16義憤は牙を剥いて

 霧が晴れ、日が昇り切るまで。


 それが、俺とザベルに残された制限時間だ。


 相手は、あのフェイロンドを含めたエルフの暗殺者集団、シクル・クナイブ。シールのおかげで、魔力による探知がないとはいえ、見つかって一斉に攻撃されれば、子供たちの救出どころか、俺達の命すら危ういのだ。


 俺はザベルにくぎを刺したが、銃もない以上、派手に暴れまくるなんてのは到底不可能なのだ。


 船腹を伝って海から這い上がると、二人で切れ目のある小窓のような場所に取り付く。


 ザベルが指先で切れ目をなぞると、外板は木になって隙間を作った。

 突き出したのは、不格好な銃口。自衛軍も装備している、74式軽機関銃だった。


「物騒なもんがあるな。お前使えるか?」


「訓練も受けたし、警察署の器具庫にもありますから、いけますけど。こんなもん撃ったらあっという間に見つかりますよ」


「だよな。ここは、何なんだろうな。人はいないみたいだが」


「武器庫、みたいですけど」


 この外板は外から分かりにくく加工した銃眼だ。中を覗くと、薄暗い中、部屋の中には似た構造の銃眼と軽機関銃があと三丁もある。脇には弾薬ケースが置かれ、ベルトで連なった7.62ミリのNATO弾がぞろぞろと連なっていた。


 それだけじゃない。部屋の両端には、警察署にあるのとよく似た、鉄製の頑丈なケースがいくつも置かれていた。もしかしなくても、ガンセーフ。恐らくこの船に乗り込んだ連中全員分の銃とボディアーマーが揃っているのだ。


 明らかに子供をさらう程度じゃない。べつの目的のための装備だ。銃眼が閉じてあったことも怪しい。断罪者全員で来ていたら、捜査を進めたいところなのだが。


「戦争でもやらかす気か。気合入り過ぎですよ」


「獲物を見繕っていくか。ここを抑えればかなり有利だろ。お前、銃火器は大体使えるんだろ」


 その通りだが、今は子供たちの命が一番だ。


「……とりあえず、封鎖だけやりましょう。どうするかな」


「任しとけ」


 ザベルは濡れた胸元から、小さな種を取り出した。外へ向かうドアに向かって投げ込む。


 種はあっという間に目を出し、ドアと壁、床の木材に根を張ってしまった。ああなると、ドアノブを回したくらいじゃ開かない。


「カタヤドリギだ。現象魔法で枯らしてもとにかく固い。半端な火も受け付けねえ。船まるごと燃やすか、アグロスのチェーンソーでもなきゃ無理だ」


「ずいぶん便利な種があるんですね」


「こういう木に干渉する種は、同族と戦うときに使えるんだよ。俺のひいひい爺さんくらいの頃は、エルフだって同族で争ってたから、その名残さ」


 何千年前のことなのだろう。気が遠くなっちまう。

 カタヤドリギで閉鎖した武器庫を後に、俺達は甲板近くまで昇った。


 外板の一部がごつごつとした根になっているあたりで、ザベルが動きを止める。歩哨も見当たらないが、どうしたのだろうか。


「騎士、そこらの根っこに触るな。こりゃ生きた帆の一部だぜ。一発でばれるぞ」


 樹化して生きた帆をやってるあのハイエルフか。そこまで繊細な感覚をしているとは思わなかった。


「ここらへん、ほとんど覆われてますよ。触らなきゃ甲板にも登れません。やっぱりさっきの部屋から行きますか」


 子供たちの捕まっている部屋は、船体の中心付近にある。武器庫を閉鎖してしまったら、甲板の階段を使わない限り入れない。

 舳に追い詰められたときは気が付かなかったが、根っこは甲板上も覆い尽くしているのだ。


 ザベルはしばらく甲板の手すりの隙間から周囲を見回していた。夜が明け始めてはいるが、まだ霧は深く、俺には様子がよく分からない。


「左舷甲板の奥に、救命ボートがあるな。エンジンつきだけど、使えるか? ガキどもと俺達全員が乗れる大きさだぜ」


 モーターボートか。おあつらえ向きだ。


「使えます。ただ、あそこまでは、どうやっても上の樹に見つかりますし、島までの航路も分かりませんよ」


 下手に座礁、沈没なんてことになったら、今度こそ鮫の餌だ。それでなくても、動かせば確実にシクル・クナイブの連中に見つかる。俺だけならともかく、子供たちまで連れて無事に脱出できるだろうか。


