三章~日ノ本の夜~

1踊る会議

 ポート・ノゾミには麻薬が出回っている。


 ヘロイン、コカイン、大麻、あへん。


 あるいは危険ドラッグと呼ばれる、既存のドラッグを化学的に変化された代物。また、アグロスの世界各国、各部族に伝わる、儀式的な薬物。


 これらは紛争中、酒と共にポート・ノゾミを通じてバンギアに流入した。ハイエルフやバンギアの人間など、堅物で通っている種族をあっという間に籠絡した。


 たとえば美しい外見と秀でた知能を持つハイエルフの若者。数百年に及ぶ将来の可能性をもつそんな若者が、ドラッグで、見る影もないむごい姿の廃人に堕ちていくのだ。悪魔や吸血鬼も例外ではない。


 危険性はバンギアの各種族に共有されている。ドラッグの蔓延は、様々な利害関係や思惑を持つ各種族が、速やかに協定を結び、紛争を終わらせる一因になった。


 無論、俺達断罪者が拠って立つ『ポート・ノゾミ断罪法』でもドラッグは禁製品だ。


 しかし、求める者は尽きない。


 アグロスで世界各国のマフィアが、麻薬で荒稼ぎしているがごとく。


 ポート・ノゾミでも、GSUMやバルゴ・ブルヌス、その他大勢の色々な勢力が、あの手この手でドラッグの密輸と換金を手掛けている。


 断罪しても断罪しても、取引の額は年々膨れ上がり、根絶は果てしなく遠い。


 だが、断罪者が諦めることはできないのだ。


 警察署の最上階、会議室。


 黒板に、人間姿のギニョルが捜査のあらましを書き込んでいく。


 コの字型に並べた机でそれを見守るのは、俺こと丹沢騎士。吸血鬼クレールに、バンギアの人間ユエ、ゴブリンのガドゥとローエルフのフリスベル。


 それに外に突き出た太い柱に座り、首を伸ばして窓から覗くのは、体長6メートルを誇るドラゴンピープル、スレインだ。


 要するに断罪者は全員集合。ま、捜査会議なのだから当たり前だが。


 出席者は他にもいる。会議室の上座に座った女性と、その周囲に控える三人の従者だ。


 女性は光沢のいい絹のドレスに、ティアラを身に着けている。長い蜜色の髪は、細かく結い上げられ、これまた宝石のついた髪飾りでまとまっている。


 名工が趣向を凝らした細工品を思わせるようだ。高慢な雰囲気とアグロス、バンギアの宝石や化粧品で彩った美しさが奇妙なほど調和している。


 彼女の名はマヤ・アキノ。堂々たる威容は、さすがにバンギア唯一の人間の国、“崖の上の王国”の第二王女だけある。


 三人の従者は全て男。崖の上の王国の騎士だ。


 いずれも長身で髪は金色。鍛え上げられたいかつい体形で、王から拝領した長剣を帯び、9ミリ弾くらいなら弾き返しそうな高級金属の鎧に身を包んでいる。


 まるで俺達断罪者を信用ならないといった雰囲気で、目を光らせてやがる。


「それで、首尾はどうですの、ギニョル?」


 扇で口元を隠しながら、鷹揚な口調でマヤがたずねる。


 一見して世間知らずにも見えるが、その瞳は鋭い。頭が花畑でないことは、妹のユエでなくても良く知っている。


 俺達の間に、無言の緊張がはしる中。

 上司に対するかしこまった態度で、ギニョルが話を始めた。


「新型のドラッグは、大変危険で厄介な代物です。まだ現物を押収できていませんが、シクル・クナイブのエルフ達が用いる、樹化の強薬と似ています。一定量を使用した者は、理性を失くして魔物の姿になり、暴れ始めますが」


 扇を閉じる音が説明をさえぎる。

 いらだたしげなため息と共に、第二王女が立ち上がった。


「そんなことはいいのよ。この一週間、どれほどの成果がありましたかと聞いているの。私はお父様を始めとした、名誉ある王国の意思を背負っておりますわ。我が国の方々に顔向けできるような、かんばしい捜査の進展はあったかと聞いているのです」


 俺はギニョルの心中を思った。はっきり言って進展はない。


 ホープ・ストリートの客と娼婦が魔物になって暴れた最初の事件から一週間。俺達も必死に探し回っているが、分かったのは、女らしいという売人の特徴と、帽子に黒い百合を差しているということくらい。


