14断罪者流・強制捜査

 海の電話の内容からして、遊佐はすでに家を発っている。俺の聞いた無線と考え合わせてみても、逮捕の手はずが整えてあるに違いない。


 急がなくては手遅れになる。現場までの足がいる。


 だが地下鉄は時間がかかるし、そもそも銃や実弾を運べない。


 となれば車だ。それも外から内部が分からないタイプのものがいい。

 いつも使っているハイエースのような大きめの覆面パトカーがあれば、最適だ。


 そう、この公営住宅の前の角に停車している。


 俺たちが三呂を出ていくのを待ちこがれる警官たちが乗ったハイエースなど、丁度いい。


 午後六時過ぎ。日はとっぷりと暮れている。良い具合に人通りがまばらだ。


 俺は街灯の影を選んで、ハイエースの背後から忍び寄る。バックモニターがあるかもしれないが、それでもかまわない。


 運転席の窓ガラスを軽くたたく。二人の男に微笑みかけた。


 驚いた顔で懐に手を入れる二人。だが俺はショットガンM97を窓辺に構える。


「どけよ?」


 男たちがひきつった顔で身をかわす。引き金を引いた。

 があん、と久々に聞くショットガンの銃声。


 スラッグ弾が二つの窓を貫通した。向こう側のブロック塀をも打ち砕いている。さすがドアブリーチャーなんて呼ばれるだけある。車両の窓ガラスなんぞ、まるで問題にならん。


 二人はガラスの破片を浴び怯えている。


 警官とはいえショットガンを突き付けられた経験はなかったのだろう。俺たちをなめくさって防弾仕様の車両で来なかったことが運の尽きだ。


 フォアエンドを引いて排莢。次弾のバックショットを装填。

 ドアはロックされていない。ぶち割った窓に手を突っ込んで中から開けてやった。


「出ろ。ミンチになりたくなかったらな」


 手前の一人が車を降りる。銃声に反応したのか、周囲の建物に明かりがともり始めた。さすがにこれ以上の騒ぎはまずいか。


 気をそらした俺も油断した。奥の警官が再びツナギの胸元に手を入れる。


「それはダメ。頭に穴が開くよ」


 逆側の屋根から逆さに顔を出したユエ。P220の銃口でこめかみを小突かれ、男の顔が恐怖に歪んだ。


 二人の警官の銃、連絡用の携帯電話、手錠に制服、車の鍵と、警察手帳を奪った。ここまでやれば、こいつらはただの建築作業員。警察官を名乗っても不信がられるだけだ。少しだけ時間をかせげる。


 悔しそうな警官達を横目に、俺は運転席に座る。ガソリンは満タン、ランプ類は正常、すぐにでも走り出せる。


「よし、行こう」


「ちょっと待って」


 ユエが俺を制した。なにかと思ったら、ウインドウに残ったガラスを払い、立ち尽くす警官にSAAを突き付けた。


「ねえ。パトロールランプの場所教えてよ」


 なにをやるか予想したのか、警官の顔がこれ以上ないくらい強張った。


「まさか、お前ら……」


「私よく知らないけど、日ノ本でもサイレン鳴らすと無茶ができるんでしょ。断罪者も、急ぐときはサイレン鳴らすの、ギニョルが教えてくれたんだ」


 早く、と付け加え、笑顔でSAAの撃鉄を起こす。照準は頭、トリガーを少し引けば、弾が飛び出る。


 歯を食いしばりながら、ダッシュボードを指す警官。開けると確かにパトランプがあった。


 普段使っているのと同じだ。パトロールランプを屋根にすえつけ、点灯させる。


 サイレンの光に、周囲のアパートの明かりが消えていく。

 警察が来てくれたと思ったのだ。


「さあ騎士くん、しゅっぱーつ!」


 意気揚々、ピクニックにでもいくつもりか。

 まあ、こっちの警察には殺されかけたんだ。勘弁してもらうとしようか。


 パトロルールランプの威力は絶大だった。赤色灯をまわし、けたたましいサイレンを鳴らして突き進む俺達は、道路交通法上の緊急車両扱いになるのだ。


 交差点でも普通の道でも、どの車も次々に道を開けてくれた。いかついスポーツカーでさえ、法の力の前に、すごすごとスピードを落として車線をゆずる。


 速度は一般道の限界をはるかに超え、最短ルートで三呂の街を駆け抜ける。


 これが警察官の見る視界か。快適じゃないか。


 無線の電源は切れている。というか、初めから落としてある。


 どうやらこの逮捕捜索そのものが、三呂警察全体で了承するものではないらしい。県警の管制室にも知らせていないのだろう。警察が根っから腐敗しているわけでもないか。


 ユエは上機嫌で流れていく景色を見ている。まるで初めて電車に乗った子供だ。


「いやー、すっごいなー! 日ノ本のみんな真面目なんだ、島だったらたまに意地悪してくる人いるのにね」


「俺は、ちょっとやり過ぎた感があるよ」


 私服警官を銃で脅し、覆面パトカーを奪ったうえ、パトロールランプで緊急車両を偽装して目的地に向かう。

 仮にも7年前までは、何かあったらまず警察と思っていたのに。


 日ノ本で過ごしていると、どうも平和だった頃の気分がよみがえってしまうな。


「あ、騎士くん、夜魔ふ頭あっちだって!」


 ユエが言わなきゃ、看板を見逃すところだった。


 ふ頭へ続く道路橋を渡る。橋むこうの道路との合流点に、パトカーが数台見えた。やはり勝手な先行らしく、灯火も落としている。


 近づくと、室外灯に浮かび上がるのは、銃を突き付けられ、手錠をかけられた、IU同好会の同級生たちだ。


 闘志が湧いてきた。

 俺は断罪者。

 コートの火竜の紋にかけて、ドラッグをばら撒く奴を、断罪してやるのだ。

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