「島までのことは心配ねえんだが……隠れろ」


 反射的に甲板から頭を引っ込めた。階段を歩く複数の足音が聞こえてくる。

 頭上から、樹化したハイエルフの、しわがれ声が降ってきた。


『子供も始末するのか、フェイロンド』


 まさか。断罪者の俺はともかく、関係のない子供たちまでも。

 ザベルは無言で、外板をきつく握る。木材がみしみしときしんだ。


 樹化したハイエルフに届かせるためか、フェイロンドらしき、大きな声が聞こえた。


「こいつらは、アグロスとバンギアの混ざりものだ。人格がどうあろうと、海鳴のときが過ぎれば消すほかない。我々エルフの正義と美に基づいても、悪い草は間引かれるのが常だ。レグリム様とて、常々そうおっしゃっておられなかったか?」

  

『お前に、あの方の何たるかを語られたくはない。だが正論だな。カジモドどもを平気で生かしておくから、間違いが生じてしまうのだ』


「そうとも。海鳴のときが来れば、全ては変わる。もう少しだぞ、これでバンギアは正常に戻る。正義と美は取り戻されるのだ」


 あの子たちがどんな気持ちで必死に生きてるのか。そこへの想像は回らないか。

 哄笑は、他の奴らにも共有されて、甲板じゅうに響いている。


 捕まっている子供たちの心情を思うとやりきれない。

 長寿で知恵を持つあいつらの中に、一人でもあの子たちの境遇を思いやってやれる奴は居ないのか。正義と美なんてどの口でほざきやがる。


 俺は歯噛みをしたが、ザベルは俺の耳元でささやいた。


「一度しか言わねえぞ、騎士……敵は船の上に十人と一本だ。フェイロンドと、エルフ共。樹じゃない奴らは、全員銃を持ってる」


 魔力を感じ取っているのか。それにしたって、まるで見ているように正確だ。


「子供は、今甲板に出てくるところだ。全部で6人。全員手をつたで縛られてる。足は歩かせるのに自由にしてある」


 右目が紫色に光る。これは、操身魔法の魔力だ。まさかザベルも悪魔の魔法に手を出しているのだろうか。


「一番近いハイエルフから殺す。死体からグロックとマガジンを奪え。みんなを連れてボートまでいくんだ。着いたらクランクでボートを下ろせ。俺のことは構うな。道はこいつに聞け」


 肩に止まったのは、真っ黒な隼。案内してくれるというのか。


 ザベルは俺の返答を待たずに、甲板に飛び出す。


 根に触れた瞬間、樹化したエルフが叫ぶ。


『何者だ、貴様!』


 何一つ答えず、ザベルは黒い影のように、手近なエルフに近づく。


 両手首の袖に、牙の短剣がひらめいた次の瞬間。


 呪文の一言、銃撃一発繰り出す暇もなく、ハイエルフは命を奪われていた。

 喉と胸の急所だった。仮にも腕利きの暗殺者相手にだ。


「”命刈る風”、ザベルだ。俺のガキどもをさらいやがって。お前らのくだらねえ正義と美、お前らの血で汚してやる」


 血に濡れた短剣をこれ見よがしにちらつかせ、鋭く威圧するザベル。

 視線が集中した瞬間を狙い、俺も甲板に上がる。


「血迷ったダークエルフが! 同族のよしみで、眠らせるだけに留めてやったものを!」


 フェイロンド以下、ザベルを囲む暗殺者たちが一斉にそれぞれの獲物を取り出す。

 仲間を殺された怒り、不意を突かれて動揺もしている。

 まさかシクル・クナイブの連中が、こうしてかく乱されるとは。


 銃声を合図に、格闘が始まる。俺は身を低くして死体に近づき、ホルスターからグロック17を奪った。スライドは引いてある。17発の9ミリルガーではち切れそうな予備マガジンも三つ。十分過ぎる火力だ。


「得意の樹化はどうした、ハイエルフの白豚ども! もう二人刈り取っちまったぜ、俺を眠らせたら、とどめを刺しとくべきだったな」


 ザベルは大声で相手を挑発、深い霧の中、連中を引きつけてくれている。


 俺は子供たちの下へ急いだ。


「騎士お兄ちゃん……生きて」


 ハーフエルフの女の子、リーエが大声を出しかける。


「しっ。みんなでボートまで行くんだ。逃げるぞ」


「え、でも」


「ザベルの、お前らの先生の作ったチャンスだ。無駄にするな」


 誰も何も言わなかった。涙をふくと、俺について走り出す。


 霧の中、うめき声と共に二人のエルフが倒れ伏す。薬を飲んで樹化できないよう、喉元をえぐられて殺されている。


「おいおい、もう三人殺しちまったぜ! はっ、若木の衆上がりってのも大したことはねえなあ!」


「言わせておけば、ダークエルフが!」


 怒りのままにあざけり倒すザベルと、応じる銃声を背に、俺達は船に向かって走った。

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