19勝利とも呼べない

 ハプサアラの小屋まで戻ってくると、イニスが急に駆けだした。

 裏木戸をひっかき、激しく吠えかかる。


「騎士」


「ああ」


 クレールにハプサアラを預けると、俺はM97を腰だめに構えた。裏木戸から出てくる奴の正体を探る。


「イニス、一体どうした……あんた!」


 出てきたのは、ダークランドに来たばかりのときに出会った、元下僕。キファイグという名のハイエルフだった。


 だが、農夫の格好ではない。迷彩ズボンにブーツ、シャツ、肩からは弾帯をかけ、腰にはナイフと、自衛軍が使っていた9ミリ拳銃。背中から、AKの銃身がはみ出している。


 ハプサアラはこのシェイムレスヒルで自由に過ごす奴隷や下僕達に、訓練を施し、武器を与えたと言っていた。ここで自由を享受するキファイグが、その一員でもおかしくはない。


「銃を、降ろしてくれよ。ナイトさん。あんたは吸血鬼や悪魔の味方じゃないんだろう」


 こいつは、確かバーでひと悶着あったときに、記憶を消されていたはずだ。


「キファイグ。俺を、覚えてるのか。吸血鬼は記憶を消さなかったのか」


「あの後、金で丸め込んだよ。吸血鬼っつっても、イェンを欲しがるんだ」


 買収したのか、主人に当たる吸血鬼達を。


 自衛軍経由で、日ノ本との貿易を行っていたのか。あるいは、行方不明にでも見せかけて、主人を狩って日ノ本に売っていたか。


 下僕や奴隷がかしずくのは、あくまで自分を作った吸血鬼や悪魔に対してだ。


 主人と同じか、それ以上に位の高い者であっても、命令によっては追いかけて仕留めることがある。ましてや、こいつらは、シェイムレスヒルで自由を享受し、戦闘訓練も受けていた。


