2危険な三人


 久しぶりの全員そろった断罪だ。


 もっとも現場には全員で行くわけじゃない。ギニョルの運転する黒いハイエースには、俺とガドゥとクレールにユエで合計五人。フリスベルとスレインは、空を飛んで先回りする。


 警察署を出てしばらく行くと、運転席のドアから差し込む光がぎらぎらした原色のいかがわしいものに変わってきた。


 このあたりからはホープ・ストリートと呼ばれる。名前だけなら、ホープレス・ストリートと紛らわしい、ポート・ノゾミの歓楽街だ。


 元々はホテルやイベントホール、三呂に本社を置く企業のビル、市営住宅より少し上等なマンションなんかが並ぶ、清潔なオフィス街だった。


 それが紛争で、その所有も本来の用途が消えた。そして比較的上等な内装、頑丈な建物、防音性の良さ、高級な寝具などが呼び水になり、私娼窟が現れた。


 そこからは、まさに転がる石ころだ。バルゴ・ブルヌスやGSUM、自衛軍の資金も流れたのだろう。紛争中も紛争後も、風俗店は拡大の一途をたどり、バンギア、アグロス、両方のあらゆる種族のあらゆる快楽が味わえる、極彩色の歓楽街になった。


「胸糞の悪い場所じゃな。法が許せば、焼き払ってやるものを」


 ネオンに照らされた横顔に、苛立ちが見える。

 ギニョルは性的なことが苦手らしい。過去になにかあったんだろうか。


「同感だな。金で春をひさぐ者も、素知らぬ顔で買う者も、僕には理解の外だ」


 あぐらをかいたクレールがつなぐ。ストックや銃身の大部分が木製の、古いM1ライフルを抱えている。こうして見ると、百戦錬磨の少年兵みたいに見えるな。


 そりゃお前くらいかっこうが良ければ、いらないだろうけど。


「……なんか、厳しいなあ。お前らみたいに、かっこうの良い奴ばっかりじゃないんだぜ、世の中」


 どことなく哀愁の漂う口調のガドゥ。悪いがゴブリンがもてるって話は、とんと聞いた事がない。ガドゥがここにきてるって話も聞かないんだがな。


「ガドゥ君。顔じゃないって、中身だよ」


 言われて一番きついタイプの励ましに、ガドゥの耳がしおれた。いつも陽気なゴブリンがへこむとか、よほどだ。


「俺達、女に人気ないんだ。特にハイエルフとか人間に。ユエ、お前の好きな漫画とかにも、俺達みたいな顔の奴居ないだろ」


 めんどくさい負のオーラが漂い始めた。ガドゥはときどき、こじらせたような物言いをする。フォローのつもりか、ユエは精一杯頑張った。


「うーん……成人向けなら、ワンチャンあるかも」


「おいやめろ」


「わふっ」


 テンガロンハットを押し込み、余計な言葉をふさいだ。


 ギニョルっぽい美女が、ガドゥっぽいゴブリンの集団に襲われるエロ漫画とか、普通に想像してしまった。


 性の目覚め的なあれで、中学生の頃にネットで見てしまったものがそんなだった気がする。ときたまギニョルが妙に気になるのは、あのトラウマのせいだろうか。心の性感帯ってやつだ。


「……この話は止めじゃ。もう着くぞ」


 いいタイミングだ。ガドゥも気持ちを切り替えたらしく、AKのセーフティを確かめていた。


 黒づくめに、赤で竜の紋が書かれた俺達の車は、走行中から目立っていたらしい。さらに停車した車から断罪者である俺達が現れると、誰もかれも蜘蛛の子を散らすように逃げはじめた。


「断罪者だ!」


「逃げろ、殺される!」


「頭を覗かれるわ!」


 聞こえて来るお決まりの叫び声。


 あたりにある店もシャッターをしめたり、看板をしまったり大わらわだ。

 今夜の商売があがったりになるな。普段相当儲けているのだから、別にいいだろう。


 俺はブレザーに、断罪用の黒のコート。


 クレールはもちろん赤と黒のマント。


 ガドゥも竜の紋入りのジャケットで、ユエはテンガロンハットとポンチョ。


 無論ギニョルも、ロングコートをはおっている。


 全員の背にバンギアにおける正義と憤怒の象徴、真っ赤な竜の紋。

 これこそが、ポート・ノゾミ断罪法で断罪時に着用が定められた、断罪者の服装なのだ。


 もちろん、全員銃は持っている。


 今の俺達の前で何かやらかせば即断罪。その際の発砲や魔法の使用も制限なし。法的にグレーなホープ・ストリートにいる時点で、何をされても文句は言えないのだ。俺が客や店員でも、即座に逃げ出しているだろう。


