17作戦終了
珠里に叱責されただけで、あれほど取り乱した将軍だ。
綺麗にはまったギニョルの策には、正常では居られないだろう。
どれくらい暴れるか、ひとつ見てやろうか。
そう思ったのだが。
「ああ……ギニョル。来てくれたんだね」
ガドゥのAKと同じ、口径7.62ミリの弾丸で右手を貫かれてなお、ギニョルに出会えたのが嬉しくてしょうがないらしい。
執着の浮き出た視線で、ギニョルをじっと見つめる将軍。
「嬉しいなあ、本当に。ここは僕の基地なんだよ。断罪者がいくら強くても、ここの兵力には敵わない。しかも今、そこのスレインも無力だ。やっと君のすべてを壊して、完全に僕のものにするときが来たんだ」
続々と、兵士が集まってきている。いくらかの銃が、ギニョルに的を絞っているらしい。
計画を乱されたことよりも、ギニョルが手に入る事の方が大事、か。
「その毛皮を脱いで、美しい姿をさらすのは君の方さ。さあ、僕の所へおいで。さもなくば、君の大事な断罪者が、みんな蜂の巣だよ」
なるほど、自分が直接手を下さなくても、橋頭保の膨大な戦力を握っている以上。
獲物はギニョルの方というわけか。
だが、そんなことぐらい、俺達の上司が考えていないわけがない。
「あほうめが。やってみい、瞬間、貴様の狂った頭は吹き飛ぶわ。射手はあのクレールじゃぞ。もしかしたら、指示など無くとも、独断で吹き飛ばすやも知れんな」
断罪者で最も自衛軍を憎む、クレールの銃口。それが、偉そうに指揮車の後部に立ち上がった将軍の頭を狙っている。
はったりのわけがない。俺は確かに銃声を聞いた。なにより、将軍自身、自らの右手を貫かれたのだ。
冷静な考えが戻ったらしい。姿勢を動かすことなく、将軍がギニョルに呼びかける。
「なるほど。けど僕が死んでも、基地に損害を与えた君達を、自衛軍は必ず抹殺するよ。彼らは兵士だからね。君らの抵抗の前に、多少損害は出るだろうが、日ノ本はきっと、人員と装備を再び送る。そうすれば元の木阿弥さ。君の求める法や正義は失われるんだ。なのにここで、僕ごときのために、全員が命を落とすのかい?」
どっちが断罪者のリーダーだか分からん様な正論を吐きやがる。
時間稼ぎか、策略か。聞くに値いする意見だ。
闇の中に瘴気を吐き出しながら、ギニョルはそれを笑い飛ばした。
「はっはっはっは! ありがたい心配じゃな。人間らしうない事を言いおるわ。心配せずとも、時間を稼いで、クレールを殺そうとしとる事くらい読めておる」
兵舎の方で銃声がした。狙撃態勢のクレールに、反撃は無理だ。
残っている断罪者は、硝煙の姫君として、紛争で自衛軍に甚大な損害を与えたユエだ。
「あやつを守っておるのは、重火器をかき集めた硝煙の姫君じゃ。はてさて、寝ぼけ眼の兵士が突破するのに、どれくらい命と弾を無駄にするかのう」
銃声が止まない。クレールを殺すだけなら、あれほどの数は必要ない。兵舎のどこかでユエに阻まれているのだ。さすがにSAAとp220だけでは無理だろうから、武器は恐らく、混乱の最中に、クレールが兵士に蝕心魔法でもかけて集めさせたのだ。
普段こそ、日ノ本政府が雇ったエルフが、出入りの人間をチェックしているが。
格納庫の爆発、それに続く警報と、将軍自身の出陣で、橋頭保の態勢は乱れている。断罪者三人が、これほどまで入り込めた以上、それくらいの事はわけがない。
「特車隊に……」
「よせ! 死にたいのか!」
ギニョルの一喝に、将軍の命令は断たれた。
「貴様の言った事、平素ならわしも考えたであろう。じゃが今は違うぞ、アグロスの野蛮人よ。300年近う生きとるわしも、貴様の様な人間は見たことが無い。どんな天秤であろうと、無秩序などより、今ここで貴様が死ぬ方に傾くわ。わしら全員、貴様の命と引き換えに死ぬ覚悟はできておる。撃てぬなどと思うでない!」
ギニョルが杖を突きつける。将軍の顔が厳しくなった。ようやく自分の命の危機を悟ったのだろう。
「さあ命令しろ。橋頭保の兵士に、わしら断罪者、珠里とドロテアを無事に脱出させよとな。どうした、早くしたらどうだ、ユエは容赦などせぬぞ。今この瞬間も、兵士の命が消えておる。貴様の祖国の貴重な命と、兵器の損害が増えるばかりじゃ」
今度はギニョルが、自衛軍のための理論で、将軍を追い込んでいく。
