35再会は汚辱にまみれて

 日没にはまだ時間がある。妖雲が戻ってしまえば再び暗闇があたりを支配した。


 レギンがローブのフードを開いた。氷のように青白い髪と切れ長の赤い眼、通った鼻筋はロンヅと違った冷淡な印象だ。額からは一本の角が正面に突き出す。典型的な悪魔の男。


「進め死者たちよ!」


 ふりかざした杖の先端に、紫色の魔力が渦巻く。光の波は俺達と頂上を守る兵士たちの間に降り注ぎ、砕けた地面や木々の燃えがらの間に次々と気配が生まれる。


 妖雲に覆われた暗闇の中、死者の軍勢が再び立ち上がっていく。砲撃で吹っ飛んでばらばらになった断片までがうごめきながら頂上を目指す。


 レイズデッドを使ったんだ。


 一方暗闇が復活し作戦が狂ったことで、さしもの歴戦の自衛軍も動きが鈍った。


「……射撃!」


 ほんの一秒遅れた号令と共に死者たちめがけて銃弾が降り注ぐが、闇は再び戻っている。外れる弾丸もある様で、さっきほど効率的には破壊できない。


『前進! 我らの地を解放しよう!』


 ロンヅの声は使い魔を通じて俺達全員に行き渡った。今や残り少なくなった闇の住人達とその下僕や奴隷は、最後とばかりにときの声で応える。


「これを……」


「まかせてくれ!」


 亜沙香から手りゅう弾を受け取ると、俺もまたM97をふりかざして突撃に加わった。


 闇の中に敵兵の必死の砲火がきらめく。先頭を行く死せる軍隊が、金網をふさいだ戦車めがけて猛然と進み、銃撃をひきつけている。弾丸や炸裂で吹っ飛んだ死体の血しぶきや肉片らしきものがあちこちに散らばるが、こちらの勢いは続く。


 とうとう死者の先頭が74式戦車の車体に取り付いた。主砲を回り込むと、キューポラから半身を出していた車長と装填手に向かって襲い掛かる。


 だがさすが自衛軍というべきか、二人ともナイフや銃剣で死体を押し返し、叩き落とした。次々と死者が襲い掛かるものの、戦車は鋼鉄の主砲を旋回させ挑みかかるこちらの悪魔や吸血鬼ごと薙ぎ払う。


 距離を取ると主砲上のM2の出番だ。車長が銃架に移っていく。さすがに素早いが、俺は手りゅう弾を取り出した。


 自衛軍の兵士に支給されるM26破片手りゅう弾、重量は450グラムちょっと、一見平和そうなまん丸い中に爆薬がずっしり詰まっている。


 ピンを抜いた。四秒で吹っ飛ぶが、目標まで約十五メートル。


 暗闇にときの声、飛び交う銃声の中76式戦車めがけて爆弾を投げつける。

 放物線を描きながら、手りゅう弾は車長の居たキューポラから戦車の内部に入り込んだ。


 相手のM2も火を噴く。12.7ミリ、人間をバラバラに砕く恐ろしい弾頭がうずくまる俺の周囲の死体を吹き飛ばしていく。


 祈るような気持ちで歯を食いしばって爆発を待っていると、74戦車は内部から火を噴いた。


 火柱がいくつも立ち上り、砲塔の旋回が止まった。火に巻かれて死んでいく兵士たちの絶叫と共に、車体は慣性をこらえきれなくなり斜面を下りてくる。


「やべっ……」


 俺はあわてて立ち上がると進行方向から逃げた。


 暗闇でよく分からないが、後方の味方も退避してくれているらしい。


「亜沙香、おい、亜沙香は」


「心配はいらない」


 二足歩行のアルビノのヤギ。そこからこちらも真っ白なコウモリの翼を生やした様な怪物が俺の隣に降り立つ。


 まだ死んでいない、悪魔としての怪物姿が完成していそうな奴といったら。


「お前……レギンか」


「ああ。ロンヅ様の奴隷を目の前で死なせるわけにはいかん。しかし、この奴隷も主を捨てた身でよく戦うものだ」


「捨てたから、戦えるのよ……動けないまま戦車の下敷きなんてごめんだわ」


 右腕の包帯に血をにじませながら、苦しげにため息を吐く亜沙香。


『僕も助かったよ、今危ないのは体の方だけどね』


 ロンヅのねずみがシャツの腹から顔を出した。

 喉元を指先でなでてやる。


「無事ならいいぜ」


 俺は山頂の方を見上げた。味方の死者は74式戦車が開けた穴に向かって突進。それを盾にこちらの軍勢も前進していく。とうとう敵のフェンスの裏側まで到達した。


 M97にスラッグ弾を送り込む。ギニョルが生きていれば山上の基地に閉じ込められているだろう。


 亜沙香がAKを俺に手渡す。


「……これも使って。ギニョルが生きていたら助けて欲しいわ」


 ギニョルか。受け取りながら思わず口を突いて言葉が出てきた。


「あいつは悪魔だぜ。俺達の島を壊した奴だ」


「でも私の支えになっていた」


 断罪者として抑圧してきた本音は、亜沙香の穏やかなほほえみに流されていく。


「……そうだな。俺とクレールの上司だ」


 改めて無事を祈る気持ちが湧いて出る。

 俺も突撃の群れに加わった。


 最前線で戦うくらいの気持ちでいたが、白兵戦が始まると味方は強かった。


 生き残っている悪魔たちは次々とレイズデッドを使い、殺した敵や殺された味方の死体を容赦なく使役する。


 引き戻された闇の中、接近してくる死体に恐怖し、効果のない銃撃を続ける敵兵士。だが死体に構っていると、吸血鬼や悪魔の銃、下僕にされた兵士の銃で撃たれてしまう。


 レイズデッドの効果は続く。死ねばこちらの味方となり、死ななくても吸血鬼からの視線が通れば、動揺した精神に蝕心魔法が決まる。こちらは兵士としての能力がそのままの味方だ。