 ほぼ無人になった歓楽街、虚しく光るネオンの薄明りの下で、ギニョルの右目に魔力が集まる。使い魔で状況を確認しているらしい。


「……女は12階の213号室に入ったようじゃ。騎士とクレール、ユエはカウンターで話を付けて、現場を抑えろ。魔法を使って構わんぞ」


「そうこなくちゃね。操り甲斐のある奴ならいいなあ」


 クレールは抵抗されるのが楽しみで仕方ないらしい。やはり吸血鬼だ。


「連絡にはこいつを使う。死なせんようにな」


 ローブの袖から、鼻をくんくんやる黒いねずみが出て来た。

 ねずみは俺達をいちべつすると、ギニョルの腕から降りた。一直線にユエの胸元に潜り込む。


「きゃっ、やだ、ちょっと……もう」


 ユエは多少抵抗したが、ねずみはうまく服に入り込んでしまう。


 真っ白いブラウスを、強く押し上げる豊かな胸元。張り切った美しいバストのラインに、もぞもぞと黒い塊が動いている。


 あのねずみ、うらやまし過ぎるぞ。


 俺とガドゥはぼーっと見守り、クレールも興味なさそうにしながら、ちらちらと見ている。やっぱり下僕童貞だな。


 ギニョルににらまれ、俺達はようやく視線を外した。

 文句あるかとでも言いたげに、ブラウスから鼻先を出しているねずみ。


 いらだたしげにため息を吐くと、ギニョルが腕を組む。


「……ちと性格に問題があるが、根性のすわったやつじゃ。わしとガドゥ、それにフリスベルとスレインは外を張る。何かあったら連絡しろ」


 俺たちが突入組か。クレールがM1ライフルにクリップの弾薬を装填する。

 俺とユエもそれぞれの銃を確かめた。いつでも撃てる。


「行くか」


「うん!」


「下僕半、なぜおまえが仕切る」


 ぼやくクレールの肩を、ユエが軽く叩いた。

 内心俺もクレールに同意したが、今さら引っ込めるわけにはいかない。無視してホテルの玄関に入った。


 ホテルノゾミはホープ・ストリートを代表する建物だ。


 32階建てのビルで、この島がまだアグロスの側にあった頃、ポートレールで三呂から三呂大橋を渡ってくると、まず目に入る。北向きの部屋から三呂の街の夜景が見える、高級で清潔なホテルだ。ポート・ノゾミが埋め立てられたときから、かれこれ三十年以上もの間、景気の浮沈を乗り越え、営業を続けていた。


 だが最上階に、夜景を望む大きなレストランがあったのも今は昔。


 ホープ・ストリートにのみ込まれた今、客室のほぼ全ては、風俗店やラブホテルとして転用され、あちこちの窓辺に、店名を示すいかがわしい看板やネオンが突き出ている。


 1階、2階の止まり木みたいな棒や、むりやりしつらえた台、ショウケース状のガラス張りの部屋には、局部だけを隠すレースの下着に、薄絹のようなベールをまとった娼婦達が立ち、外を飛ぶ悪魔達や、下を通る男たちを誘惑していた。


 娼婦の人種も様々で、悪魔に吸血鬼、ダークエルフ、下僕にされたか薬で釣られたのであろう、ハイエルフにローエルフもいた。もちろん、アグロスとバンギア両方の人間もだ。ドラゴンピープルの女や、ゴブリンの女までちらほら。数は少ないが、化粧を施した男娼らしいのも見えた。


 ロビーには、そいつらを買う、色んな顔をした男や女がたむろしていたのだが。


 竜の紋をつけ、銃を携えた断罪者が入ってくると、全員が慌ただしく身を隠し、出口へ走った。売春事体はよほどでない限り断罪事件にならないのだが、叩けば他のほこりが出るのだろう。


 フロントには、恐らくダークエルフであろう褐色に長い耳の男。ここで階上や地下の店のどこへ行くか案内を乞うのだ。スーツにタキシードはいいが、赤いネクタイは趣味が悪い。


「いらっしゃいませ、どのような御用でしょう」


 他の店員が俺達に怯える中でも、堂々としたものだ。


 エルフは若作りだから年齢が分からん。が、どうやら、クレールを含めた俺達が子供だと見てやがるのは確実だ。


「12階の213号室の鍵だ」


 なめられまいと、少し居丈高になった俺に、慇懃無礼な微笑みが返される。


「断罪ならば従いますが、どなたがどのような法律違反を犯したのか、御説明いただけませんか。申し上げにくいのですが、お客様や、店の者があなた方を見ると怯えてしまうのです」


