16午前零時過ぎ

 格納庫にはM2の弾薬だけじゃなく、弾薬用の火薬の類も保管されていたらしい。

 スレインの炎を浴びた以上、爆発は時間の問題だったのだろうが。

 ドロテアの一撃は、その火薬にも点火してしまった。


 俺達はスレインの体ごと、橋頭保の路面まで吹き飛ばされた。


「痛ってえ……」


 俺に続いて、ガドゥとフリスベルが体を起こした。珠里もかろうじて立ち上がる。

 相当な風圧だったのか、スレインの体まで目の前に横たわっていた。

 2メートルは飛ばされちまったか。


 幸いにして、軽い打撲や、裂傷程度で済んでいるらしいが。


 ドロテアの姿は見えない。目の前には、半壊して黒煙を上げる格納庫があるばかりだ。

 サイレンと警報は鳴り続けている。消防隊のポンプ車を、深緑に塗りかえたであろう自衛軍の消火用車両が、格納庫を取り囲んで放水していた。


 消防車が出られるということは、俺達を包囲する態勢も整っているということ。立ち上がると同時に、状況に気付いちまった。


 7台の装輪走行車両に、8台の軽装甲機動車、そしてその全てにしつらえられた、十数丁もの重機関銃、軽機関銃、てき弾銃。さらに、おのおのの車両から現れ、89式小銃を構え、射撃姿勢を取る数十人もの兵士達。


 駄目押しに、見張塔にも対物ライフルや狙撃銃を構えてる奴らが居る。

 蟻の這い出る隙間も無いとは、まさにこのこと。

 無論、完全に気絶したスレインにも、M2やRPGなど、効果的な重火器を向けられていた。


「……いやあ、ちょっと困ったことになっちゃったなあ」


 平べったい96式装輪走行車と比べると、膨れ上がったボディの後部や、アンテナが特徴の82式指揮通信車。そのハッチから上半身を出したのは、若い男。


 相も変わらず、普通の軍服に、最下級の二等陸士のバッジ。この車両から顔を出す意味が分からない地位だ。

 将軍は俺達など居ないかのように、焼け落ちる格納庫を振り向く。


「真壁の奴、せっかく任せてやったのに。上手いのは、拷問だけだったな。物資と建物、再建と補給。これじゃあまた、荘園のひとつでも焼かなきゃだめか」


 巻き込まれて死んだ幾人もの兵士より、組織の金勘定か。

 まあ、指導者らしいといえば、らしいが。


 そう思うと、皮肉が口を突いて出た。


「よう将軍様、5日ぶりだな。設営してから、初めてじゃねえのか。この橋頭保に被害が出るのは」


 俺の言葉を聞いた瞬間、将軍は腰の銃を抜いた。

 足元、革靴の数ミリ脇に、弾痕が刻まれる。

 いや、刻むってのは違うな。打ち砕かれて、えぐれている。


 両手で構えた姿勢から、大型のリボルバーを腰のホルスターに戻した将軍。

 えらく綺麗な銃だった。銃声やマズルフラッシュの大きさからして、相当威力のでかい弾薬を使っている。メリゴンの銃器会社とつながりでもなければ、手に入れられない代物だろう。


「口を慎め。我が日ノ本に逆らう、非国民の丹沢騎士。僕が日ノ本に戻れたら、生き残りの君の家族は、必ず探してめちゃくちゃに殺してあげるから、楽しみにしてろよ」


 やってみろ、てめえこそぶち殺すぞと言い返したかったが。

 銃口に囲まれた、この状況で、そこまで命知らずにもなれない。

 しかし、相当頭に来てやがるな。まあ、そりゃそうか。こいつにとっては、自衛軍を動かしてバンギアを掌握することが全てだろうし。思い通りのゲームを邪魔する奴ほど、うっとうしいものは無い。


「まあでも、この戦果は上々だなあ」


 スレインの方を見ているのかと思ったら、違う。

 俺達を取り巻く兵士の輪に、担架に鎖で拘束された、ドロテアが運ばれてきた。

 鱗の一部が剥がれ、素肌には酷い火傷を負い。気絶して、目を閉じたままだ。


「ドロテア、大丈」


 銃声が、珠里の動きを阻む。

 今度は左の腰から抜いた、P220の9ミリ弾。

 将軍に太股を撃ち抜かれた珠里は、顔を歪めてうずくまった。


「珠里さん!」


 フリスベルと、ガドゥが駆け寄る。

 あのリボルバーで撃たれたわけじゃないなら、命に別状は無いのだろうが。

 息を吐く様に、俺達をいたぶりやがる。将軍が銃を収めた。


「A6整備中隊、火器整備小隊長、高崎珠里三尉。君の扱いは、戦闘中の行方不明だったが、僕がこうして姿を見た以上、二階級特進は取り消しだ。元通り曹長として、隊に戻ってもらうよ」


「嫌……もう、あなた達の手伝いなんて」


 首を横に振った珠里に対して。

 将軍が銃を向けたのは、気絶しているドロテアだ。


「この状況で、君の意思を聞いていると思うのかい。これは僕の慈悲なんだ。裏切ったとはいえ、君には日ノ本のためにバンギアに赴く覚悟があった様だし。大人しく戻れば、そこの汚いカジモドは、生かしておいてあげよう。断罪者も、今この場で、ひとおもいに撃ち殺してやろう」


