15捨て駒

 フリスベルとニノが立ち上がったときには、三人を乗せた馬は闇の奥へと消えてしまった。もう貨車の隙間からでは確認できない。


「誰も居ないみたいですけどー」


 俺を見下ろしてくるニノ。さっきの大したことない奴というのが、頭に残っているのかも知れない。


 確かに見たはずなんだが。それともやはり俺はぽんこつなのだろうか。

 そうじゃないことは、フリスベルの言葉で分かった。


「いえ、ニノさん、早く出ましょう。森のものではない異常な魔力です、危険が迫っています」


 返答を待つ必要はない。俺はM97のスライドを引くと、すぐ目の前の外壁に向かって引き金を引きっ放しにする。


 スラムファイアで飛び出したショットシェルが、木版の外側に向かって次々に貫通する。


「ついてこい!」


 叫びながら、ぼろぼろの外壁を蹴り崩して飛び降りる。俺の呼びかけに応じるまでもなく、ニノもフリスベルも音もなく地面に降り立つ。目の前には薄らと茂み、夜の闇は辺りにずっと広がっている。駅らしいのにもソーラーライトが少しあるだけだ。


『……フィレー』


 火を現す呪文が闇の中に聞こえた。振り返ると、目がくらむような光。後にした貨車のてっぺんに、直径で一メートルほどの火球が落下してくる。


「後ろへ!」


 フリスベルがしゃがみ込み、杖を足元に突き立てた。緑色の魔力の光が、地面に注ぎ込まれる。


『リグンド・バース!』


 呪文と共に、地面が割れ、太い幹がものすごい勢いで立ち上る。間髪入れず火球が貨車に命中した。


 よりにもよって、中身は弾薬と銃器だった。あのくじら船の爆発ほどじゃないが、閃光と轟音が、夜中の夜明けのように、辺りを埋め尽くす。


 何とか目をつむり、耳を塞いだが、フラッシュグレネードと同じほどにやられた。視界が効かない、連中が不意を討ってきたのは確実だというのに。大量の火薬と、生木が焼ける臭いが辺りを包んでいる。


「騎士さん、私から4時方向、茂みの奥です」


「任せて」


 ニノの声だ。安定しない視界の端で、膝射の姿勢でM1873を構えているのが辛うじて見えた。レバーをコックした音、実包が銃身に移る。


 たあん、という鋭い発射音。


「うぁっ」


 低い悲鳴と共に、フリスベルの言った方角で茂みが動いた。命中させたらしい。魔力の光が弾けたから、魔法を使おうとしてたのか。俺達の存在を知ってて狙ってきやがったんだな。


『サウン・アラウ』


 囁く様な呪文。白い光が周囲の闇をちかちかと走る。

 身構えたが、次の現象は来ない。フリスベルも魔法を崩していない。何だったんだ一体。


 そうかと思うと、今度はあちこちから呪文の声が聞こえてくる。


『イ・コーム・ブルズ・ユジー』


 あり得ない。ざっと聞いても数十か所から輪唱のように聞こえてくる。こんな数の魔術師を潜ませていたのか。いや、いくらなんでも現実的じゃないぞ。多分声の位置を増やす魔法だ。


「スラッグ弾。さっきの10時方向」


 ニノに言われるまま、俺はポケットからスラッグ弾を取り出し、シェルチューブに入れると、スライドを引いてM97の銃身に装填。「さっきの」とは、フリスベルの向きに対してだ。ニノは俺と背中合わせになる。


