33翻弄される包囲網

33包囲戦


 マウントサースティという山は、三角すいを途中で真横からぶった切ったような形をしている。


 切り口にあたる頂上は平べったく、北東、北西、南側の三斜面に支えられている。


 それぞれの斜面にはつづら折れの砂利道が敷かれ、車両の通行が可能だ。自衛軍は夜明けの攻撃のとき軽装甲機動車や96式相輪装甲車両、76式戦車で攻め下るつもりだったのだろう。


 俺たちも逆に利用したが、乗ってきた73式トラックは見張り塔からの対物ライフルで左前輪をぶち抜かれ、斜面の木に引っかかっている。道そのものも、さきほどクレールが墜落させたアパッチにより、あちこちが寸断されて使い物にはならない。


 相手が南斜面を車両で駆け下るのは難しくなっている。侵攻をかなり遅らせたのだから、まずは上々の戦果と言えるかもしれない。


 このまま北東斜面と北西斜面の制圧が終了するまで待機するのもひとつの手だが、まだ相手はアパッチ以外に頂上の戦力を動かしていない。


 できればこちらから攻撃を仕掛けて混乱させてしまいたい。


 クレールと分かれて二十分。慎重に進んだ俺と亜沙香は、つづら折れの終点、駐屯地の鉄条網前に隠れていた。


『南斜面はもう数分で制圧できる。北西斜面のアパッチも落ちた』


 俺の肩でロンヅのねずみがささやく。クレールのやつがやりやがったのか。だったら十分もすれば北西斜面も攻勢に出るな。


「北東斜面も制圧できれば、相手を押し込めてしまえるわ。一面四百の半分残れば、十分攻撃力は整う」


 将軍たちは斜面の守備と迫撃砲に四百を割いたから、中央の残りは六百。鹵獲品で装備が整ったこちらが同数残れば、暗闇の中包囲するこちらに分が出てくるかも知れない。


「動きがないですね。どうするつもりなのでしょう、人間たちは」


 影のように現れたのは、相変わらず紫のローブをはおったレギンだ。フードで顔がよく見えない。


 後ろには二人のハイエルフが付き従うが、闇の中に次々気配が増えている。


 木々には空を飛ぶ怪物に変化した悪魔が止まり、その背中に吸血鬼や部下の奴隷を乗せているらしい。いずれも9ミリ拳銃や89式、軽機関銃などを携えていた。


 暗い林の中では、吸血鬼に下僕にされた兵士たちが迫撃砲のセットを行う。さすがに車両は使えないのか持ってきていない。


 いよいよ攻撃か。これほど近づけたということが、相手の体制が整っていないことを示している。


『南斜面の準備は整った。目標はまず弾薬庫、各自場所は分かっているね』


 敵が迎撃態勢を整えないうちなら、先に弾薬庫を制圧してしまう。武器を抑えれば一気に有利に出られる。ギニョルの救出は敵の制圧と同時にやる。


 いざ動こうとしたそのときだった。


 静まり返った基地の奥から、いきなり空気の塊が押し寄せてきた。どん、と全身を突かれたように、俺は思わず尻もちをついた。


「うぅ、なんだ一体……どうなった」


 鉄やアスファルトが燃える嫌なにおいが漂っている。暗闇で分かりにくいが、どうやら基地の真ん中の方で黒い煙と炎が上がっているらしい。


「一体どうしたことだ、雲が消えていくぞ」


 レギンが慌てた様子で周囲を見回す。確かに士気を高め、突撃しようとしていた味方が浮足立っているのが分かる。


 確かに今の今まで頭上を覆い隠していた分厚い妖雲が、霧が晴れるように退いていく。シェイムレスヒル以来のよく晴れた星空が現れ、東からだんだんと明るくなるところだった。


『しまった……攻撃に備えるんだ! 相手は打って出てくるぞ!』


 将軍の奴は、遺跡の爆破を早めやがった。これ以上戦闘が長引く前に、多少暗くても攻勢に出るのか。


 基地内からヘリのローターや車両のエンジンの音が聞こえる。俺の目では見えにくいが、重装備の兵士が走る足音も聞こえる。六百人なら百近い小隊が動き回っているのだろう。


「走輪走行車が来る! 散開して迎撃しましょう!」


 亜沙香が手りゅう弾のピンを抜いて門の向こうへ投げつける。俺もそれにならう。打って出るなら必ず門を通る。兵員輸送車ごと敵兵を叩ければ、相手の出鼻をくじける。


 そう思ったが、意外なことに車両は一台も門をくぐらない。基地内を走ると南斜面側の鉄条網に横付けするように停車する。おかげで手りゅう弾はからぶり、相手の門を崩しただけだ。


 後部ドアと左右のドアから、迷彩服の兵士たちが現れた。89式を標準装備しているのは、自衛軍の兵士だろう。


「防衛作戦開始だ!」


 中央の指揮通信車から、年かさの兵士が号令をかける。味方がみんな崖や障害物の陰に引っ込んだところに、弾丸の雨が降ってきた。


 木や岩を盾にする俺たちと、車両や建物を盾にする相手。互いに身を隠せる場所を確保した銃撃戦だ。


 ハプサアラがAKの弾をばらまくのを、相手の兵士が指揮通信車の車体で防ぐ。

俺は相手のはみ出した胴体めがけて、スラッグ弾で撃ち抜いて仕留める。


『どういうことだ、打って出てくるんじゃないのか』


 ロンヅの動揺はもっともだ。そのために妖雲を消したはずなのだが。俺はスラッグ弾を補充し、装甲車のてき弾銃手めがけて狙いをつけた。


 引き金を引く。鈍い感触がして、車体にぶつかって何かが転げ落ちていった。おそらく仕留めたのだろうが。


「くそ、火力と練度で負けてる」


 悪魔の誰かが向かわせた死体が、てき弾で粉々になって吹き飛ぶ。狙撃されたのか、樹上から悲鳴と共に吸血鬼らしい女性が落ちた。


 敵は前進してこない。手りゅう弾で門が閉じてもがれきの撤去すらしようとしないまま、射撃ばかりしてくる。


 単純だが効果的な作戦だ。


 こっちが奪った戦力はしょせん付け焼刃。乱戦の中でこそ悪魔と吸血鬼の戦法には効果があるが、こうして安全地帯を確保され、単純な射撃戦をやられると、どうしてもプロである向こうに分が出てくる。


 といって強引に突破しようにも、抜け出した瞬間斜線が集中して終わり。南斜面の戦力は頂上を前にしてくぎ付けにされてしまった。


「ゆうちょうなやり方しやがって」


 散弾で射撃するが、車体を盾に防がれた。俺もすぐ脇の木で相手の銃弾を防いでいたらしい。


「でもこちらの被害も少ないわ。他の斜面の状況が変われば」


 亜沙香がAKを撃ちながら言ってる。このまま弾薬の削り合いをすれば、最後は白兵戦になるから、悪魔や吸血鬼が居るこちらが勝つのだろうか。ただそれは数時間後だろう


『……しまった、そういうことか』


 ロンヅのねずみが頭を抱える。一体何を見たんだ。


「どうした」


『北東斜面に敵が殺到している。敗走が始まって、敵は斜面を抜いたよ』


 クレールがまだヘリを落としていない方だ。耳を澄ますと、ここでの撃ち合い以外に、東から響く銃や砲火の音がかなり増えている。


 そっちがメインの攻撃だったのか。


『北西はここと似たような状況だ。頂上前まで進んだら、銃撃戦を仕掛けられてくぎ付けされている』


 ということは、ダークランドの繰り出した全兵力はこのへんぴな山のてっぺんで身動きが取れないってことか。


『まずいな、境界線付近に人間の軍隊が進んできた』


「中央即応集団か! くそ、妖雲が消えたのを嗅ぎつけやがったな」


 まんまとやられた。守備隊を制圧したまでは良かったが、この基地の六百は反攻に出たダークランドの軍勢を翻弄してしまった。


 斜面を降りた兵員四百と機動兵器。そして境界を冒したアグロスの軍隊。


 蹂躙のときが近づいているのか。


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