17計画通りに
ボートに着いた俺は、ザベルに言われた通り、子供達をボートに載せた。クランクを回して、船体を海に近づけていくと、さすがに鎖がきしんで音を立てる。
「おい、何をして――がっ!?」
とうとう見つかったかと思ったら、目の合ったエルフの喉につぶてが命中。かと思うと、あっという間に喉元が破裂し鮮血と木片が飛び散った。
ザベルの仕業だ。処刑樹の枝を頸動脈に植え付けて爆発的に成長させたのだ。喉が動かなきゃ、薬も飲めない。樹化をうまいこと防いでいる。
「へっ、余所見とは余裕だな。若木の衆も、正義と美の仲良しごっこで腕が鈍ったのかよ」
ザベルの挑発に銃声が応じる。霧の中は再び格闘戦に入った。
ざぶん、と足元で音がした。ボートが着水したのだ。船を下ろし切った子供が、そなえつけのなわばしごを伝って海に降り始めた。
同じ男の子が、船外機に取り付き、手際よく操作する。チョークをゆるめ、空気と燃料を送り込み、レバーを引いてエンジンをかける。暖機が始まった。
銃声と、格闘する鈍い音、そして怒号が響く中、俺も甲板の端を目指す。
『おや、師を捨てて、どこへ行こうというのだ、断罪者よ』
頭上で響いた声。広がった森がまるごと降りてくる。
暗殺者たちとは違う敵。生きた帆をやる、樹化したハイエルフ。
魔力はシールで消していたはずだが。逃げるとき、張り巡らした根に触れてしまったのか。
「くそっ!」
グロック17を連射したが、大木の幹にはまるで効果がない。
『ははは。鉛玉を恐れなくていいというのは、快適なものだな』
M97があればと思ったが、それでも火力不足だ。こんな大木を銃火器で薙ぎ払うには、てき弾かナパーム、最低で12.7ミリくらいは欲しい。
そのどれでもない9ミリルガー弾じゃ、こいつを倒すのは不可能か。
スライドが固定するまで撃つと、俺は覆いかぶさる枝をかわして、なわ梯子に逃げた。
『まあそう急くな。子供らもゆっくりしていけ』
「うおっ」
船腹を降りる俺の身体を、枝垂れかかる根が取り巻く。
「騎士お兄ちゃん!」
子供たちの悲鳴が響いた。ボートは着水し、子供たちも全員乗っていたが、エンジンをかける前に伸びてきた根が船体に絡み付いていた。
『まだ若いな、フェイロンド。断罪者と子供が逃げる所だったぞ。私が確保しておくから、そのダークエルフを早く殺せ』
「言われなくともだ……」
戦場に紫の光、操身魔法か。フリスベルや俺と戦ったときの再現だろう。
となれば。
「ザベルさん、フェイロンドはぐっ」
『若造にも見せ場をやれ、断罪者』
口元を根で締めあげられる。声が出せない。まずいぞ、ザベルはフェイロンドがドラゴンピープルに化けられるのを知らない。
何とか顔を上げると、甲板上で炎が炸裂。火の粉がばらばらと下りてきた。
船の周囲の霧が晴れている。姿を隠し、人数差を押し返していた衣が剥がされてしまった。
「アグロスに汚れたエルフの面汚しが! 冷たい金属で死ね!」
さらに銃声が続く。一発や二発じゃない。生き残った奴らが、持っていたグロックを一斉に撃ちやがった。
グロック17だろうと、19だろうと、弾倉には十数発もの9ミリルガーが詰まっているのだ。しかも連中の射撃制度は高い。いくらザベルでも、ここまでやられて助かる可能性は絶望的だ。
俺や子供たちからは、船体が邪魔をしてその瞬間が見えなかったのが幸いだろうか。
自分を見捨ててでも逃げろと言った時点で、こうなることは分かっていた。
それでも、それでも信じられない。信じたくなかった。
ザベルは常に強かったのだ。いてくれれば絶対に安心だった。
この七年の間、俺がザベルを助けたのは、紛争中に自衛軍のリンチに遭ってたのをかくまった最初だけだ。
その怪我が治った後は、なんべん救われたか分からない。