 俺達を殺すことは決定事項か。大真面目にイカレた野郎だ。

 もっとも、専守防衛がモットーの軍の指導者としては、島の裏稼業にいち早くなじんだと言えるが。


「断るなら、そうだな。カジモドは殺すし、断罪者にも、色んな拷問を受けてから死んでもらう」


 目を細めて、俺達を一人ずつ見つめる将軍。


「非国民とゴブリンは、クレーンで手足をもいでから、サメにでも食べさせようか。可愛いローエルフは、魔錠をしてから、兵士の中の希望者に辱めさせよう。ギニョルが泣き叫ぶ様な有様にして、映像と死体の破片を送り付けてやる。どんな包装が良いかなあ、結構可愛いもの好きだからなあ、あのひと」


 近所の綺麗なお姉さんに憧れる、純粋な少年の様に。寒気のする笑顔で、将軍は言葉をつないでいく。震えるフリスベルを、とりあえず抱きしめた。何百年生きた女でも、こういう暴力が最もこたえることを分かってやがる。

 凍り付く様な視線が、再び珠里に向けられた。


「もちろん君自身もだよ、高崎曹長。銃器についての使えそうな記憶は、吸血鬼に吸い出させれば問題ない。二匹のトカゲの記憶も消す。その後は、悪魔にやって慰み者にしてから、ホープストリートに売り捨てるんだ。祖国日ノ本を裏切ったことを噛み締め、ごみの様に生きていくといい。君の家も、所属した軍を裏切った君には、それくらいがちょうど良いって言ってるからね」


 傷口に当てた手が震えている。スレインも、ドロテアも倒れている今、珠里をむき出しの暴力から守るものは無い。


「さあ、早く決めなよ、高崎曹長。君の一言で、君のためにここに来たみんなの運命が決まるんだ。みんなが苦しんだら、裏切った君のせいだよ。さん、に、いち」


「待って!」


 瓶に残った最後の一滴を絞り出すように。珠里の悲痛な声が響く。

 将軍の口が、三日月の様にきゅうっと歪んでいく。30年も生きてない人間だということが信じられない。


「だめです珠里さん。こんな人たちを、信じてはいけません!」


 恐怖をこらえて叫んだフリスベル。

 本当なら、俺が真っ先に言うはずなのだが。


「俺達だったら構わない。手足をもがれようが、胴体だけになって、こいつらの喉元食い破ってやるまでだ」


「騎士に同じだ。おれだって断罪者、覚悟は……できてる」


 勢いに押されたのか、ガドゥまでが、言い切った。

 スレインが目を覚ましていても、恐らく結論は変わらないだろう。


 断罪者を恐怖で支配できるつもりだったか。将軍の唇が不快そうに反り返った。


「くだらないね。いいよ、もういい。取引なんか関係ない。断罪者には最高にみじめな死に方をくれてやる。で、後はカジモドの命だけど、君も同じかい、高崎曹長?」


 残ったのはドロテアの命。恐らくは自らの威厳のため、どうあっても、裏切者は屈服させなければ気が済まないのだ。

 追い詰められ、顔を伏せた珠里。前髪が目を隠している。


「……で」


 呟いた言葉。聞き取れない程度だったのか、将軍が聞き返す。


「なんだって」


 負傷を無視して、すっくと立った珠里。

 小さな背中に、竜の気迫が宿る。

 かっと目を見開くと、将軍を見つめ、吠える様に言った。


「私の娘を、汚い言葉で呼ぶな! 貴様らの様なやつばらのために、振るう腕など断じてない! 何が将軍だ、笑わせる。貴様の軍隊ごっこになど付き合えん! 私を曹長と呼ぶなら、今すぐその指揮車から降り、階級に見合った振る舞いに戻れ、剣侠司二等陸士!」


 スレインの咆哮でしびれたときの様に、俺達を囲む兵士が、硬直した。

 雷鳴の様な叱責で、意味をつかむのに少しかかった。


 なるほど。紛争の混乱に乗じて、自衛軍を掌握した侠司には、辞令も無ければ昇進があったわけでもない。どう自分を飾ろうが、日ノ本のためと吹こうが、自衛軍の最下級に居る、ただの二等陸士に過ぎないのだ。


 案の定、侠司の痛い所を、全力で撃ち抜いたらしい。


「きっ、さま……っ! もういい、私が撃ったら、こいつらは蜂の巣だ! 駐屯地を破壊したことを償わせろ!」


 大型のリボルバーを取り出し、ドロテアに向けた将軍。

 万事休すだ、最後に、一矢報いてやれたからいいのか。

 断罪者として、ドロテアと珠里を守り切れなかったこと、後悔してもしきれない。

 断罪すべき悪党だって、まだまだ限りないというのに。


 情けなく、悔しく、つい目をつぶって顔をそむける。


 銃声は、離れた兵舎の方から轟いた。

 奇妙な事に、89式小銃でも、9ミリ拳銃でも、7.62ミリ軽機関銃でもない。


 乾いた岩が弾ける様な、あの破裂音。

 俺達断罪者の銃、クレールのM1ガーランドライフルだ。


 弾丸で貫かれた将軍の手から、大型のリボルバーが落下する。

 ライトの死角、遠く離れた兵舎の屋上の闇の中に、一瞬だけ魔力で光るクレールの目が見えた。

 距離約、500メートル弱、あの銃のほぼ最大の射程で狙撃を成功させやがった。


 わっしわっしと、羽ばたきの音をさせ、格納庫の闇に大烏が降り立つ。


「やってくれたのう、剣よ。わしの部下をさんざんな目に遭わせおって。この代償は、たこうつくぞ」


 くちばしにかけた手綱を握り、頭蓋骨の杖を振りかざすのは、堂々たる体躯をした、紫の毛皮の山羊顔の悪魔。


 テーブルズの悪魔代表にして、俺達の上司。

 断罪者、ギニョル・オグ・ゴドウィだ。


 俺は腕時計を確認した。ちょうど深夜12時を、少し回った所だった。


 悪知恵の二つ目、12時ちょうどの橋頭保への奇襲も、成功した。

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