49血と破壊


 スラッグ弾がない。狭山は重症だ。梨亜も小銃ではドラゴンピープルにダメージを与えられない。


「女ぁ! まず、貴様の柔らかい肉から食らおう!」


 かっと口を開け、梨亜に迫る大あご。反撃のいとまもないか。


「恥を知れ、貴様あああっ!」


 轟くような咆哮。家が大きく揺れ、ドラゴンピープルの首が引き抜かれた。

 ばりばり、と刑務所逆側の壁が裂ける。着火した建材ががれきと化して飛び散った。火災は火の付いた部分を引きむしられて、鎮火してしまった。


 和室から上は引きはがされた。青空と化した天井から、赤い巨体が俺達の目の前に降りたつ。


「スレイン……!」


 赤鱗を誇る巨体。今まさに俺たちを食い殺さんとするドラゴンピープルを殴り倒したのは、バンギアにおける苛烈な正義の象徴だった。


「騎士さん、狭山さん! ひどい怪我……」


 その背から飛び降りたのは、フリスベル。魔錠は外れている。偽物の死体から鍵を見つけて開錠したのだろう。


 下では、クレールとガドゥも魔錠と手錠から解放され、公安を助けてゾンビたちと戦っていた。


 フリスベルが狭山に回復の操身魔法をかける。溶けた衣服と肌がくっつくほどの火傷が、みるみる通常の肌に戻っていく。


「フリスベル、さん。二度目、ですね」


「しゃべらないで。とにかく、命をつなぎます」


 震える手を取り合う二人。狭山、全てを賭けてここまで来たかいがあったってことか。


 一方、住宅街の道路に叩きつけられた黒いドラゴンピープルは体を起こした。


「赤鱗のお前が卑劣な吸血鬼にひざまずき、ドーリグ殿も操られて同族狩りに使われている。いまや天秤もなにもあるまい。おれはおれのために力を振るうまで」


 イェリサのような深い恨みではない。こいつは、自発的にGSUMに力を貸している。紛争以来、事情のない悪人が現れたことのなかったドラゴンピープル。


そも変わっていくのか。押し黙ったスレイン。


「……ならば、お前は力におぼれた罪人! それがしが天秤の釣り合いを取る!」


 足がすくむほどの怒声。黒いドラゴンピープルが咆哮で応えた。滑空で突進するスレイン。真っ向から受け止める相手。


 六メートルと五メートル。今度は巨体同士の凄まじい格闘が始まった。

 塀を砕く、コンクリートをぶち割る。住宅街全体を揺るがすような衝突の応酬が続く。


「あん……?」


 そういえば、リアクスとローエルフが背中に居ない。あいつら降りたのか。


 さっきから梨亜が何も言わない。四人とも解放されて逆転の雰囲気なのに。

 目が虚ろだ。瞳が赤い。細い、本当に細い糸のようなものが上に向かって――。


「よせ!」


 叫びながら飛びつこうとするが遅い。梨亜は9ミリ拳銃を抜き、狭山とフリスベルめがけてスライドを引いた。


 銃声。飛んだのは、銃を持った梨亜の右手。

 撃ったのは狭山。俺より先に梨亜の銃撃を察知し、撃たれる前に撃ったのだ。


「え……?」


 フリスベルが放心したように見回す。愛しい狭山を救うことに精いっぱいで、魔力感知がおろそかになっていた。責められないことだが。


 梨亜は操られていた。蝕心魔法、リアクスがやったのだ。


「下僕、自爆なさい!」


 隣の家の屋根から魔力の波を放つ。俺は梨亜を羽交い絞めにした。


「ぐ、くっ……!」


 すさまじい力だ。片手が吹っ飛んでいるのに、痛みも感じてないのか。リアクスの蝕心魔法は相当に強力だ。


「よせ梨亜、梨亜!」


 呼び掛けても、無事な方の手で転がっている手りゅう弾を拾おうとする。俺が離したら、口でピンを引き抜くだろう。ここにいる四人全員で吹っ飛ぶ。


「すいません、騎士さん」


「フリスベル、お前は狭山に集中しろ」


 まだ火傷は治り切っていない。今やめるわけにはいかない。


 銀色の魔力が途絶える。だが梨亜の目は虚ろなままだ。

 リアクスの方を見やると、ハンドガンのマガジンを替えて、スライドを引いている。


「自爆だけ命令させたわ。あなたを撃って終わりね」


 単純な行動なら、命令だけ出して放置でいい。俺に銃口が向いている。


 タン、タン、と乾いた銃声。

 リアクスの口から血が流れる。細い体がぐらりと揺れた。


「ク、レー、ル……まさか、はは、おやを……」


銃創はわき腹上部から入って胴体を貫通している。心臓を通ったな。もう助からん。


「あ、ぁっ、寒い、さむ……ぃ……」


 がくり、と細い首がうなだれた。長い寿命に美しく若々しい姿と蝕心魔法。あらゆる意味で人間より優れた吸血鬼だろうと、心臓を弾丸で射抜かれれば死ぬのだ。


 クレールを苦しめるためだけに、GSUMに見いだされ、悪徳に染まり切ったリアクス。


 最後まで吸血鬼の傲慢を。

 いや、自分勝手な悪党としての姿勢を捨てられぬままの生だった。


 距離五十メートル。公安から奪ったリボルバーを額に着け、クレールが祈るようにつぶやいた。


「……かあさま。あなたがなぜヘイトリッド家を捨て、吸血鬼を汚したのか、僕はもう探るつもりもありません。魂だけでも、安らかにありますように」


 あいつが撃ったのか。リアクス、吸血鬼の悪徳と紛争の狂乱が生んだ最低の奴だったが、血のつながった実の母親を。


 ダダダダ、と小銃の連射音がした。リアクスと逆側の家のベランダで、ローエルフが倒れ込んだ。


 杖が破壊され、レイズデッドを保っていた魔力が散っていく。スーツのシャツもズボンも血まみれの穴だらけだ。こちらも助かりようがない。


「……気が重いぜ、子供を撃ったみたいだ」


 階下の庭でガドゥがAKの安全装置をかけ直していた。こっちはあいつが撃ったのか。


「ぜえやああぁぁぁっ!」


 めしゃあっ、と凄まじい破壊音が響いた。黒いドラゴンピープルが住宅の庭に押し倒されている。その首に赤いドラゴンピープル、スレインの牙が食い込んでいた。


 スレインの胴体の鱗が剥がれ、赤黒い傷がついている。だが黒い方は、翼を片方もがれ、片腕も引きちぎられていた。多少時間はかかったが、さすがにスレインだ。あの戦斧なしで相手を制圧し切った。


「おのれ。ありもしない、天秤の犬め……!」


 にらみつける黒いドラゴンピープルだが、もはやスレインの勝利は揺るがない。


「騒ぐな若造。このまま首を刺し貫かれたいか」


 死体たちがただの死体に戻っていく。発砲も収まった。四人とも助けたし、事態は収拾するのか。


「あれ、私、あ、うわぁあああっ! う、うでが、あああ」


 梨亜が激痛とショックでのたうつ。


「いけない! フリスベルさん、私はもういい。梨亜を診てやってくれ」


「はい!」


 俺もフリスベルと協力して応急処置にかかった。


 公安たちが無線を使い始めた。重傷者の手当ても始まっている。十数人の死者、それに倍する重傷者。


 この犠牲は、四人を助けるためだ。そしてまだ、この四人と共に俺たちは断罪に赴く。そうすれば、再び血と破壊が巻き起こるだろう。


 キズアトとマロホシ。連中を止めるために、どれほどの犠牲が必要なのだろうか。

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