52放たれるものども

 高架道路が終わった。ポートレールの駅を通り過ぎた。


 ガドゥが撃ったが、敵全員は倒れていない。銃撃も追いかけてくる。しかし、車体を叩く弾丸は減った。もはや脅威ではない。


 荷捌き用の四車線道路に入った。右手、広大な駐車場の向こうにノイキンドゥの建物群が見える。


 もう数秒進めば、元大学と専門学校の敷地へ通じる道だ。そこを右折して突っ込めばいい。


 そのはずが、正面にトレーラーが逆走してきた。列車用のコンテナを積めるタイプ、最もどでかいものだ。


 運転席には虚ろな目の人間が乗ってる。銃は持っていないが。


「敵です、操られてる!」


 フリスベルが言うのと同時に、クレールとガドゥの銃が弾丸を吐き出す。


 ライフル弾、小銃弾は窓と車体に弾き飛ばされた。防弾だ。もうGSUMはなりふり構っていない。駅からの銃撃といい、しゃにむに俺たちを潰す気だ。


 衝突、いや、ひきつぶされるぞ。


「くそっ!」


 俺はハンドルを切った。ハイエースは右へ。えんせきを乗り越え、芝生をえぐり、茂みを潰して進む。


 だがその先は駐車場。有刺鉄線付きのフェンスが迫る。


「そのまま進めよ騎士!」


 ガドゥとクレールが金網の縁を撃つ。枠が弱まった。俺はアクセルをふかした。


 突っ込んだハイエースの重量で、撃たれた枠がへし折れた。金網を引きちぎり、押し倒して突破する。駐車場に入った。


 当然ながら、様々な車が停車している。ノイキンドゥに勤めや用事のある連中だろう。俺はスピードをなるべく落とさず、間の通路を突き進む。


 こうなりゃ向こうの枠も突破してやる。


 背後でめりめりと破壊音がする。


 トレーラーも俺たちが作った金網の穴にのしかかり、金網を引き倒そうとしている。


 だが、車幅が広すぎてほかの金網にも引っかかって進めない。金網の根元は頑丈なコンクリートだ。しかも枠線は何百メートルにもわたって、何百本も打ち込まれた支柱とつながっている。


 いくらトレーラーの力でもそう簡単には破壊できない。


 再び銃声。振り向くと、トレーラーのコンテナが開き、出て来た悪魔や吸血鬼たちが射撃してきている。合計六人、小銃小隊と同じだ。


『よくも私のものを壊したな! 死にぞこないどもめえええぇぇぇっ!』


 悪魔の女がキズアトの声で叫んでやがる。見開かれた目は、生物の眼球ではない。ガラス玉のようなもので、銀色の魔力が光っている。


 ルーベの居たアジトで使っていた受像機だな。正式名称は分からんが、脳と目に物理的に取り付けて蝕心魔法で操るらしい。


 ブチ切れっぷりから、使ってるのはキズアトだな。


 ガドゥが振り向き、撃ち返しながら叫ぶ。


「ありゃ転移眼じゃねえか! ものすげえ珍しい発掘品のはずだぜ!?」


「GSUMの奴らが作ったんだよ! お前を助ける前に、同じもんをいくつも使ってた!」


 エルフや悪魔の姿をしながら、そのすべてがマロホシだった。言い方はおかしいが、これ以外に言葉が見当たらん。


「GSUMはそこまでできるのか!? ありゃあ、蝕心魔法の魔力消費を抑えて、射程や対象を大幅に広げるんだ。しかも奴隷や下僕と違って魔力感知にも引っかからねえ。古代の戦争じゃあ、しもべを大量に増やした吸血鬼が暴れまわったらしいぜ! 残骸しか見つかってないはずなんだが」