銃を振り回し、祐樹先輩を連れ去ろうとするクソ野郎でも、軽くのして助けてくれた。
甘く弱い俺に、ポート・ノゾミを生き抜く術を教えてくれた。
生きる礎になってくれた人だった。
断罪者になった俺にも、寂しければ、いつでも店に来いって。
「くそっ、くそ……」
『塩水がかかると思ったら、泣いているのか、下僕半。それほど聞きたいか、命刈る風が、9ミリルガーの嵐の前に、どうやって吹き止んだか』
「てめえええええっ!」
マガジンを替えて、頭上の木めがけて乱射する。叩き込んで黙らせる。ただそれだけのためだった。
『おいおい、くすぐったいな。小石でもぶつけたのか。いたずら者には仕置きせねばな』
「あ……がはぁっ……」
胴体と首を締めあげられている。鉄線を巻き付け、引き絞られているかのようだ。せめて、子供たちだけでも逃がさなきゃだめなのに。
「お兄ちゃん! 」
悲鳴が遠く聞こえる。このまま締め落とされたら、ザベルどころか子供たちまで守れなくなる。だがこの状態じゃ、どうやって反撃したらいいか。
不意に、締め付ける木の根がゆるんだ。ボートの船体からは一メートル少し。落下して叩き付けられる。
船体の損傷は無いらしいが。一体どうしたっていうんだ。
船腹を覆う木の根の一本一本が、生き物のようにもがいている。
苦しみに満ちた声が頭上から降ってきた。
『あ、ががが、なんだ、これ、は……』
木の根はやがて動きを止め、茶色く枯れて崩れていく。一体何があったんだ。
わしわしと翼を羽ばたかせ、隼が俺の肩に降り立つ。こいつはザベルの使い魔だ。紫色の魔力で目を輝かせる。操身魔法ってことは、ザベルは生きてるのか。
『へ、へへ……三流、ども、め……死体くらい、確かめやがれ。エルフを、殺ろうっていうんだ。樹を枯らす、毒薬くらい、持ってる、ぜ』
「ザベルさん」
息も絶え絶えの声。生きていたのか。死んだふりをしながら――。いや、撃たれたのは確実だろう、恐らく実際に致命傷を負いながらも、樹化したハイエルフのどこかに、毒薬を打ち込んだのだ。
あれほど巨大な樹に対して、ザベルが隠していた毒薬では効きにくいとも思えるが。
この島には、アグロスで使用が禁止された強力な除草剤や農薬が持ち込まれている。くわえて、相手を殺すことに習熟したザベルの持つ毒薬だ。恐るべき劇毒が作られていてもおかしくない。
頭上から枯れた葉が降ってきた。腐食しきった金属のような、強烈な臭いだ。
『あ、ああ、い、いやだ、こんな、こんな、自然が、こわ、れる、死は……』
アグロスの化学物質と、樹を枯らす猛毒にまみれた死か。バンギアで育んだ、正義と美にこだわったハイエルフには、耐えられるものじゃないだろうな。
ボートを囲んでいた根が枯れた。これで動ける。声を出さずに涙を流す子供たちを背に、俺は船外機のクラッチをつなぎ、スクリューを指導させた。
波を裂いてボートが発進する。海面にひれを出した鮫が、何事かと避けていった。
さすがにフェイロンドの率いる船、万一のためにきちんと動かせるようにしてあった。船外機も、ぴかぴかの新品。アグロスから密輸したやつだろう。
子供たちが俺を見つめる。一言も口を利かない。紛争中から、誰かを犠牲にして生き残る経験には事欠かない。分かっているのだ。
使い魔の目は光らない。ザベルが魔法を継続できなくなった、恐らくもう――。
はやぶさが俺の肩を離れ、空に舞い上がる。ホバリングを繰り返しながら、進む先を先導してくれる。使い魔でなく、ただの生き物としても、島の方角を知っているのだ。ザベルが訓練したのだろう。
俺は振り返らなかった。船の方で何人かのハイエルフがグロックを撃ってきたが、身を低くしてかわし続けた。
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