31放たれた凶器


 迫撃砲は止まない。砲撃されるダークランドのあちこちで砲火が炸裂しているのが見下ろせる。


 ただし、まだ大丈夫だ。


 亜沙香達がひそかに作った防空壕に逃げたのは、ロンヅの体だけじゃない。この戦いに参加しない者達もだ。少々の砲火なら、しばらくは人的被害を出さないで済む。


 フロントガラスとサイドガラスを失い、風通しがよくなった73式トラックの車内には、銃弾や爆風がときどき吹き込んでくる。


 亜沙香は体を縮めたり身をかわしたりしながら、ハンドルだけは離さない。


 クレールと俺も、通り過ぎる迫撃砲台や兵士に向かってAKとショットガンを撃ちかけ続けた。弾薬もあるだけ持ってきたから、バラまいてなんぼだ。


 まるで映画の主人公みたいに、俺達には弾が当たらない。相手は相当の練度のはずだがこちらは暗闇の中に紛れている。おまけに相手の明かりは見かけた直後にクレールが破壊するのだ。


 暗視装置の類も、それほどたくさん行きわたっていないのかも知れない。連中は陽が上ってから攻撃を始めるつもりだったのだろうし。


 悪魔と吸血鬼たちによる降下奇襲もある。


「結構いけるのか」


 ぽつりとつぶやいた瞬間だった。

 バシュン、という音とともに、車体が斜め前に傾く。


「姿勢を低くして! タイヤがやられた」


 亜沙香の叫びに、俺とクレールは銃を引っ込めて体を突っ張った。急ブレーキと共に急速に後部が傾いていく。砂利道から斜面に車体がはみだし、やがて車輪が路面を外れる。


「うわあっ」


「ぐ」


 転がった先でトラックは木に激突、太い幹に逆さまになって引っかかった。


 天地がひっくり返った車内はめちゃくちゃだ。窓を割られていたのも悪かった。俺は気が付くと車を放り出されていた。


 銃声があちこちで聞こえる。闇の中にぼんやりと光るのは、炎上する見張り塔か、車両か。


「うぅ……くそ、脚か」


 右ひざの下がぬるぬるして熱い。暗くて良くわからんが、感覚がなく動かない。骨折で済んでいたらいいが。


 意識ははっきりしている。ショットガンも離していない。銃身を支えにしてなんとか立ち上がり、辺りの暗闇を見回す。銃声がして弾が風を切った。


「やべぇ……!」


 右足が動かず、倒れるように木の幹に隠れる。銃声と一緒に木くずが頭の上に降りかかる。


 こいつは俺を狙っている。暗闇の中で俺を認識して撃ちかけてきている。方向は斜面の下方、さっき後にしてきた迫撃砲からだ。暗視装置かなにかを持った兵士らしい。顔を出そうにも瞬間撃ち抜かれそうだ。


 見上げると、火花は上の木に引っかかったトラックからも発生している。こっちは上の道路や森の暗がりから撃たれているらしい。クレールと亜沙香が車内にいる証拠に、ときどき撃ち返す銃声が聞こえる。


 どうやら俺たちの侵攻はここまでで終わりらしい。北東斜面か北西斜面による状況の打開を待つしかないのだろう。


「せいぜい、粘るかな」


 ガンベルトから三発のショットシェルを取り出した。M97のシェルチューブを満たすと、スライドを引いて銃身に送り込む。


 暗くて分かりにくいが、下まで距離二十メートルくらい。木の方が壊されるかもしれないが、冷静になれば撃ち返すチャンスがあるはずだ。


 この斉射が終わったら、スラムファイアを試してやろう。そう思ったまさにそのとき、小さな草ずれの音を聞く。


 思わず胸元をかばったM97の銃身に、冷たく分厚い銃剣が食い込む。


「勘がいいな、断罪者……!」


「ちょっとは夜に、慣れたんだよ」


 自衛軍の兵士だ。さすがというべきか、銃声に紛れて足を負傷した俺に近づき、銃剣でひとつきにしようとしていた。


「まず一人目だ」


 相手は縦、俺の銃は横。引き金に指がかかるその瞬間、俺は銃を横にして相手の銃剣を受け流す。


 89式の吐き出したライフル弾が木の幹をえぐる。俺は銃剣で相手の胸元を横なぎにするが、足のケガで立ち上がれず踏み込めなかった。


「終わりだ」


 かわしながら89式を下げ、9ミリ拳銃を取り出す兵士。流れるようにスライドが引かれる。俺はというとM97が戻せず射撃が間に合わない。


 クレールや亜沙香は銃弾に降り込められている。味方の援護はない。


 表情のない兵士の喉首に何かの影がかぶさった。


「ぎゃあああっ、うぁ、か、鎌田、陸、そ、う……」


 迷彩ヘルメットにジャケット姿の男が兵士ののどを引きちぎり、鮮血を浴びながら食らいついている。


 失血と激痛で兵士がこと切れて倒れた後、男はよたよたと闇の中に消えてしまった。


 わずかに魔力を感じる。袖口から何かが肩に這い上がってきた。


『いや、間に合ってよかったねー。誰かがレイズデッドを使ったらしいよ』


 ロンヅか。あれはレイズデッドだったのか。ギニョルやマロホシが使った、死者を操る操身魔法。斜面に攻め寄せた悪魔の中に使うやつが居てもおかしくない。


 下からこっちを狙う銃撃が止まっている。目を凝らすと、下の迫撃砲台にも魔力を感じた。同じレイズデッドで操られた死者に攻撃されたのだろう。


「状況は分かるか?」


『北東斜面、北西斜面、この南斜面、どこもこちらが押し始めたよ。いくら鉄の規律と訓練で律しても、仲間の死体を殺すのは難しいみたいだね』


 さっきの兵士もそうだが、殺された同僚がゾンビになって襲い掛かってくる状況は悪夢にも等しい。ゾンビの動きはそう早くないが、魔力の見えないやつらにはこの暗闇で負傷者との区別もつかないため、かなりの効果がある。


