30突破
マロホシに操身魔法を食らった俺は、中途半端に下僕となった。寿命は悪魔たちと張るし、魔力も少しだけ見えて病気と怪我への自然治癒も備わっている。
ただ悪魔や吸血鬼と違い、暗闇でものを見ることだけはできない。
夜明けまで二時間弱。ヘッドランプを消して進む73式トラックの車内からは、眼前にそびえるマウントサースティ南斜面は黒い壁のように見える。
この道は牧草地と畑の間を進んで、その壁の根本へと続いているのだ。そこからはつづら折れの砂利道があの壁の中を山頂の遺跡まではい上っている。
クレールは道沿いに二十三もの迫撃砲陣地と、76式機銃やM2重機関銃を備えた監視塔と小屋があると言った。
俺の目ではとらえられないし、繰り返すが連中にもこっちはほとんど見えないはずだ。
ただ。
「聞こえてきやがったな」
銃声は分かる。M2の叩き付ける乱暴な音、応えるウィンチェスターライフルの武骨な音、89式の5.56ミリライフル弾が薬莢の中身を吐き出す音。
どの瞬間に誰の命をつかんで散らすのか、何度聞いても予測がつかない恐ろしい音の応酬だ。
「頭を低くしろ!」
クレールの叫び。フロントガラスが割れ、助手席のシートが裂けた。
亜沙香が手をのばして、残ったガラスを押しのけた。
この車両、防弾ガラスではない仕様か。
山までの距離は五百メートルを切って、なおも接近している。流れ弾じゃないらしい。銃声と銃弾のはねる音が、近くで響く。
いくらこちらがライトを消して、相手のほとんどが暗闇を見通せないとしても。連中は実戦を経験した自衛軍だ。白兵戦を挑んだ隙に、築いた道路を別の敵が登ってくるなんて、想定の範囲内なのだ。
「揺れるわよ」
亜沙香がハンドルを切る。砂利道の幅ぎりぎり、横転との境界でトラックの車体が激しく曲がった。俺とクレールがシートやドアに体を突っ張る間に、山から弾丸が降り注ぎ、窓の脇をかすめて、路面を叩いた。
「もう気づかれちまってるぜ!」
どうにかかわせているから、撃ってきている銃の数は少ないだろう。約四百もの悪魔と吸血鬼の奇襲に対して、相手の兵力は二百に満たないはずなのだが。
暗視装置が供給されているのか、攻め上るこちらの存在にも対応してくる。
亜沙香は左右のじぐざぐだけでなく、直進もおり混ぜながら相手の銃撃をかわしている。
だが山が近づくごとに、トラックのドアや外板と弾丸がこするようになった。それに。
「うっ……」
強い光が車体を照らし、亜沙香がうめく。俺もクレールも思わず目をつぶりかける。サーチライトだ。山の斜面から三つのサーチライトが、こちらに降りてくる。
こっちを本命とみなしたか。
「見落としてしまった。枝かなにかで偽装してあったようだ」
クレールが悔しげにつぶやく。葉っぱや枝を使った偽装は自衛軍の得意とするところだ。
やばい。銃弾の精度が上がり、車体にふりそそぐのが増えた。
助手席と運転席の中央無線機を軸に、クレールがM1ガーランドを構えた。
「亜沙香! 二秒だけ直進に切り替えてくれ」
「信じるわよ、断罪者」
幸か不幸かフロントガラスはすでにない。トラックが直進すると、銃弾はさらに激しくなった。
砂利道の振動は激しい。このうえない悪条件の中、M1が火を噴く。
ガラスの破砕音と共にサーチライトが一つ、つぶれた。
かと思うともう一つ、二つとつぶれてすべて消える。
「ついでだ」
さらに五発。金属クリップが子気味いい音ともに銃身を飛び出すと、弾丸の雨は完全にやんだ。
トラックのスピードは落ちていない。防弾ガラスは間に合わなかったが、車体やフレームはそれなりに強化してあったらしい。タイヤも特別製かもしれないな。
「お前、何やったんだ」
「サーチライトを撃ち抜いた。残りの五発で撃ってきた奴にヘッドショットだ」
最初三発でサーチライトを全部壊したってことは、八発全部当てたのか。
しかもこんなに揺れるトラックから。
「そろそろユエに迫るんじゃねえのか」
クリップにまとめたM1の弾薬を渡すと、クレールは受け取って銃身に込める。
「早撃ちはスナイパーの仕事じゃない。斜面に入ったらお前も働くんだな」
「分かってるよ」
トラックは斜面の砂利道に入った。木と闇があたりを覆い隠す。
ここまでくれば、道に面した場所以外からの攻撃は困難になる。
まずは、第一段階突破というところか。
俺はM97の銃床でサイドガラスをたたき割った。ここからは接近戦。通りがかった迫撃砲陣地や見張り塔が相手。
「車体は防弾よ。M2の弾は防げないけど」
そりゃそうだろうな。クレールがレイピアの柄で、逆側のサイドガラスを破壊する。M1ガーランドからすれば、はるかに未来の武器である亜沙香のAKを取る。
「僕はスナイパーなんだがな……」
「いやあ、アグロスの寒い国のスナイパーは、サブマシンガンでたくさん倒したらしいぜ。お前もできるだろ」
名前は忘れたが、白い死神なんて呼ばれてたっけな。攻めた方は生きた心地がしなかっただろう。
「人間には、ときどき吸血鬼や悪魔の知恵も及ばないような存在が現れるものだな」
「お前ほどの腕前も吸血鬼にはいなかっただろ!」
不要な射撃の明かりに向かって、スラムファイアで散弾を叩きつける。暗くなったが戦果はどうだろうか。
『騎士くん、君の散弾は砲手を倒した。頭部と胸部に命中して即死だ』
俺の肩にねずみが顔を出す。ロンヅの使い魔だ。
「お前指揮してなくていいのか」
『遺跡に攻め上るようには言ったよ。接敵してしまえば、むしろ半端な命令は士気を削ぐんだ。僕は虫で戦果の確認だけさせてもらう。当主たちも自分の家の者は自分で指揮したい』
戦後のためにも、その方が円満だろうな。相変わらずできるだけ家は守ろうとしている。
「集弾率がよくない……無駄に人間を苦しめる銃だ」
ぼやきながら、逆側の窓でAKを射つクレール。曳光弾が含まれているのか、数十発ごとに、美しい顔が闇の中に浮かび上がる。
暗闇で見えないが、こいつの視線の先では兵士たちが倒れているのだろう。AKで撃たれるってのは、ある意味アグロスの地域紛争で撃たれるのと同じかもしれない。
そのまま、二つほど迫撃砲陣地を突破したところで、銃とは違う炸裂音が響いた。
音は砂利道の上の方から聞こえてくる。
窓から見下ろすと、ダークランドの方で爆発と黒い煙が上がっているらしい。
屋敷の座標はばれている。おそらく命中しただろう。
「迫撃砲を撃ち始めたわ。ロンヅがミンチになってないといいけど」
『笑えない冗談だね。僕の体は、君たちが作った地下壕に隠れさせてもらったよ』
「それは奴隷や下僕達を避難させるためよ。あなたは死ねばよかった」
『娘を助けるまでは無理だよ。君の無事も見届けなくちゃ。せっかく地下壕の場所を教えてもらったし』
チチチ、と口を鳴らすねずみ。ロンヅの人の好さそうな面が思い浮かぶ。
「……ふん」
亜沙香は鼻を鳴らしてトラックを急がせた。
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