53自然と人為

 建物から飛んできた大わし。こいつは右翼の付け根に悪魔の上半身がへばりついている。

 床を砕いてはい出てきた虎。これも頭がなく、腰の部分からハイエルフの上半身が出ている。さながらケンタウロスの虎バージョンだ。


 体育館の窓から現れたかぶとむし。背中の羽根を覆う甲殻に、悪魔と人間の頭部と肩がくっついている。


 ドラゴンピープルの首は三つ。左右の二つはローエルフとゴブリンの顔だ。こいつの体格はスレインをも上回る約十メートル。『怪獣』と言って十分だ。


「ねじ曲がった魔力が満ちている。禍神とも違う。キズアト、マロホシ、あの人たち、一体何を作ったの……」


 フリスベルが震えている。


 床から這い出たむかでは、目と目の間に男の顔があり、背中には人の腕が六本も生えていた。


 生物本来の体の構造が、異形にねじ曲がったり、消えていたり、混ぜ合わさっていたり。見ているだけで気が変になりそうな、おぞましい怪物たちばかりだ。


 ざっと三十体ほどか。ノイキンドゥの中央道路に乗り込んだ俺たちを包囲してくる。


 意外と整然とした動きだ。確か、なりそこないは、魔力が安定せず、姿を保つために生前懇意だった存在を食らわなければならないというが。


『在庫処分セールにようこそ、断罪者さん』


 マロホシの声だった。輪唱みたいにあちこちから聞こえる。どうやら怪物どもの半分ほどが、この声でしゃべっているらしい。


 また自分を吸血鬼にして、蝕心魔法を使っているのだろうか。


「こいつら、全部操られているのか。なりそこないって、操れるのかよ」


「冷たく、決まりきった蝕心魔法の気配がするよ。おぞましいほど創造性がない。もし機械が魔法を使えたら、こんな風になるのかも知れない」


 ライフルを構えて、迫ってくるなりそこない達に狙いをつけながら、クレールがつぶやく。


「ありえねえ。みんな転移眼で操ってるんだ。破棄されたはずなのに、貴重品のバーゲンセールじゃねえか」


 ガドゥの言うことは当たっているのだろう。敵はどいつもこいつも異形だが、悪魔、吸血鬼、エルフ、人間、ゴブリンなど、蝕心魔法が効く人型の生物が混じっている。


 恐らく、そいつらの脳と眼球に転移眼をとりつけるおぞましい手術をほどこして、なりそこない全体を操っているのだろう。


 魔力が不安定ななりそこないでも、人型生物を混ぜてそこに転移眼という受像機を取り付ければ、その効果で操れる。それも、正常な人型の生物を操るより簡単にな。


だからこんな異形の群団を用意できた。


「こんなこと――。人を、生き物を、どこまで自分勝手にねじ曲げれば気が済むのですか」


 フリスベルが銃を強く握る。白魚のような手が、わなわなと震えている。


 強い怒りだ。自然の正義と美を重んじて来たエルフゆえ、断罪者として戦ってきたがゆえの。


 応えるように、むかでに浮かぶ男の顔が笑った。


『ローエルフ。貴様の怒りなど、この私に比べれば小さいぞ。なぜ私が小賢しい魔道具など使うか分かるか。かつてないほど我らの邪魔をした貴様らを、どうしても直接引き裂かねば気が済まないからだ』


