3摘発

 島の南側を望む、外観エレベーターに乗り込んだところで、ユエの胸元が光りはじめた。谷間から顔を出したねずみの目が、紫色に輝いている。


『状況はどうじゃ』


 ねずみがギニョルの声でしゃべる。これも使い魔の機能だ。術者と近くの者は使い魔を媒介に会話できる。


 互いの行き来は可能とはいえ、アグロスとバンギアは次元が違う。人工衛星も基地局も存在しないので、連絡はこうして使い魔で取り合う。トランシーバーでもいいが、使い魔の方が便利なのだ。


「今部屋に向かってるよ。エレベーターの中ね。クレールくんはロビーを抑えた。外に非常階段があるから、まだなら誰かそっちに回しといて」


 ギニョルに連絡しながら、SAAのリロードをこなすユエ。


 撃鉄を半分起こし、シリンダーのカバーを開けて空の薬莢を取り出す。弾を込め、カバーを閉じた。慎重に撃鉄を寝かせると、ホルスターにしまう。手慣れたものだ。


 SAAはシングルアクションの古い銃だ。リロード方式は後のリボルバーで当たり前になった中折れ式やスイングアウト方式じゃない。カバーを開けて一つずつ排莢し、一つずつ弾を込めるのだ。 


 面倒に思えるが、このリロードがたまらないというガンマニアも存在するという。

 最大で五発しかない俺のM97も、たいがいロートルな銃だがな。


『銃声は外からも聞こえたぞ。こちらの存在も気づかれておるじゃろう。何をしてくるか分からん。銃だけでなく、薬にも気をつけろ』


「分かってるって。外は頼むぜ」


『任せておけ。慎重にな』


 光が収まると、ねずみは再び胸の中に戻った。

 うらやましいもんだ。ねずみになりたいとも思わないが。


 エレベーターが12階に着いた。


 扉の裏から向こう側をうかがい、廊下に飛び出す。


 人の気配はない。他の部屋はお楽しみ中か、取引を見越して今夜は営業していないのだろう。


 俺とユエは音もなく進んだ。213号室。ドアに借りた鍵をそっと差し込む。

鍵穴と合っている。ほかにチェーンなどもない。


 テンガロンハットのつばを、SAAのバレルでくい、と上げながら。ユエが俺を振り向く。


「どうする、すぐ撃ち殺す?」


「だめだろ。制圧からだ、捕まえて調べるんだ」


「りょーかい。じゃあ3秒で行くよ。3、2、いち!」


 同時にドアを蹴り、一気に部屋の中へ飛び込む。


 何てことのないホテルの部屋だ。奥に窓、床はシンプルなカーペット、壁にレプリカの絵画、整えられたベッド。ベッドの上のアタッシュケースに、札束と紅色の粉が入ったビニール袋。


 部屋の中には二人。紫色のつばの広い帽子と、同じ色のワンピースドレスの女が立ち尽くしている。顔はベールで分からない。抱かれているのは、カクテルドレスの娼婦らしい女。褐色の肌に長い耳、こっちはダークエルフだ。


「そこまでだ、動くな!」


 距離7メートルほど。ショットガンじゃ二人ともやっちまう。


 ワンピースの女の帽子に、黒百合が飾られている。こっちが売人だな。


「ユエ、動いたら手か足にぶち込め」


 言い置いて、M97を構えながら、じりじりと近づく。


 二人に動く気配はない。

 ベッドの方へ視線を動かす。


 袋の方が例のドラッグだろう。札束は自衛軍の軍票と、日ノ本のイェン。この島の通貨としては最上のものだ。


 取引の現場を抑えられたらしい。まずは証拠品の確保だ。


 黒百合の女がスカートを探り、ポケットから何かを出して口に含んだ。

 かとおもうと、そのまま娼婦の唇を奪う。


 状況がつかめない。なんだ、なぜユエは撃たなかった。


「何してやがる! 動くなと言っただろ!」


 黒百合の女が唇を離し、窓に向かって駆け始める。ショットガンの射線に娼婦が重なっている。

 ユエを振り向く。なぜ撃たない。銃も構えていない。


「ユエ、撃て!」


 ようやく銃声、ユエが撃ったのは、オートマチック、P220の方。

 しかも狙いを外した。盛大に窓を割りやがった。


「待て!」


 逃がすよりましだとM97を撃つ。散弾は一瞬の差で、窓から飛び降りた女をとらえられない。


 駆け寄って窓辺から見下ろす。下には木が生えていたのか。女の帽子が枝にひっかかっている、ここは地上12階。飛び降りて無事とは思えないが。


 ユエの胸元でねずみの目が光った。


『どうした騎士、何があった』


「女が飛び降りたんだ! 娼婦に何か飲ませて……」


 振り向いた俺の視界を木の幹が覆い尽くした。


 比喩じゃない、緑色のつたが巻き付いた木の塊が、枝や葉を固めて、俺めがけて振り上げる所だった。


 こいつは、なんだ。


 ドレスの残骸がへばりついてる。裂け目からのぞく幹には、意地の悪い微笑みを浮かべた顔。この木はさっきの娼婦だ。ドラッグの効果を思い出す、あらゆる人を怪物に変えるという。