 言われた方向を凝視すると、闇の中にほんの一瞬、赤い光が閃く。あそこだな。


 引き金を引く。スラッグ弾が飛び出す。ニノも銃を発射した。


 男の悲鳴。明滅がはじけ飛び、ニノに撃たれた側でも悲鳴が聞こえた。


 フリスベルが杖をかかげ、再び呪文を唱える。


『イ・コーム・イビイ・バイン・ペリイラ!』


 もう一度杖を突きたてた途端、闇の中に、ひゅんひゅんと鞭で風を切るような音が響く。ぴし、びしと貨車や茂みで何かを叩く様な音。今度は悲鳴が聞こえなかった。


 ニノが立ち上がり、一息ついて、M1873の長い銃身を背中に戻した。振り向いて俺を見下ろす。


「騎士さん、片付きましたよー。武装解除と拘束を手伝ってくださいー」


「え、でもまだ」


 何が起こったか分からない。あの音は何だったんだ。フリスベルはどんな魔法を使ったのか。

 事体をつかめない俺に、ニノは冷たいため息を吐いた。


「フリスベルさんは、魔力を辿って相手を拘束する魔法を使ったんですよー。紛争のときに何度も見た事があるやつですー」


「本当か?」


 フリスベルは杖を握ったまま、こくこくとうなずいている。白い肌には、珠のような汗が伝っていた。今まさに魔法の使用中、結構きついらしい。どうでもいいが、見た目少女なのに妙に艶めかしいな。


 俺はニノの指示に従い、闇の中で敵を探しにかかった。


 一時間ほど経っただろうか。拘束を終えた俺達の前には、例の兄妹と5人の部下がぶすっとした顔つきで座り込んでいる。


 金髪の釣り目は、アキノ家三男クオン・アキノ。

 金髪の三つ編みは三女リカ・アキノ。

 そして青髪の垂れ目が、次男ジン・アキノ。

 他魔術師が五人。うち一人は、わりと年を食い、髪に白いものが混じり始めた年齢の奴だった。フリスベルが一応の手当てはしたが、俺のスラッグ弾で右肩をぶち抜いてやったから、もう手が動かないかも知れない。


 強力な魔術師である王家の三人は、俺とフリスベルの持っていた魔錠で拘束。残り五人は杖を取り上げ、フリスベルがツタのさるぐつわで口をふさぎ、物理的に呪文を封じた。


 警察署で取り調べてからたった二日。マヤのはからいで恩赦が下ったにもかかわらず、こいつらはまた俺達断罪者の前に現れたというわけだ。


 どうやらこの攻撃は予定されていたものらしく、汽車の連中は、駅に停まったときに、俺達を残して逃げ去ってしまったらしい。俺にもニノにもフリスベルにも汽車を動かす能力なんぞないから、おかげさまで、これ以上列車で進むことができなくなってしまった。


 幸い、予定のルートの三分の二くらいは来たが、このままでは大幅なタイムロスだ。情報収集や、ユエ達に先行しての断罪にかなりの支障が出る。


 馬鹿兄妹が、見事に邪魔してくれやがって。ニノはやり過ぎとも思ったが、よく考えたら王やヤスハラの断罪を妨害したのだから、こいつらに対して、殺傷権の行使も可能なのだ。


 それを知ってか知らずか、態度を改める様子もない。

 クオンが俺達を見回し、ニノに目を留めた。


「そこの女、ユエと一緒に居たな。特務騎士団を使ったか。おぞましい奴らだ、あのディレといい、獣同前だな。魔力不能者の分際で、我が国の騎士にまで取り立ててやったというのに、いくら積まれて裏切ったんだ?」


 怒りに任せた言葉だろうが、気が立っている俺は、生意気そうなツラをしたクオンの喉元に、銃剣の先を突きつけた。


「騎士さん、だめです」


 フリスベルは留めるが、俺は銃を降ろさない。表情を消して、クオンの眼を見つめ返す。


「や、野蛮人め……こ、殺すがいい。私とて、アキノ家の男だ……」


 強がるクオン。俺は表情を動かさないまま、銃剣の冷たい刃先を喉元に当てる。声が震えてくるのを確認し、ベルトからバックショットを取ると、シェルチューブに詰め、スライドを引く。


 カシャリ、と実包が装填されると、クオンの秀麗な顔がみるみる青ざめる。


「い、いやだ、やめてくれ、殺さないでくれ。これしかなかった、もう私達にはこれしか方法がない……領地も従者も何もないんだ……父様か姉さまか兄さまに取り入るには、何か手柄を立てないと……」


