11炎の広場で
砂浜から中央の丘へ。元は芝生の様な丈の短い草の道だったのだろうが。
島全体が燃え盛り、俺達の先頭を行くスレインに踏みつけられ。かつての穏やかさは見る影もない。
「ぬうああああっ!」
掛け声とともに、巨大な戦斧、“灰喰らい”が倒れて来た木を両断した。火の粉や炎、降ってくる火のついた木々を振り払いつつ、スレインがこちらを振り向く。
「皆、無事か、押しのけておくぞ」
銃弾を弾き、炎を吐き出すドラゴンピープルのスレインには、山火事も通じない。だが俺を始め、ほかの断罪者にとって、炎の中は危険だらけだ。
燃え盛る木がいつ倒れて来るか分からない。熱風を吸って喉や肺を焼かれたら、そのまま息が詰まってくたばる。熱で予備の弾薬が暴発すれば、それこそ大事だ。
「あんまり心配すんなよ。直接火にでも飛び込まねえ限りは、おれっちの発明品でなんとかなるぜ」
ガドゥが得意げなのには理由がある。道を駆け上がる俺達1人1人の周囲には、霧でできた膜の様なものが取り巻いている。魔力で発生させた薄い霧が、装着した者の周囲を漂い、火の粉や熱風を防いでくれる魔道具だ。
木々を振り払うスレインの背後につき、俺達は順調に進んだ。
炎の燃える音に交じって、絶えず銃声は聞こえて来るのだが。シクル・クナイブとキズアト達、どうやらお互いがお互いとの戦いに夢中になっているらしい。
この分なら、無事にフリスベルを見つけ出せるかと思ったのだが。
「ぬ……!」
スレインが振るった灰喰らい。その刃を、目の前の木がぐにゃりと曲がってかわした。
そのまま燃え盛る梢を伸ばし、スレインの首と胴に絡む。
「魔力を感ずる、その木は操られておるぞ」
ギニョルの言葉に、俺達は銃を取り出して周囲を見つめたが、この道のほかには、炎上する森ばかり。ドラゴンピープルでもなければ、こんな中を行くことは不可能に近い。
円陣となって周囲を確認する俺達。動きを止めた直後だった。
いつか、ダークエルフにやられたときの様に。俺達の真ん中に、無数の氷柱が現れる。
「危ない!」
ユエが次々に撃ち抜いたが、一部は残って、木に絡まれたスレインを襲う。
大口径の弾丸の様に、背中の翼膜を何度も貫き、ずたずたにしてしまった。
「うぐ……!」
「旦那、しっかりしてくれ。ちきしょう、俺達の場所がばれてるのか、一体どこから」
「心配するなガドゥ。見つけたぞ」
クレールがM1ガーランドを構える。その先にあるのは燃え盛る森なのだが。
炎の音に銃声が交じり、森の奥に炎塊が出現した。
「クレールくん、あれは?」
「簡単なことさ。風か水を魔力で操って、火の中に居たんだ。山火事に紛れて、僕らを狙ってたらしい」
「ガドゥの魔道具から、魔力を辿って現象魔法を使った様じゃな」
「だがあいつ一人さ。ほかの奴らはキズアト達と戦っているんだろう。ナパームをばらまいたヘリの方に気を取られているらしいよ」
それでも、この炎の中、森を通って俺達に近づき、スレインの動きを封じて、弱点の氷の現象魔法を命中させるとは――。
再び、氷柱が出現した。今度はさらに数が多い。
「おい、クレール、また来たぞ!」
「馬鹿な。杖を撃ち抜いたんだぞ。防護魔法が解けて、あいつは火だるま……」
双眼鏡をのぞくと、クレールは再びM1を構え直した。
スレインはまだ木に絡まれている、俺達は銃を取り、頭上の氷柱に照準を合わせた。
再び銃声。氷柱が全て熱気に溶け、木もスレインを放した。
クレールがM1を下ろした。術者を完全に沈黙させたのだろう。
「ありえない……あいつ、何者だ」
クレールが動じるなんて珍しい。だが大体何があったかは分かる。ギニョルがその肩を叩いた。
「焼け死にながら、魔法を使って来たのじゃろう。それがシクル・クナイブのハイエルフというものじゃ」
すさまじい執念だ。エルフのタブーである、操身魔法の行使もするし、やはりシクル・クナイブの奴ら、只者じゃない。
