51止まらぬ走狗


 うなり声に火炎を吐き付ける音が混じっている。ばあん、というコンクリートやアスファルトが砕かれる音もしたが、俺はハイエースのアクセルを踏み込んだ。


 三呂から島へ行く車、島から三呂を目指す車。高架上のさまざまな乗用車は異常事態に気づいたのか、路肩に寄って様子を見ている。


 フリスベルがパトランプを探して点灯させたが、その必要もなかったか。


 道は開いている。このままノイキンドゥまで突っ込むのみだ。


 高架道路を疾走し、いよいよ三呂大橋へ向かうカーブを迎える。正面に真っ赤な橋げたを捉えた。


 どおん、と地鳴りがした。ハイエースが一瞬宙に浮く。


 すぐ脇の路面が破裂していた。銃弾も効かないはずのサイドウィンドウに鉄片がめりこんでいる。


「迫撃砲の破片だ! 騎士、狙いをくらませ」


 クレールに言われるまでもない。迫撃砲の射程は数キロメートルに及ぶ。ビルの屋上、海まで迫る山の斜面、三呂大橋を狙える場所は少なくない。


「分かってるよ、どっかにつかまれ!」


 ステアリングとタイヤのきしみ。キュルキュルと悲鳴を上げつつ、不規則な蛇行運転を続けるハイエースの周囲の道路に、迫撃砲弾が次々と着弾する。


 破片が飛び散る。橋げたはかなり分厚いが、さく裂の跡は崩落し、下界の道路まで見えている。


 あらかじめ、三呂大橋を狙える場所に、迫撃砲を扱える奴らを待機させていたのだろう。自衛軍の兵士こそGSUMにはいないが、蝕心魔法でも操身魔法でも駆使すれば、戦死や行方不明扱いになった兵士を傀儡にすることはできる。


 この砲撃が、予定時間にスレインと境界課をまとめて葬る手段だったのだろうか。

 だが、三呂大橋は二層構造の橋げたを持つ。たまたま俺が上層の道路を選んだから届くものの、下層の道路を選んでいたら狙えないはずじゃないのか。


『騎士、敵の位置を特定した。わしとユエで向かって迫撃砲を止める』


 天井の虫が声を降らせる。俺と車内の三人は黙るしかない。舌を噛まないためだ。

 しかし止めるって、そう簡単にたどり着けるか。ユエはともかく、ギニョルは相当重傷だったはずだ。飛行できるスレインは、翼を失いドーリグと格闘を続けている。


 ふと考えたその瞬間、目の前で迫撃砲がさく裂した。


 車体が揺れる。爆風がフロントガラスを包む。

 それよりも、きっと進路上に穴が開いたはずだ。脱輪、いや落下して死ぬ。


「うおぉっ!」


 ブレーキを踏み、ハンドルを切ろうとしたそのとき。


「このままです騎士さん! ハンドル固定して!」


「騎士、目と口守れ!」


 助手席を後部に倒して、杖を構えたフリスベル。ガドゥがAKの拾床を振りかざした。


 ばぎ、と銃床でフロントガラスが割られた。爆風と破片で、もろくなっていたのだ。


 俺は身を伏せ、フリスベルの言う通りハンドルだけを固定した。


『コーム・ログ・ダフール!』


 杖なしで現象魔法か。魔力が感じ取れる。ハイエースの前方、今まさに迫撃砲が着弾した場所に集まっている。


 車体はまっすぐに爆発の跡を通過した。みじろぎもしない。恐らく現象魔法でコンクリートかアスファルトを増殖させ、固めたのだ。


 魔力の通り道のために、フロントガラスが邪魔だったのだろう。


 煙の中から車体が脱出。俺は体を起こし、コートの袖でフロントガラスの破片を押しのけた。もうシートベルトは仕方がない。

 燃えカスや爆発の煙をかいくぐり、突き進む先。道路の先が歪みに消えている。脇のポート・レールもだ。いよいよ境界だな。


 通過すれば迫撃砲も降って来なくなる。ギニョルたちが止めてくれたのか。これならいける。


「……そういや、前は境界出たところで撃たれたっけな」


 いないはずのポート・レールの運転手にギニョルが重傷を負わされ、タンクローリーが突っ込んできたのだ。本当に死ぬところだった。


「そんなことはさせないさ」


 クレールが助手席に出てきた。フロントボードに肘を突っ張り、なくなったフロントガラスの向こうを警戒する。


「ハチの巣にしてやるぜ」


 ガドゥも隣でAKを構える。このハイエースは銃撃戦用の防弾仕様だ。なくなったフロントガラス以外は、通常弾を気にしなくていい。


 重火器類の直撃は危険だが、キズアトとマロホシは表向き、まだ島内で選挙期間を過ごしている。三呂と違ってあまりに強力な火器は使えないはずだ。


 ノイキンドゥからなら撃てるだろうが、そんなことをすれば、住民たちに目撃されてしまう。今までさんざんGSUMの悪事を押し付けてきた謎の『敵』と自分たちが、関係あることになる。


