48吹き荒れる狂暴

 公安は制圧した。GSUMの戦力も無力化同然。あとは、捕まっていた四人の魔錠と手錠をどうにかすればいい。


 だが、偽物たちもマロホシとキズアトがよこしたやつらだ。ただでは、くたばらん。


 門庭前。車両の裏から魔力の光が広がる。紫色ってことは操身魔法。三人の偽物が逃げ込んだ場所だ。偽物たちは魔錠をしていたが、鍵を用意していたのだろう。


「おのれ、断罪者めえっ、今ここで、殺してくれるわ!」


 空気が吠えるような叫び声。芝生や落ち葉、小石さえ巻き上げて、巨大な黒い竜が飛び上がった。全長5メートルくらいか。立派なドラゴンピープルだ。


 あれはスレインの偽物。操身魔法を解きやがったな。


「報酬を弾んでもらわないとね」


「私はこんなところで終わらない。クレール、あなたを殺してでも」


 背中に乗っているのは、悪人面のローエルフと女の吸血鬼。フリスベルとクレールに化けていた連中だ。


 というか、吸血鬼の方はクレールの母親のリアクスじゃねえか。


「母さま、なぜです……」


 魔錠のままクレールがつぶやく。リアクスがオートマチックの拳銃を取り出した。グロックだろうか。車両の脇に用意してあったか。スライドを引く。


「あなた達を殺せば、また返り咲けるのよ! 日ノ本の法なんてまっぴら。吸血鬼が人間を殺したくらいで、なぜ人間に殺されなくてはならないのかしら!」


 9ミリ弾が庭の木や柵、守衛所を暴れる。クレール、フリスベル、ガドゥ、スレインも手近な遮蔽物に飛び込んだ。


 流れ弾が公安署員を襲った。頭を貫かれちまったか。即死だな。


「クレール、クレール! どこなの! 母親の役に立ちなさい!」


 マガジンを替え、構わず撃ってくるリアクス。クレールは塀の陰で銃弾をこらえている。だが言葉は無理だ。頭に来たぜ。


「いい加減にしろ!」


 AKで撃ってやった。梨亜も小銃を使っているだ。だが、ドラゴンピープルの首と肩で当たらん。本来の姿に戻れば、小銃弾なんぞ効かない。


 迫撃砲なら多少効くだろう。が、当てるのは不可能だ。

 可能性があるとしたら、狭山の対物ライフルだが――。


「させんぞ!」


 こちらめがけて火球が吐き出される。俺は梨亜と共に部屋の奥に跳んだ。

 ぼうう、と弾けた炎が銃眼から入って来た。


 着弾は階下、狭山の居た和室だ。これじゃ撃てない。あのドラゴンピープル、この場の脅威が何か良く分かっている。


 窓の向こうでドラゴンピープルの巨体が浮いた。高度を上げて爆撃でもするつもりか。

 そう思ったときだ。俺と梨亜は振動でひっくり返った。なにかが巨大なものが、屋根に叩きつけられたらしい。


 天井がみしみしと裂ける。牙を剥きだした竜の顔が突き破ってきた。この家そのものに取りつきやがった。


「は、は、は! 虫が、焼けてしまえ!」


 やばい。俺と梨亜は隠し階段を飛び降りた。部屋が炎で満たされ、さらに振動が起こる。迫撃砲弾に引火しやがった。


 このやろう、俺達の援護射撃が邪魔だとみて、家ごとつぶしに来やがった。迫撃砲のような重火器はドラゴンピープルにも有効だ。が、撃てるスペース、弾道が確保されていないと意味をなさない。だからここまでの接近戦をしかけたのだ。