 売人はGSUMやバルゴ・ブルヌスとのつながりもないらしく、俺達が今まで断罪してきた麻薬事件を洗っても、情報が出てこないのだ。


 黙り込む俺達に向かって、王女は立ち上がり両手を広げる。まるで舞台女優だ。


「断罪者の皆様。あなた方は、このバンギアのどこでも認められていない、発砲や無制限の魔法の使用、断罪時の殺傷権まで、断罪法で許されています。それもこれも、民草を脅かす凶悪な事件に即応し、悪辣な者達を速やかに断罪するため。王女マヤ・アキノとしても、この島の人間の代表である、テーブルズの議員としても、私はあなた方の成果を確かめねばならないのです」


 王女の言う通り、俺達はこの事件に関して法で期待された役割を果たせていない。


 『テーブルズ』とは、ポート・ノゾミの法律を定める唯一の議会だ。この議会を作って法律を執行する約束で、紛争は終結した。


 議員の種族構成は、アグロスの人間、バンギアの人間、エルフ、悪魔、吸血鬼、ゴブリン、ドラゴンピープル。要するに、アグロスとバンギアの主な人種ごとにそれぞれ一人、法律の議決権を持った代表がいるのだ。


 そうして断罪者が暴れ回る根拠はこの議会が定めた断罪法。いわば俺達の親玉がテーブルズなのだ。


 親玉の叱責には逆らえない。ギニョルほか俺達断罪者は、全員うなだれて黙るだけだ。


 そのはずが、よりにもよって、うつむいたユエがぼそっと言った。


「マヤ姉さま無茶苦茶だよ……まだ売人の正体もつかめてないのに、とても断罪なんて」


 王女の視線が注ぐ。ユエが傷ついた犬のように身を縮めた。


 断罪のときの、いきいきとした姿とは対照的だが、それも当然か。


 ユエもまた、崖の上の王国の王の娘。だが妾腹の姫君であるせいか、正室の娘でゆくゆくは王家の後継者となるといわれるマヤには、てんで頭が上がらない。


「ユエ、王族にあるまじき、冷たい武器しか使えない者の意見は問題ではありません。そのおぞましい危険な技の冴えで、確かな成果を得ることを、私は期待しているのです」


 マヤの言い方には悪意がにじみ出ている。明らかに蔑みの態度だ。

 好き勝手言いやがる。いい加減、腹が立ってきたぞ。


 俺は椅子を蹴って立つ。静かな会議室に、椅子の倒れる音が響いた。


「貴様っ!」


 騎士達がマヤを守る様に立ち、胸元から銃を抜く。


 オートマチックのハンドガン、ベレッタのM92Fだ。グリップが青く塗装してあり、銃身に唐草の紋様が掘り込んである、スカしたロイヤルモデル。ここで買ったのを、王室付きの御用職人にでも細工させたのだろう。


 スライドを引いて俺の胸をまっすぐ狙い、冷たい目で見据えている。何かやれば、容赦なく撃ち殺される。


 こっちが丸腰ってことくらい、見て分かると思うのだが。


 断罪者達の視線も痛い。クレールがアホかこいつみたいな目で見てる。スレインはちょっと楽しそうにうなずいた。ガドゥは頭に手を当て、フリスベルが震えている。


 ギニョルの顔は前髪で隠れていたが、想像したくない。苦労して親玉の機嫌を取ってきたのを、ぶち壊しにしたのが俺なのだ。


 このうえは、皿ごと毒を食らうまで。ズボンのポケットに手を突っ込むと、背中をまげて、できるだけ柄悪く、マヤの方をにらんでやる。


「なあ、お姫さん。さっきの言葉は、取り消してくれねえか。王族にあるまじき、冷たい武器しか使えねえって部分だ」


「口を開くな、下郎が!」


 騎士達から高圧的な物言いがつく。引き金に指がかかってる。構え方も素人じゃねえ。誰から訓練を受けたんだか。


 だが俺は、声を張る。


「てめえらに聞いてんじゃねえよ、鉄ダルマ! 俺はお姫さんに話してんだ。ユエの銃は、俺達に欠かせねえ。断罪のときにユエがいないなんて考えられない。あんたがいくら偉かろうと、馬鹿にするんなら承知しねえぞ」