 排莢がまだだ。鬼の棍棒のような木の塊が迫る。


 とっさに銃身で体をかばう。重機のアームでも受け止めたかのような力に、軽々と吹っ飛ばされた。


 窓枠に激突する。外へは吹き飛ばされなかったが、ガラスで体を切り、床に叩き付けられた。痛みはあったが、こらえてフォアエンドを引く。


「ユエ、射線からどけ!」


 幹の向こう。ポンチョのすそがよろよろと横にずれるのを確かめ、トリガーを引き絞る。


 フォアエンドを連続でスライド。シェルキャリーの散弾を撃ち尽くす。


 薬莢が落ちる。至近距離で連射を受けた木の幹に、無数の穴が穿たれる。

 ダークエルフの姿なら、間違いなくミンチなのだが。


「くそっ! ……はなしやがれっ」


 木の怪物は枝を伸ばして、俺の手から弾切れのM97を絡め取る。12ゲージバックショットを五発ぶち込まれても、幹に浮かぶ顔が少々歪むだけ。


 こいつは樹木そのものなのだ。相当タフになっている。ショットガン用の焼夷弾でも持ってくるべきだった。


 幹の裂け目に不気味な笑みが浮かぶ。枝が絡んで、球状の塊に変わっていく。まるでいびつな果実だが、あれは木のこん棒みたいなものだ。人の頭くらい潰せる。


 振りかぶり、振り下ろしてくる。

 銃を取られて防げない。いくら俺でも頭がつぶれれば即死だ。


「伏せて!」


 声と同時に身を屈めた俺。

 刹那。ほぼ一発の銃声が響く。


 弾痕は化け物の右目に集中した。

 早撃ちで六発、ほぼ一点に撃ち込んだのだ。


 ユエが腰だめに構えたSAAの銃口。白い煙が、窓から入る風にたなびいている。


 ファニングショット。銃を持った手でトリガーを引きっぱなしにして、もう片方の指先で撃鉄をなでるように連続して起こし、瞬時に連射するテクニック。SAAのようなシングルアクションの古いリボルバーでしか使えない技だ。


 本来、ただ早く撃つための技術で、狙いは期待できないはずなのだが。7メートルとはいえ、六発全部背後から目玉に通したってのか。ユエ、相変わらず異常な腕だ。


 顔らしき割れ目が、苦悶の表情に変わっていく。右目を中心に走ったひびが、幹の全体に広がる。化け物は一気に枯れ、砕け散った。


 死んだのか。だが飛び散ったのは単なる木片。娼婦の肉片に戻らない。ドラッグには魔法の作用がある。不可逆的に魔物に変化したのだろう。


 売人は逃走、被害者は口封じか。

 まあ殺されなくてよかった。


「助かったぜ、ユエ……ユエ?」


 様子がおかしい。いつもなら、銃を回してホルスターに収めるか、戦いが続くならすぐリロードするのに。虚ろな目で俺を、いや俺の背後の女が飛び降りた窓を見つめていた。


 やがて、はっとして銃を納め、胸元の使い魔に呼びかけ。


「あ、ご、ごめんごめん! ねえギニョル、ギニョル。女の人が窓から落ちちゃった」


『見ておった。下はこちらで調べる、お前達はその場を収めておけ』


 ギニョルとしてはこの結果も想定内だったのだろうか。


 今まで尻尾がつかめなかった相手、そう簡単に断罪できると思えない。


 惜しいのは、好戦的なはずのユエがもっと早く撃たなかったことだ。逃げた売人は丸腰だった。フリスベルが手当できる程度に撃ち抜き、拘束することは容易だったはずだ。


 木の化け物には正確なファニングショットを決めたのに。一発目で大きく狙いを外したのも、本当に珍しい。まだマヤのことを引きずっていたのだろうか。


『騎士、ぼさっとするな。怪我が平気なら、現状を確保しておけ』


 ユエの事は気になったが、俺はギニョルの指示に従った。廊下に出ると、銃声を聞いて現れた娼婦や客を制した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る