10燃え盛る花の島へ

 人工島ポート・ノゾミが、異世界バンギアに転移して7年。

 紛争が激しかったのは、地理的な原因もある。


 バンギアに大陸はひとつだけ。

 その中に、クレール達吸血鬼や、ギニョルの様な悪魔の住むダークランドとか。フリスベルの様なエルフの森。それに、ユエが生まれた崖の上の王国の様な人間の国。さらに、ガドゥ達ゴブリンの住む遺跡都市、そしてスレインの様なドラゴンピープルの暮らす高山や樹海が全部ある。


 ポート・ノゾミが転移したのは、そんな大陸の西南部沿岸だった。中央にある崖の上の王国と、ぎりぎり、街道でつながる小さな港町の向かいに出たのだ。


 道がすでにあっただけに、バンギア側は軍の移動が比較的容易で、まとまった戦力で上陸してきた。その結果が転移した日の惨劇だ。その後自衛軍の火力でアグロス側が押し返し、橋頭保が出来た後は、上陸した自衛軍が同じ街道を利用し、地上部隊を展開して、大陸のあちこちを荒らした。結果、5年の紛争の間、バンギア中が散々に痛めつけられることとなった。


 さておいて、ロウイ群島というのは、ポート・ノゾミと、紛争で破壊しつくされた港町との海峡部に、東西に広がる小さな島々のことだ。


 ただでさえ辺境の地で、名前もついてない破片みたいな無人島が連なっていたのだが。7年前から両世界の奴らでポート・ノゾミの人口が大幅に増え、バンギア人、アグロス人両方が悪だくみの準備をしたり、俺達断罪者が断罪された者たちを禁固刑にしたり、あるいはフリスベルの様に喧騒を離れたい奴が住んだりして、存在感が高まって名前がついた。


 まっとうに魚を取ったり、農産物を栽培する奴らが小屋を構えていたりもするため一様に立ち入りを禁ずるわけにもいかない。どの島がどうなっているかは、俺達断罪者でも完全には把握していない。


 シクル・クナイブが居を構えるには、おあつらえ向きの場所ともいえた。


 乾いた風の吹く、満月の目立つ夜。

 そんな島々を目指して、俺達断罪者は空を行く。

 

 ギニョルは自らの使い魔である、大からすにまたがり。スレインはガドゥとクレールを乗せ、俺とユエは、それぞれ協力してくれるドラゴンピープルの議員の背に乗っていた。


 全員がいつも使っている銃を携帯し、議員たちは替えのマガジンや銃器、魔道具の詰まった木箱を持つ。箱にはパラシュートがくくりつけられ、投げ落とせばゆっくり降下するようになっていた。