 なるべく迫力が出るように言ったつもりだが、マヤはまるで気にしていない。


 それもそうというか、俺の外見は16歳の少年に過ぎない、ユエよりも年下に見えるくらいだ。


 それにマヤも王族だ。会議でブチ切れる貴族なんかも見慣れているのだろう。頭に血が上ったガキなど、怖くもなんともないらしい。


「何をおっしゃるかと思えば。ユエは魔力不能者、我が王国に必要のない存在なのです。偉大なる王の血を受け継いだにもかかわらず、たき火ほどの現象魔法すら使えない、アキノ家の恥ですわ。悪魔や吸血鬼の魔法が効きにくいのはいいのですけど。たまたま冷たい銃の才があったとて、それがなんだというのでしょう」


「てっめえ……」


「よさんか、騎士!」


 誰よりも先にギニョルの怒声が飛んだ。


「このあほうめが! いい加減にせぬか。わしらが争ってもらちが明かぬわ。マヤ様、しつけの成っていない断罪者が失礼しました。こやつ、どうも熱くなりすぎるきらいがありますので、私も手を焼いているのです」


 俺を黙らせたギニョルは、怒りを消した顔でマヤに謝る。


 仲直りの気配を察したのか、マヤもまた扇で騎士達を退かせた。


「……お気になさらないで。私も焦り過ぎました、断罪者を任じたテーブルズが、その存在を信じなくてはお話になりませんものね。それに、アグロスのことわざでしたかしら、目には目、歯には歯。悪辣な者達を断罪するには、同等の血気も重要でしょう」


 暑くもないのに、扇をはためかせながら、つんと澄ましてる。いけ好かない奴だ。テーブルズの議員に、こういう奴は珍しくないけど。


 しかし、しゃくだ。こうあからさまに馬鹿にされて、ひとつもやり返すことができないなんて。大体、ギニョルもギニョルだ。いつも俺達を心配してくれるくせに、立場の高い奴には逆らえないのか。


 机に脚でも上げてやろうかと思ったとき、ギニョルの声が響いた。


「おっしゃる通りです、マヤ様。ユエの断罪者としての働き、この私が心得ていますとも。たかが人間が寄せ集まったあなたの国の評価が、多少かんばしくないとしても、断罪者としての働きには、何の影響もありませんからな」


 笑顔で吐いた言葉の内容に、マヤと騎士が色めき立ちかけたところで。


 ギニョルが大げさな身振りで叫んだ。


「おや、網に獲物がかかったようです。使い魔が売人を見つけました。皆立て、会議はもういい、場所はホープ・ストリートの、ホテルノゾミだ! 至急建物を封鎖し、断罪するぞ! 我らの恐ろしさ、存分に知らしめてやるのだ!」


 会議中も使い魔で探っていたのか。

 断罪は何よりも迅速に。クレームなんぞこれ以上聞いていられない。


 王女さんより、俺達のお嬢さんの方が一枚上手だったな。


 出ていくとき、俺は鉄ダルマの一人の肩を軽く叩いた。睨み付ける視線に、笑顔を返す。


 煽りに乗ったのか、このガキがと叫び、剣を抜きそうになるのを、他の騎士に押さえられていた。


 この喧嘩っ早さ。体格やら振る舞いのせいで気が付かなかったけど。もしかしたら、本来の俺より年下なのかも知れない。


 人をからかうのに、16才の外見っってやつは、わりと便利なものだ。


 操身魔法をかけてくれたマロホシの奴は、いずれ仕留めてやるが。



 皆が部屋を出て行く中、ユエの腰は重い。

 俺はドアまで行きかけたが、心配になって戻った。ユエがこっちを見上げる。


「騎士くん……」


 うっすら涙が浮かんでいる。金髪に青い目、派手気味な外見とのギャップが、何となく魅力的にも見えるけれど、今はそれより心配だ。


 銃を取ったらなんでもないが普段のこいつは結構ナイーブなのだ。妾腹の姫ってのは、そんなに辛いものなのか。


 こういうときの女には、明るく接してやるのがいい。細い肩を軽く叩く。


「気にすんなよ。仕事だぜ、お前の腕は頼りにしてるんだ」


 ユエが俺を見上げる。うるんだ目と沈んだ表情に、徐々に生気が戻ってきた。青い目に輝きが戻り、金色の髪がふわりと広がる。


 病気の治った子犬みたいに、勢いよく立ち上がる。


「……そっか。よーし、頑張っちゃお。マヤ姉さん、行ってくるね!」


 屈託のない微笑みに、マヤたちは毒気を抜かれたらしい。


 妾腹でも姫であるせいか、騎士達も立ち上がり敬礼を返した。


 マヤもまた、不本意そうに扇を振って見送っていた。


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