「連中に対しては、確実に息の根を止めるか、魔錠をはめるまで決して油断してはならん。確保して断罪するのが望ましいが、隙を突かれると思うたら、殺して構わぬ。さもなくば道連れにされると思え」
いつになく厳しい口調のギニョル。断罪に油断などあってはならないのが当然だが。連中を相手にするには、それ以上の用心が必要ってことか。
「木をどかしたぞ。注意して行こう」
スレインにうながされ、俺達は再び出発した。
ほどなく山道は終わり、丘の頂上に出た。
外からだと分からなかったが、頂上は広場の様になっている。下は土や芝の様な丈の短い草で覆われ、木の人形を柵で囲んだ訓練所があり、建物の代わりに、横や斜めに幹が伸びた太い木が生えていた。中央にはフリスベルが咲かせたであろう、巨大な百合の花がそびえ立っている。頭上は木の葉が茂り、外からの目を覆い隠していた。
無論、そのほぼ全てには、周囲の山火事が延焼し、煙や炎を上げていたが。
「ギニョル、フリスベルを探そうぜ」
「下手に動くなガドゥ。わしらの存在は、恐らく奴ら全員にばれておる。連中は、銃に対して白兵で臨むつもりじゃ。下手に踏み込んだら待ち伏せを食らうぞ」
相変わらず銃声はするから、キズアト達と戦っているのだろうが。俺達に対しても人数が割かれているに違いない。狭い室内であいつらに不意を突かれたらと思うと、ぞっとする。
「でも、フリスベルが無事なら助けなきゃ」
一歩踏み出そうとして、ユエが足を止める。
P220を取り出すと、いきなり地面を2か所、撃った。
その直後だった。
地面がいきなり吸い込まれ、俺達をすっぽり飲み込むほどの大穴が現れた。
ユエの撃った場所からは、伸びて絡み合い、シート状になった草の根が垂れ下がっている。あの根で土を支えていたのだ。
のぞいてみると、穴の底には鋭利な短剣が上を向けて突き刺してある。
「
「おかしい。魔力を感じなかったぞ、なぜこんな罠が」
クレールの疑問には、銃を収めたユエが答える。
「根を伸ばすのと、槍刺芝を生やす所まで魔法でやって、後は土をかけて放っておくの。ハイエルフの人と一緒に戦ったとき、教えてもらったトラップだよ」
ユエが居て本当に助かった。いきなりの罠でスレインを残して全滅なんて、本当にぞっとしない話だ。
「ギニョル、私が先に行って、罠を調べようか。ここ、多分罠だらけだよ」
「頼めるか、あまり時間は無いが」
「待てよ、あっちからなんか音が……」
ガドゥの言う方向からは、確かに音が聞こえて来た。植物の焼ける音の合間に、めきめき、ずずず、といった地鳴りに近いものが交じる。
一体何が現れるのか、銃を構えて、固唾をのんで見守っていると。
炎の中に、ひときわ大きな塊がうごめいた。
いや、あれは火そのものじゃない。燃えている植物か何か。
木のゴーレムとでもいえばいいのか。大まかには人の形をした木。葉と梢、また幹の大部分に橙色をまといながら、同じように燃え盛る木をかき分け、こちらに向かってくる。
「フリスベル……!」
ユエが呟いた。見れば、確かにゴーレムの目の前で炎の中を走っているのは、紛れも無いフリスベルだった。
怪我はしていない様だが、操身魔法は完全に解け、まとった服もところどころ焦げていた。杖の先端が魔力を帯び、ガドゥの魔道具と同じ霧の膜で火を逃れているらしい。
「今行くぞ!」
駆け出すスレイン。ギニョルが俺達をうながした。
「続くのじゃ、通った後は罠が無い。クレール、後ろからの奇襲を見張れ」
「分かってる!」
M1をかかげたクレールをしんがりに、俺達はフリスベルとの合流を目指して走った。
途中に吊りネットの罠があり、スレインが破ったのを除けば、広場の端まで無事に着いた。後ろからの攻撃も無い。
必死に駆けて来たフリスベルを、ユエが受け止める。
「フリスベル、大丈夫だからね」
「み、みなさん……あ、だめです、それに近づいては」
追って来た燃え盛る木に、スレインが灰喰らいを振るう。
