13反撃の声
午後5時を過ぎている。部屋の空気は重い。
由恵が窓際に座って、カーテンを少し開け、外をうかがう。一台、角の所にとまっている車がある。てっぺんにはしごのついた、白のハイエースだ。
見た目は工事作業用で、後部にも工事用の道具や資材が詰まっている。だが、運転席の二人はどこへ出ていく様子もない。
恐らく覆面パトカーだろう。俺達がきちんとアグロスを出ていくかどうか監視している。
ユエが窓を離れ、ひざを抱えて座り込んだ。
「……騎士くん、私たち、ここじゃなにもできないんだね」
「いうんじゃねえよ。くそっ、これが俺のいた国だってのか」
椅子を傾け、テーブルに足を乗せても、状況は変わらない。
紛争のとき、先に日ノ本に攻撃を仕掛けたのは、バンギア側だった。ポート・ノゾミにいた、日ノ本の人間が損害を被ったのは事実だ。だがそれで断罪者を遠ざけ、ドラッグをばらまいていい理由になど、なるはずがない。
だが、この三呂の警察は、悪びれもせず俺達の捜査を妨害し、動向を監視している。そして平穏に暮らす国民は、そんな警察を疑うこともない。
いや、疑ってないから、平穏に暮らせるのかもな。
改めて荷物に目を落とす。断罪者のコート、ウィンチェスターM1897、12ゲージバックショット、スラッグ弾。すべて持ち腐れだ。
ユエとて同じ。テンガロンハット、ポンチョ、コルトSAAキャバルリー、シグザウアーP220、ガンベルトにマガジン、45口径のロングコルト弾、9ミリルガー弾。凄腕を発揮する装備はあっても、条件が整っていない。
俺たちはノゾミの断罪者。法の執行者は、法の及ばぬ事態に対処の仕様がないのだ。
「どうしようか……」
俺は答えられない。結論は、言うまでもない。無理をするなというギニョルの言葉、あくまで妨害し続ける警察、これ以上は事件を追えない。
もういい。テーブルから足を戻す。
「ギニョルに連絡しよう。使い魔を出してくれ」
「仕方ないよね……」
かばんを漁り始めるユエ。しばらくして、手を止める。
沈んだ顔で振り返った。
「どうした?」
「……今日帰るつもりじゃなかったから、まだ海ちゃんに預けたままだよ」
そういえば、あれだけの怪我だったのだ。あの子なら預かって最後まで診ると言い出しても不思議はない。俺はため息をついた。
「踏んだり蹴ったりだな……分かった、俺がちょっと行って」
電話が鳴る。少し前にも聞いた黒電話だ。
一体なんなんだ。裕也か、それとも先生、ユエの友人。
また悪い知らせだろうか。これ以上なんだというのだろう。
ユエが取る気配は無い。仕方なく、俺が取った。
「はい、もしもし」
答えがない。代わりに、すすり泣くような声が聞こえるばかり。
「どうしました、大丈夫ですか」
『あの……秋野、さん、ですの』
「秋野騎士ですけど」
その名で呼ぶのは、学校の関係の奴だけだ。
乱れてはいるが、この口調で思い当たるのは一人だけ。
『助けてください、お父様が、裕也達を、麻薬だなんて、恐ろしい、恐ろしい、うそです、うそ、ですわ、こんな……』
海だ。どういうことだ。
「今、由恵に変わります。落ち着いてくださいね……由恵、海ちゃんだ」
ただならぬ雰囲気を見て取ったのだろう。由恵は素早く受話器を取る。
「由恵だよー。どうしたの……うん、うんうん。そうなんだね、うん、大丈夫だよ、それでいい。それでいいの。心配しないで、全部大丈夫。裕也君は戻るし、怖いことなんか、ないからね。そう、うん、落ち着いて、休んでて。明日の朝には、全部終わってる、本当に今日はありがとう。海ちゃんに会えて良かった。え? そんなの忘れていいよ。気にしないでね、もう大丈夫だから」
笑顔で電話を切ったとたん。ユエが猛然と、銃や弾丸を身に着け始めた。
