54二つの現実
ぼふう、と轟く爆発音。
大質量の氷塊に高熱の炎塊が直撃したことで、急速な溶解、蒸発が起きる。固体から液体、気体へ。質量が膨れ上がり衝撃が巻き起こったのだ。
物理的な衝撃だ。銃弾が魔法で防げないように、フリスベルでは防げない。
ハンドルもブレーキもなかった。ハイエースは横転し、レンガの床で側面を引きずりながら吹き飛ばされる。
悲鳴も上げられない。俺はシートから投げ出され、天井で背中を打った。回転する車内であちこちぶつけている。
「うあっ!」
どん、と衝撃。車体が止まった。
右手が動かん。感覚がない。視界が暗い。晴れているはずなのに。
「騎士、無事か……」
「ガ、ドゥ」
声が出にくい。息が変だ。シートベルトを外したせいで、横転して吹き飛んだ車内でもろに衝撃を受けてしまった。
「すまねえ、おれ、ちょっと」
「おまえ……!」
ガドゥのジャケットの肩に血がにじんでいる。赤黒い鉄片が突き出していた。あれは後部座席のリアウィンドウ、食い込んでいた迫撃砲の破片だ。
俺のように体をぶつけた拍子に、突き刺さってしまったのだ。出血が多い。子供ほどのゴブリンの体格で、これほど失血してはまずい。
「手当しなければな……待ってくれ、血止めくらい」
「クレール、お前こそ」
「こんなもの……何でもない」
そんなはずはない。衝撃でシートが破損。椅子が外れて固定の金属部品がむき出しになり、そこに左足が突き刺さったのだ。
鉄の輪の罠の様だ。クレールはさしずめ虎ばさみにかかった獲物か。痛々しい。
「フリスベルは」
横転した車内に姿が見えない。窓のないフロントから見やると、緑色の小さな塊。あれはローブか。フリスベル、フリスベルは衝撃で車両から放り出されてしまったのだ。
俺たちを守ろうと、天井から体を乗り出したせいだった。
頭上のサイドガラスがぱきぱきと音を立てる。防弾だったはずだが、迫撃砲で破損させられ、さっきの衝撃で砕けるほどになったのだ。
それでも、防弾だぞ。砕けるのは――ドラゴンピープルの強靭な顎くらい。
『まあ、手術の甲斐がありそうな怪我ね』
女、マロホシの声。サイドウィンドウから入ってきたのは、長い首にくっついたゴブリンの顔だ。
こいつは三本首のなりそこない、水蒸気爆発でこの状況を引き起こしたやつだ。ドラゴンピープルの首でガラスを引きむしり、ゴブリンの首を車内に入れてきた。
鱗の生えた長い首につながるゴブリンの顔が、不気味にほほ笑む。口からマロホシの声がする。
『……騎士くんはあばら骨の骨折と肺の損傷、右上腕の骨折ね。この規模の事故なら軽傷よ。ガドゥは鉄片が右肺を貫通して、鎖骨と肩甲骨が壊れてる。寒いでしょう。大量に失血しているからよ、輸血しなきゃ数分で死ぬわ。クレール、百歳ちょっとの子供なのに、その足の怪我怖くないのかしら。腐ってなくなっちゃうのに』
一人一人をしげしげと眺めつつ、ゴブリンの顔はにたにた笑う。的確な診断だろう。医者としての宣告で、事態を意識させてくる。
『楽しい手術ができそうだけど、だめね。あなた達は私とミーナスを邪魔した。それに』
『眠るようになぞ死なせんぞ!』
むかでの顔が俺の脇に突っ込んできた。キズアトの操るなりそこないだ。俺には攻撃していない。ガドゥの小さな体をあごで抱える。しめあげて引っ張った。
「ぐっ、う、ぐぐぅ……」
肉と骨が裂けて千切れる嫌な音がする。歯を食いしばり激痛に耐えるガドゥ。体が鉄片から引き抜かれた。
大出血が起こる。ガドゥの赤黒い血にまみれて、むかでの額の顔が満足げに笑う。
『はっははは……小鬼の家畜のまずい血だ。だが、やっと一人まき散らかせた』
あと数分で死ぬところのガドゥが、これほど血を失えばどうなるか。叫ぶ力も残っていない。まばたきさえも、止まってしまった。
『違うわ、これで二人目。フリスベルは脳挫傷だもの。鼻血が出ていたでしょう』
マロホシの誘導に乗り、見てしまった。横たわる緑色のローブはぴくりとも動かない。あれほどの衝撃を受け、車から放り出されて、しかも子供並みのきゃしゃな体では。
分かっていた。奇跡は起きないのだ。断罪者だろうと死ぬときは死ぬ。ザベルのように。あるいは流煌が、フィクスのまま俺の眼の前で死んでいったように。
「ガドゥ、フリスベル。そんな……」
『心配しないで騎士くん、あなたの涙と同じくらい綺麗な死に顔よ。同じ女としてあんなふうに死にたいくらい』
『そうだな、辱めて引き裂くのも楽しくなる』
キズアトの声はいくつも聞こえた。俺の視界の中、フリスベルの周囲になりそこない達が集まってくる。虎、むかで、蜂。異形に融合した男の顔は、おぞましい欲望で満ちていた。
なりそこないの姿で、フリスベルを凌辱するつもりだ。
「やめろッ! 先に僕達から」
可憐な口をむかでの脚が抑え込む。血を浴びたむかでの額の顔が、冷たく見下ろした。
『クレール、心配せずとも後は追わせてやる。大切な仲間の亡骸がずたずたになるのを、じっくり眺めてもらってからな!』
キズアト、こいつには自分たちと戦ってきた俺たちを認める心はない。ただの邪魔者、苦しめて殺すのが楽しいだけの邪魔者だ。
分かっていたこと、なのだが。
『うふふふ、無様なこと。クレール、あなたは実の母を撃ち殺してまで、仲間が殺されるのを見せられに来たのね』
長い首の人間の顔が、マロホシの声であざける。俺は叫んだ。
「やめろっ! リアクスを引きずり出したのはお前たちだろうが!」
『使ってくれといったから、使ってやったまでだ。私でさえ盲点だった、最下級の娼婦の中に、断罪者の身内が零落して紛れているなど。もういいだろう』
むかでがしっぽを振り上げた。窓の外、晴れの光に毒の棘が閃く。恐らく体格通りの力と、強烈な毒が宿っているであろう。クレールを狙う。
『さあ、ヘイトリッド家は断絶だ! 貴様らがあざけったスワンプの手で終わるのだ!』
クレールの細い体に向かい、毒の棘が一直線に向かう。
まさにそのとき、地鳴りと共に爆炎が巻き起こった。
『ぐあっ!? なんだ』
『ミーナス、操作を切り替えて!』
マロホシの悲鳴、俺は目を閉じ、まだ動く左腕で顔と耳を覆った。
目を開ける。火炎が窓の外を襲っている。これは砲弾だ。迫撃砲、一体どこからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます