57石薔薇を裂く牙


 ヤドリギ。アグロスにもある寄生植物。それ自体が光合成で栄養を作り出す能力をもつが、おもに他の植物に寄生して発根し、栄養を吸い取る。


 樹化したフリスベルにしてみれば、処刑樹を刺されるような痛みだろう。


「くそ、どうなってんだよ! 石薔薇とヤドリギは違うだろうに」


 ガドゥのナイフが閃く。斬り落としたそばから次の種が降ってくる。


「痛たっ……現象魔法です。石薔薇を操っている人が居ます」


 梢を動かし、種を振り払いながら答えるフリスベル。

 俺もナイフで目の前のヤドリギを切り落とす。


「クレール、狙撃はどうなんだ」


「見える位置に魔法を使ってくる奴はいない。銃撃してくる奴ばかり、ガドゥ危ない!」


 しゅぱっ、と聞き慣れない発射音。ガドゥの近くで爆発が巻き起こった。


「うおっ」


 へし折れた梢、葉や枝が燃え落ちる。ガドゥの居る場所そのものが落下していく。途中で枝につかまるが、その枝が折れた。地面に降り立つ。ガドゥ本人にダメージはないらしいが、地上に戻されてしまった。


「RPGまであるのかよ」


「迫撃砲がないだけましさ。石薔薇で使えないだけなのかな」


 12.7ミリの弾頭でもフリスベルを破壊できないと見て、対戦車用の武器を持ち出しやがったか。


「フリスベル、大丈夫か」


『なんとか……すいません、動くの、しんどくなってきました』


 根の進行が止まってきている。ヤドリギの種も次々に降り注いでくる。樹化したフリスベルはスレインを上回るほどでかいが、それだけに俺とクレールでは払いきれない。


 しゅぱ、RPGの第二射。俺は反射的に伏せた。

 どうん、とフリスベルの幹が揺れ、熱風が頭上を吹き抜けていく。


「フリスベル、フリスベル、しっかりしろ!」


 クレールの呼びかけに、小さな吐息が聞こえるばかりだ。樹化は銃弾に強くとも、爆風や火器に弱い。動けるとはいえドラゴンピープルたちより、動きも鈍い。


 パン、パンと乾いた音。芝生に立つオブジェの影から、人間がハンドガンを撃ちつつ前進してくる。根元のガドゥの方に迫ってやがるな。


「フリスベルが感知できなかったのか」


「奴ら魔力不能者だ。ユエや狭山と同じだぞ!」


 クレールが撃ったが、相手は芝生の廊下の柱に引っ込んだ。リロードも銃撃のタイミングも、こちらを読み切っている。


「ぐっ!?」


 たあん、グロックの銃撃音と共にガドゥの右肩から血が噴き出す。撃たれたのだ。AKでの射撃の合間を的確に狙われた。


「くそっ!」


 俺が撃ちかけると、相手はまた引っ込む。こいつも俺の動きを読んで撃たれる前に逃れている。片手で狙いが定まらず、射撃自体も遅いことを読んでいるのだ。


 ガドゥもクレールも、俺も、動きを確実に見られている。銃撃戦の練度が、俺たちより上だ。


 ユエしかり、狭山しかり、魔力不能者は銃火器に高い適性がある。しかも魔力がないため魔力感知に引っかからない。キズアトとマロホシは、こんな兵隊も飼っていたのだ。


 樹化したフリスベルになりそこないを焼き尽くされた。だから、樹化の弱点を突いた重火器攻撃と魔力不能者の波状攻撃に切り替える。高い柔軟性もまた、連中の手ごわさ。


「うっ……」


 クレールがうめく。マントの裏地の赤がさらに濃く染まる。左腕をやられたのだ。もう正確で素早い射撃は無理だ。


 ガドゥも動きが鈍い。俺は相変わらずの負傷、敵はどんどん近づいてくる。いけると見たのか、ほかのビルからも悪魔や吸血鬼が出てきた。


 銃口が増えていく。三十人以上が途切れなく銃撃してくる。俺もクレールもガドゥも、梢を出ることができなくなった。


 敵の層はこれほど厚い。キズアトとマロホシという、他者を貪りながら莫大な利益も振りまく存在に群がる者が、これほど居るのだ。