 俺と梨亜はどうにか階下に降りたが、廊下と出口への階段を崩されてしまった。これじゃあ、階下のハイエースやバイクまでは行けない。


 行けるのは後にしてきた和室。だが室内は暗幕が焼け落ちて黒焦げになり、狭山がうめいている。


「狭山さん!」


「ぐ、く……窓は、開いている。り亜、君だけでも、外へ」


 右半身にひどいやけどを負いながら、それでも梨亜をきづかう狭山。

 確かに窓から外へ逃げたほうがましだ。が、GSUMはそれも許さん。


『エズィル、イティプ、ペェス。ウォス、ディアグ、ウォス、ディアグ……』


 血の底で響くような邪悪な呪文。紫色の魔力が、覆面パトカーや門庭を取り巻く。何べん目になるか、死体に魔力を取りつかせて動かす操身魔法。レイズ・デッドだ。


 魔力は俺たちの頭上、屋根から降り注いでいる。フリスベルに化けていたローエルフが、杖を振りかざしていた。あいつが使っているのだ。死体を動かすおぞましい操身魔法が、悪魔の専売特許だったのも今は昔だ。


 対象は断罪者の偽物だったGSUMの仲間たち。それに、警護に来て巻き込まれてしまった公安。


「ほらほら、あなたも、あなたも! 私達に協力なさい。人間の醜い男など、ゾンビで十分よ!」


 リアクスがわめきながら公安の連中を撃っている。心臓を撃たれて死んだ者の身体、飛び散った手や足がざわざわと動き始めた。手駒を増やすためだけに殺している。吸血鬼のプライドもクソもない、ただの暴虐だ。


 そのすべてが目指すのは、俺達のいるこの家。刑務所側の壁はたちまち埋め尽くされた。だがこれで終わりではないんだろう。


「う、うわ……なんだ、こいつら、ち、ちくしょう!」


 梨亜が廊下側にAKを撃った。焼け焦げた階下から廊下の壁を、焼死体のようなものがはいのぼってくる。小銃弾をものともしない。


 やっぱり、こっちにも来た。レイズ・デッドは魔力の続く限り対象を動かし続ける。生物なら本能的に上れないような、熱された壁も平気なのだ。


 武器の類は上に置いてきて焼けた。俺は持っていない。


「ない、と。その床、を」


 狭山が震えながら指さした床。蹴り開けると、M97が出てきた。接近戦用のショットガンか。ショットシェルのケースもある。


 ひっつかんだ。まだ持てる熱さだ。スライドを引くと銃身にショットシェルが入った。


「梨亜、どいてろ!」


 久しぶりのスラムファイア。距離3メートル。散弾の共振が焼けた死骸と壁をうがつ。まとめて崩れ落ちた。


 だが装弾数は少ない。ケースのふたを銃床でぶっ叩いてこじ開ける。ショットシェルをかき集めて、ポケットに詰め込む。


 階下からまだがさごそと音がする。いくらでも上って来る。

 それに。


「ちくしょう、来るんじゃねえよ!」


 梨亜が悲鳴に近い声をあげつつ、窓の下を撃っている。ゾンビは窓からの脱出を防いで俺達を追い込んでいるのだ。


「あははっ! ほらほら、逃げないと死ぬわよ! ゾンビがお望みなのね!」


 頭上からも銃声がする。リアクスが次々とゾンビを増やしていく。ローエルフの詠唱も続く。魔力切れは待てない。


 外の仲間に期待したいが、望みは薄い。ゾンビはほかの公安の者達や、魔錠や手錠で拘束された断罪者にも襲いかかっているのだ。


 これでは追い込まれるばかりだ。四人の救出に来て、俺達を騙す方策を打ち破ったつもりだったのに。


 再び強い振動が響く。めりめり、と音を立てて上階の天井が裂けた。隙間から黒い腕がのぞく。M97で撃ったが無駄だ。散弾じゃこいつらの鱗を抜けない。


 びきびき、と天井が開かれた。朝日が暗幕の中を照らす。いや、それよりも俺達を見つめる鋭い目、いかめしい角、牙の生えそろった口。


「さあ虫ども。噛み砕こうか、焼き尽くそうか……?」


 ドラゴンピープルだった。焼け焦げた階上を破壊してここまで来やがった。


 せっかく四人を解放できたのに。こいつら、本性を現したほうが凶悪だ。断罪者の姿のうちに、全員仕留めておくべきだったのだ。

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