『武器弾薬もかなり鹵獲できているよ。こっちには、元自衛軍の下僕が居るし、ニュミエも三小隊ほど下僕を増やしたんだってさ』


 ニュミエは女の吸血鬼だ。ほとんどの兵士が人間の男である自衛軍には、チャームが効果を上げているのだろう。


 死者を駒とする悪魔のレイズデッドと、知識と技能をそのままで完全な味方にする吸血鬼のチャーム。二つとも、アグロスには決して存在しない強力な魔法だ。


 妖雲が消え、昼の光の下一方的な砲撃と蹂躙を受けるならともかく。闇に紛れた乱戦になってしまえば、悪魔と吸血鬼の混成軍はこれほどに強い。


『やっぱり僕たちは、殺して奪う種族なんだよね……まあ、この結果は喜んでおこうかな』


 ねずみの目が妖しく光る。ロンヅの言うことはもっともだが、複雑なものだ。


 斜面の上方、木に引っかかったトラックの向こうで、森の中に火柱が上がった。


「ありゃなんだ」


『……見張り塔だったようだね。クレール君が狙撃手を撃ち抜いて、僕たちの奴隷が火をつけたよ。対物ライフルを奪ったみたいだ』


 自衛軍のなら、いわゆる対物狙撃銃。バレットM82か。以前プラスチック爆弾を満載したくじら船の狙撃に使ったやつだな。M2重機関銃と同じ、12.7ミリを撃ち出す頼りになる狙撃銃だ。


 頭上に赤と青の布切れみたいなものが覆う。なんだと思ったら、極彩色の巨大な鳥だ。尾羽が蛇になっているから、操身魔法で悪魔が変身したものか。


 背中から二人のハイエルフが飛び降りた。俺に近づくと無言で操身魔法を使い、脚の傷を癒してくれる。


「すまねえな」


「味方の傷を癒すのは我が主の意に叶う。それだけだ下僕半」


 鳥を仰ぎ見て片膝をつく二人。主人とおぼしき鳥は紫色の魔力を放って、怪物から角のついた青年の姿に戻った。


「……ここまでは制圧できたぞ、断罪者」


 素顔の見えない紫色のローブに、首にかけたペンデュラムが怪しい。いかにも悪魔といった風貌だ。


『おや、ドネルザッブ家のレギン君か。レイズ・デッドは君の仕業だったのかい』


 ドネルザッブといえば、あの砲撃で当主が亡くなった悪魔の名家だ。若い息子が後を継いでいたがその息子がこの青年だな。


 暗くて分からんが、レギンは恐縮しているらしい。


「父にはまだ及びません。レイズデッドでは百体の亡骸を操り、鳥の姿では竜の人をしのぐほどの火を吐き出したそうです」


 すさまじい怪物だ。会議中に迫撃砲を撃ち込まれなければ、まず倒されていないだろう。


『君は君じゃないか。こうなった以上、現当主として戦い抜くんだ。自信を持っていい、不肖ながらこのゴドウィ家の当主ロンヅ・オド・ゴドウィが保証するよ』


「ありがとうございます」


 使い魔に向かって深々と頭を下げる。ロンヅは軽そうに見えて重んじられているらしい。


 クレールと亜沙香が銃と弾薬をもってトラックを抜け出してきた。

 俺と違って特にどこも負傷していない。


「騎士、無事だったのか。レギン殿、来てくださったのですね」


「ここまであなた方がかき回してくれたおかげですよ。敵の目が道路に集中したから、こちらもかなり近づきやすかった。しかしよく生き残られましたね。他の斜面も同じように車両で挑みましたが」


 レギンの表情は曇っているらしい。亜沙香が肩をつかんだ。


「詳しく話して!」


 ハイエルフ二人がいろめきたつのを片手で制して、レギンは冷静な声を作る。


「……北東、北西斜面とも、敵の射撃を受け乗員と共に大破炎上しました」


「ラルス、アラゥド……」


 肩を落とす亜沙香。おそらく蜂起を計画していた同僚だろう。


『勇敢だったよ。下僕を捨て石にするべきだと主張した吸血鬼も居たそうだが、それを止めさせて志願したそうだ』


 ロンヅのいたわるような口調、俺には戦死を告げなかったがこいつなりの配慮だろうか。


 亜沙香が目元をぬぐう。


「……当然よ。私たちは私達のために血を流すと決めた、居場所は戦い取るわ」


 AKにマガジンを込めると、頭をゆすって髪を分ける。


「とても勇敢だったと聞いています。この戦いが成功裏に終われば、あなた方を認めようとする者が出てくるでしょう」


「そうでなくては甲斐がないわ。行きましょう、入口を包囲して」


 バタバタというローターの音があたりを埋める。


「連中、チヌークを出して来たのか」


 降下部隊は50人規模になる。厄介なことになるな。


「違う、アパッチだ! 来るぞ!」


 クレールの叫びの直後だった。


 南の中空にサーチライトが見える。光のおかげで俺にも不気味な姿が見えた。


 ヘルファイアミサイルにハイドラ70ロケット、そして30ミリ機関砲。


 崖の上の王国ではクリフトップの王宮を完膚なきまで破壊し、禍神をも半壊させた獰猛な空飛ぶ凶器。それが、俺たちの前にとうとう現れた。

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