『三人とも聞いてください。これから時間を稼ぎます。私の意識を消して、もっと強い樹の壁になってみなさんを守るから援軍を待ってください』


 それは、死ぬことと同義だ。


 だが、俺もガドゥもクレールも止めることがなかった。これ以上は進めない。敵に制圧され全員殺される。フリスベルを二度死なせて、俺たちだけ生き残るしか――。


「いや、もういい。フリスベル」


『クレールさん?』


「感じないか、石薔薇の外だ」


 銃撃の中、幹を見上げてクレールがほほ笑む。


 その瞬間だった。今まさに俺たちに近づく魔力不能者たちの脇で、石薔薇に裂け目が走る。


「どおおあああぁぁぁっ!」


 咆哮。ずぎゃっ、とRPGにも負けないさく裂音。銃弾も魔法も受け付けないはずの石薔薇が十メートルにわたって千切れ飛んだ。


 ぬっと現れた真っ赤な巨体。筋骨隆々とした腕、吊り上がった目に裂けた口。

 携えた巨大な戦斧は、吐き出す炎に焼き尽くされた者をも食らい尽くす“灰喰らい”。


 スレインだ。そして。


 背にはテンガロンとポンチョをはおった、断罪者最高の射手も居る。


 ユエの手でSAAが吠えた。


「あぐ……」


「うっ」


 迫ってきた魔力不能者が五人、息吐く間もなく崩れ落ちた。銃を向けることすらできないほどの早撃ち。ポンチョの間から銀色の重心が突き出ている。白煙が上がっていた。


「……突入に遅れても、早撃ちは遅れないんだからね」


 かしゅ、ホルスターに銃が収まる。早撃ち用のファニングショットで、ここまで正確に命中できるのは両世界でユエだけだろう。俺の妻だと信じられぬほどの腕。


 頼もしい赤鱗の竜、スレインがこちらに駆け寄ってくる。その背には翼がない。ドーリグとの戦いで千切り取られたのだろうか。


「無事だな、四人とも……フリスベルなのか」


 敵がやけくそで撃ちかけてくる銃弾を弾きながら、スレインがわずかに目を見開く。

 ヤドリギにまとわりつかれ、RPGであちこち焦げたフリスベルは、幹の裂け目を動かした。どこか、少女だった姿を思い出させる。


『……申し訳ありません。これしか方法がなくて』


「樹化、使っちゃったんだ……」


 ユエにとっても、俺との再会より衝撃だったのだろう。やっと断罪者がそろったというのに、すでにフリスベルは人の姿をやめてしまった。


 ぷーんと羽音がする。俺の肩にとんぼが止まった。


『ではその代償、どれほど高いか連中に教えてやるがよい』


「ギニョル! お前、体は」


 使い魔ってことは、やっぱり本調子じゃないのか。もしかしたらフリスベルのようにこいつを使ってしか俺たちに話しかけられない状態になってしまったとか。


「ギニョルか。そうだ、騎士くん! 味方はまだまだ居るんだよ」


 射撃しながら、ユエが振り向く。


 俺は背後に魔力の変動を感じた。石薔薇の方でなにかが起こっている。スレインの力と灰喰らいの破壊力以外で、こいつを破ることは不可能なはずではないのか。


「……ゴドー、あなた、なかなか優秀な魔法を残したわね」


 石薔薇が数十メートルにわたって枯れ落ちた先。十数台ものジープに、何十人もの味方を引き連れ、ユエの姉のララ・アキノがたたずんでいた。


 その脇には、確かに俺たちの“お嬢さん”の姿がある。ギニョルは議員たちの方に居たのだ。


「誰が、どんな姿でもよい。法の走狗たる我らの牙、七本揃って首筋に打ち込んでくれよう!」


 駆け出すギニョル。石薔薇の穴から、戦闘車両とジープが突っ込んでくる。議員たちが集めてくれた味方だ。


 キズアトとマロホシに次の手があるというなら。

 俺たち断罪者もまた、牙を七本揃えて挑むまでだ。



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