 自衛軍側は、さっきみたいな射撃戦にもちこめば最後までこちらを封じてしまえただろう。だが、こうして闇の中の白兵戦となると、一気に崩れた。


 なまじ強い武器を持っていただけに、魔法に抗する術がないのは致命的と言えた。


 南斜面は十分ほどの戦いで制圧。下僕にした兵士を通じて、二台の走輪装甲車を得たこちらの本隊は、クレールの居る北西斜面へと進んだ。


 俺はというと、ロンヅを連れて人けのなくなった遺跡基地へと向かう。

 目的はギニョルの救出だ。


 魔力を感知できるロンヅにより、ほぼ全ての敵はダークランドへの攻撃か基地防衛に駆りだされたことは分かっている。


 それに基地とはいったが、ダークランドの住人の目を避けて作られたゆえに、まだ設備は整っていない。


 防衛線を乗り越えると、じゃり道が続き、その先に石れんがの粗末な四角い小屋がいくつかある。よく考えたら資材も現地調達分しかないのだ。ひそかにやるんじゃこれが限界だろう。


 ここはどうやら兵舎らしい。


 みすぼらしい木の扉を蹴り開けると、中は意外にも整っている。服や装備、荷物などは丁寧に片づけてあった。


 そういやこういう身の回りの整理整頓ってのは訓練で最初にやることらしいな。隅々まで規律が整っているのは、将軍の奴が兵士たちを良く掌握していた証拠だろう。


 一つ一つ部屋を見ていくが、どれもこれも同じようだ。石れんがの建物の中に、簡素なベッドと清潔な床がえんえんと続いている。


『ここじゃないのかな。遺跡の方だろうか』


「でも、ギニョルをあそこに入れたら面倒なんじゃないのか」


『そうなんだよね。あの子の魔力なら、妖雲の宝玉を制御できるから』


 もしかしたら、首尾よく脱出したギニョルが隙を突いて宝玉を再起動してくれたのだろうか。


 兵舎の間には地面を掘った溝の痕がある。下級の兵士はテントで寝泊まりしていたらしい。それでも残りの兵舎は数十にのぼる。一個一個調べてたんじゃらちが明かない。


 軽く見て回るだけに決めて歩いていると、明らかに雰囲気の違う兵舎があった。


 周囲にはたくさんの靴の痕があり、アグロス製の酒の缶やつまみの袋、バンギア製の酒瓶が転がっている。戦いに臨んで最後の食糧を消費していったのだろうか。

この兵舎の周りだけ兵士たちのタガが外れたかのようだ。


 扉に近づくと、最悪な臭気が漂う。ここだけ外れた兵士達の規律、無造作に捨てられた酒、中から聞こえるすすり泣き。


 そういうことか。ちくしょうが。


「おい、誰か居るのか!」


 泣き声は同じだ。ロンヅが走り出て壁をよじのぼり、屋根の隙間から中を覗く。


『心配しないでくれ。君達を助けに来た』


 やっぱり居るのか。兵士の最後の欲望の犠牲者が。


 扉には外から南京錠が掛けられている。単純だが女の力では中から開けるのは無理か。


 M97の出番だろう。腰だめに銃を構える。ロンヅが叫ぶ。


『ドアを壊すよ。みんな部屋の隅に寄るんだ』


 小屋の中に向かって叫んだ。すすり泣きの主達か。


「撃つぞ、離れてろ!」


 スラッグ弾が南京錠を打ち砕いた。ドアを蹴り開けると、臭気は吐き気を催すほどに膨らむ。


 四つのベッドがある部屋。そのうち三つに、三人の女が裸でうずくまっている。


 バンギアの人間、悪魔、ハイエルフか。さらって連れてきた女だな。


 人間とハイエルフはどこを見ているかも分からないうつろな表情。間近で銃声を聞いてもこれなら、相当な目に遭ったのだろう。根掘り葉掘り聞くつもりもないが想像はつく。


 ようやく涙を納めた悪魔が、力なく俺を見上げた。


「お前は……」


 見た目が少年とはいえ、俺の性別は男だ。おびえたような目を見て言った。


「ギニョルの部下だ。あいつはどこへ連れて行かれた」


 女は息を吐いた。安心の涙で瞳が震え始める。


「……あの方は連れて行かれてなどいない。私達と違って強かった。連中が雲を消し山を下りてから、少しでも攻め込んだ皆の助けになると言ってここを出ていかれた」


 ギニョルは、この部屋の四人目にされていたのか。それでもなお、俺達を信じて反撃の機会をうかがっていたのか。


『行ってやってくれ。僕は人を呼んでくる』


「ああ」


 ロンヅのねずみにこの場を預けると、俺は兵舎を出て妖雲の中心に向かった。


 暗闇の中に浮かびあがるのは、四辺形を小さくしながら積み重ねたような形状の祭壇。ピラミッドの変形とも言えるかもしれない。


 ただそれは想像できる元の形だ。今はというと将軍たちの爆破によって見る影もなく崩され、あちこちに残り火をはらんだがれきとなって散らばっていた。


 妖雲はその間から湧いて出ている。根元をたどっていくと――。


「ギニョル!」


 俺は駆け寄った。祭壇のがれきの影、裸のまま胸元に宝玉を抱きしめ魔力を振り絞っているのは、俺達断罪者の長だった。

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