「お、おいどうしたんだ、何があったんだよ」
俺を無視して、紙のパッケージから、床にぶちまけた9ミリルガー弾。P220のマガジンに詰めながら、目を吊り上げるユエ。
「許せない。私、こんなに頭に来たの久しぶりだ。海ちゃんのお父さん、裕也君を麻薬の犯人にして捕まえるつもりなんだよ」
「馬鹿な、自分の息子……」
いいかけてやめた。ありえない話じゃないのだ。バンギア人を嫌い抜いてる、あの狡猾な男のことだ。その経緯から裕也をうとましく思っても不思議じゃない。
たとえ、裕也から本当の父親だと思われているとしても。
「どこまで終わってんだ、あのおっさんは! でも手があるのか、俺達に」
由恵はもうP220の装填を終えた。SAAにロングコルト弾を込めながら、俺に顔を寄せてくる。
「あるよ。あの人、海ちゃんに全部話したんだ。ドラッグの加工場は夜魔ふとうの倉庫街、タレこみがあって、裕也君と友達が、ポート・ノゾミに売るために、夜集まって麻薬を作ってるって。海ちゃんは否定したけど、やっぱり避難民の子だから、島の病気にやられたんだろうって言われたって」
「馬鹿な、あの倉庫でやってるのは、ただのIUの活動だぞ!」
確かに、不正アクセスの一種ではあるが、麻薬だなんてねつ造もいいところだ。隅から隅まで、パソコンしかない。
SAAにも装填し終わり、ブレザーを脱ぎ捨て、ポンチョをはおる由恵。
「そうだけど、あの人は本部長、三呂の警察のトップだよ。警察だったら証拠なんていくらでも用意できる。それに、本当にドラッグを作ってる奴らとぐるなら、裕也君たちを犯人にして、事件を終わったことにだってできる」
「その後、手柄立てたツラして、またポート・ノゾミにドラッグをばら撒くのか」
なるほど、警察には麻薬犯検挙の手柄、ドラッグの売人には金、ポート・ノゾミには被害が広がる最高の作戦だ。しかも遊佐にとっては、うまみの尽きたガムのような裕也を、厄介払いできるいいチャンス。ついでに愛しい娘の海からも、遠ざけられるってわけか。
「……でも、断罪事件にするには弱いぜ、理由付けて断罪で割り込むにしても、さすがにぶっ放せるかは」
テンガロンハットをかぶり、今や断罪者となった由恵が、俺の両肩を押さえる。鼻先がくっつきそうなほど近い。
「いいんだよ、騎士くん。海ちゃんが電話したのは、ねずみに言われたからなんだ。とにかく私たちに知らせろ、そしたらどうにかなるって、怪我したねずみが言ったんだって!」
至近距離の微笑みに、かなり焦ったが。
言葉の内容に二度驚く。
「なら完璧だ! ギニョルの奴、連絡してきたんだな」
断罪者で最も血の気の多い俺達に、お嬢さんがこの腐った事件の存在を知らせた。それだけで、何をすればいいかが分かる。
思いっきり暴れることができるのだ。
俺はコートに袖を通した。平和に緩んだ気が、戦いの空気に張り詰める。
バンギアにおける正義と畏怖の象徴、火竜の紋が心に取り付いたようだ。
ガンベルトにショットシェルを込める。1つ、2つ、3つ、詰め込むごとに島の緊張がよみがえってくる。
俺はもう、高校生、秋野騎士じゃない、ノゾミの断罪者、丹沢騎士。
たとえここが、日ノ本であってもだ。
「あいつ、やっぱり半端じゃねえな」
「お土産買って帰らなきゃね!」
俺の装弾の間に、由恵がショットガンを組み上げ、渡してくれた。
「遊佐の野郎の作戦の失敗と、売人の身柄でいいんじゃねえの。しっかりやろうぜ」
「よーし、もう気にしない、頑張っちゃうぞ!」
ユエが頑張れば鉛弾の雨がふる。だがそれくらいでちょうどいいだろう。
断罪者をなめくさった連中に、俺達の流儀で答えてやるのだ。
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