28土壇場の蜂起


 ギニョルと共にまともな交戦派の代表だったはずの若い当主。108歳という若輩で、無敵だったライアルの後を継いだ希望の象徴が見せる虚無は、あっという間に部屋の雰囲気を覆った。


「状況は、積みです。ダークランドはまとまることができなかった。僕はもう断罪者として、ヘイトリッド家の当主として、せめて勇敢に散ろうと思います。ただ、同道は、断罪者の騎士にしか許しません。若い僕と違って、皆さんは何か方法をご存じのはずです」


 あきらめきった調子ながら、ニュミエとの間に一瞬だけ魔力が走る。


「好きにしろ、ということ。たとえば、武器を差し出して、降伏してしまうとか」


「ええ。辱めは受けるでしょうが、将軍と自衛軍はプライドが高い奴らです。自分たちをさんざんに恐怖させた僕たち吸血鬼や悪魔が、すべてを捨てて恭順して見せれば、命を拾わせてくれるかもしれない」


 ありうることだ。自衛軍は自衛の名目のない作戦を嫌がる。そういえば『報国の防人』の事件の時も、発生した津波で負傷した奴らを助けていた。


 賭けてみる価値はある。というか、生き残る術は、もはやそれくらいだろうか。


 クレールがM1を担ぎ上げる。


「騎士、君はどうするんだ?」


 ニュミエとの間には確かに連絡があった。クレールが何らかのメッセージを受け取ったのは確かだ。となれば、この行動の全てに意味がある。


 そういう、状況の計算もあるが、くたばるとなれば、素直に言いたい。


「……そうだな、最後ぐらい付き合ってやるよ」


 将軍の兵力は一千。断罪者とはいえ、たった二人では死にに行くも同然だ。使い魔で見ているというなら、笑い転げているか勝利を確信しているか。それとも、このやりとりをギニョルに聞かせてなぶっているか。


「ありがとう。君ならそう言うと思っていた。もうすぐ父親になるというのに、すまない」


 ユエの腹の子供のことか。ギニョルはみんなに話してたっけな。


 断罪者なんぞになって平穏な家庭が築けるとも思わん。それに、ユエならきっと、俺なしでも生き抜くだろう。無責任なもんだな。


「気にすんなって。暗いうちの方がいいだろ。一人でも道連れにするならな」


 連中は、赤外線スコープやレーザーサイト付きの銃器を持っているだろう。だが、道具で暗闇を見るのと、天然で夜目の利くクレールではかなり差がある。夜の方が有利に運べるはずだ。


「私も、あなたたちと行くわ」


「亜沙香」


 金色と黒のまだらの髪が、けだるげに揺れる。


「下品な宴で見たわ。奴らの中には、悪魔や吸血鬼に負けないほど好色で残酷な兵士も居るのよ。生きて捕まるのは嫌。ロンヅのそばでは死にたくないし」


『厳しいなあ……』


 もぐもぐとやりながら、ぼやくいているロンヅのねずみ。


「獲物を助けるからそうなるのよ」


 ニュミエが捨て鉢にほほ笑んだ。


 十数分で俺たちは準備を終えた。俺とクレールと亜沙香は、それぞれM97とM1ガーランドとAKとその弾薬を持った。俺のM97のショットシェルは悪魔と吸血鬼が備蓄していたし、クレールの銃の弾薬は、練習用のがこちらの屋敷に保管してあったのを使用人に持ってきてもらった。亜沙香のAKも蜂起のために集めていた弾薬がある。


 防具兼用の断罪者のコートとマントも身に着けた。攻撃は断罪者として行うからだ。将軍のやつは、違反していない断罪法の条項を見つけるほうが難しい。


 一方、ニュミエを含めて生き残った悪魔と吸血鬼たちは、一族郎党をまとめるべくそれぞれの屋敷に戻っていった。言葉通りに全面降伏するのか、それともクレールから知らされた情報に従って何らかの行動を取るのか。


 相手の使い魔の目が光っていると思われる状況で、打ち合わせはできない。フリスベルが何を言ってきたのかは分からなくても、俺たちが全員諦めていると将軍たちに思わせておく必要があるのは、分かる。


 俺とクレールは邸宅前で待った。やがて森の暗闇の中、ヘッドランプを灯した車両がこちらへやってくる。驚いたことに、自衛軍の73式小型トラックに乗っている。


 こいつは、『トラック』と言いつつも、日ノ本では普通に売っているパジェロという4WD車両をベースにしている。自衛軍で最もありふれた車両だ。ペイントの塗り替えや無線の付加、装甲の増設などを行って道の悪い土地でも運転できるようにしてある。


「乗って」


 パワーウィンドウを開いて呼びかける亜沙香。


 俺とクレールは銃を持って乗り込んだ。


 ディーゼルエンジンだが元は日ノ本の民生品。軽装甲機動車とか96式走輪走行車とかの戦闘車両よりは静かだ。サスペンションの質もいいのか、未舗装道路でも振動は少ない。外を見ると、なにやら暗闇と妖雲の中をぱたぱたと飛び回っている。


