32断罪と戦争の間で
アパッチの存在自体は予測していた。いよいよとなったら飛ばしてくるだろうということも想定していた。ただそれは、こちらが斜面を制圧して守備隊を無力化、山頂の自衛軍を囲んだ後のはずだ。
マウントサースティの斜面には、山頂の自衛軍がダークランドに出撃する場合の道路があり、支援砲撃のための迫撃砲陣地もあり、それらを守る自衛軍の兵員が配置されている。
混戦の今こんな兵器を出して来たら、自衛軍にとっては戦闘中の味方と味方の設備をまとめて破壊することになってしまう。
だから、少なくとも斜面での戦闘中は動かないとこちらは踏んでいたのだ。
それが油断となった。アパッチを知っている俺とクレールが、即座に動くことができなかった。
代わりに電撃的な対応をしたのはレギンの奴隷の二人のハイエルフだ。
「散って! できるだけ互いに距離を!」
その通りだ。爆風を伴う兵器で全滅したら終わりだ。
俺もクレールも亜沙香も一目散に斜面を駆け出した。
『二十歩下りて、木の陰に』
ロンヅのねずみが耳元で囁く。暗闇が見えない俺の目になってくれるのか。
言われた通りに身を隠すと、どこからかハイエルフの呪文が聞こえた。
『ジド・グロウス』
現象魔法、種や木に魔力を加えて成長を促進させるやつだ。使ってくれたのか。
頭上に黒い影が現れる。かなりの速度で周囲の植物を成長させているのだろう。
アパッチのサーチライトがあたりを横切っている。一点にとどまっていないということは、狙いをつけかねているのだろう。植物のせいでこちらは見つかっていない。
まだ周囲は暗闇と妖雲が渦巻いている。おまけにヘリを操縦しているのは自衛軍の兵士、つまりアグロスの人間だ。
魔力が多少読める奴もいるだろうが、たとえばフリスベルのように魔力をたどって敵の存在と詳しい位置まで判別できるとは考えにくい。
サーチライトが斜面の下方に固定された。
アパッチの機種下部に備え付けられた30ミリ機関砲が火を噴く。ローターがかき消されるほどの発射音。斜面のどこかに着弾している。ここからは遠いが、弾着の衝撃を足元に感じる。
さらに火柱が吹き上がった。ここから南向きに三時方向、73式トラックで駆け抜けてきた迫撃砲陣地だ。多分、ハイドラ70ロケットだろう。
今度は腰まで振動がきた。生身でまともに食らったら、消し飛んで何も残らないだろう。クリフトップのてっぺんを守っていた連中は、こんなものを相手にしたのか。
「くそ、適当に撃ちやがって。でも言わんこっちゃねえ。自分たちの陣地に誤射しやがったぜ」
それこそ主人に忠実な吸血鬼の下僕でもないかぎり、味方ましてやアパッチに撃たれるとなれば、確実に士気が下がる。これはチャンスかもしれない。だがロンヅのねずみは暗い声でたしなめる。
『騎士くん、残念だが狙いは的確だ。今死んだのはこちらの味方だけだ』
馬鹿な。この暗闇で人間の奴らに、悪魔や吸血鬼やレイズデッドで動く死体を見分けることができるってのか。
『ニヴェイン家のエレノアが亡くなったか。まだ二百歳にも満たない娘だよ。家は断絶、五千年ほど続いていたのに……いや、今更だなこんなこと』
悪魔がつむいだ長い歴史の糸が今切れた。人間でいうなら紛争に巻き込まれた俺か今のユエくらいの娘が、無残に殺されたのだ。
人間、エルフ、ゴブリン、ほかの生き物を獲物と捕らえる悪魔ではあるが。
俺はアパッチのローター音に向かってM97を構えた。
暗闇と妖雲で距離も分からない。方向すらはっきりしない。
『よすんだ。今は息を潜めていないと。相手は使い魔を送り込んでいるのかもしれないし、ショットガンの音は注意を引く』
「じゃあ黙ってろっていうのか!」
ねずみに怒鳴る絵面は間抜けだが、気持ちをぶつけるのを止められない。ロンヅが居なければ躊躇なく撃っていただろう。たとえ意味はなくてもだ。
『違う。あれを落とすためのお膳立ては、僕たち悪魔がやると言ってるんだ』
ロンヅが言った直後、闇の中に何かが飛び立つ気配がした。俺も多少は魔力が分かるから、この暗闇でもおぼろげな状況が分かる。
