27光明いずこに

 将軍たちの去った屋敷には、重苦しい雰囲気が漂っていた。


 ロンヅが使い魔で使用人や奴隷たちを呼びつけ、生存者の救助や応急処置、消火作業と片づけを始める。


 夜明けまで、あと四時間程度。ギニョルもさらわれ、挑むか逃げるか、決めて動くにも時間は貴重だが、生存者を放ってはおけない。


 夜明けまであと三時間。俺とクレールは、ニュミエと亜沙香とともに、ロンヅの寝室にいた。生き残った悪魔のガダブ家当主、それにドネルザッブ家を継いだばかりの若い悪魔も一緒だ。


 砲撃を受けたのは、会議を開いていた大食堂が主だ。使用人は、四十人中七人が殺されてしまったが、屋敷そのものにそれほどの被害はなかった。


『ダークランドの悪魔三十六家のうち、三十二家で当主が死にました。吸血鬼は三十八家のうち、当主を討ち取られたのは三十一家。一族の年長者も多く殺されています』


 ベッドで眠るロンヅのそばで、そういって目を光らせるねずみ。負傷しまくったロンヅは生命の維持を優先して眠り込み、使い魔を通して俺たちと意思疎通を図っている。


 それはいいが、片付けと応急処置の合間にロンヅが使い魔で探ったところ、ここ以外の屋敷も襲撃を受けていたことが分かった。


 明朝の中央即応集団の到着まで、動かないはずの将軍たちは、銀の弾頭を装備した精鋭の兵士をダークランドのあちこちに送り込んでいたのだ。


「ロンヅ、諸領地の様子はどうなのだ」


 ガダブ家の当主の悪魔がたずねる。三つ首の黒山羊に姿を変えられる大した奴だが、爆風で角を折られて打ちひしがれた様子だ。


『僕の使い魔で見られる限りでは、大混乱です。砲撃も、ヘリでの攻撃も、マウントサースティのアグロス人たちが行ったことですが、吸血鬼のドリドゥル家などは、息子たちが次の当主を決める紅の戦いを始めました』


「なんと嘆かわしい……もう、昔日ではあるまいに」


 ドネルザッブ家の若い悪魔がかぶりを振る。今しがた、爆風を浴びた父親が、当主が息を引き取ったところだ。

 ニュミエがロンヅの額と蝕心魔法の魔力をつないでいる。


「襲撃は、会議に来ていない当主の屋敷に行われているようね。ここで襲われた当主たちの屋敷はすべて無事よ」


 ロンヅの見た記憶か。

 待てよ。なぜ、屋敷に居る当主と居ない当主が識別できたんだ。


 俺はクレールと顔を見合わせた。


「ニュミエ様、それは、連中が僕たちの動きを把握していたということですか。ダークランドの暗闇と妖雲の中で、せいぜい魔力が見えるだけのアグロス人である連中が、我々の動きを把握していたと」


 今更何を言っているのだろうという顔で、ガダブ家の当主と、ドネルザッブ家の若い当主がクレールを見つめる。


 亜沙香は腕を組んでつぶやいた。


「私達は屋敷の所属と座標を伝えた。でも、当主がいつどこに行くかまでは把握していないし教えられないし、調べることもできない」


 奴隷や下僕の身分では、主人の予定を根掘り葉掘り探ることもできないだろう。


「大体、お前らが捕まった後だよな、悪魔と吸血鬼の会議をやることになったのは」


「それは、殺して奪ったと言っていただろう」


 まあそうなんだが。ニュミエがつないでくれる。


「殺しても操っても、存在しない情報は奪えないわ。亜沙香達は会議の出席者までは知らないし調べようもない。あいつらはどうやって私達の動きを察知したというの。百歩譲って、ロンヅの屋敷に私たちが集まるのは、予想して動けたでしょうけど……」


 ニュミエの指摘で、俺は思い出した。


「しゃべる、はえだ」


「騎士?」


「砲撃の直前に、しゃべるはえが入ってきたんだ。ここは、悪魔や吸血鬼だらけだから、使い魔なんていちいち数えてちゃきりがないと思ったが」


「あり得ないわ。会議の場で使い魔を飛ばすなんて、許されないことなのよ」


「それに、ギニョルのような悪魔の使い魔なら、あの場に居た者たちは気が付くはず。いや、そうか。騎士、確か将軍はエルフの森のララ達と手を組んだという話ではなかったか」


「フリスベルの話じゃそうだったけど」


「だったら、エルフがマウントサースティにも居るのかもしれない。フリスベルが言ってたけど、エルフの使い魔は少々特殊らしいんだ。少なくとも、僕のような吸血鬼や、ギニョルのような悪魔には存在を感知できない」


 普通エルフは、使い魔を使役しないんだったかな。操身魔法は回復にのみつかい、悪魔のように自分やほかの生き物の姿をねじ曲げることは、しないという話だった。


「あのアグロス人たちは、エルフの使い魔で我々の行動を監視していたというんだな」


「だから、私達がみんなと離れるときに連絡してきたのね……」


 協力者の亜沙香にも教えていなかった事実だ。あの山に陣取りながら、ハプサアラ達を操ってこられた理由。妖雲と闇の渦巻く夜に行動する悪魔や吸血鬼たちの動きを把握できた理由がそれか。


