18女医マロホシ


 ノイキンドゥに、あらゆる種族を診る病院があるのは知っていた。

 GSUMの奴らが、慈善的な隠れ蓑として、医術と魔法で島の住民に治療を施している。報酬を積めば、断罪者の治療さえ請け負うという。


 だが、まさか。

 スレインの様な巨体のドラゴンピープル専用の、手術室や病室まであると思わなかった。


 スレインの傷は深かった。体内に魔力の働きを阻害する金属片、M2重機関銃の弾丸が大量に入り込み、フリスベルの回復術も効き目が悪い。俺達じゃ手の施しようがなく、本当に危険な状態だった。


 ギニョルの決断で、ノイキンドゥに使い魔を派遣し、マロホシに直接話をつけ、病院に担ぎ込んだ。驚いたことに、ロビーの正面にリフトがあって、それで専用の階まで運ばれると、マロホシ本人や助手が来て、即手術を始め、翌日の昼前には処置が終わった。


 40件もの断罪法違反の嫌疑がかかるマロホシだったが。


 ギニョルやクレールと一緒に、見学席から見張ったが、見事な腕前だった。


 下僕の手術助手に次々と指示を出し、メスや鉗子、ドリルに電気ノコギリなど、アグロスの手術用具を的確に操っていた。


 それだけじゃなく、操身魔法も行使し、必要に応じて鱗や骨の強度まで細かく変えていた。切りにくい筋肉は柔らかく、出血しやすい箇所を元通りに戻しながら、弾丸や破片の摘出、血管や臓器の縫合まで、丁寧かつ迅速にこなした。


 たった1、2度の解剖じゃ、到底不可能な正確さと速度。

 バンギア人を外科的に解剖した医学書など、まだこの世のどこにも無いというのに。ましてやドラゴンピープルは、バンギアでも希少な種族だ。体の構造が分かるほどの、まとまった数の死体を、どこで手に入れたのか。


 人を治しているからといって、とても信用はできない。

 ギニョルがそう、呟いていたのが印象的だった。

 俺もまた、7年前を思い出していた。



 地上22階。屋上にあるドラゴンピープル専用の病室は、自然公園の様だ。


 バンギアのものらしい、柔らかい芝の様な草が、床一面に生やされ。巨大なテーブルの様な病床には、エルフの森に生えるという、清浄な草を乾燥させた柔らかいわらが敷いてあった。部屋の真ん中には小さな小川が流れており、数種類の広葉樹が、変わらぬ日差しに木陰を作っていた。

 ガドゥいわく、古代の庭園に使われていた浄化の魔道具を通して、水道水をバンギアの水に近づけて循環させているそうだ。 


 アグロスとバンギアが交じりあうポート・ノゾミの島から、スレイン達の住む深い森や孤島まで。たった一歩で、移ってしまった様だ。もっとも、辺りを見回せば北側には三呂大橋や水上警察署が見えるし。少し東では、ホープレス・ストリートとホープストリートが隣り合っている。