 二度殺されかかったとはいえ、哀れ過ぎてため息が出る。何も言わなかったリカが必死に叫んだ。


「やめて、お願い! 情報なら話すから、私で良かったら何でもするから、兄様を殺さないで」


 地面に届くほど頭を下げている。フリスベルが俺に、懇願するような視線をくれる。ニノは推し量るような目で、俺の銃を見つめていた。


 こいつらは一度ユエを通じて、断罪者の厳しさと恐ろしさを知っている。自分たちの命が危ないことは分かっているのだ。魔術師の一人、白髪交じりの男が、声にならない叫び声を上げている。一人だけかなり年上らしいから、長く兄妹についている従者か何かだろうか。


 やりにくい。俺は銃を下げた。ため息ばかり出てくる。

 フリスベルがしゃがみ込み、リカの肩を支えた。


「あなた方の知っている限りの情報を教えてください。まずは、それからです」


 クレールが居ない以上、嘘が見抜けないのだが、そこは自分たちで判断するしかない。


 今までただ黙っていたジンが、ため息を吐いた。


「……やれやれ。本当は分かってたよ。僕たちじゃ他の兄弟には勝てないんだな。魔法でユエに負ける気はしないけど、本当にただそれだけだ。銃がある今じゃ、兄妹で一番価値がないのが僕たちさ」


 自尊心の死ぬほど高そうなこいつが、自分で自分をここまで下げるとは。だが情報の中身がない。俺はM97を突き付ける。


「お前の感想は後だ。何を知ってる」


 ジンはやけくそ気味に顔を歪めた。呪いを込めて、一気に言い放つ。


「君たちには残念だけど、この蜂起は失敗するよ。ユエのやつが、マヤ姉さまの側近と結託して反乱を起こすのは、想定済みだ。ヤスハラ伯や、僕たちの父さまの計画なのさ。鉄と火で生まれ変わる、新たな崖の上の王国に、島の息がかかった奴らは必要ないからな!」


 まさかとは思ったが、そういうことだったか。厳しい顔つきになった俺達に対して、勝ち誇ったように叫び続ける。


「自衛軍との協調に懐疑的なバカも国内に多いけど、そいつらも反乱するクズを見れば黙らせられる。この国は僕たちアキノ家のものさ! 後は、余計なことを知ってる断罪者さえ始末すれば、父さまやヤスハラ伯は身綺麗なまま、国民に受け入れられる。国内がまとまるよ」


 なるほど、反乱軍を打ち破りさえすれば、いくらでも情報は操作できる。あの製錬所の光景など無かったことにして、ユエには恨みと私利私欲から反乱を起こした愚かな末姫というレッテルを張り、闇に葬ることもできるだろう。


 そうすれば、後はアキノ家の天下だ。この国中を好きにできる。そしてこの三人はその足元で甘い汁を吸うつもりだったというわけだ。思惑が破れた怒りに、ジンは口角泡を飛ばして、次々とぶちまける。


「お前達が大人しくしてさえいればよかったんだ! お前達を殺して、父さまの計画のお役に立てれば、僕たちは再びアキノ家として輝けたのに。なのに、うっとうしいエルフめ、できそこないの魔力不能者め、いまいましい下僕半」


 こめかみから血を吹き、ジンが前に倒れた。

 狙撃だ。助かるはずがない。


 狙いは捕虜の抹殺。ニノがクオンの上体に覆いかぶさる。リカはフリスベルに倒された。


 俺は魔術師たちをしゃがませた。


 フリスベルの感知範囲外から、狙ってきやがった。林の中を正確に頭部に向かって。あらかじめある程度の腕の狙撃手を配置していたに違いない。


 恐らく俺達の殺害が成功していても、この兄妹を始末するつもりだったのだろう。

 最初から、見限られていたのだ。


「い、や……ジン兄さま、いや、いやあああぁぁぁぁっ!」


 リカの悲痛な慟哭が響く中、俺は必死に気配を探った。あたりは一面の暗闇だ。クレールの目があればいいのだが。

   

 

 

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