47ヴェールを引き裂け


 本物のスレインと偽物たちが開けた扉から、次々と人が出てきた。


 詰所前をふさいだ二台。門庭内で倒れた二台。それぞれから四人ずつだ。


 クレール、フリスベル、ガドゥ、どいつもこいつも見た目は完全に同じ。


 服装も四人のガドゥと四人のクレールが地味なカッターシャツと黒のズボン。四人のフリスベルも、お仕着せのようなスーツ姿。


 フリスベル達とクレール達は、全員魔錠をしている。ガドゥ達も手錠がはまったままだ。


 公安連中は銃撃できない。当然か。操身魔法が分からんだろうし、そもそも偽物を増やしたことを、知らされていなかったのかもしれない。


 かわりに、唯一本物と分かる、公安を殴り倒したスレインに銃口が向いた。あの姿で撃たれたら死ぬぞ。


「梨亜!」


「分かってる!」


 俺と梨亜は公安の車両を銃撃した。今度は車だけじゃない。手や足を狙う。


 銃声と悲鳴。指が吹っ飛び、銃が転がる。戦場の経験がないのだろう。撃たれてもいないのにパニックになる者、銃ごと失った手を見て呆然とする者。戦闘のプロではないな。


 狭山の対物ライフルも火を噴く。一台、二台、三台。覆面パトカーがガソリンタンクを射抜かれて炎を上げる。M2や対物ライフルに使われる12.7ミリ弾は、兵員輸送車であろうとぶち抜くことがある。ましてや、たかが覆面パトカーではなす術もない。


 負傷者と車両の破壊。公安は完全に沈黙した。無事な車両の無線を使おうとする者さえいない。重傷者に手当てが間に合えばいいが。


 一方で、スレイン以外の者達。本物の断罪者と偽物の群れだ。


 全員がスレインの呼びかけをきいている。門をふさいだ二台、門庭に倒れたもう二台から出るなり、エアウェイトに突進していく。


 このままじゃ、俺達でさえ誰が誰だか分からん。だが、注意深く見ていればいい。

 クレール、フリスベル、ガドゥ。三人とも断罪者なのだ。


 最初に銃に近づいたのは、門庭の車両から出てきたガドゥだ。すばしこく辿り着くと、しゃがみこんで銃を拾う。


 そこに石が飛んできた。門庭で立ち往生したもう一台から、スレインの偽物が投げつけた。

 人間形態とはいえドラゴンピープル。ガドゥは胸をぶち抜かれ、銃を離した。


 いや、その姿が紫色の魔力に包まれる。細い目、への字に曲がった意地悪そうな口元。本物よりかなり人相の悪いゴブリンだった。偽物だ。


 焦って同士討ちになりやがった。誰も武器のないこの状況、飛びつきたくなるのは分かる。が、手錠のまま銃を拾っても撃つのに手間取る。断罪者ならその程度の判断がつくのだ。


 それはいいが、あと三人のどれが本物だ。俺も梨亜も狭山も撃てない。


 下手に手が出せんと見たか。三人の偽スレインが、本物のスレインめがけて突っ込んだ。


「うおおおっ!」


 全身をぶつけ、怒声を上げながら取っ組み合いを始める。こうなっては銃で援護できない。当面スレインの集団は放置だ。


 問題は、偽ガドゥが一人減った十一人のほうだ。


 フリスベル四人、クレール四人、ガドゥ三人。

 全員同じ服装、表情でお互いをけん制し合っている。

 

 本物の断罪者はそれぞれ一台目から四台目の車両にべつべつに乗せられたはずだ。だから偽物はあらかじめ本物が出てくる車両を知っていたのだろう。だがスレインの偽物が同士討ちをした。銃に集まるとき誰が誰だか分からなくなっている。