 要するに、ここはまだ島なのだ。


 病室には、スレインのほかにも、仕事中の事故や、義侠心で他人をかばって撃たれたドラゴンピープル達が寝転がっていた。

 どいつもこいつも、日向で眠る動物というか。えらく穏やかな目をしている。それだけ快適な環境なのだろう。


「あ、スレインあっちだぜ。やっぱ目立つなあ」


 一緒に来たガドゥの言う通り、真っ赤な鱗のスレインは目立つ。

 窓際というか、端の岩の上で、両足と尻尾を投げ出すように座り。目を細めて南東の方、珠里が居るガンショップの方を見つめていた。


 たった2日でここまで回復するとは、さすがだ。

 俺達が近づくと、長い首を回してこちらに振り向く。


「おお、騎士にガドゥ、来てくれたのか」


 一応、下の草のおかげで、足音は消えていたと思うのだが。

 パワーと繊細さ、とことんまで戦士の種族だ。


「よう、調子はどうだ?」


 持っていたビニール袋を投げ渡すと、スレインは危なげなく受け止めた。


「……すっかりとは言わんが、ある程度復調した。マロホシの奴がつなげてくれた腕も、8割ほどは力が入る。おお。これは、キリカンか。ありがたい」


 結ばれた口を器用にほどくと、口角が上がる。嬉しいらしい。


 意外なことに、植物や果物を中心に食べるドラゴンピープル。真っ白いミカンの様な果実、キリカンは、珠里が身を寄せたスレインの故郷で栽培されていたという。ちなみにこの実をつける木は、海水か、海水の混じった淡水でしか育たない。


「闇市で売ってたぜ。旦那の好物だって、珠里さんから聞いたよ」


「ガドゥ、ありがとう。早速だが、失礼して頂こう」


 袋を逆さにすると、十個はあったキリカンが、大きな口に消えていく。

 人間にしてみると、ミカン一つ食うほどでもないのかも知れない。豪快な奴らだ。


「いつ起きたんだ?」


「……今朝だ。ギニョルが使い魔をよこしたから、後の状況は知っている」


 あの後、恐ろしいほどスムーズに、状況処理が進んだ。

 橋頭保での出来事に関しては、テーブルズの誰も追及はしてこない。次の公会でも問題になる事は無いだろう。

 通称“官報”と呼ばれる、自衛軍が敷地内の印刷機で発行、闇市に掲示する新聞の様なものでも、俺達との戦いは、爆発事故として処理されていた。高崎珠里と真壁誠の除隊が発表されていたのも、ありがたい限りだ。


 ちょっとした懸念は、潜入のときに不可解な動きを見せたハイエルフの若木の衆。

 俺達を助けたと見せて、真壁達に売ったかと思えば。最後の最後で武器を取り返してくれたらしい。あれがないと、ギニョル達が来る前に全滅していたかも知れないのだが。

 一体連中はなんのつもりで動いているのだろうか。ワジグルも、俺達の動議が済んだ次の日から、エルフの森に呼びつけられたきりで話を聞くことができない。


「旦那、ギニョルは好きに休めって言ってるぜ。しばらくはゆっくりしなよ。ドロテアや、珠里さんも見舞いに来るだろ」


「いや、できるだけ早く戻るつもりだ。主治医の意見を聞いて、な」


 スレインの視線の先で、リフトのドアが開いた。

 出てきたのは、一目で回診の医師と分かる連中だった。

 タイトスカートにブラウス、白衣に黒ぶち眼鏡の女を先頭に。スーツに白衣の男たちと、いかにも男性看護師という、白一色のパンツルックの男たち。十数人の集団は、磨き上げた革靴で芝生を踏み分け、岩に寝転がるドラゴンピープル達に、問診や検温を施している。

