55少女の終わり
金属と樹木がこすれ合うような悲鳴を上げて、半分に千切れたむかでがもだえている。ガドゥがあごから放り出された。
『騎士さん』
声は目の前からした。むかで、キズアトが操っている奴じゃない。こいつはギニョルの使い魔のはずだ。
『フリスベルです。早く私の所に。このままではガドゥさんが死にます。でも私なら間に合う』
どういうことだ。いや、今は言ってる場合じゃない。
「っ、ぐ、うぅ、うう……!」
歯を食いしばり、痛みを押さえつけるように体を起こす。マロホシは俺のあばらと肺と、右腕の骨がぶっ壊れていると言いやがった。上等だ。
「悪い。クレール」
振り向くことなく、フロントウィンドウからはい出した。何とか立ちあがる。
状況は思った以上だった。砲撃は数十発もあったらしい。整然としていたノイキンドゥの石床には、ぼこぼこと穴が開き、煙を上げていた。
「けっ、いい気味だ」
なりそこない共も直撃していた。吹っ飛んだ肉片や、負傷してじたばたもがく奇妙な生物が十体以上。これは相当の被害だ。
バラバラとヘリの音が響いている。島の南側、ポートキャンプの向こうの方だ。
何の勢力が助成したのか。いやいい。フリスベルだ。
倒れたローブがやはりそうだった。なりそこないは居ない。駆け寄って抱き起す。マロホシの言う通り、鼻から一筋血が流れている。
ぐったりして顔色は蒼白。脈はあるが弱々しい。脳挫傷ってことは、もう意識はないのだろう。
『やっとこのときが来たわ! わが夫の領地に巣食う汚れども、代償を払わせてやる!』
拡声器の声が響く。近づいてくるのは、自衛軍のヘリだ。濃い緑のカラーリングだが、形状は通常のヘリと変わらない。丸っこい本体に尾翼とテールローター、頂上の回転翼。武装もない。UH―1J、通称イロコイだな。
振り向くとこのノイキンドゥにつながる道路に次々と車両が現れた。ハイエースに、ジープ。乗っているのは魔術師や銃で武装した騎士、マヤやザルアが来てくれた。味方がやっと到達したのだ。
ヘリの声も聞き覚えがある。ユエの姉、長女のララだ。エルフロック領を収めていたはずだが、来てくれたのか。
『後家めが。私の庭は誰にも乱させん。やれ』
キズアトの命令する声。紫色の魔力がノイキンドゥのビルから広がる。なんだと思うと、魔力は土地の周囲に反応した。線状に敷地を囲んでいる。
魔力の走った場所から、太く黒いつるが伸びあがった。
「石薔薇、かよ」
こんなときのためというか、ノイキンドゥを覆うように種を隠してあったんだ。それをハーレムズの連中の魔力で一斉に伸ばしたな。
まずいぞ。せっかく来た味方が隔絶されていく。つるが頭上で絡み合って俺たちを閉ざしていく。
『早くローブのポケットを。小瓶があります。それを私に飲ませて』
「これか……これは!」
小さな瓶に木片の栓。見おぼえがある。これは樹化の強薬だ。
シクル・クナイブの連中が死ぬ前に飲み干し、樹の化け物になっていった薬。飲めば二度と戻れない。
『急いで! もう私も、魔法を使え……な……』
ついてきたむかでの眼から光が消えていく。フリスベルは死につつある。ガドゥも出血が危険どころか、べつのなりそこないが近づいている。
もう、もう誰も失いたくない。だが今放っておけばみんな――くそったれ!