 もっとも、すべてを捨てて俺たちを殺しにかかるというのなら、それも考えられるが。

 いや、今さら止まれない。


「抜けるぞ!」


 ハイエースの車体が歪みに突っ込んだ。


 瞬時に空気が変わる。迫撃砲の鉄臭さや火薬の臭い、汚れた空気が消えた。

 同じ午前の快晴の空は、三呂より透き通って見える。境界を抜けた。バンギアに入ったのだ。


 右前方にビルとモダンな建物が見える。ノイキンドゥ、欲望のままあらゆるものを食いつくすマロホシとキズアトの姿を隠す場所。ポート・ノゾミらしい澄んだ青空の中、身じろぎもせず島を見下ろしている。


 俺は周囲に気を配った。ポート・レールはない。対向車もない。歩道や建物の屋上、見える範囲の前方に、こちらを攻撃する気配はない。


「騎士さん、ちょっとだけスピードを落としてください」


 言われるまま軽くブレーキを踏む。フリスベルはサイドドアを開けると、マントの裏についた小袋を背後の路面に投げる。


『リグンド』


 呪文と共に、袋が破れた。真っ黒ないばらのようなものがわさわさとスピードを上げて飛び出す。こちら側も、境界の向こうへも伸びて覆い尽くしていく。


 いばらは道路とポートレールの線路まで延び、境界を覆った。フリスベルがサイドドアを閉じる。俺はスピードを上げながらたずねた。


「石薔薇だな」


「はい。こちら側も、あちら側も、境界を覆い尽くしました」


 なるほど、これならGSUMは三呂側に隠した戦力をこちらに入れられない。非常に頑丈な植物だ。破壊は不可能ではないが、現象魔法も受け付けにくいため、相当の時間がかかってしまう。


「でもこれじゃ、ギニョルやユエ達も来れないんじゃねえか」


 AKを構えながら、ガドゥがつぶやく。クレールが銃を下ろさず答えた。


「ガドゥ、スレインなら灰喰らいで破壊できる。ギニョルたちを連れてきてくれるはずだ。そうだろう?」


「ええ。それ以外に、石薔薇を短時間で破る方法はありません」


 フリスベルの言う通りだった。断罪者が七人そろうには、向こうに残った三人が全員無事にGSUMの連中を制圧し、石薔薇を叩き斬ってこっちに駆け付けるほかない。


 ギニョルはこのことを想定済みだろう。ドーリグと戦うスレインがどうなるのか分からないが、信じるしかない。


 天井のムカデの眼から、魔力の光が消えた。境界によって操身魔法の魔力が途絶えたのだ。ギニョルからの指示も望めない。


 ばご、と路面が弾けた。大口径の銃だ。狙撃か。ハンドルを切ろうとした瞬間、クレールのM1ガーランドが火を噴く。


 銃声は六発。空のクリップが銃身を飛び出す。


 距離一キロ弱。ホテルノゾミの上階から、白いものが落ちていった。

 ハンカチか何かに見えるが、人だ。あそこから撃ってきて、逆に撃ち抜かれた。


「キズアトのハーレムズをレディとは思わない。いや、レディであっても今の僕らを止められはしない」


 クレールが次のクリップを装填する。ガーランドの極大射程を超える超長距離狙撃。さすがに六発は要したが、寒気のする腕前だ。


 道が高架から降りていく。ノイキンドゥに続く道路めがけて、カーブしながら下っていく。


 道路沿いの建物の屋上、ポートレールの駅からゴブリンや悪魔、ダークエルフが現れた。

 手に手に銃を持っている。だがハンドガンやピストルの類。明らかに、準備が不足した寄せ集めだ。


 今度はガドゥのAKが叫ぶ。小銃弾が強烈に降り注いでいく。


「行こうぜ、騎士! 後ろは信じるだけでいい」


 撃たれた数人が、路面に落ちて死んでいく。


 反撃の弾痕が周囲を彩り、ボンネットや側面で弾けた。それでも俺はアクセルを強く踏み込んだ。法の走狗は、こんなことで止まらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る