58猟犬が駆ける
ララが開けた石薔薇の裂け目からも、スレインが開けた裂け目からも、次々に味方が入ってきた。
まずララ側から、白銀に塗装された防弾仕様のジープとハイエース。乗っているのはマヤ率いるバンギアの人間の議員や騎士たちだ。
続く、若葉色の塗装が施されたジープとハイエースには、ワジグルが率いるハイエルフの議員やダークエルフ、ローエルフたちが乗っていた。
スレイン側から入ってくるのは、なんと装甲車。こっちにはゴブリンが乗っていた。ほかにも、冗談みたいな真っ黒のリムジンが現れたが、こちらにはヤタガゥンを先頭に、吸血鬼の議員団が乗っている。
車両は合計十数台。兵員を数えれば百人近いだろう。掛け値なしの本気だ。
この断罪の機会に、マロホシとキズアトを、GSUMという罪業の根を島から完全に引き抜くつもりなのだ。断罪者の味方もこれだけ揃っている。
味方の乗った車両はノイキンドゥの道路を疾走。建物ごとに分かれて、次々に銃撃を始めた。
他方で、建物からも銃を持ったGSUMのメンバーらしい連中が現れて応戦する。ビルや研究棟の窓が割れると、なりそこないまで次々と飛び出してきやがった。
たちまち、ノイキンドゥは銃と魔法が唸りを上げる戦場となった。
俺たちの方にも、かぶとむしのなりそこないに隠れながら、ハーレムズらしいコンバットスーツの女どもが近づいてきやがる。
一人がRPGを向けてきた。スレインが立ちふさがり、灰喰らいと腕を交差させる。
発射音と爆発。しかし赤鱗はびくともしない。雄々しい竜の横顔が、爆風をかきわけ現れた。
「……喉首や腹でなければ、どうということはないな。フリスベル、ララ達が来るまで騎士とガドゥとクレールを保護してほしい。それがしとユエで応戦しよう」
『お願いします……』
フリスベルが枝葉を伸ばし、負傷した俺たちを覆い隠してくれた。
俺もクレールもガドゥも、正直助かった。味方がかけつけ反撃、逆転といきたいところだが、骨を折られ銃弾を受け、雰囲気だけでは戦い切れない。
「騎士くん、ちょっとの間まかせといてね。行こう、スレイン!」
「ああ。ハバク砦の再現だな!」
スレインが竜の咆哮を上げ、灰喰らいをかざして突き進む。
一歩ごとに路面が砕け、踏み出すたびにえぐれていく。
ハバク砦というところでは、かつての紛争においてバンギアとアグロスの最大の開戦があったという。自衛軍は数千もの兵力を投入し、アグロスもエルフや人間、ドラゴンピープルが戦力を集結させて迎えた。
かつてユエが副団長を務めた特務騎士団や、赤鱗の英雄ことスレインが活躍した戦場だ。
当時こそ、二人は別々の所属で戦っていたが。
今や、断罪者として力を合わせている。
スレインに重火器が効かぬと見るや、なりそこないのエルフ部分が、杖に魔力を集中し始めた。
『コーム……』
「遅いよ!」
杖が両腕ごと吹き飛んだ。ユエの早撃ちにやられたのだ。
ほかのやつらがRPGやグレネードランチャーを構えるが、ユエの速射が襲う。
なりそこないと合わせて六発。SAAがリールを一回転させると、全員武器を封じられた。
そして、距離も十分詰まっている。
「ぜえやああぁぁっ!」
スレインと灰喰らいが吠える。薙ぎ払いはなりそこないの甲殻を断ち割り、ハーレムズをまとめて吹き飛ばした。
「おおおぉぉぉっ!」
火炎を吐き、戦斧を振るう赤鱗の竜。
その背では、ユエがSAAとP220を撃ち、巧みに隙を補っている。弱点である現象魔法のそぶりでもあれば、その瞬間撃ち抜くのだ。
ユエは魔力不能者であり、魔力感知はできない。だが戦闘のセンスは一流であり、敵の位置や動きの観察により、詠唱や魔力の集中を察知することができる。
「すごいな……あの二人」
「相手が気の毒に見えるぜ」
クレールとガドゥの言う通りだ。
