20吸血鬼の格

 クレールが眠らせた三人、ハプサアラとキファイグとカイア。


 シーツや俺達のコートやマントを使い、小屋の床に横たえた。


「重症なのは、キファイグか」


 こっちは右手が吹っ飛び、腹にも散弾が入っている。


「こちらのレディもだ。即死じゃないけれど、散弾が腹に食い込んでいる。本当に恐ろしい武器だな、ショットガンというのは」


 蝕心魔法で意識を奪われているにもかかわらず、ハプサアラは歯を食いしばっている。相当な苦痛だろう。元々色は白いが、血色がさらに薄くなっている。


 精悍なキファイグもそうか。こっちも半端な負傷じゃない。


 二人とも、早く散弾を摘出して、傷口を塞いでしまわなければならない。


「包帯と、外科用のはさみと、縫合糸に消毒薬か」


 改めて確かめると、救急キットはほんの応急用に過ぎない。せめて血液の代溶液や点滴のセットはあるかと思ったんだが。バンギア人には扱えないという判断だろうか。


「散弾は摘出できるだろうが、二人とも輸血が必要だ。フリスベルかギニョルが居れば、なんとかなるんだけどな」


 手早く二人の傷口を消毒しながら、クレールがつぶやく。


「吸血鬼って、蝕心魔法だけなのか」


「そうさ。現象魔法や操身魔法と違って、人の心に働きかける蝕心魔法は特殊なんだ。魔力の操り方も、まったく別なんだ」


「マロホシのやつが、よほど異常ってことだな」


 悪魔でありながら、操身魔法で自分を吸血鬼に変化させ、蝕心魔法を扱う。あり得ないことだが、今ここにマロホシが居れば、この程度の負傷は難なく治療してしまうだろう。


 悔しいが、スレインも俺も、断罪者は大抵あいつの腕に世話になっている。


 散弾を除こうとすると、どうしても傷口を広げる。血が流れてしまう。シーツやマントで覆っても、体温が低下していく。


「……だめだ。これ以上は、やっぱり輸血か、操身魔法で傷をふさがないと」


「仕方ねえな。屋敷に戻って誰か呼んでくる!」


 最初から行けばよかったのだ。それにしても、クレールが来てくれたんだから、ギニョルだって来てもよさそうなものなのだが。


 俺が扉を開けると、操身魔法の使い手が目の前に腐るほど居た。


 悪魔と、奴隷にされたハイエルフ達が、ハプサアラの小屋を取り囲んでいるのだ。


 馬車は五台。翼の生えた山羊の姿に変わったのが、六体。角付きの人間姿の奴が十人。


 奴隷たちは二十人ほど。ウィンチェスターライフルや俺のショットガンM97を肩にをかついでいるのが居る。リボルバーのSAA、種類は不明だが恐らく9ミリのハンドガンを腰のホルスターに差した奴も居る。刃物は、レイピアや、俺の舌を切り取ろうとした、三日月型のハルパーを帯びている奴が居る。