 断罪者は日ノ本の警察の様に、いちいち令状を取る必要がない。


 が、強引な捜査をし過ぎると、テーブルズの連中がうるさいのも事実なのだ。


 今回の出動は、あくまでギニョルが使い魔を通して、売人らしいやつを見たから。それが誰かも正確には分からない。男の言うことは筋が通っている。


 こう理性的に来られるとは思わなかった。とりあえず麻薬の違反の件を説明して交渉してみるか。


「ポート・ノゾミ断罪法の」


 ガァン、という銃声が、俺の骨折りを吹き飛ばした。


 振り向くと、ユエのポンチョからリボルバー拳銃SAA、シングル・アクション・アーミーの長い銃口が突き出し、煙を吹いていた。


 ホテルのフロントを流用したカウンターの奥。鍵束を落とした赤い髪の若い男が、うずくまって震えている。こいつはバンギアの人間だろう。


 気の毒なのは、両耳の左右1センチあるかないかのところに、SAAから発射された45口径のロングコルト弾が食い込んでいることだ。ちょうど指名用写真の脇で、フレームの中の娼婦が頭をぶち抜かれていた。


 あっちこっちで悲鳴が上がり始めた。さすがに銃声はやばいと思ったのか、残っていた客や客引きの娼婦も大慌てでロビーを出ていく。フロントの店員は恐慌状態で手を上げ、床に這いつくばって命乞いし始めた。


 強盗にでも入った気分だ。


 ユエはなんでもない事の様に、笑顔をたたえていた。SAAをしまうとシグザウアーp220のスライドを引き、これ見よがしに9ミリ弾を装填。銃口を向けながら、うずくまった青年にたずねる。


「だめだよー、お兄さん。それ鍵なんだよね? クレール君、この人達協力する気ないみたいだし、やっちゃっていいんじゃない」


「そう来なくちゃね。下僕半、周囲を警戒しろ」


「いや、キレ過ぎだろ……」


 すぐぶっ放すユエに、蝕心魔法が好きなクレール、そしてショットガンを振り回す俺。この三人、断罪者で一番危険だ。すでに俺のリーダー感も消滅している。


 M97にショットシェルを送り込むと、ロビー内を見回す。くつろいでた客も、風俗嬢も、嬢にたかっていた男も、みんな逃げちまった。


「下手に動くなよ! 今立ったら反撃とみなして撃っちまうからな! 動かないのがお互いのためだぜ!」


 バーカウンターやソファー、テーブルの下などなど、人のいる気配に呼びかける。最も遠いテーブルで10メートル、ショットガンなら十分殺せてしまう。


 すっかり静まり返った。


 クレールの銀色の魔力に対して、ダークエルフが虚勢を張っている。


「無駄だぞ、俺はエルフだ。吸血鬼が、貴様の蝕心魔法など抵抗して」


 魔力が頭を取り巻く。あっという間に瞳が虚ろになる。


「……ふん、造作もない。これならこの間の兵士の方がマシだね」


 魔法を解する者は蝕心魔法に抵抗できる。特にエルフは優れている。そのはずだが、吸血鬼の中でも蝕心魔法に長じたクレールの前には、どうにもならない。


「ふむ……なるほど。やはり取引がある。こいつが取り次いでるが、詳しいことは知らされていない。売人の顔も見ていないのか。時間を稼いで上に知らせるつもりだったか。急いだ方がいい」


「分かった。騎士君、鍵もらってよ」


 すっかり仕切られちまった。まあいい。俺はショットガンを背中に回し、ユエの銃口の先で震える青年のそばにしゃがんだ。


「……ほら渡せ、びびらせて悪かったな。12階はこれだな? 301はちゃんと開くのか」


 こくこくとうなずくことしかできない男。哀れなほど怯えているが、紛争以降にこの島に来たのだろう。


 多くのバンギア人にとって、銃は危険な恐怖の象徴なのだ。ましてやそれを平然と振り回す断罪者となればなおさらだ。魔法が一切使えないのに、異常な銃の腕を持つユエが、気味悪がられるのは理由がある。


 鍵を受け取ると、俺はカウンターを乗り越えた。


 クレールはまだ記憶を読み続けている。


「……ふうん、ハーフエルフの子供がいるのか。きちんと育てている、感心だな。もう僕らの厄介にならないようにしろよ」


 むしろ俺達が押し掛けたんだがな。


 偉そうな説教を一言垂れると、クレールがダークエルフを解放した。

 眠らせてはいるが、記憶の消去はやってない。

 学習したのか。殴らなくていいらしい。


「騎士、ユエ、お前達で突入しろ。僕は念のためここを抑える、電源でも落とされたら面倒だ」


 その必要もないと思うが、用心は必要か。的確な指示だが、これじゃ最初に仕切ろうとした俺の立場がない。


「りょーかいだよ! 行こう、騎士くん」


 ユエに手を引かれ、俺はエレベーターに向かった。


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