34願いと妖雲
悪魔たちは使い魔を使役する。当然ダークランドの地と国境線の情報は共有されている。
妖雲が消え、夜明けの薄明かりがあたりを包み込んでいく中で、味方の姿が俺にも分かる。長命を誇る種族に似つかわしくない、焦りもだ。
「戻らねば、我らが地を守って……」
ターン、というライフルの音と共に、一人の悪魔が俺の目の前に落下した。胸元を撃たれたその体はすでに灰化が始まっている。
一人、二人、吸血鬼や悪魔が烏達から落下し、いずれも朽ち果てて灰となっていく。味方が揺らいだこのタイミングで、敵は銀の弾丸を使ってきやがった。
『敵が銀を使い始めたぞ! 背後に気を取られるな!』
ロンヅが命令するが、味方には出し抜かれた動揺が大きい。
父祖の地と一族を守るべく勇んでやってきた果てに、守るべきものをかすめ取られるかもしれないとなれば、士気が下がるのも分かる。
それに、悪魔や吸血鬼は奪うために殺す戦いは得意としていても、構えて守る戦いには奮い立たないのかも知れない。
ここまでうまくいっていただけに、状況は厳しいのか。
当たればほぼ即死する銀の弾丸への恐怖と、全てを失う絶望がここまで攻め上がってきた全員を包み込む。
烏達が斜面の森に降り立ち、攻め気にはやっていた悪魔や吸血鬼が、遮蔽物に隠れ始める。
神秘の妖雲を剥がし取られた寄せ集めの軍は、人間の圧力に負けてじりじりと後退し始めた。
こうなると、突出した俺と亜沙香が味方から前に出される形になる。銃撃が集中し始め、たまらず下がるしかなかった。
こちらの銃声がさきほどより少なくなってきている。撃ち返す勢いが弱い。
基地の奥からエンジンと金属のきしみが聞こえてきた。
「重機が出てきやがった……」
ここの工事に使ったであろう、迷彩塗装のパワーショベルだ。まばらな銃撃の合間を縫って、俺と亜沙香が崩した門のがれきを撤去し始める。
十分もあれば終わるだろう。道路が復旧したら車両が突っ込んでくる。今の俺達に装甲車や戦車を止めることはできない。
抜かれれば戦線は崩壊。中央即応集団との挟み撃ちで、ダークランドは壊滅する。
「くそったれが!」
俺は乱暴にM97を撃ちかけたが、がれきが邪魔をする。そもそも操縦席は防弾ガラスで守られており、散弾では抜けない。
亜沙香やほかの者たちからも銃撃が行われるが、今度は敵の車両からM2重機関銃の掃射が答えた。12.7ミリの強力な弾頭により、八人が隠れていた樹木と共になぎ払われていく。亜沙香はかろうじて命中を避け、さらに斜面を下がった。
『行け、行け! 死者たちよ!』
の声だった。薄明かりの中、腕や胴の一部が駆けた様々な死体が猛然と斜面を駆け上がる。方陣を組んで鉄条網めがけて突進する。
「射撃!」
指揮官の声を待つまでもなく、89式やAKの弾頭がめちゃくちゃに集中する。だが死者たちは倒れなかった。レイズデッドの効果もあるが、一体ずつが剥がした路面や爆破された戦闘車両の金属部品を抱えている。
即席の防具で一時的に攻撃を防いだのか。
死者の群れは今にも金網に迫る。一角が崩れれば、連中を盾に突撃がかなう。白兵戦ならこちらに部がある。
一角が砕かれることを確信したのか、突撃する死者たちから、車両や兵士が退いていく。
いけるのか。俺は亜沙香と顔を見合わせ、前進の号令を待った。
直後だった。希望が砲弾の炸裂に打ち砕かれたのは。
朝もやの中に黒い煙と炎が噴き上がり、死者たちと金属の破片が飛び散り、森の木々に突き刺さる。
なんなんだ、この規模の炸裂、アパッチのヘルファイアとも張る大きさと威力。