 いずれにしろ、表面の文化や歴史を取りつくろって、日ノ本をあなどる吸血鬼や悪魔なんぞより、よほど金を蓄えているのだろう。


「覚えているんなら、俺の正体知ってるな。ポート・ノゾミの断罪者として、このダークランドを守らなければならない。武装蜂起なんかさせないぞ」


 ショットガンは、下ろさない。

 こいつらに立ち上がられたら、ただでさえ悲惨なダークランドの領主たちは、いよいよどうしようもなくなってしまう。


 それに、恐らく、最終的には、将軍たちの駒として使われて終わりなのだろう。


「銃を捨てるのは、あなたよ」


 震えた声だが、確かにスライドの音がした。

 距離七メートル。小屋を右手に回り込んだ方から、ロングスカートにブラウス姿の女性が現れる。


 手には、プラスチック製の軽量ハンドガン、グロック17。9ミリ拳銃と違って、女性にも握りやすい小型だ。こんな便利なものまで出回っているのか。


 この青い髪、震えながら、こちらをにらみつける姿。


「カイア、お前は撃たなくても」


「だめ。決起の日は迫っているのよ。この人を生かしておいたら、私たちが危ない。それに、ハプサアラになにかしたんでしょう」


 ハプサアラか。そういえば、クレールが捕えて隠れていたな。

 俺だけでいえば、動いた瞬間カイアに撃たれる。銃の扱いは知っていても、慣れていないようだから、余計に危険かもしれない。


 そのクレールに頼るしかないか、と思った瞬間。


 銃声と共に、カイアの手から、グロックがはじけ飛んだ。


「愛する人に従った方がいい、レディ」


 クレールだ。立ち上がって、M1ガーランドを構えている。

 あいつからは距離、十メートル。なんてことない狙撃だった。


「あんた……!」


「動くなよ! 撃たせるな」


 キファイグが9ミリ拳銃を抜こうとするが、俺はM97で制した。


「カイア、大丈夫か」


 両手を上げたまま、しゃがみ込んだカイアを見つめるキファイグ。


 カイアはしぼんだ風船みたいに、力なくへたり込んでいた。M1ガーランドの7.62ミリライフル弾は、グロックのプラスチック部分を破壊している。


 白魚のような手は、一切傷ついていないが、戦闘意欲はくじかれているらしい。


 クレールがため息交じりに言った。


「キファイグだっけ。曲がりなりにも自由を享受し、選んで手に入れた女性だろう。戦闘に向くかどうかくらい、見極めてやったらどうだ」


「うるせえ。カイアのことを、何も知らないくせにっ!」


「よせ!」


 キファイグが銃を抜く。一瞬遅れた。撃ちたくないと思っていたせいだ。


 クレールも、まさか撃つとは思っていなかったらしい。


 二人して、飛びのき、木の影に身を隠す。9ミリ弾が樹皮を削って、破片が茂みにばら撒かれていく。


「こいつは、ニルン家に仕えてた! いや、紛争中のごたごたで、さらわれた! ヘイトリッド家の坊ちゃんなら知っているだろうが、アグロスの兵士に真っ先にぶっ殺された最低のクソ野郎共だよッ!」


 憎悪と9ミリ弾が、爆ぜるように木片を散らす。向かいのクレールが唇を噛み締めているが、今は制圧が先だ。


 カイアがよろよろと立ち上がる。キファイグはもう一方のP220を抜き、カイアの方に投げ渡した。自分は、腰のAKを取り出す。


 ライフル弾はやばい。俺は木から半身を出し、祈る様な気持ちでショットガンのトリガーを引いた。


「ぐあっ……」


 散弾は右手を直撃し、吹き飛ばした。腹にも血がにじんでいるから、少々命中したのだろう。


 うめきながらうずくまるキファイグに、カイアは血相を変える。


「あなた! このっ」


「……許せ」


 クレールの目から発した魔力が、銃を持ったカイアの瞳を染めていく。

 このまま決まるかと思ったが、色の変化が止まる。閃光と共に、クレールの送る魔力が散っている。


 震える手で、なんとか銃を握るカイア。懸命にクレールの胸元をめがけようとする。


「なに、が、吸血鬼の、び、がく。あなたの、父も、私と、家族が、苛まれるのを、ただ、見、て……」


 そこまで口にして、カイアは銃を投げ捨てた。

 魔法の素質を持つバンギアの人間として、よく抵抗はしたのだが。

 クレールの蝕心魔法は、甘くない。並みのエルフなら、あっという間に意識を支配する。


 最高に、後味の悪い勝利だった。

 俺はショットガンを構えたまま、うずくまるキファイグに近づいた。


「大人しくしててくれよ。お前らを殺したくない」


「く、く、痛すぎて動けねえ……なん、だ、鉛は最悪じゃねえか。撃たれる、って、こんなにきついのか……」


 喋っている通り、抵抗の意志は完全にないらしい。倒れ込むと、無事な左手を頭上に掲げて見せる。


 腰のポーチに、包帯と消毒薬が入っている。ハサミもあるから、応急処置はできそうだ。


 念のため、ナイフと弾薬を奪っておいたが、こいつがシクル・クナイブばりに覚悟の決まった奴なら、処刑樹でも吸血苔でも樹化でも使って近づく俺を道連れにすることも可能だ。


 魔力がキファイグの頭を取り巻くと、言葉を失い、目を見開くばかり。クレールの蝕心魔法は万能だな。


「……この男自身は、鷹揚な主人の下に着いた。大して残酷な目は見ていないが、だからこそ、ニルン家のカイアの扱いは許せなかったか。騎士、ほかの武器は持っていないよ。シクル・クナイブの連中のような事はない。正義や美じゃなく、心の怒りから、銃を覚えた男だ」


 そこまで言うと、クレールはキファイグを昏睡に導いた。俺はまずキファイグを小屋に入れ、ハプサアラもベッドに寝かせた。クレールはカイアを抱え上げると、小屋の中へと運びこんだ。


 助けてやらなければならない。断罪活動との兼ね合いでも。

 悪魔や吸血鬼に、関わる者としても。

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