14再び分かたれて

 準備と戦略、戦術の会議は数時間で済み、夕方にはいよいよ蜂起が始まった。


 労働者の中で、戦線に加われる者は60人。そこからシグを含めて戦闘の経験や能力がある者が30人集められ、ユエと特務騎士団10人にザルアが加わり、最も近い精錬所めがけ出発した。ここと同じように解放し、味方を募るためだ。こちらは結婚式までの4日間、進軍しながら敵の施設を潰せるだけ潰し、一人でも多く兵を増やしていく。


 多くのバンギア人に戦意を起こさせるためには、ザルアの求心力と、紛争での活躍が際立つ、『硝煙の末姫』たるユエの存在は外せない。二人は解放に回ってもらう。


 それで向こうが首都の軍を出して来れば良し。出さなくとも、リミットの5日目、結婚式ぎりぎりの時点で改めて宣戦を布告し、国中へ反乱を呼びかければ、首都では結婚式どころではなくなるだろう。アキノ12世とヤスハラ伯の断罪の準備は整うわけだ。


 他方で、戦える残り30人と特務騎士団の半数は、この精錬所の守備を任される。現在の所、この精錬所の定時通信は捕虜を使って騙しているが、恐らくすぐにばれるとみていいだろう。そのとき、やってくる敵を迎え撃ち、非戦闘員23名を守る。


 残る俺とフリスベル、それに特務騎士団の副官ニノは、ひと足先に崖の上の王国の首都であるイスマを目指し、情報を収集。断罪の手はずを整え、隙あらば断罪そのものの実行にもかかる。


 この段階で、しかもたった3人を敵の本拠地に送り込むのは、性急に過ぎるかも知れない。だが連中の断罪こそ、この戦いの帰趨を握っている。


 いくらユエ達が居るといっても、反乱軍は基本的に素人ばかりだ。拠点をとびとびに制圧し、防衛のための兵士を残して部隊を細切れにしていく以上、各個撃破される可能性も高い。兵站もそれほど整っていないため、抵抗は長く持たないだろう。

 下手を打てばポート・ノゾミの自衛軍が出動し、首都と南から挟撃される可能性さえも考えられる。


 したがって、自衛軍の戦力と正面から戦い、撃滅して勝利するというのは、考えに入れない方がいい。まともな戦いでは勝てない。ザルアがためらったのもこのあたりに理由があるのだろう。


 残る唯一の可能性こそが、王とヤスハラの断罪。


 繰り返すが、地味なようでいて、俺達の役割は重要なのだ。



 俺達は精錬所を出発すると、夕方には地図で示された地点へ到着した。


 食料は十分。装備と弾薬もきちんと持っている。


 俺のM1897や、ユエのシングル・アクション・アーミー、そしてニノ達特務騎士団の者達が持つ、ウィンチェスターM1873など、百年以上前のメリゴン製の古いタイプの銃器と弾薬は精錬所の武器庫に保管されており、弾薬もたっぷり手に入った。バンギアとアグロスが触れ合って七年になるが、銃器や弾薬そのものの生産手段まで、ある程度整えてあるらしい。


 たださすがに、無煙火薬を使う9ミリルガーのような少し後の時代の弾薬は、兵士の使用分しかなかった。フリスベルのベスト・ポケットに至っては、使用弾薬の25.ACPが全く見当たらないので一発も補充できなかった。島に戻れば朱里のガンショップで買えるが、今回に限ってはどうしようもないのだ。


 首都のイスマまでは、正規ルートでゲーツタウンから丸二日。これは、バンギアでは最新鋭の、中型トラックで街道をまっすぐに進んだ場合だ。


 当たり前だが俺達は、こんなルートを取れない。バカ正直に街道を行って一度襲撃され、多くの犠牲を出してしまったのだ。だからといって、悠長に歩いていては、蜂起も結婚式も終わってしまう。


 ではどうするのか。その答えは。


「……あの、大丈夫ですか騎士さん」


「ああ……」


 隣に座ったフリスベルに尋ねられたが、生返事で返すしかない。

 尻の下には無骨な木の板。絶え間なく響く車輪とレールが打ちつける音と振動。木箱に詰められ運ばれている銃のパーツや弾薬になっちまった気分だ。


 なぜ俺達が、ディーゼル列車の貨車に乗っているのかといえば、これこそが答えだからだ。見つかりにくい別の乗り物を使うこと。具体的には、自衛軍の奴らが、紛争前後を通じて敷設を進める汽車を利用させてもらうのだ。


 精錬所で手に入れた戦略地図には、3年かけて建設を進めてきた兵員や物資輸送用の鉄道が記されていた。ザルアのような王国の貴族でさえ、存在を知らない未開の森を、ほぼ直線に進むルートだ。


 捕虜から、今は王の騎士団の強化のため、放牧した馬、各種鉱石、石炭、麻薬、銃器などの物資を運んでいると聞き、潜り込めないかと踏んだのだ。


 案の定、運ぶのも今は物がメインなので、警備は薄かった。フリスベルの植物でカモフラージュしながら近づいて、うまいこと荷物に紛れ込むことができた。


 丸一日乗っていれば、首都の手前の秘密駅に到着するという。


 それはいいんだが、三呂の地下鉄よりよっぽど揺れやがる。ディーゼル列車に乗ったのは初めてだが、こんなに振動がきついとは。夕刻に乗って夜半が来る頃には、気持ち悪くて眠れたものじゃなくなってくる。レールの質が悪いのだろうか。


 ため息と共に別のものも吐き出しそうになっていると、M1873を支えに座り込んでいたニノが俺をじろりと横目でにらんだ。


「しっかりしてくださいよー。吐くなら外にお願いしますねー」


「だめだ、見つかっちまうかも知れない……」


 なんとかそれだけ搾り出す。M97が重たい。フリスベルが背中をなでてくれているが、ニノは見下すことをやめない。


「まだるっこしいですねー。操縦席はもうちょっとマシでしょー。操縦者を残して殺して移りますかー?」


 これは、一応を気を遣われているのか。ありがたくは思っとくか。


「それこそ……俺達のことを教えちまう。切り離されたらどうするんだよ。というかすぐに殺すなよ」


 こいつは発想が断罪者ではないユエみたいだ。特務騎士団ってのはみんなこうなのか。三呂で戦ったとき、団長だったあのディレのことを恐ろしく思ったものだが、俺の方が常識外れに思えてくる。


「断罪なんてことにこだわってるから、そんなにめんどくさくなるんですよー。ユエ副団長も相当に丸くなっちゃってー。役に立ったけど捕虜とるなんてねー。いつもは的にして殺してたのにー。向こうも捕まえた私達こんな目に遭わせてるんだからー」


 憎しみ合いの連鎖そのものみたいな言葉だ。だがどうにか生き残っただけの俺と違い、骨の髄まで紛争に浸かった兵士の意見としては当然かも知れない。


 本当を言うと、あのユエもそうなのだろう。今になって、三呂でのはしゃぎっぷりが思い出される。あいつは断罪者になるまで、まともな人間関係をなにひとつ経験してこなかったのかも知れない。


「しかもあなたみたいな子になーんか意識しちゃってるしー。大体断罪者って、法で殺すとか殺さないとか、ぬるいんですよねー。こんなので本当に上手く行くのかなーって。まー、命令がある限り私は死ぬまで戦いますけどー」


 頼もしいのか頼もしくないのかどっちだ。物言いはともかく、精錬所の解放戦では頼りになった。射撃の腕も、恐らく俺よりは優れている。場数の経験も段違いだし、王国内の地理にも戦術にも詳しい。これ以上のサポートは望めない。