 ポート・キャンプ上空を過ぎ、飛ぶこと十分。ポート・ノゾミの明かりを背に、ギニョルが俺を見た。


「騎士よ、フリスベルは詳しい場所を言うておったか。ロウィ群島には、50ほど島があるぞ」


「魔力を探れないか。あいつは花を咲かせると言ってた」


「むむう、花か。しかし魔力を辿るのは、本来エルフ達の特技じゃ。分からん事は無いがこう広くては」


「ギニョル、あっちだ! 南だ!」


 南。クレールの言葉に、そちらを見やると、確かに木に囲まれた真っ黒い島が見える。

 大きさは、ポート・キャンプの半分くらいだろうか。


「クレール、なぜあそこじゃと」


「使い魔を行かせろ。いや、下僕半も、みんなも見えるだろう、あの花が!」


 島の中央付近だろうか。黒一色の木々の中に、光り輝く真っ白な百合が咲く。

大体1キロ弱くらいの、この距離で見えるということは、相当にでかい。

 あれが、フリスベルの咲かせた『花』。不自然な大きさからして、魔力を使って植物を操ったことは間違いないだろう。


 ガドゥが耳を動かした。


「おい、鳥の羽音がしたぜ。何かあったみたいだ」


 目を凝らすと、ほこりか何かの様なものが、夜空に立ち上っていく。森に居た鳥なのだろう。木々が操られて飛び立ったのだ。


「戦ってるんだよ、フリスベルが。あんな花を咲かせて、ハイエルフの人達が気づかないはずないもん」


 ユエの言う通り、恐らく百合の花の下、フリスベルが戦っている。真黒な森の中、あのシクル・クナイブの連中と。

 ギニョルがローブを翻した。


「皆、装備を確認しろ! 島へ急ぐぞ! クレール、着陸できそうなところはあるか」


 スレインが高度を上げた。伸ばした首にしがみつき、クレールが双眼鏡を手にする。海風にマントの裾が揺れていた。


「僕たちから見て、島の右手に小さい浜がある、船もあるし、あそこなら……何だ」


 そう言ったときには、俺達全員、すでに聞いていた。


 ヘリコプターのローター音だ。俺達の後方右斜め後ろ、自衛軍式にいうと、3時と4時の間くらいの場所から聞こえてきた。


 振り向けば肉眼でも見えた。迷彩塗装の5機のヘリが、機首を傾けた巡航形態で近づいてくる。

 自衛軍のヘリコプター。あの形は、多分、UH-1Jと呼ばれる多目的ヘリ。最新型のより1世代前だが、日ノ本にはまだ何十機もある。

 巡航時速は200キロを超え、ロープにより兵員を降下させたりもでき、その機能を活かして災害派遣なんかに活躍している。日ノ本のアグロス人には、テレビ等で人を助けている様がお馴染みだろうが、バンギア人の多くはこの音を恐れている。


「スレイン、皆、ヘリをかわせ。ぶつかれば共倒れするぞ」


 ギニョルの叫びに呼応するように、ドラゴンピープルや大ガラスが大きく左に旋回した。

 夜の海と空の闇に紛れるように、全員海面すれすれまで、急降下に入る。


 くらをつかんで衝撃をこらえていると、頭上をヘリが通っていくのが見えた。

 ローターの音が耳に叩き付ける様に響き、静かだった水面が強く波打つ。力の弱いギニョルの大ガラスなど、少し流されている。


 5機のヘリは、俺達を無視して島へと急いだ。

 態勢を整えたユエが叫ぶ。


「ギニョル、早く行こう! あのヘリ、やっぱりナパームを積んでた。紛争で砦や町を焼いたやつだよ」


「よし、海岸を目指すぞ。恐らく奴ら、森を焼き払うにとどめるじゃろう、それからハーレムズとキズアトが降下するに違いない。ヘリの援護もあるかも知れん、注意せい!」


 スレインに大ガラス、そして俺達を乗せたドラゴンピープルが再び羽ばたく。


 俺達だって、日ノ本の公道を走ってる車くらいはあるのだが、いかんせんヘリのスピードには敵わない。


 黒い影が、島の上空に差し掛かった所で、1機のヘリが両脇の箱のようなものから何かをばら撒いた。

 闇の中に、オレンジ色の光の粒の様なものが分かれ、森に降り注ぐと同時に、赤々とした炎が立ち上る。

 ほかの4機も次々と応じる。合計5機のヘリが、両脇の機構から、島のあちこちに繰り返したのだからたまらない。中央の、フリスベルが花を咲かせた場所を除き、島中がたちまち夜中の夜明けの様に燃え上がった。


「あの人達……同じだ、私が見たのと!」


 紛争を経験したユエには、忌まわしい光景だろう。

 バンギアに来た自衛軍は、大陸侵攻にあたり、UH-1J用の、対戦車地雷の散布装置を、M69ナパームをばら撒けるように改造した。

 崖の上の王国や、エルフの森において、戦闘時の魔法による損害をきらい、砦や城を戦闘員と市民との区別なく焼き尽くす作戦が取られたという。無論、死者と破壊の数はうなぎのぼりになった。


 目の前のものは、その再現だ。シクル・クナイブの根拠の島が炎に包まれている。まるでキズアトの怒りの様だ。


 ヘリ部隊は俺達から見て島の奥の方に向かった。どうやらあちらにも、降下か着陸できる場所があるらしい。


 火の粉が飛び交う中、俺達はクレールの見つけた手前の海岸に着陸した。

 フリスベルが花を咲かせたのは、燃え盛る森を超えた先、中央の小高くなった森だ。ハーレムズの連中も出て来る、恐らくキズアトも居る。


 ここからが、正念場だ。


  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る