GSUMにとって、悪夢のような竜騎兵だろう。スレインとユエは劣勢気味の味方を救い、敵を次々に沈黙させていく。なりそこないもどんどん倒され、息のある構成員達は、議員や騎士たちによって魔錠がかけられ拘束されていった。
まだどの建物にも突入できてはいないが、戦況は徐々にこちらの有利に向かっている。
からからと音をさせて、フリスベルの根元に馬車が止まった。この場にそぐわぬ見事な白馬が引く、装飾過多なやつだ。
こんなのあったかと思ったら、あっという間に崩れた。砂でできていたのだ。
砂は乗っていた二人の女の足元で渦を巻き、樹になって俺たちの所まで運んできた。
会うのは三度目になるか。人間でありながら、その現象魔法の素質と政治的な手腕で、今やエルフの森を牛耳っていると言っていい、ララ・アキノだった。
ララはまずフリスベルの幹に手を当てた。
「随分と哀れな姿になったわね」
『ララさん……』
「勘違いしないで。この負傷のことを言っているの。樹化は不可逆だけど、単純な現象魔法なのよ。私が繕い直すわ」
言うが早いか、ララの手から魔力が流れ込んだ。焼け焦げ、砕かれていたフリスベルの表皮が一気に芽吹き、焼け落ちた梢も再生していく。
『あぁ……なんて心地いい。ありがとうございます! ガドゥさん、クレールさん、私の茂みに傷を』
言われるままクレールとガドゥが茂みの中に入った。フリスベルの葉が二人を覆い隠し、回復の操身魔法をかけた。
「信じられないな。こんなに早く見事に」
「なんか、疲れまで取れちまった。丸一日戦えそうだぜ」
二人とも破れた服の下に傷跡すらない。銃弾を受けたというのに、信じられんほど完成度の高い操身魔法だ。
『ララさんのおかげです。森の魔力をいただいて、元気が出ました。騎士さんも、ちょっと待っていてください』
「いや、俺は操身魔法は」
『違いますよ……えい!』
俺の目の前に枝が伸びた。先端の若葉は、瑞々しく濡れてつやつやと光っている。
枝は俺の袖口に入ると、砕かれた手首にまきついた。腹から入った方は、息をする度痛んでいた部分に絡みつき、ギプスのように固定した。
「こいつは……」
かあっと体と腕が熱くなる感覚。苦しさが和らいだ。
『麻酔と治癒効果のある薬草です。枝変わりで作りました。操身魔法ほど効き目は早くないけど』
「いや、十分だぜ」
俺は改めてM1897をリロードし、銃剣をつけた。痛みは残るが、動かせる。十分戦闘が可能そうだ。
薬草をくくりつけられただけで動き出す俺を、ララがまじまじと見つめる。
「本当に、人間ではないのね」
「まあな。16のなりだが、年も二十三だし。ザルアより上だな」
俺の治癒力は常人より上。枝で骨を固定し、薬草により治癒力を増進させてもらえば十分動けるようになる。
ガドゥとクレールも装備を整えなおした。そして、俺の肩からとんぼが飛ぶ。行先はフリスベルの梢。
「では、義理姉の前でよいところを見せねばならんな」
「ギニョル!」
紫のローブに揺れる赤い髪。どくろの杖とエアウェイトを手にした断罪者。砂で登ってきた二人目の女。
やっぱり来てくれた。これで、やっと七人そろった。
ララが飛び降り、砂で鎧の騎士を作って敵の方に突進していく。
クレールとフリスベルがじっと見つめている。お嬢さんはかっと目を見開いた。
「進め! 我らノゾミの断罪者、最後の断罪事件じゃ!」
フリスベルの根が地響きを立てて動き出す。
クレールの狙撃がガラス窓とエルフを貫いた。
俺のショットガンがなりそこないにへばりついた人間をぶち抜く。
ガドゥのAKに撃たれた吸血鬼が、声も出さずに倒れた。
マロホシとキズアトの居るビルを見上げる。
七本揃った俺たちの牙、奴らの細首に届かせてやる。
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