「まずいわね。私達に探知できない、虫の使い魔で見張られているとしたら。多分今だって、次にどうするか筒抜けになっているはずだわ」


 親指の爪を見つめて、ニュミエが嘆息した。


『ここで僕たちが、襲撃の本番を狂わせるような行動をするとなれば、もう一度迫撃砲を撃ち込んでくることもありうるね』


 ロンヅのねずみが腕を組む。


「今、このとき、あの砲撃がなされるというのか。では、たとえば今ロンヅ殿と我々が使役できる限りの使い魔を放って、一人でも多くの者たちに、夜明けまでに逃げるよう呼びかけるというのは」


 命だけでも助かる可能性が高い策だし、誰もが思い浮かべたことだろう。だが、ダークランドのあちこちに、連中の使い魔が張っているような状況ではどうにもならない。


 その動きが、兆しでもあれば、砲撃が降り注ぐに違いない。


「どうすればいいというんだ……我々は、なにもできず、ただ故郷の土に還るしかないのか!」


 ガダブ家の当主が無念そうに頭を抱える。俺だって同じように叫びたい気分だ。こういう時に策を考えるギニョルは、将軍に連れ去られてしまったのだ。


 俺たちは、将軍がギニョルを苛むために燃やされるまきでしかないのか。


『それは違う』


 クレールの声に、俺は思わず横目でうかがった。一瞬だけ視線が交錯する。なんだ、小さい声で囁きかけられたかのようだ。


『とても弱い蝕心魔法だ。僕の声を伝えるだけ。一緒に嘆いていろ』


 考えがあるのだ。俺は無念そうなふりをした。


『外の森にフクロウが来ている。フリスベルの使い魔だ。僕たちが反応したら怪しまれる』


 なるほどな。俺はショットガンを手に取ると、寝室の外へと向けた。


「くそがっ!」


 無意味に発砲する。巨大な窓にバックショットが食い込み、ぶち割って飴のように崩した。


「将軍! ギニョルの前に、俺と勝負しやがれ!」


 できるだけ大げさに言って、窓から飛び出す、森へ向かって走り出す。まったく見えないが、クレールを信じるのみだ。


『芝居がかり過ぎよ……』


 あきれたようなニュミエの声が聞こえたが、構ってはいられない。


「うおおおっ、ちくしょう、ちくしょうっ!」


 適当に撃ちながら叫んでみると、勝手に無力感が募ってくる。それはそうで、俺自身こうして撃ちまくって暴れたいほどに、状況が悪い。


 走って、撃って、何度か森の木々にぶつかり、根でけつまずいて転ぶ。撃とうとしたが、六発しかないショットシェルは切れた。


 リロードする気もうせ、座り込む。演技のつもりが、本気だった。取れる手が何も思い浮かばない。


 使い魔で見ている奴がいたとしても、こんな俺より屋敷のクレールたちの監視に必死になるだろう。なにより、将軍の奴は俺のこういう情けない性格だって知り尽くしている。あざ笑うことはあっても、警戒することはないはずだ。


「くそ、情けねえ、なにが断罪者だ……」


 拳を握ると、震えてくる。相手はあの将軍。苛まれるのはギニョルとクレール。これほどの危機に手をこまねいて、何が断罪者だろうか。


 急に肩口をはさまれた。音もなく降り立った灰毛のフクロウ。俺は口元を抑えて、声を出さないようにした。


『敵の使い魔は無数の羽虫です。手紙を見たらすぐ捨てて戻って』


 フリスベルの声でしゃべった。かと思うと、木々と妖雲の間に消えてしまった。

 手紙ってのは、確かに肩口に紙きれを落としている。


 広げたが、当然暗くて文面は分からない。だが俺はすぐに捨てると、とぼとぼと屋敷へ戻った。


 クレールなら察してくれる。頼りはそれだけだ。


 俺が戻ると、部屋は相変わらずの雰囲気だった。


「何をしているんだ、騎士。くやしいのは、誰も同じなのに」


「悪い。弾の無駄しちまった……鉛もばらまいたよ」


「分かるけれど、な」


 やり取りの間に目くばせすると、クレールの目から一瞬だけ光が走る。


 使い魔が羽虫なら、それほど精度がよくないと思いたい。会話と、人物の特定まではできても、何の魔法を使っているかは分からないはずだ。希望的観測にすぎるだろうが、これしか望みがない。


 光が途切れる。クレールは俺の一瞬の記憶を読んだ。俺の見た暗闇の手紙、俺には文字が読めなかった映像を確かに見た。夜目の利くこいつなら、手紙の中身を判別できたはずだ。


「もう、話し合いは十分です。筒抜けの会話では、何を考えても仕方がない」


 すべてを諦めた、といった調子で、クレールがつぶやいた。


 さきほど、見事に悪魔と吸血鬼をまとめて見せた若い当主が、本気ですべてを捨てた様に、部屋中が凍り付いていた。


 こいつは、一体何を見たのか。一体、何をしようというのか。

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