「せいやああああああっ!」
林の木々を圧し折り、なお勢いを失わぬ一撃。肉厚な刃が、幹を叩き切るかと思った瞬間だった。
『グ、ロウ』
しわがれた声と共に、木の足元から根っこが成長。絡み合って盾の様になり、スレインの戦斧を受け止めた。
何だ、誰がどこから魔法を使った。それ以前に、いくら魔力で操れるとはいっても、相手の攻撃を受け止める様な知能、植物が持つというのか。
『バイズ・ダーナース』
また声。まるで左手の様な梢の先に、槍状の巨大な氷の塊が形成されていく。
狙いはスレインの脇腹か。
距離は10メートル程度だ。俺はM97を、ガドゥはAKを連射して、氷を砕きにかかるが、でかすぎてうまくいかん。氷の槍は炎で溶けることもなく、弾丸で割れてもすぐに再生してしまう。
「木の幹じゃ、割れたうろを狙え!」
言いながら、ギニョルがリボルバー、M37エアウェイトを取り出した。ユエとクレールも銃を構え、マガジンを使い尽くす勢いで撃ちまくる。たちまちの内に、銃声があたりをうめつくしていく。
的がでかいから外しようがない。樹皮が割れ、木の幹がひび割れるたび、ただのうろに過ぎない木の裂けめが、形を変えていく。まるで苦しむ人間の顔の様に。
「ぬうおおおおっ!」
隙を突いて幹をつかんだスレインが、木の幹をへし折りにかかる。凶悪な握力と、えげつないほどの体重をかけ、一気に力を加える。割れ目を断末魔の様な形に変えながら、木はとうとう真ん中から折れ曲がり、落ち葉の燃える地面に叩き付けられた。
しわがれた叫び声がする。苦痛に満ちた、身の毛もよだつ様な声。まるで生きながら体を焼かれているかの様な。
どうなっているのだろう。燃えているものといえば、魔力で動いていた木ぐらいだぞ。
ホルスターにM37を収め、ギニョルが額にしわを寄せた。
「……樹化の強薬、じゃな」
思い出すのは、ホテル・ノゾミの出来事。ユエと摘発に入ったとき、ヴィレに麻薬を飲まされたダークエルフの姿だ。
樹化の強薬はあの麻薬と似ている。製法は不明だが、ハイエルフ達は戦いで負けたとき、最後は歯に仕込んだその薬を服用し、自身が魔力の塊である森そのものとなる。具体的にいえば、さっきみたいな木の化け物に。
変化すれば二度と戻れないが、ある程度の理性的な判断や、現象魔法の行使も人の姿と同じようにできる。おまけに木そのものとしての、鬼のようなタフさ。
紛争中は、里ひとつが自衛軍への従属をきらって木の化け物になり、装甲車をひっくり返したり、地上部隊を踏みつぶして大暴れした例もあると聞く。実際見るのは初めてだったが、まさに化け物。
「私のせいです。戦って、半端に傷つけたから。あの人も、シクル・クナイブのハイエルフでした。何とか説得できないかと思ったんですけど」
甘い、と叱ることは簡単だろうが。
ギニョルに小さな肩を抱かれ、フリスベルが涙をこぼしはじめた。
「……みなさん、本当に、ごめんなさい。私の勝手のせいで、こんな危ない目に。刺し違えるつもりだったんですけど、花を咲かせたあと、怖くなってきて、どうしようかと思っていたら、ヘリが来て、森が燃えて、後は見つかって無我夢中で」
鳥が飛んだときか。なるほど、フェイロンドやレグリムとは戦えずに、さっきの奴を追い込んで、木になられて逃げまどってたってわけか。
「フリスベル、お前わしより年上であろうが。328歳にもなって、そんなに泣くものではないぞ」
「だって、だって……ごめんなさい、みなさん、私なんかのために……」
クレールが黙って背のうを開き、持ってきた外套と銃を渡した。
断罪者の証を抱き留め、泣きながらしゃがみ込むフリスベル。
まだ銃声は止んでいない。戦いも終わっていないが。
俺達は再び、七人に戻ることができた。
まずはひとつ、目標は達成だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます