21悪魔の壁


 AK-74、通称カラシニコフ自動小銃。

 口径7.62ミリのライフル弾を発射する標準的な小銃だが、その威力は高い。弾薬の口径だけなら、89式自動小銃が扱う5.56ミリのライフル弾を上回る。


 単純、堅牢な構造でしかも安価。アグロスでは主に発展途上国が、ほぼ同型で別の名称の銃をライセンス生産し、軍隊に制式採用している場合がある。


 ただ、安価で雑な扱いにも耐える頑丈さがあり、しかも威力が高いということは、正式な訓練を受けていないゲリラや犯罪者、少年兵などにとって使いやすいということだ。


 そう、まさに、ハプサアラのような、憎悪と復讐心に刈られた付け焼刃の兵士にとっては、絶好の武器というわけだ。


 吹っ飛んだ手に、血のにじむ包帯を乱暴に巻き付けた左腕で、銃身を支える。


 ストックを肩に押し付けながら、無事な右手でボルトを引いて初弾を装填。引き金の上の安全装置を外し、引けば、薬莢が弾けて、ライフル弾が飛び出す。


「あははははははッ!」


 哄笑と銃声が交錯し、たたずんでいた奴隷と悪魔が次々に血を噴いて倒れていく。


 距離は二十メートルと離れていない。乱射したのと、連射時の集弾率がよくないせいで、狙いは定まらなかった。倒れている奴らは、腕や肩、胴を主にやられたらしい。


 マガジンを撃ち尽くし、無事な右手で、スカートのポケットから次を取り出す。


「今度はお前だ、ロンヅ」


 これ見よがしに銃口を向けた所に、さらにもう一つ銃声が響いた。


 撃たれたのは、AKを吊っていた束帯。右手でマガジンを握っていたハプサアラは、手のない左腕では銃を支えられず、取り落とした。


 ギニョルがM37エアウェイトの小さな銃身を手にしている。俺もクレールも、まず乱射に巻き込まれることを避けて階段を飛び降りていたが、ギニョルはいちはやく銃を取ったのか。


 落とした銃の弾は空っぽ、おまけに腕を失った手負い。


 身をすくめて、乱射から逃げていた悪魔の一人が叫んだ。


「殺せ! そいつを粉みじんにして、豚に食わせろ!」


 ウィンチェスターライフル、SAA、M97。動ける者、乱射にやられなかった悪魔とその奴隷が、次々と銃を取り出す。


「よせ、それよりまずけが人を」


「だめだギニョル、撃たれるぞ!」


 俺はクレールと共に、立ちはだかろうとするギニョルの肩をつかんで抑えた。


 武器のないハプサアラを制圧することは可能だろう。今やニュミエを越えたクレールの蝕心魔法だってある。


 だが、この場には撃たれて激高した悪魔とその奴隷の方が多い。ハプサアラが眠り続けていたならまだしも、憎悪に駆られ、AKのマガジンに一杯、30発ものライフル弾を叩き込んだ者を守る術はない。


 せめてハプサアラが俺やクレール、ギニョルを狙っていたのなら、断罪者を撃って断罪法に違反したということにして、法の手続きに入れる。


だが、俺たちを避けて悪魔達を攻撃してしまった以上、断罪法を持ち出すこともできない。主人めがけてAKを乱射した奴隷が、許される道理など、ダークランドにはない。


 クレールが視線を外した。俺も正視に耐えなかった。ハプサアラの言葉通り、全ては遅かったのか。


 紛争に巻き込まれ、奴隷に落ちて、目の前で両親と妹を失って憎悪に歪んだ果てに、悪魔達による虐殺で終わる。それが、ハプサアラの、波多野亜沙香という少女の人生なのだろうか。


 おさえたギニョルの、肩が震えている。

 今まさに、銃声の応酬が場を埋め尽くすかと思ったそのときだ。


 こめかみから、下向きの山羊の角が生えた、一人の青年が、ハプサアラを背にして、悪魔達の前に立った。


 青年と見まごう、若々しい姿だが、それは吸血鬼や悪魔にとって当たり前のことだ。寿命八百年のうち、まだ五百数十年を経たくらいでは、まだまだ、人間の赤ん坊が年老いて死ぬくらいの時間は若い姿でいることができる。