 領内は静まり返って、馬車の一台もすれ違わない。一般の奴隷や下僕は主人たちが虐殺されたこともよく知らず、留守を守っているのだろう。


 誰も何もしゃべらない。これから死にに行く車内で、気の利いた会話は難しい。


 M1を支えに、シートに体を預けていたクレールがぽつりと言った。


「そろそろ、いいか……騎士、これからの動きを説明するぞ。亜沙香も運転しながらだが」


「いいわ。あの山の地理なら頭に叩き込んである。蜂起のとき、私達の一部は山からの攻撃に参加する予定だったから」


 いきなり話を進め始める。使い魔は大丈夫なのか。この車にだって、どこに虫が潜んでいるかわからない。戦闘用の車両に乗っていることだけでも、連中の攻撃を呼ぶかもしれないのに。


「どうした騎士。あまり馬鹿な面はさらすな。ギニョルを助けに行くんだ」


「そうじゃなくて。相手の使い魔は」


「ああ、もう居ないだろう。こうもりたちが離れたからな」


 言われてみると、窓の外をぱたぱたと飛び回っていたものの気配がない。


「こうもりは僕たちの主食の一種さ。亜沙香が車両を取りに行くついでに、飼育場の鍵を手当たり次第に開けてもらった。使い魔ではないから、魔力も感知できない。相手の使い魔は羽虫だ」


「でも、そんな都合よく使い魔ばっかりを」


「騎士。このダークランドにも季節はある。今は羽虫が少ない時期だ。相手のエルフは狡猾だったが、自然のサイクルを無視した。エルフの森に主に住んでいたのだから、この地について知らないのは無理もないがな」


 飛んでいる羽虫は、基本的に連れてきた使い魔ってわけか。ということは、コウモリが手あたり次第に食えば、それだけ相手の目と耳がつぶれることになる。


 現に、連中が去ったこの車両の周りは、すでに相手の目と耳が聞こえなくなっているといわけだ。まあそれが当たり前のはずなのだが。


「待てよ。目と耳がつぶれちまったら、警戒して早めに突っ込んでくるんじゃないのか。妖雲の発生は遺跡を握ってる将軍たちのコントロール下だ。亜沙香達の蜂起も望めないんだし、当主が死んだっつっても、まだまだ悪魔や下僕はいるし、不意を突いて来ることも考えらえるんじゃねえのか」


「騎士、少し勘が悪いぞ。相手はなんのために、夜明けを待つというんだ。今、このとき雲を消してもまだ夜明けまで三時間ある。僕たちの時間は続いているんだ」


 そうだったな。


「フリスベルのメッセージは、たった一言だった。『将軍の断罪で紛争が止まる』と書いてあった」


「本当か」


「お前の目が正常ならな。僕はお前の記憶に移ったものを読んだだけだ」


 にわかには信じられない。


 だが、使い魔が消え、相手がこちらを殺さなかったこの状況。将軍たちが、当主を討つだけでこちらが総崩れになるとたかをくくった、この状況。


『亜沙香。シェイムレスヒルの君の同志は解放されたよ。武器は恭順の名目で各領内から集めてあるし、沼の者たちにも渡った』


 ロンヅの声がすると思ったら、亜沙香のブラウスのえりもとに、あのねずみが出てきた。


 ハンドルを取りながら、亜沙香は感情のこもらない声で答える。


「大盤振る舞いね。ここを守ったら、私達奴隷と下僕のための完全な領地を認めるんですって。簡単には返さない、武装してでも守らせてもらうわよ」


『いいさ。アグロス人に焼かれるよりましだ』


 シェイムレスヒルの完全な割譲を餌に、亜沙香の軍勢がこちらの味方になるというのか。しかも、相手の使い魔がつぶれた段階で、武器まで供給されている。


「騎士、犠牲は大きいだろうが、必ずやるんだ。明朝までの三時間、ダークランドはすべての力を、マウントサースティの奪還に振り向ける。僕たちは夜明けまでにギニョルを取り戻し、将軍を断罪するんだ」


 M1にクリップを装填し、白い牙をむき出すクレール。少女と見まごう美貌の中に、決意と戦意が漂っている。


「本気で、死にに行くつもりだった? そうなら、私は一人でも逃げて、ギニョルを奪いに戻ってくるわ」


 亜沙香のしごく冷静な言葉に、俺はため息で答えるしかなかった。クレールが俺の肩をたたいた。


 振り下ろされた一撃がまさに首根っこを両断する瀬戸際で、蜂起が開始されるのだ。今はこの挙に全てを賭けるしかない。


 ギニョルの無事と、フリスベル達の言葉を信じて。

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