56降り注ぐヤドリギ
三つ首のドラゴンピープルが、竜の首に火炎を溜め始めた。木には火か。
「二度も食らうか!」
クレールの狙撃がエルフと人間の首をぶち抜く。距離は遠くなかったが、竜鱗の首に揺れ動く頭だ。相変わらずいい腕だ。
「フリスベル、こいつをやれ!」
ガドゥが投げつけた黒く丸っこい塊。フリスベルが梢を上げる。
『コーム・フリズ』
ひゅうひゅうと冷たい音を立て、つららが突き進み魔道具を貫く。青白い魔力がさく裂、吹雪がドラゴンピープルの全身を取り巻く。現象魔法を同属性のまま増幅する魔道具か。
胴体や頭を貫かれ、凍り付いて落下するドラゴンピープル。下に居た、くものなりそこないが、巨体で押しつぶされた。
『うぐっ……!』
キズアトの悲鳴が聞こえた。そういやマロホシが操作を切り替えろと言っていた。痛覚もフィードバックしちまうのか。
すぐ近くで、虎のなりそこないが棒立ちしている。操作に隙ができたのだ。
「俺も居るぜ……!」
ショットガンを手繰り寄せて銃撃する。ずどん、大きく振れたがエルフの部分に命中した。
スライドをつかんで振る。銃の重みでリロード。さらに一発。また振る。装填されたバックショットが放たれる。
最後の一発はスラッグ弾。虎部分の額から胴体を貫通する。巨体がずんと倒れた。
『ぐ、うぅ……』
悲鳴が聞こえた。マロホシはともかく、キズアトはまだ魔道具の操作に慣れていない。切り替えが遅いため、やられると苦痛でほかのやつの動きも鈍る。
ガドゥのAKから小銃弾が降る。かぶとむしにへばりついた人間と悪魔がぼろ屑になって倒れた。
クレールの狙撃が複眼を両方ともぶち抜き、かぶとむしが動かなくなった。
『ミーナス、いったん退きなさい』
二匹のわしが頭上のフリスベルに近づいてくる。片方の背中にくっついたダークエルフが杖を振り上げた。
クレールとガドゥが銃を向ける。だがその前にもう片方が銃を出した。ストックを下ろして狙いをつける。ありゃVz61。通称スコーピオンだ。銃まで持たせるとは。
『危ない!』
フリスベルが二人を乗せた梢を引く。銃弾は石床で弾けた。
俺はM97を精一杯上に傾けた。五発、六発と撃つ。一発外したが、六発目でスコーピオンごと腕を吹っ飛ばした。
六発全部使った。補充しなければ。また立てかけてショットシェルを取り出す。片手じゃ時間がかかっちまう。
『地虫が。潰してやる』
キズアトの操るなりそこないが俺を囲んだ。虎、とかげ、むかで、くも。人間部分を背中にたたんでいる。
銃弾を受け付けない以前に、ショットシェルの補充もまだだ。
『騎士さん、つかまってください』
フリスベルに言われるまま、枝にしがみつく。ぐんと体が浮いた。樹化した以上枝は腕のようなものなのだ。しかも腕と違って二本きりではない。ガドゥ、クレール、俺をまとめて支えられる。
クレールがもう一匹のわしを撃った。杖がへし折れて落下する。
『ならば掘り崩してくれる!』
カミキリムシの化け物が近づく。樹木の天敵だ。ガドゥとクレールが撃つが、人間部分が甲殻に守られている。
どうするかと思ったら、フリスベルが俺たち以外の枝に魔力を集中させている。ぐいと曲げて、幹の真正面に溜めている。樹化されて強化された現象魔法だ。
『イ・コーム・フィレー・ズトルム・レリィ!』
正式な呪文と共に解放された魔力。現象は炎だ。
フリスベルの幹を中心に、数十メートル範囲の地上を炎が薙ぎ払う。いや、それだけじゃない。熱風は渦を巻き、空中にいた虫や鳥のなりそこないも、ことごとく巻き込んだ。
俺にも、ガドゥにもクレールにもダメージはない。フリスベルが幹で防御するだけでなく、魔力で周囲の空気を保ってくれているのだ。
『うっ……』
『く、くそっ』
次々と火だるまになり、落下し、燃え尽きていくなりそこない。虫も獣も、魔力の火には対抗できない。エルフや悪魔をくっつけている以上、現象魔法に抵抗できる能力はあるが、操る二人が同時に防御させられないのだ。
魔力感知もできなかったし、痛覚のフィードバックもかなりある。兵器としては未完成なのだろう。
そんなものを出すしかなかったってことは、あの二人もまた追い詰められているということだ。
銃弾が耳のそばで弾けた。フリスベルの幹や枝を削っていく。ノイキンドゥのビルからだ。いよいよ、なりそこないへの誤射を気にしなくなったらしい。もうみんな灰になっちまった。
フリスベルが根を動かした。ビルの方へ向き直る。
『騎士さん、クレールさん、ガドゥさん、このまま進みます。あの二人はノイキンドゥに居るはずです』
「大丈夫なのかい」
『私の体は銃弾で傷つきません』
やり取りの間にも、降ってくる銃弾が幹や樹皮を削っている。だがフリスベルはびくともしない。
ユエが一度樹化したダークエルフを倒したが、あれは一点に連射し、幹を貫通させて破壊したからだった。数百メートル離れた距離で、そんなことが出来るやつは存在しない。それに樹化したフリスベルは、枝も幹もはるかに太いのだ。対物ライフルの直撃にも耐える。
俺もクレールもガドゥも梢の間に伏せるだけでいい。
あの姿を失ったのは悲しいことだが、断罪においてこれほど頼もしい仲間はいない。
あとは外の奴らが石薔薇を破壊して入ってくれば、こちらの戦力も整う。二人は俺たちを攻撃して断罪法違反となっている。追い詰めてしまえばいい。
石薔薇か。ふと見上げると、頭上を覆う、つるの中に花が咲いていた。赤や白、黄色。様々な色で、俺たちの邪魔にさえなってなければずいぶんきれいなものなのだが。
開いた花が閉じていく。中心から小さな粒のようなものを落とした。
種か。種。こちらに向かって。
『いけない!』
フリスベルが俺たちを幹の下に隠した。頭上を梢の腕で覆う。
『うぅ……!』
ばき、びしびし、と表皮の割れる音。俺の目の前に落ちて来た種は、割れたとたんフリスベルの枝に食い込み、びきびきと成長し始めた。
これはヤドリギだ。
「騎士!」
「分かってる!」
ガドゥとクレールがレイピアで切り付けている。俺も懐のナイフで切り払った。
だが種は際限がない。頭上を覆う石薔薇の花から次々と落ちてくる。
侵攻が止められた。樹化した巨体は、この種の恰好の的なのだ。
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