17抜け殻
演説会から二日後。
一連の不正や演説会での狙撃を受け、混乱や被害を避けるためこの選挙を中止するかどうかが公会で話し合われることとなった。
が、結果は最初から明らかだった。
収容キャパシティ八千の席についた観衆も、会場に入れないほぼすべての島の住人も、この選挙を成立させないことなど許すはずがないからだ。それほどに演説会場でのキズアトの丸め込みは効いた。
ギニョル、マヤ、ワジグル、ヤタガゥンと議員団が討議したが、選挙の継続に疑義を挟んだとたん、群衆から凄まじいヤジが飛ぶ。元ポート・ノゾミ記念ホールの観客席に等しい八千もの数の住人が一斉にいきり立つのだ。山本とジグンが無理やりに議員から引きずり降ろされたときの、一触即発の空気がみなぎり、それ以上進められない。
キズアトとマロホシは、当選前にもかかわらず、住人たちを通じてテーブルズを操っているに等しい。
選挙の継続は既定だった。残った候補者はキズアトことミーナス・スワンプとマロホシことゾズ・オーロ。そして演説会で命を落とさなかったゴブリンのガバクと女吸血鬼のウィリンの四人。
投票日にはこの四人が三つの代表の椅子を争うことになるが、キズアトとマロホシは当選が確定し、残りのひとつに誰が座ってもその傀儡になる。そして、そいつら全員が断罪者の指揮権を持つ。
悪夢以外のなんだというのだろう。
断罪者として警護の席に立ち尽くした俺は、無力感にさいなまれながら歓声の海にもまれていた。あとたった一週間で断罪者はGSUMの首魁の支配下に置かれてしまうのだ。
「やっぱり駄目なのかな、ギニョルも、姉さまも、頑張ろうとしてたけど……」
功のない議論を見守っていたユエがつぶやく。こいつの腕なら、観衆の中で特にうるさい奴を瞬時に撃ち殺し、会場を脅しつけて秩序を戻すことも可能だ。アグロスの裁判所で騒ぐ傍聴人をつまみ出すことが法律でできるように、この公会でも妨害を行う聴衆に対して秩序維持のため力を行使することが法律で許される。
だが、今ユエが撃てばどうなるか。住人たちはキズアトに仕向けられたとおりに団結している。力で抑えつけようとすればいよいよ暴動だ。数の問題によって、今ここに居る断罪者も議員団も八千人に押しつぶされる。その後はキズアトとマロホシが新しい秩序を敷くのだ。
GSUMが議会と法律に入り込むどころか、GSUMそのものがこの島になる。あの二人にとっては、むしろその方が選挙で当選することよりも嬉しいに違いない。
ユエもギニョルも俺も、そんなことは分かっている。ユエの手はホルスターに触れもしなかった。
「……騎士くん、やっぱり死んじゃってるのかなあ、みんな」
選挙期間の延長二日、形だけの新たな立候補者の受付。それだけの修正を加えて、選挙の継続は決まった。
礼を交わし、公会を終えるギニョル達を見つめるユエ。要求が容れられて大喜びで出ていく住人達を見つめながら、俺はため息を吐いた。
「分からねえよ。あんな手紙じゃなにも」
逆転の一矢となるかと思った、狭山から届いた使い魔。手紙に書いてあった文面は、ただ一言。
『五人はもう戻らない。探さないでほしい』
それだけの手紙を残して、使い魔は再び飛び去ったきりだ。
狭山は自分なりの捜索で、五人が死んだということを確信したのか。ならば死んだと書くはずだ。そして島に戻るはずだ。
仲間の死を断罪者に伝えられないと思ったか。いや、狭山はそれほど軟弱じゃないし俺たちを見くびってもいない。形見か、死の証拠なりを確かめに来るようにうながすだろう。
だったらなんだというのだ。答えの全くでないまま、キズアトとマロホシの思惑通りの公会は終わった。
今までの議員団とその代表たちは、一様に浮かない表情でそれぞれの事務所へと向かう。選挙期間の延長により、面倒な事務仕事が増えている。
キズアトとマロホシが何もしないことが決まった以上、断罪者による警備はそれほど重要じゃないのだろう。ギニョルが俺たちを見つけて近づいてきた。
「ご苦労じゃったな、騎士、ユエ。今日は休暇をやる。明日からが延長された選挙期間じゃ、その間は再び警備についてもらおう」
力のないねぎらいの言葉だ。なまじ頭の切れるギニョルだから、キズアトとマロホシの筋書き通りに動かされていることはこたえるのだろう。
連中と共に議員代表をやるということの苦痛も、想像できるに違いない。
「ギニョル、やっぱりみんなのことは分からない?」
ユエの問いに、俺たちのお嬢さんは疲れたように苦笑する。
「……ほんの少しでもと思うたのじゃがな。使い魔を飛ばしたが、探すなと書かれた理由すら見当が付かぬ。この数週間、島中をひっくり返していたときと同じじゃ。影も形もない」
そうだろうな。