アパッチが斜面から離れていくらしい。向かってくる何かに向かって迎撃の態勢をとるのだろうか。
高く、しかし音の詰まった30ミリ機関砲の響きが轟く。しぱ、ぱしゅ、と聞こえるのはハイドラ70ロケットの発射音だ。
その瞬間空中の魔力が散るのが分かった。ロケット弾が着弾した斜面で爆風と粉塵が舞い上がり、足元が震える。
怪物の蹂躙が続く。アパッチは射撃姿勢で高度を固定し、機関砲とロケット弾を地上めがけて叩きつけてくる。魔力が分かることが恐怖だった、暗闇を砲火が貫くたび、確実に味方の命が消えてゆくのが感じられる。
『……今だ、相手はこちらの対応に追われている』
ロンヅのつぶやきに爆音が重なる。斜面を見下ろす妖雲の中に巻き起こった爆発。炎の塊がうなりをあげて斜面のふもとに落下、炸裂した。
ロケット弾とも違う振動が俺の足元を震わせる。
「アパッチをやったのか。一体どうやって」
ざっと見て五百メートル近い上空だった。しかも一撃で爆発させるなんていうのは相当の攻撃力でなければ。あるいは搭載した兵器の類に引火させるとか。
『クレール君の狙撃さ。悪魔の当主三人と、奴隷が二十人、使い魔も向かわせてあの位置に引き付けた。僕らが隠れるだけなら、飛び回って追いかけることができただろうけどね。向かってくれば対応しなきゃならなくなるだろう』
狙撃のタイミングを作るために命を代価にしたのか。
だがあいつのM1ガーランドじゃどうにもならないんじゃないか。いや、確か見張り塔を破壊したとき対物ライフルを手に入れていた。
あのアパッチはヘルファイアミサイルを一発残していたはずだ。12.7ミリの弾頭なら両翼いずれかに残っていたミサイルに直撃させて誘爆させるのも可能かも知れない。ハイドラ70ロケット弾はまだ撃ち尽くしていなかったし、誘爆すればああなっても不思議じゃないのか。
茂みが動く。クレールが後ろから姿を見せた。
「ロンヅ様、いかがでしたか」
M1ガーランドは背中に回し、両手には身長を超える対物ライフルを抱えている。
『これでいい。若い彼らの命、もっと若い君がよく使い切ってくれたね』
今死んだのも二百歳そこらの悪魔たちだったのか。徹底抗戦の方針は決まっていたし、戦闘の危険は分かっていたとはいえ、やるせない。
「ダークランドの住人として、当然のことをしたまでです」
クレールの表情は動かない。歯を食いしばって、動かさないようにしているのというのが適当か。せっかく手を取り合えた当主たちが戦力の削り合いの中で死んでいくのだ。
『北東斜面、北西斜面にもアパッチが出てる。おそらくハイエルフを同乗させて魔力でこちらを識別してるんだ。同じやり方で行くけど、兵士の下僕を使っても』
「いえ僕がやります。確実に仕留めます。騎士、後は頼めるな」
アパッチの撃破でこの斜面の形勢は大きくこちらに傾いた。遺跡基地への突入と断罪、ギニョルの救出のことか。
クレール。こいつは百歳少しの身で、同族や同郷の仲間の命の削り合いに赴くというのか。断罪よりはるかに過酷な戦闘、もはやダークランドを舞台にした戦争に行くのか。
俺はライフルを握った小さな手をつかんだ。
「まかしとけ。ただ必ず来てくれよ。お前の狙撃はきっと役に立つ」
決意で固めたのは、少女と見まごう秀麗な顔。吸血鬼らしく端麗な顔だが少年の幼気が残っている。
こいつに死んで欲しくない。断罪者だからということもあるのかもしれないが、悪口の利き合いすらできなくなるのは恐ろしい。
クレールが少しだけほほえんだ。
「僕の助けがないお前が、まともに戦えるとは思っていないさ」
そう言うと、クレールは闇の中に消えていった。
『行こう。南斜面のこちらの兵力は、まだ二百人。鹵獲武器も寝返らせた兵士もいるよ。一番槍はこの斜面がつける』
「……ああ」
俺は改めてショットガンを握りしめた。断罪と戦争が渦を巻く戦いは、まだ半ばを過ぎたばかりだった。
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