粉塵の向こうに、かすかに見えた砲塔と迷彩塗装の巨躯。
「74式戦車かよ、出やがった」
アパッチなら運んで来られる。攻撃組に参加していなかったのか。今の爆発はあの戦車の主砲、爆発規模からしてりゅう弾だな。
兵隊が退いたのは巻き込まれるのを避けるためだろう。
死体と共に吹っ飛んだ鉄条網の穴めがけて、キャタピラの音が響く。山が揺れているようだ。戦車の巨体があっという間に穴をふさいでしまった。
あの図体で、陸上での移動速度は50キロも出る。
操縦士が機関銃席に現れ、こちらに撃ちかけてくる。主砲の射撃は、斜面の俺達の頭上を抜けると見たか。
射撃戦で高所を取られるのは不利だが、戦車砲の直撃だけは回避できているから幸運かもな。
しかし、戦車まで出てきたらますます動けなくなってきた。
『屋敷が攻撃され始めた。国境の自衛軍も侵入してきている』
フリスベルの言葉を信じて、あっちへの防御は全く怠っていた付けだ。今から目の前の敵を全滅させたとしても、残存兵力では中央即応軍と合流した将軍たちを掃討することなど不可能に違いない。
死体の突撃隊の失敗と、巨大な戦車の登場で、味方の士気はまたしても下がっている。ひたすら引いて相手に撃たせるばかりだ。
『ここまで、なのかな。やっぱり僕たち闇の住人は滅ぶ定めだったんだ……』
「馬鹿を言わないで!」
俺の肩のねずみをつかんで、亜沙香が叫んだ。
「あなたは私を生かした。変わっていく苦しみを生きて受け続けると言ったでしょう! 私はあなたを信じたわ。私の仲間もあなた達の苦しみのために死んだ。滅亡なんて絶対にさせないわよ!」
ロンヅを放り捨てると、亜沙香は銃弾の切れ目を縫って前進した。味方が退き、砲撃と射撃でほとんど残っていない前方の樹木の根元に伏せると、手りゅう弾のピンを抜く。
射撃の合間にうまく投げつけた。放物線を描く先は74式戦車の車体。
命中、爆発させればダメージが与えられる。まだ死者は残っているのだ。突破口ができればここを制圧できるかも知れない。戦車を抑えて乱戦に持ち込めば――。
淡い期待は手りゅう弾の炸裂に砕かれた。戦車にはたどりつくことなく、手りゅう弾は鉄条網と亜沙香の間で破裂した。
「あぁっ!」
悲鳴を上げて吹き飛ばされる亜沙香。破片と爆風を受け、衣服が裂けて右腕が痛々しく吹き飛び、木に激突して転げ落ちた。
いくら奴隷にされ俺と同じ治癒力や生命力があっても、相当な重症。
手当てをしなければ命はない。
一人の奴隷が救護に向かおうと遮蔽物から身をさらした瞬間、額を撃たれて倒れ伏した。
重傷者を放置して助けに来る敵兵を狙撃する。
実戦に慣れたスナイパーが頻繁に使う、残酷でとても効果的な戦術だ。
敵は亜沙香の周囲をなぶるように弾丸で彩る。こちらが亜沙香を救おうとすれば容赦なく狙撃する。
『くそ、こんな、こんな。僕は娘も、自分の約束も守れないのか……』
ロンヅの苦悩の声に、俺は歯を食いしばる。ギニョルも救えず、亜沙香もなぶられて銃弾に倒れる。
あまりに残酷な終焉だが、数千年を捕食者として過ごした闇の住人が今さら変わろうとしたところで、運命は見放すばかりなのか。
断罪者は味方をする方を間違えたのか。
天を仰いだそのときだった。
薄明かりの空に再び禍々しい真っ赤な妖雲がわき出てくる。真水に垂らした絵具のように夜明けの薄明がみるみる閉ざされていく。
妖雲はどんどん濃さを増していき、山上の基地と俺達の居る斜面にも低く垂れこめてまがまがしい夜を引き戻していった。
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