「……ごめんな。最後のキスが俺で」
栓を抜いて口に含んだ。背中を支えて、ちいさな唇を奪う。
中身を喉奥に流し込んだ。そっと横たえる。
死んでしまったのか。いや、俺でも分かるほど強力な魔力の胎動を感じる。
「やめろ、やめろマロホシ! ガドゥ、ガドゥ!」
クレールの叫び声。振り向くと、ドラゴンピープルが大あごでガドゥをくわえこむところだった。エルフの首が吹き飛んだ三つ首のなりそこないの姿。マロホシの操るやつ。
『気持ちで私の見立てを外すなんてね。やっぱり心臓を潰しましょう』
今まさに、鋭い牙がガドゥを引き裂く。
瞬間、竜の横顔が醜く歪んだ。
『がふっ!?』
無様な悲鳴。茶色い塊が激しくぶつかったのだ。
吹き飛んだガドゥの小さい体を、同じものが受け止めた。
「フリスベル!」
茶色は枝の塊。樹化した枝を伸ばして殴り、ガドゥを受け止めた。
ガドゥを乗せた枝が縮む。葉と枝の美しいしげみに、ぐったりと身を預けるガドゥ。
『大丈夫ですからね。ガドゥさん』
枝から走る魔力。操身魔法でガドゥの傷がふさがっていく。血液も作っている。失血はひどかったが、傷そのものは手術を要するほどではない。
「う……おれ……なんだ。これは、フリスベルか、樹化しちまったのか」
もうガドゥの気が付いた。樹化すると魔力が高まり、魔法の効果は上がるのだ。しかしもう、ローエルフの可憐な姿は見る影もない。
巨木が幹をぐにゃりと曲げる。葉と梢がさやさやとざわめく。
『ガドゥさん、ごめんなさい、私が真っ先に倒されてしまったから』
「違うよ! おれが遅かったからだ。お前、せっかく、せっかく好きなやつだってできたんだろ、なんで樹化なんて」
ガドゥは以前、自分を認めたブロズウェルに目の前で樹化され、失っている。
巨大な幹に口と目。穏やかな中に、強い決意を秘めた表情の割れ目が走る。
『これでいいんです。小さく弱い体より、はるかに強くあなた達を守れるから』
フリスベルの腕が降ってきた。俺の背中を覆ったとたん、銃声が響く。
銃弾が降る。魔力が高まっていたビルからだ。窓が割れて銃を持った連中が現れている。キズアトのハーレムズか、マロホシが作った下僕どもか。
フリスベルは俺を守ってくれたのだ。丈夫な樹になった体は、スレインの体躯と並ぶほどに頑丈だ。
『ローエルフが唯一の取柄の美を投げ出すとは! だがこいつだけは殺してくれよう!』
虎と人間のなりそこないがハイエースに向かっていく。キズアトのやつ、まだあそこにはクレールが閉じ込められている。
『後悔しません。この体が必要なんです!』
ぼこん、とハイエースの車体が跳ねた。地面の下に茶色い塊、フリスベルが根を伸ばしたのだ。枝も伸ばすと、車内からクレールを絡めとって手繰り寄せる。
足の傷が治療されていく。枝を抱きしめたクレールが手を震わせる。
「フリスベル、樹化なんて、君はこんな……」
『泣かないでクレールさん。銃と弾を取ってきました。まだ戦いはこれからですよ』
ハイエースから取って来たのか。M1ガーランドとレイピアを手にしたクレール。ガドゥもAKをつかみ、マガジンを持った。
『騎士さん、いけますか』
俺の方にも、ショットガンM97と弾薬が運ばれてきた。
「お前に最後に口づけた奴が、根性なしじゃ、話になんねえだろ」
操身魔法の効かない俺は、銃を木に立てかけて、どうにか動く左手でショットシェルを詰めた。スライドをつかんで振り上げ、慣性で初弾を装填する。
胸が割れるようだ。悲鳴を押し殺して構える。
『脳の壊れ方によっては、まだ魔法が使えることもあるのね……』
『貴様らの骸は、そこの樹を燃料に火葬してやろう』
まだ動ける、なりそこないの群れは十数体。フリスベルに依る俺たちを取り囲む。
石薔薇は頭上を完全に閉ざした。もうしばらく、俺たち対GSUM全員で戦うことになりそうだ。
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