 一様に、剣呑な表情をしていた。奴隷の目に生気はなく、そのくせ底冷えのような冷たい憎悪がだけがある。悪魔達は、まさに獲物を前に舌なめずりという雰囲気だ。


 丘から見下ろすと、シェイムレスヒルの通りや家々にも、人だかりができている。

 吸血鬼や悪魔が、それぞれの下僕や奴隷と共に、住人を追い立てているらしい。


 俺達を囲んだ殺気立つ集団の中に、後ろ手に縛られた見覚えのある姿がある。


「おいギニョル! ロンヅもか!」


 断罪者の長にして、悪魔を指導するはずのギニョルが、父親のロンヅ共々縄をかけられて捕らえられていた。ご丁寧に、魔錠まではめられている。


「すまぬ、騎士、議論が紛糾した。こ奴ら、強硬に出るつもりじゃ」


「皆さん、勇んでもなんにもなりませんよ。むしろ、戦闘を心得た彼らに協力を求めた方が……うぐっ」


「お父様!」


 ゴブリンに殴りつけられ血を流すロンヅに、ギニョルが悲鳴を上げた。


 悪魔達の中から、一人の吸血鬼が現れる。

 ロンヅと並び、この地の吸血鬼達を代表するダルフィン家の女当主、ニュミエだ。赤い瞳が残忍なきらめきを帯びている。


「その中に隠した反乱者達をこちらに渡しなさい。今、捕らえている反乱者達と共に、血を流して戦いの狼煙とするわ」


 家々から、魔錠で拘束された人間やエルフが現れる。銃声ひとつ聞こえなかったが、どうやら、主人が直接捕らえているらしい。吸血鬼の下僕も、悪魔の奴隷も、主人だけは裏切ることができない。


 使い魔は屋敷とつながっていた。将軍やハプサアラのやりとりも見ていたのだろう。

 下僕や奴隷にはなにをしてもいいと思っていたこの連中が、いっぱしの反乱なんぞたくらまれていたと知った日には、どうなるかは明らかだ。


 クレールがニュミエの眼前にひざまずく。


「どうか、今少し。ヘイトリッド家の当主として、申し上げます。せめて負傷を治療して、彼らの言葉を」


「黙りなさい、クレール! 下僕は吸血鬼に逆らえない。あなたの父も犯さなかったこの地の掟を破るのか!」


 ニュミエが放った銀色の魔力が、クレールの頭上を取り巻く。


「う、ぐぅ……ニュミエ様……っ」


 美しい顔に冷や汗がにじみ、右手がレイピアを抜いて自らの喉元に近づける。蝕心魔法にやられたのだろう。


キズアトの奴以外にも、クレールを操れる奴が居るとは。


「おお、ニュミエ様、衰えておりませんな!」


「若齢とはいえ、かのライアル殿の一粒種を、かようにあしらわれるとは!」


 感嘆の声が、悪魔達から上がる。ニュミエは表情を動かさなかった。


「クレール、私に従いなさい。ダークランドはアグロスの軍勢に徹底抗戦する。流儀を知らぬ奴隷共の血で、今より戦端を開く。そこに、ヘイトリッド家の血も混ぜましょうか」


 まずい。俺はクレールにしがみつくと、喉元に近づく腕をつかんだ。レイピアの切っ先が、細い首の寸前で留まる。


 機械をつかんでいるようだ。クレールが体格に似合わぬ筋力の持ち主ということは分かっているが。腕が鉄の部品になったかのように、レイピアを突き立てようとする。


「騎士、よせ、ニュミエ様は、お前など、なんとも思わない……」


 クレールの左手が、M1ガーランドに伸びた。引き金に指がかかったまま、無骨な銃身が俺の腹に当てられている。


 ニュミエが舌なめずりをした。腕を止める俺を撃ち殺させて、絶望したクレールに自殺させるか。憎悪で狂った吸血鬼らしいやり方じゃないか。


 ギニョルが悲鳴に近い叫び声をあげる。


「クレール! 騎士! ニュミエ殿、待ってくれ。わしはもう抵抗せぬ。頼むから、まだ若いクレールに、友を手にかけさせるような真似はよせ。それに騎士はダークランドにとって、ただの部外者じゃ」