状況は悪い。ギニョルの言った通り、俺たち三人だけではキズアトとマロホシには勝てない。
連中がテーブルズに入り込み、その影響下で選ばれる新しい断罪者が加わればチャンスがあるか。話にならない。
大体あの二人が議員代表になった後で断罪を目指した所で、指揮権を使って自らへの断罪を停止させることさえ可能なのだ。アグロスの日ノ本でいえば、国会議員の不逮捕特権に近い使い方だ。
やはり俺たちは負けたのだろうか。何も言えない俺とユエの肩をお嬢さんが軽くたたいた。
「家へ帰るといい。せめて家事でもやって休め。あやつらが当選し、断罪者が傀儡となれば、わしからそなたらの降任を提案しよう。今しがた公会をした四人で多数決が通せる。その後はララに保護を頼め。手紙で話はつけたから、ユエのお産と育児も安全に行えるじゃろう」
警備に忙殺された中で、そこまでやってくれていたのか。あの二人がテーブルズの議員代表となれば、もはや島で断罪者などやっている場合ではない。ましてやキズアトとマロホシの憎悪がいつ俺や俺の妻と腹の中の子に向かうか分からない。
断罪者はそれだけのことをしてきた。
俺はあの二人によってザベルを目の前で失った。流煌も奪われ人間であることを歪められた。
銀のナイフを何千回突き立てても飽き足らない恨みはあるし、断罪者としてあいつらの危険性と残虐性、狡猾さは嫌というほど体験してきた。
断罪者として考えなくても、日ノ本からせっかく独立したこの島の事件をあいつらが握ることは、全てにおいて有害だ。
けれど。悔しさに打ち震えるユエの肩を抱き、俺はギニョルに答えた。
「……今からできる、最善だろうな。負ける前提だけど、守りに入るなら早い方がいい」
「でもギニョル! 騎士君も、そんなの私は嫌だよ。まだお腹大きくないもん。腕だって落ちてない。銀の弾頭だって作った。あいつらの頭をコンマ一秒で撃ち抜ける」
闘志と憎悪と覇気、断罪者で最も苛烈な戦意が見開いたユエの目に燃えている。
だがギニョルは疲れたように言った。
「ユエよ。そなたももう二十歳になる。さらに、わしもまだ知らぬ母というものに近づいておる。騎士と共に、生まれてくる子を慈しんでやれ。法を振りかざし、銃と魔法で殺し合いのらせんを回り続けることなど、いつまでも出来ることではなかったのじゃ……」
ギニョルがユエを抱きしめた。まるで自分を抱きしめるように。
かけがえのない四人を失うまで、敗北を悟れなかった指揮官か。
「ギニョル……」
いたわるように、赤い髪の毛をなでるユエ。俺たちの長が初めてユエに見せる涙。
「かけがえのない、あの四人を。ドーリグを、騎士の大切な師を、失うまで、わしは気が付けなかった……わしらに近い者の誰も、誰も傷つかず、この島の罪の根を引き抜けると、うぬぼれておった。わしらは、物語の英雄ではなかったのじゃ。わしは思い知った、思い知った限りは、そなたらを失いとうない。これ以上仲間を失うのは、耐えられぬ……」
ギニョルは一度特警として奴らに負けた。愛していた男を失い、仲間たちを惨殺され、紅村と梨亜だけをアグロスに逃がして膝を突いた。今度こそはと挑んだ結末が再びの敗北と傀儡化だ。
かつて負けた自衛軍を、シクル・クナイブを、バルゴ・ブルヌスを、日ノ本を、断罪者として戦い打ち破り、今度こそはと思ったところで今回の敗北。
ギニョルが体を放した。俺たちの両肩を握ると、じっと見つめてくる。赤い瞳に悲壮な決意が満ちている。
「わしはもう逃げぬ。どのような目に遭おうとも、島にとどまる仲間を守り、あの二人に議員として抗って見せよう。勝てなくとも何かが変わるかも知れない。じゃが、お前たちは違う。まだ先がある、生き方を間違うな」
ユエは無言でギニョルを強く抱いた。傍を通る議員たちが見つめている。
視線に気づいたか、ギニョルが顔を上げる。
「すまぬ。お前達には勝手を言い過ぎた。じゃが覚えておいてくれ、わしはこれ以上むざむざとわしの知る者に命を失ってほしくない」
そう言うと、ギニョルは議員たちの群れに加わった。ヤタガゥン、マヤ、ワジグルも同じように議員団と共に去っていく。
四人は断罪者とは違う。政治は法だけで動かない。キズアトとマロホシが島の秩序に加わるというなら、その歪みを少しでも和らげるには誰かが残って政治の世界で戦うしかない。
あいつらは政治家として、全力を尽くすのだ。
「騎士くん、とにかく帰ろう」
「あぁ……」
俺とユエは、ほぼ空になった公会の議場を後にした。
命がけで背負い守ってきた断罪者という組織が、がらんどうになって崩れていく様だった。
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