、この地を捨てて逃げられないことは、分かっています」


 クレールが犬歯をむき出して歯を食いしばる。憎悪と悔しさが痛いほど伝わる。亜沙香やニュミエ、生き残った吸血鬼や悪魔たちも拳を固めるばかりだ。


「さあ、ギニョル。僕たちの間にこんなものは、要らないね」


 将軍はギニョルを抱き寄せると、ドレスをめくり、真白い太股からホルスターを外した。S&WM37エアウェイトと、38スペシャル弾がリローダーでまとまっている。


「グロックなり、シグザウアーなり、もっと便利なオートマチックが手に入るでしょうにわざわざこんな……これは」


 出てきた銃を見た途端、将軍が顔色を変えた。

 ものも言わずに、ギニョルの頬を殴りつける。


「うぐっ……」


 あの将軍が激しく感情をむき出し、ギニョルの襟首をつかみ上げた。


「おい、こいつは、あの喜銃のじゃないか! 何の当てつけだ、断罪者を始めてからずっと、あの男の銃で私の兵士を傷つけていたのかお前は!」


 脇腹に、銀の弾頭入りの9ミリ拳銃を押し付ける。引き金を引かんばかりの剣幕だ。コルセットの下から、少しずつ煙が上がっている。焼けた鉄を押し付けられるほどの痛みに耐えながら、ギニョルはたじろがずに答えた。


「……悪魔の契約じゃ。あやつの信念はわしが継ぐと決めた」


 眼鏡の奥の目が凶暴に見開く。将軍が9ミリ拳銃のグリップでギニョルを力任せに殴った。


 ぐったりとしたその髪をつかみ、たたきつけるように言い放つ。


「ふざけるな! 明朝だぞ、必ずお前に、お前の全てが焼け落ちるさまを見せてやるからな! 七年戦い続けた我々と、中央即応集団がこの地を浄化してやるんだ!」


 ギニョルは表情を変えない。だが、見知った故郷が蹂躙される様を想像したのだろう。一瞬目の奥に恐れが宿ると、将軍が満足そうに笑った。


「おや、私としたことが。撤退しましょう。作戦目標は達成しました」


 飯野と呼ばれた二等陸尉が、襟元のマイクを起動する。銃はぴくりとも動かない。


「第三小隊、飯野二等陸尉より司令部へ。作戦目標達成、全隊に撤退命令を要請」


 司令部ってのは、マウントサースティだな。無線の中継所があるのだろう。


 銃を構えたまま、潮が引くように将軍たちが退いていく。こちらに銃をつきつけたまま、後退して森の中へ。木々の合間に入り込むと、俺の目では追えない。


 ぎりぎりで結びついたはずの、ダークランドは蹂躙された。がれきと火に殺された数十人の死体と、銀の弾頭で灰に還った者達。


 誰も、何も言わない、言えなかった。


 数時間後、山を下りる軍勢、外から押し寄せる軍勢。


 ギニョルを、ロンヅを、当主たちをことごとく欠いたダークランドが支えるには、あまりにも重たい一撃が、刻一刻と迫っていた。

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