 つまり、十一人に紛れた偽物も本物も、互いの区別が付いていないのだ。

 この状況で、下手に動けばぼろが出る。


 面倒だな。


 そう思ったとき、フリスベルの一人が動いた。

 べつのフリスベルの後ろに回る。魔錠で首を絞めつける。


「くぅっ……!」


 抵抗するが、後ろから首を締め上げられてはどうにもならん。鎖を持ったまま、か細くうめいている。


 攻撃だ。仕掛けた方と受けた方、どちらかが本物で偽物なのだ。

 どっちだ。どっちが仕掛けることもありうる。集団も俺達も動けない。


「……か、っは、あ、狭山、さん……」


 フリスベルが細い手を伸ばす。苦しそうに絞り出した。


 銃声。9ミリ拳銃だ。首を絞められるフリスベルの左胸に赤い点が広がる。


 心臓を撃ち抜いている。銃弾は貫通したらしい。だが背後のフリスベルには当たっていない。左後ろは空いていたのだ。


 とさ、と小さな体が崩れた。紫色の魔力が取り巻く。恐らく変身元もローエルフ。姿はほとんど変わっていないが、偽物だったのだ。


「追い詰められて私に助けを求めてくれる人なら、ここまで苦労しなかった……」


 9ミリ拳銃をしまう狭山。首を絞めたフリスベルが本物だ。ということは、格闘に参加しなかった二人は偽物。


 俺と梨亜の小銃弾が、偽物の一人を貫いた。紫色の魔力に取り巻かれ、死体の背が伸びあがる。ハイエルフが化けてやがった。


 最後の一人は門庭の宅急便車両の陰に飛び込む。今度は狭山も撃ったが効かない。あの車両、覆面パトカーよりよっぽど頑丈だ。一旦捨て置くか。


 あとは四人のクレール、三人のガドゥ。

 フリスベルと同じように見極めるか。動きを見せれば分かる。


 動いたのはガドゥ。手錠の腕を素早く振り回す。隣のガドゥが喉から血を吹いた。


「が、ぅあっ……な、んで……」


 動脈を切ったな。自分の血で真っ赤になり、うつ伏せに倒れた。子供のような体に魔力が取り巻いている。死んだのは偽物。破損した車両のガラス片を握り込んでいたのだ。


「へへっ」


 見事に敵を倒したガドゥは、にいっと口元を歪めた。あのギーマを思い出す笑みだ。


 三人目のガドゥは集団を離れている。こっちは銃を拾っていた。手錠はそのままだが、口で撃鉄を起こした。銃の扱いに慣れてやがる。


 だがまだ、俺か狭山か梨亜が先に撃てる――なんてな。

 あいつが、ギーマのように人を殺すわけがない。


「二人とも、そっちは撃つな!」


 叫びと共に、ガラス片のガドゥを撃つ。俺のAK、梨亜の89式、狭山の9ミリが雨のごとく降り注ぐ。


 小柄な体躯が踊るように倒れた。紫色の魔力がとりまく。やっぱりこいつが偽物。俺達を騙してガドゥを殺させようとしたのだ。


 狡猾な策略だったが、ガドゥは人を殺して笑えるようなやつじゃない。これでガドゥも分かった。


 エアウェイトが火を吹く。狙いはスレイン達の方。取っ組み合いから放り出されたやつの胸元に穴が開いた。


「あ、あぁ、ばかな、こん、な……」


 力はあっても、変身体の人間の身体。エアウェイトの.38スペシャルは致命傷になりうる。心臓をやったのだ。


 魔力が体を取り巻いていく。ぐったりとした青い竜が門庭に身を投げ出した。

 やはり偽物。たとえ三人相手だろうが、スレインは無様に放り出されたりしない。


 判然としないのはクレールだけか。


 いや、もういいらしいな。


「馬鹿め。ただの魔錠で僕は封じられないぞ」


 一人のクレールが冷たい目で足元の二人を見下ろしていた。

 魔錠で殴られたクレールと、締め落とされたクレールが倒れていた。

 もう一人のクレールは、フリスベルの偽物の所に逃げたらしい。


 ガドゥの偽物が動いた瞬間、気を取られた自らの偽物たちを倒していたのだ。


「おい騎士、あれが本物だよな」


「当り前だろ。あいつが、隙を突かれる間抜けかよ」


 誇らしい気分で梨亜に答えた。


 さすがクレールだ。蝕心魔法を封じられ、剣もなく両手がふさがっていても、格闘能力は健在だった。


「どあああぁぁっ!」


 三人の取っ組み合いも終わった。スレインの偽物二人が、車両の前に蹴り転がされた。


 そのうち一人が背中から狭山に撃たれた。こちらも腹に大穴の開いた黒いドラゴンピープルの死骸に戻っていった。


 残りはかろうじて俺たちの銃撃を避け、車両の陰に駆け込んだ。フリスベルの偽物たちと合流したのだ。


 だがこれで、本物はすべて判明した。


 ギニョルの言った通り、断罪者は断罪者。

 外見、魔力、能力が寸分たがわぬ偽物が現れようとも、関係はないのだ。

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