 警察署で聞いた蝙蝠の使い魔と同じ声。ほかの化け物の人部分からも響いてくる。三十体のもう半分は、キズアトが操っているのだ。


 つまりここに集ったのは、怪物の体を持ったキズアトとマロホシだ。いよいよ喉元まで断罪の牙が迫り、本気で殺しにかかってきたってわけだ。


 議論は十分。もうやるしかねえ。マロホシの声が響く。


『さあ、断罪者。赤黒い臓物を見せてみなさい!』


 キズアトが怒りと喜びの叫び声をあげる。


『苦悶にまみれて死ね! くだらん邪魔者どもめ』


 群れが動く。襲ってくる。俺はアクセルを踏み込んだ。


「上等だ! 法の重みを知りやがれ!」


 エンジンが歓喜の声を上げ、ハイエースが走り出した。


『ただの車両が、力比べをしてみるか!?』


 飛んできた二匹のかぶとむしの化け物。ハイエースの行く道路正面をふさいだ。


「くそ、どきやがれ!」


 ガドゥがAKを乱射する。人間ならあっという間に貫く、7.62ミリの小銃弾。だが金属音と共に甲殻が弾き飛ばす。複眼部分にさえ効いていない。


 巨大になったぶん、甲殻も分厚くなってやがる。


『ははは、かゆいな! アグロスの武器はバンギアの生き物も知らんらしい』


 キズアトの声であざけるのは、甲殻にへばりついた男。腕に魔力を集中させている。現象魔法を使えるのか。


 タンタン、と乾いた音が貫く。

 魔力の集中が消えた。男の眼が破裂、心臓にも穴が開いている。


 クレールの狙撃だ。ガドゥの攻撃は囮。


「沼の者め、銃を知らないのはお前の方だ。僕の父さまを倒した武器だぞ」


 キズアトは本名ミーナス・スワンプ。先祖が紅の戦いを汚し、『沼』という不名誉な姓を与えられた吸血鬼のはみ出し者。対してクレールの父は幾度もの紅の戦いに勝ってきた偉大なる存在だ。


 その偉大なる存在を倒した銃。それに、沼の者の浅知恵が通ずるだろうか。


『おのれ子供が、言わせておけばああっ!』


 もう一匹のかぶとむしが突っ込んでくる。今度は人型部分を後ろにたたんでいる。狙撃でも無理だ。


 頭に来たらしいな。衝突して勝てるか。7.62ミリをはじき返す甲殻に。


 無理だが断罪者にはエルフが居る。

フリスベルが杖を出した。かぶとむしに狙いを定め、マントから小袋を投げつける。


『イ・コーム・ファナギア!』


 飛び散った胞子。呪文と共に魔力が走る。

 カブトムシの全身が、けばけばしい七色のきのこに覆い尽くされた。


 たちまち動きが鈍っていく。アスファルトを踏みしめていた脚がぽきぽきと折れた。頑丈な甲殻がぼろぼろに朽ちていく。


『なんだこれは、動け! 動かないか!』


 キズアトの間抜けな努力にもかかわらず、かぶとむし部分が崩壊していく。


「そこだぜ!」


 ガドゥのAKが吠える。見え隠れした人型部分に、小銃弾が降り注ぐ。


「甲虫類に取り付くカブトタケの胞子です。無理やりべつの生き物と混ぜられて、弱くなっていましたね」


いくら化け物でも、素体の性質は超えられないというわけだ。これで左車線が空いた。


 先に人型を殺されたもう一匹も、右車線で動かない。

 ほかのなりそこないが近づいてくるが、その前に脇を抜けた。


 数秒走れば交差点のロータリー。こうなれば、フリスベルの示した強大な魔力の方に突っ込んでやろう。


『まあ賢い。元の生き物の性質を利用するのね』


 頭上に影が差した。ドラゴンピープルの首、エルフの首、人間の首を持ったなり損ないが迫ってくる。速いぞ、車に追いついてきやがる。


『イ・コーム・フリス・オグ・バリズ』


 両脇の首が呪文を唱えた。こいつも、人型部分で現象魔法が使えるのか。


 俺はサイドドアのウィンドウを操作した。カチリと天井のドアロックが外れる。

間髪入れずにクレールが身を乗り出す。M1ガーランドも一緒だ。


 たあん、銃口が火を噴いて吠える。


 人型の首では銃弾を防げまい。そう思ったが、二つの首は中央のドラゴンピープルの首の影だった。こんな守り方とは。


 空中に氷の矢が形成されている。直径は十メートルほど、どでかい魔力で放つ質量弾の現象魔法。装甲どうたらの問題じゃない。潰されちまう。


「クレールさん、代わって。私が防ぎます」


 フリスベルがクレールと入れ替わりに杖を構える。だが氷が落ちてくる前に、ドラゴンピープルの口が火炎を溜めた。


 なんだ、どうする気だ。なりそこないが、俺たちから退いてる。まさか。


「フリスベル、だめだ!」


 ガドゥが引きずり降ろそうとした瞬間だった。


 放たれた火球が何トンもの氷の矢と接触する。

 瞬間、蒸気が狂暴にさく裂した。

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