日ノ本の人間が殺されているといえば、俺は怒るべきなのだろうか。
いや、悪いがついこの間、遊佐の事件に関わった以上、あまり同情はできない。
「念のためじゃ、ほかの者にも伝えておこう」
右目に魔力を集めるギニョル。橋頭保のあちこちで、紫の魔力が共鳴している。格納庫の爆発から、使い魔たちを送り込んでいたのだろう。あのねずみでやった様にして、橋頭保中へのスピーカー代わりにするのだ。
「善良で未熟な兵士は聞け。お前たちが命令に背き、わしらを殺せば将軍は死ぬ。じゃがそれで、自衛軍がまともになるなどと思うな」
断罪事件でぶち当たるのは、やばい奴ばかりだが。一応、正義感の強い兵士が居ることも考慮しておかなければならない。将軍の命令を無視されても困る。
「この残虐な男を欠いては、貴様らなぞ我らバンギア人にあらゆる方法で食い尽くされよう。銃も装備も、資材も、金も、貴様らとその家族も、全て奪われ骨までしゃぶられるに違いあるまい。その後は、貴様らの祖国、貴様らの世界がおびえる番じゃ。魔法も使えぬ70億人を食い散らかしたい奴は、この島にも大陸にも、ごまんとおるであろうな!」
蝕心魔法、操身魔法、現象魔法。
バンギア人は、アグロス人を欺く術に事欠かない。しかも半分以上の種族は、寿命の面でも魔法の面でも、アグロス人の上位互換なのだ。
果てしない欲望を持つ、GSUMのキズアトとマロホシ。バルゴ・ブルヌスに、そのほか無数の、やられっぱなしが我慢ならないバンギア人。
橋頭保の自衛軍、そして俺達断罪者という抑えを欠いたポート・ノゾミが、そいつらを止められるはずがない。ポート・ノゾミはたちまちのうちに、バンギアからアグロスへの橋頭保になるだろう。
「……さて、これで無茶をする者もおらぬであろう。ついでに貴様の求心力も増したかもな。さあ剣よ、命令を出せ、死にとうなければな。いつまでも我慢できるほど、うちのクレールは行儀良うないぞ」
ライフルの引き金に手をかけ、舌なめずりをする、冷たいツラが思い浮かぶ。
108歳とまだ若く、下僕童貞のあいつのことだ。尊敬する親の仇の親玉を照準に捉えて、暴発しちまうことも考えられる。
ギニョルはカードを出し尽くした。恐らく、これ以上は無い。
だがそれで、十分だったらしい。
「……ふ、ふふふ、はっはっはっはっ! それでこそだ、それでこそ君だよ、ギニョル。第十代ゴドウィ家の令嬢、テーブルズにおける悪魔代表、そして我らに敵対する断罪者の頭として十分だ。その胆力と、政治的な目。下らん人間の女じゃあり得ない、いやあ、ますます僕の前にひざまずかせたくなったね」
狂気を感じる、病的に快活な微笑み。痛みを感じていないかのように、撃ち抜かれた右手を握りしめると、腕時計を見つめ、指揮車の通信兵に呼びかける。
「将軍より、全軍に通達だ。
ギニョルの眼に再び魔力が集まる。連絡が行き届くのを可能な限り使い魔で見ているのだろう。しばらく確認した後、俺達全員に向けて伝えた。
「断罪者よ、お前達もじゃ。銃を収めろ。この件に関する断罪事件を、蒸し返すことも許さぬぞ。特にクレール、ユエ、騎士よ、良いな!」
さすがに俺もこの状況で撃てるほど、無鉄砲では無いのだが。
ギニョル的には、鉄砲玉枠なんだろうな。
兵士達が銃をしまっていく。将軍は俺達など居ないかのように、消火と負傷者の収容作戦の指揮を執り始めた。
最初に、フリスベルが銃を収める。ガドゥがAKにセイフティをかけ、放心してその場に崩れ落ちた。俺もM97の銃剣を外し、シェルチューブと銃身からショットシェルを抜いた。空っぽの銃身を背中に回す。
鳥や虫、ねずみなどだろうか。魔力を帯びた使い魔たちが、橋頭保の敷地内から退いていった。
兵舎の銃声も止んだ。あの二人も、ギニョルの意を汲める程度には大人だったか。
ということはだ。
難儀だったが、どうにか事態は収拾したのだ。
「何をぼうっと見ておる、スレインとドロテアを運ぶぞ。フリスベルは珠里の傷を回復しろ、急げ!」
そうだった。安心してる場合じゃない。
数時間後、俺達は一人も欠けることなく、なんとか自衛軍の橋頭保を後にした。
テーブルズの動議から7日目の夜が、ようやく終わろうとしていた。
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