「温いかも知れないけど、勘弁してくれよ。法で決まったことってのは、後が面倒くさくないんだ。闘うにしても、断罪に必要な範囲ってだけだ。理屈は大事だぜ」


 いつも事態や政治をうまくまとめてくれるギニョルには、感謝してもし足りないくらいだ。どれくらいやればいいのか、教えてくれている気がする。


「うーん、なんか嫌なんですよねー。後ろであーだこーだ言ってるだけの貴族の人達みたいでー。しかもそんな人の方が結局生き残って、首都の方で元気にしてるみたいだしー」


 ぶすっとして頬を膨らませるニノ。明るい緑の太い三つ編みが、ウィンチェスターの銃身と絡む。


「紛争の常だよ。それなりに苦労してるさ」


「そうなんですかねー。私、元々魔力不能者ですから、この国の普通の人が分かりませんー」


 特務騎士団ってのは、全員そうなんだろうか。断罪者やってる限りはそうでもないが、この国において、魔法が使えないってことはかなり深刻らしい。


「こんな状況じゃ、魔法もなにもないだろうに。俺は関係ないと思うぜ」


「それはあなたがアグロスの人だからで、というか、子供のくせに分かったような口を利かないでくださいー」


 そういえば俺の外見は少年のままだったな。


「あの、ニノさん。騎士さんはこう見えて、23歳なんですよ」


「ええ!?」


 目を丸くして驚くニノ。そういえば悪魔や吸血鬼から守るために、崖の上の王国は作られたんだった。俺がその手先みたいに思われても仕方がないのかも知れない。

 できるだけなんでもないことのように説明してやる。


「七年前、マロホシって悪魔にやられてな。下僕にされる前に逃げたが、おかげで年が取れなくなったんだ」


 ニノの反応は俺にとってつらかった。後ずさる様に自分を抱きしめ、非難がましい目で俺とフリスベルを見比べる。


「じゃ、じゃあ下僕半じゃないですか! なんでフリスベルさんみたいなローエルフと一緒に……あ、ご、ごめんなさい」


 おびえるような上目づかいで、俺を見つめるニノ。正直気分がいいものじゃないが特殊なのはあの島の方なのだ。


 フリスベルが、ニノの肩に触れる。心を解きほぐすように、柔らかい微笑みでしゃべりかける。


「驚かせてごめんなさい。でも、騎士さんはとってもいい人ですよ。おっぱいとか好きで、書類作りも遅くて間違い多いし、ギニョルさんには良く怒られてますけど。それだけですから、怖い事なんてなんにもありません」


 なんという中身だ。というか、フリスベルにまでそう思われてたのか俺は。


「おい……おい」


「違いますか?」


 きょとんとした顔で見つめられると、毒気が抜かれる。


「お前、お前そういう言われ方したら、まあ、うん……」


 確かに書類の作成は遅い。突っ返されることも少なくない。そしてセクハラでギニョルからどつかれたことも一回や二回じゃない。


「……ただの駄目な人なら、安心かも知れませんねー。なんか悪魔っぽくないですし、大丈夫かなー」


 なにか、ニノが打ち解けた雰囲気になったのはいいが、納得がいかん。俺を下げなければまとまれないというのか。


「いいよもう、勝手に言ってろ。ったく」


 俺は顔を背けて二人を後にした。

 『本当に23歳なんですかー』とか、『結構可愛い所ありますから』など、勝手な言葉が背中から聞こえる。


 煙草を一服やりたいが、弾薬庫に火器は厳禁だ。板壁の隙間から外を見てみるがすぐ近くを無秩序な林や灌木が通り過ぎていくだけ。


 そのうちにスピードが落ちて来た。何かと思ったら、どうやら小さな駅みたいなものに止まるらしい。


「隠れましょう。積み替えの駅ですよー」


 ニノから呼びかけられ、仕方なく戻ろうとして、見つけた姿に驚く。


 懐中電灯を持ち、数人の部下を連れて馬上に居るのは、ユエの兄姉三人の姿だった。


 つまり、次男のジン・アキノ、三女のリカ・アキノ、三男のクオン・アキノだ。


 王の命令によって島で無法をはたらき、恩赦で断罪からまんまと逃げた奴らが、こんなところで何をやってやがる。

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