「そうは言うけれどね。へばりついているのは、あの下僕半の問題でしょう」


 つかんだ腕の力が増した。クレールは歯を食いしばり、少女と見まごう真っ白い頬に、苦悶の表情を浮かべている。


「おいクレール。いつもの、余裕はどうしたよ……! 死ぬ気で抵抗しろよ」


「だが、相手は父様と並び称されたほどの、ダルフィン家の当主だ。僕の蝕心魔法では、これ以上抵抗など……」


 また、親父か。家族を失ったお坊ちゃんなんて、断罪者の顔じゃないだろう。

 俺は腕をつかんだまま、ひじでクレールの腹を突いた。


 島に居れば、自信に満ちたその表情にも、病気の子供のおもかげがある。

 お前は、そんな奴じゃないだろうに。


「いいか。だとしても、今の当主はお前だ。いっつもお前が自慢してるライアルが、こんな捨て鉢な真似、許すと思うか。お前が止めなきゃ、誰がやるんだ!」


 かっと頬が上気するクレール。瞳の中に魔力が巻き起こる。


「ふざけるな、お前に、言われなくとも、父様のことは、知っているさ!」


 激しい魔力がクレールの目で散った。ニュミエが放った頭上の魔力が消し飛び、蝕心魔法が解除された。


「ぐっ、これほどとは……」


 内部の血管でも切れたのか、眼から血を流してしゃがみ込むニュミエ。


 さっきの誉め言葉がおべっかでないとすれば。クレールはかつてキズアトの奴にやすやすとやられたときより、相当に実力を上げたのだ。

 というか、こっちが本来の実力なのだろう。断罪者として戦う中で、ただのお坊ちゃんならあり得ないような修羅場を何度もくぐり、様々な精神を支配してきたせいだ。


 108歳という年齢は、吸血鬼としてまだまだ年若いらしい。だが、断罪者であるクレールは、ダークランドで自分の能力に溺れているばかりの連中とは、根本的に違う。


「ニュミエ様! 失礼を致します」


 今度はクレールの番だ。魔力はニュミエの頭上をよぎり、まだ血の流れる左の瞳から光が消えた。操られたニュミエは、隣の奴隷からハルパーを奪い、自らの首に押し当てる。


「クレール殿、血迷われたか!」


 初老にさしかかったと思しき悪魔が叫ぶと、下僕や奴隷が一斉に反応する。


 レイピアを抜く音、撃鉄を起こす音、ハンドガンとショットガンのスライドを引く音。

 あらゆる敵意が俺とクレールに向けられている。


 だが、こちらは吸血鬼の指導者たる、ニュミエの命を握っている。

 クレールは冷静な調子で包囲した連中に呼びかけた。


「武器を捨ててくれ。小屋の中の者に手当てをして、反乱の経緯を調べるんだ。自衛軍の本格的な攻撃は明日だ。ギニョルと僕と、ここに居る騎士が情報をつかんでいる。明日までは、戦力の集結は不可能だ。将軍の奴も、まだ動けない」


 フリスベルが知らせてくれた情報だった。連中の巣食うマウントサースティと、将軍が掌握した日ノ本派遣の自衛軍との間には、まだ距離がある。


 悪魔達が顔を見合わせる。奴隷たちは武器を納めていく。


 どうやら、ニュミエの指導力あってのこの軽挙だったらしい。そいつがこうして、掌握されてしまえば、戦意もしぼむか。


 ギニョルとロンヅが魔錠を外された。恭順を示したいのか。


 クレールも蝕心魔法を解除する。ニュミエがハルパーを落として、膝と手を地面に着いた。脂汗が、滑らかな頬に滴っている。


 吸血鬼にとって、操られることはどれほどの恐怖だったのだろうか。


「クレール、なぜなの。あなたの父なら、こんな行為は」


 武器を納めたクレールは、見上げるニュミエのかたわらにしゃがみこんだ。


「ニュミエ様、あなたの知らない父様のお顔も、僕は側で知っております。どうか、気持ちをお納めください。あなたとて、本来はいたずらに血を求むるお方ではなかったはずです」


 穏やかに諭されたニュミエは、それきり黙り込んだ。


「クレール、騎士、ようやってくれたな。断罪者の長としては褒めおく。このダークランドの住人としては、感謝してもしきれない……」


「そいつはいいが、急いでくれよ。ハプサアラ達が俺のショットガンで」


 言いかけたまさにそのとき、小屋の扉が蹴り開けられる。


「悪魔どもめ、皆殺しにしてやる……」


 AKを持ったハプサアラが、この場の全員をにらみすえていた。

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