「ちょっと待ってください、どうか、皆さん」


 柔和な笑みをたたえている、平和な雰囲気の青い髪の青年。


 ギニョルの父であり、目立たぬながらもダークランドの悪魔を束ねていた、ロンヅ・オド・ゴドウィそのものだ。


 今にも飛び出さんばかりだったギニョルから、力が抜けた。ぼんやりと父親を見つめ、つぶやいている。


「お父様、いけません。殺されて、しまいます」


「その通りだロンヅ。我々に手を上げた奴隷を、どの様に処罰せねばならぬかは、いくら頼りないお前でも、知っているだろう!」


 悪魔達が叫ぶ。銃は下りない。ロンヅを撃ち抜き、その後ろのハプサアラまでずたずたにしない限りは、決して退かないつもりだろう。


「おしゃる通りですよ。ならば、その罰、私に肩代わりさせてはいただけないでしょうか」


 正気か。その場の誰が言葉を発する前に、ジャケットから、小さな山羊の頭の骨がついた、ステッキを取り出す。


『コーム・ドルーズ・オグ・ジェイブ』


 呪文と共に、紫色の魔力が体を包む。あっという間に、ドラゴンピープルと見まごうような、巨体が姿を現した。


 他の悪魔が、子供のように見える。山羊の顔に、コウモリの翼、蛇の尻尾をもつ、おぞましいロンヅの怪物形態だ。


『我が体は、竜の人のごとき鱗は持たない。悪魔、ロンヅ・オド・ゴドウィの名において、弾薬の尽きるまで、憎悪の射撃の苦痛に耐えよう。いかがか』


 いくら巨体とはいえ、言う通り、スレイン達のような頑丈な鱗がないロンヅの体。


 秒速数百メートル、時速にして一千キロを軽く超える銃弾が降り注げばただでは済まない。しかも、相手にする銃の数は、二十を軽く超える。受ける弾丸は百発を超えるのだ。


「勝手なことを言うな! それで私が救われるとでもいうのか」


 ハプサアラが憎々しい声を上げる。立ち上がると、ロンヅの股をくぐって前に出た。

 悪魔よりも、悪魔らしい憎悪と共に、目を吊り上げて叫ぶ。


「撃て、悪魔ども! どうせお前達など、自衛軍に殺されるんだ。こんな場所は全て燃えて消え去ればいい。私の父も、母も、妹も奪った、奪うしか能のない悪魔や吸血鬼は、残らず滅んでしまえ!」


「まず貴様からだ、不良品の奴隷が!」


 憎悪の応酬の中、ウィンチェスターライフルが口火を切る。

 SAAが続き、M97が、9ミリ拳銃までが応じた。


 7.56ミリNATO弾、45ACP弾、12ゲージバックショット、9ミリルガー。

 あらゆる銃弾が凶器と化して殺到した。


 やがて、全ての銃が弾薬を使い果たし、凶暴な獣が貪るかのような、金属の嵐が収まった。


 呆然と、銃を下ろした悪魔達の前で、相変わらずハプサアラは無傷だった。


 理由は簡単だ。ハプサアラが挑発を終えたその瞬間、ロンヅが自らの巨体でその体を覆ってしまったからだった。


 しゃがみこみ、銃口には背を向け、腹の下に収めるようにしてハプサアラの可憐な身体をかばったロンヅ。


 巨体とはいえ、ライフル弾を弾く鱗はない。数百発の銃弾は、いくつかが巨体を貫通しそれ以外が体内でとどまったらしい。


 背中を覆う黒い毛並みが、がべっとりと濡れている。吹きだした自らの血でだ。


 紫色の光と共に、ロンヅの体にひびが入っていく。操身魔法が解けるのか。


 溶け落ちる角砂糖のように、魔力と共にざらりと崩れた巨体。体中を血まみれにした青年が、ハプサアラにもたれかかるようにして倒れた。


 ロンヅは本当に実行したのだ。ハプサアラが撃った弾の何倍もの銃弾に身をさらし、全てその身で受け止めてしまった。


 リロードを行う者は居なかった。替えの弾が、ないのかも知れないが。裏切った奴隷のために百発を超える銃弾に身をさらした、ロンヅの凄まじさにだ。


 ハプサアラはロンヅの体を受け止めた。ブラウスの肩を染めているのは、俺が撃った負傷じゃない。全てロンヅが吹きだした血のり。


 巨体で受けた負傷が、人間に戻った身体に転移している。


「な、なぜだ。気まぐれで、ここまで」


「あなたの、おとう、様に、頼まれ、たから、ですよ。けい約、でして、悪魔、の……」


 それきり、身を伏せて口を利かないロンヅ。


「お父様、しっかりなさってください!」


 真っ先にギニョルが駆け出した。


 憎悪の連鎖は、断たれるのだろうか。

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