 それらが済むと、眼鏡の女医は必ず頭蓋骨のついた杖で、魔力のバランスを調べていた。


「騎士、分かっているな?」


「……ああ」


 今、俺は断罪者のコートを着ていない。この女にかかっているのは、あくまで40件以上の断罪事件の嫌疑に過ぎない。


 集団がスレインのところまできた。俺達には構わず、回診を始める。

 慣れた手つきで包帯を解き、鱗のない胴と腹をさする白い手。

 その持ち主に角は無いが、確かにギニョルと同じ悪魔だ。


 地味に見えるが、その実、赤い瞳の奥に得体の知れない輝きを秘めている。

 こいつこそが、7年前に俺の体を16歳のガキに留めたマロホシだ。


 無意識に懐に手が伸びた。ぴくり、と医師や看護師の目が吊り上がる。

 スレインの腹に、聴診器を当てながら。マロホシは俺の目を見ずに呟く。


「……騎士くん、お医者さんにいたずらは駄目よ」


「てめえ!」


「だめだ、騎士!」


 ガドゥに足をつかまれ、スレインに腕を引っ張られ。

 それ以上、動けるはずがない。


 医師団の連中が、冷たい目で俺を見すえ、携帯していた獲物を取り出した。

 お馴染みのシグザウアーP220、コルトのベスト・ポケット。30センチにも満たない全長ながら、30発以上の9ミリ弾をマガジンに詰め込み、ばら撒くイングラムM10。

 十数の銃口と、百発以上の弾丸が、俺の命を狙っている。


 ドラゴンピープル達がざわつく。スレインが厳しい目で、医師団を見下ろした。


「やる気か。騎士の軽はずみとて、貴様らが撃てば、このそれがしが、主人の首を圧し折るぞ」


 空気は一触即発。俺のせいだ。ガドゥの手が震えているのは、俺を抑えるためじゃないだろう。

 やがて、マロホシがため息を吐いた。


「いいわ、下がって。まだ今、この子を手に入れるときじゃない。穴だらけのゾンビなんて抱く趣味は無いし」


 獲物をしまうと、一斉にひざまずいた医師団。

 こいつら、全員マロホシお気に入りの下僕か。七年前、ギニョルに助けられなければ、俺もこいつらの仲間入りをしていたのだろう。

 俺くらいの少年から、40前の渋い男まで、なかなか節操のない取り合わせだ。

 マロホシは俺に向かって、不快な流し目を送ってくる。顔の造詣は美人といえるが、ここまで腹の立つ奴も珍しい。


「ごめんなさいね、騎士くん。今は治療に集中します。スレインさん、経過はどう?」


「ああ。かなりいいが、何か気になるところはあるか」


 検温と触診、それに魔力の探査を行うマロホシ。さっきの一触即発など、まるで無かったかの様だ。


「……確かに問題なさそうですね。退院はご自由に、職場への復帰はもう数日置いた方が良いかも知れません」


「弾でも残っているのか?」


「いいえ。そうしてもらうと、私たちが助かります。M2で撃たれて、腕を千切られて、てき弾を受けたのに、数日で断罪に出て来られては、部下が怯えてまともに動きません」


 よくもまあ、平然と言いやがる。

 だがスレインはさすがというべきか、苦笑を浮かべて乗り切った。


「なるほどな、少し考えよう。ここから飛べば良いのか」


「回復してるなら、それでもかまいません。リフトを使ってくれた方が、投資した私は嬉しいけれど」


「考えておこう。もう世話になりたくないな」


「いえいえ。いい勉強になりましたわ、竜の人の秘密に、一歩近付けました」


 マロホシはそのまま俺達を離れると、もう一人ドラゴンピープルの治療をしてリフトに戻っていった。他の患者も診るのだろう。


 ドアが閉じ、リフトが動く音がする。

 スレインの右手、一度引きちぎれたはずの手のひらの下で、岩にひびが入り始めた。

 パン生地でも引きちぎる様に、岩から破片を剥ぎ取ると、そのまま握り込んで粉々にしていく。何が8割なのだろうか、もう完全に治っている。


「お、おい旦那……どうしたんだよ」


「……すまんな、ガドゥ。騎士も悪かった。これでは、お前に何も言えぬ」


「いや、こっちこそ助かった。お前も何か気になることが?」


 小さな火の息を吐き出すと、スレインは目を釣り上げた。


「マロホシの奴、紛争中、味方のフリをして、それがしの同族を狩っていたのだ。亡骸を解剖し、はらわたや骨、鱗に角や牙まで、アグロスに売り飛ばしている。あの細首、何度噛み千切ってやろうと思ったことか」


 なるほど、それであそこまでの手腕か。スレインにとっても、同族の仇というわけだ。


「腹の立つことだ、それゆえ助られたというのがどうにも。これ以上はゆっくりもしておれん。やはり早く復帰せねば」


「待てよ、親父」


 屋上の縁から、声がかかった。

 “灰喰らい”を持ち、たたずむドロテア。その隣に、珠里が立っていた。

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