 厄介極まりないな。バンギアの住人にバレる所が、下僕や奴隷の弱点だったってのに。それを隠されればどうにもならん。


 しかし、発掘品の魔道具を解析して量産しているのか。ギーマやフェイロンドと、満ち潮の球を争って戦ったのが遠い昔のようだな。


 フリスベルが悪魔の胸元を撃つ。


「異常な魔力をしています。まるで、なり損ないですよ」


 クレールのライフルが、一人の頭部を撃ち抜いた。


「……すまないが、僕に解除はできない。あれは、確かに蝕心魔法だが、そうではないんだ。これ以上、どう言っていいのか」


 言い淀みつつも、次のターゲットを撃ち抜くクレール。さすがだが、解除の仕様がないのでは方法がない。


 銃撃戦を繰り返しながら、車の隙間を抜ける。俺は片手でハンドルを保ち、ショットガンを引き寄せた。正面は安全バー付きの精算機だ。


「悪いが、小銭もカードもねえんだ!」


 両手を使ってスラムファイヤ。バックショットの連射で、バーの根元を破壊する。落下したバーを踏みつけ、ハイエースは駐車場を抜けた。


 背後でトレーラーが精算機に衝突。バランスを崩して横転した。撃ってきたやつらはクレール達に返り討ちにされたらしい。


 コンテナ内に弾薬でもあったのか、出火、爆発を繰り返す。運転手は血に濡れたままぼんやり横たわっている。もうダメだろう。


 操身魔法か、蝕心魔法か、知らない魔道具か。いずれにせよ、死にたくないと嘆くことすら許されないらしい。あれが、キズアトとマロホシの犠牲者の姿なのだ。


 だが、わざわざあんなトラックを出して来たということは、俺たちの断罪に対抗する準備ができていないということでもある。ノイキンドゥに踏み込まれたくないのだろう。これはチャンスだ。


 ハイエースはとうとう、ノイキンドゥの敷地内道路へと踏み込んだ。歩いていた一般の構成員達が、断罪者を見て我先にと逃げ出している。


 安全や金が大事な奴らだ。命がけで俺たちに刃向かおうとも思わないのだろう。


 さて、ここからどうするか。


「騎士さん、病院のビルに異常な魔力が高まっています」


「吸血鬼の僕も分かるよ。最上階だね。病院のフロアにも気になるのがある」


 フリスベルが見上げる。クレールも指し示した。まだ島が落ち着いていたころ、断罪後の怪我で俺たちが世話になった建物だ。ノイキンドゥで唯一、断罪者が入れた場所だな。


 しかし、ノイキンドゥの敷地は広い。一平方キロは軽く超えるのだ。しかも建物の数も多く、かつての大学の講義棟や体育館、また医療福祉系短大の実験棟など、逃げ隠れできる場所はまだまだある。


 二人が同じ場所にいる可能性は低いと思うが。


「……騎士、本物だと思うか?」


「分からねえ。正直、魔力なんていくらでも偽装が効くからな」


 ガドゥの問いに迷いが膨らむ。天井を見上げても、使い魔のムカデはまだムカデのまま。ギニョルの声を伝えては来ない。


「ガドゥ、あの魔道具は射程を広げるっていうけど」


「それでも数キロだよ。少なくともキズアトのやつはこの島というか、このノイキンドゥのどっかに居るぜ」


 だからってどこに行く。味方の戦力は限られているし、時間だって――。


 けたたましい音と共に、あちらこちらでガラスや壁が破壊された。


 石床が壊れている。建物の壁が割れた。窓ガラスが砕け散っていく。


 火薬の爆発じゃない。どうなっているんだ。


『なるほど、マロホシの趣味も使えるものだな』


 キズアトの声だ。あちこちの破壊痕から聞こえる。


「ひ。あ、あぁ……」


 フリスベルが頭を抱える。奇妙な魔力に耐えられなくなったのだろう。俺も気分が悪い。俺程度の魔力感知でも、おぞましさは分かる。


 ガラスが割れる。壁が吹き飛ぶ。


 虎やむかで、かぶとむし、わし、ドラゴンに悪魔や人間。様々な生き物が合わさったおぞましいものどもだ。巨大な建物群のあちこちから、青空の下に這い出して来た。


「なり損ない、か。全部、操ってるっていうのか」


 クレールが息を呑む。あの紛争から数年間。GSUMが、『月と星を手にする』ためやってきた、おぞましい実験の数々。


 その残滓が、今解放されようとしていた。

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