12長大な狙撃

 フリスベルを救出したことで、敵の動きが大まかに分かった。

 まず、今俺達の居る広場は、もぬけの殻らしい。


 というのも、フリスベルが正体を明かし、花を咲かせたその直後、ヘリが来てナパームが投下されたからだ。怒り狂ったレグリムは、フリスベルより島を焼いたもの達を抹殺するよう命令、ハイエルフ達はほとんどが降下したキズアト達を迎え撃っているという。


 そびえ立つ砦の様に、広場の中央にたたずむ巨木。太い幹と複雑に伸びる梢に作られた部屋の様な一角に俺達は集まっていた。


 再び断罪者のマントをはおったフリスベルが、トネリコの杖をかかげている。涼やかな風と、水の結界が俺達を守ってくれる。

 だがこの外は炎の地獄。今も、燃え盛る森の中、シクル・クナイブと降下したキズアト達が戦い続けているのだ。


 状況を聞いたギニョルが、腕を組んで考え込む。


「ならば、レグリムやフェイロンドは今まさにこの炎の中で、キズアト達と戦っておるわけか」


「ギニョルの作戦勝ちってことだね。こうしてフリスベルも助けられたし」


 妹を可愛がるように、フリスベルの肩を抱くユエ。

 そう、単純にいけばいいのだが。


「そうも行かないよ、ユエ。だからこそ、僕たちがこれからどう動くかが重要だ」


 クレールの言うことは分かる。一つ目の目的であるフリスベルの無事救出は果たしたが、今この島に、俺たち断罪者の宿敵ともいえる、キズアトの勢力と、シクル・クナイブの頭が居る。


「まさか、やるのかよギニョル。こんな状況で、シクル・クナイブとキズアト達を断罪するのか」


「当たり前だろうガドゥ、それがし達は断罪者だ。何を目的にここまで来たと思っている」


 とはいえ、漫然と打って出ては、挟撃されて全滅もありうる。

 やるとすれば、俺たち7人が固まって行動した方がいい。シクル・クナイブの連中は強い、7人で互いを補い合ってやっと戦える。


「……よし、決めた。三手に分かれよう」


 馬鹿な。


「ちょっと待てよギニョル、今戦力を割ったら」


「いいから聞け。ぎりぎりじゃが、上手くいけば何らかの成果を手にできよう。それともキズアトの奴を、この機会に打ちのめしてみたくはないのか、騎士や」


 そう言われては、黙るしかない。懐のナイフを握る。


「フリスベル、結界を張りながら、魔力の探知はどれくらいまでできる?」


「位置を把握するだけなら、大体、半径500メートルです。詳しい様子までは分かりませんが、魔法が使われれば、それだけで魔力を感じますから」


「現象魔法と、蝕心魔法の区別は」


「それなら確実です。感じる魔力が全く違いますし、森を焼いているのも、魔力のないナパームですから」


 そこまで魔法の気配が分かるか。

 俺からすれば、燃えている森に、銃声が響いているに過ぎない島の光景。フリスベルには、全く違って見えているのだろう。魔力を感じ、読めるということは、魔法を使う相手に対して、第三の目を持っているのにも等しい。


「素晴らしい。やはり、お前が我々の目じゃな。この樹上の砦が頭。クレールは銃で騎士とユエが引き金じゃ」


 ギニョルの頭じゃ、構想がまとまっているらしいが、誰一人として考えに追いつけてないらしい。

 いや、ガドゥはなにやら気づいているのかも知れない。ひとりだけ、遠くの空を見ている。ユエもなにやら察しがついているようだが。


「今回の事件、ここまで断罪者はやられっ放しじゃった。ひとつ、森のエルフ狩りとゆこうではないか」


 戦争の経験も手伝っているのだろうか。ギニョルの顔に少し邪悪なものが見える。

 やっぱりこいつは、悪魔なのだろう。


 丘の上の広場から北側、少々傾斜の厳しい斜面。獣道の様な木の合間を、俺とユエは進んでいた。先頭がユエ、数メートル離れて俺。


 ユエの胸にはねずみ、俺の肩にはむかで。両方ギニョルの使い魔だ。あいつはフリスベル、ガドゥと一緒に、広場の砦で地図を広げていることだろう。


 俺たちの位置と、標的の位置を見つめているに違いない。


 降りかかる火の粉、焼け焦げた炭の破片がガドゥの魔道具で作られた霧と風に阻まれ、目の前に落ちる。これなしじゃ丸焼けだ。

 遠く、道の無い林の奥の方から、銃声が聞こえた。ユエがSAAを抜き、俺もM97を持つ。これも魔道具が無けりゃ、銃身が過熱してつかめたものじゃないだろう。


『騎士、ユエ、進行方向を0時として、2時方向。距離約、30メートル先に、ハイエルフ2人。90メートル先の下僕の弾をかわしておる』


 そういわれても俺からは見えない。燃え盛る木の幹や、熱された岩塊がごろごろあって、とても先へは進めない。


「騎士くん、ちょっと降りたら道があるから、下から迂回して。私は上の方から回り込んで、両方の気を引く」


 答えも待たず、炎をくぐって駆け出したユエ。その姿がみるみる障害物に紛れた。

紛争中は、崖の上の王国の特務騎士として、自衛軍が行軍に手間取るような山岳や森林を踏破し、自在に攻撃を仕掛けていたのだろう。ゲリラ戦もお手のものか。


 俺も慌てて先へ進み、少し降りると道を見つけた。先に進みながら、肩に絡みつくむかでに話す。


「ギニョル、フリスベルの奴に聞いてくれ。本当にこいつは撃って大丈夫なのか」


『心配しないでください。食いつき草の種は、火事の焼け跡や、洪水の跡から、甲殻を持った大型の獣にくっついて生育する場所を広げるんです。ショットガンの炸薬くらいで割れたりしません』


 そうは言っても。ガンベルトからショットシェルをひとつ取り出した。パッケージは12ゲージのバックショットだが、中に入っている粉状のものは、フリスベルが魔力を込めた無数の種子だ。


 こいつを撃っても、殺傷能力は無いに等しい。ショットガンのベストレンジから、少し遠くまでこの種が飛び散るだけ。


 もっとも、ギニョルの作戦上、それでいい。直接相手を倒すのは、俺の役割じゃないのだから。


 ユエに遅れないよう、さらに細くなる獣道を進む。葉や枝がひっかかったり、石が転げて物音を立てたが、火事の音がかき消してくれる。


『1時方向、20メートルを切ったぞ。何か分かるか』


「静かにしてくれ」


 見えた。俺の目でも分かる、岩陰で銃撃をよけながら、ハイエルフが2人、杖に何やら魔力を集中させている。フリスベルの探知に引っかかるわけだ。


 一方で、魔道具で魔力を消している俺と、魔力不能者で魔力のほとんど出ないユエは、連中の探知には引っ掛からない。


 10メートルがベストレンジだが。さすがにそこまで近づくとばれる。散弾では威力が落ちる距離だが、この種は当たりさえすればいい。


 ゆっくりと構えて、引き金を引く。いつもと同じ音を立てて、灰の塊のようなものが銃口を飛び出した。


 種を浴びた2人の体に、たくさんの青白い花が咲いた。

 橙色の炎の中では、最高に目立つブーケの出来上がりだ。


 2人は怪我を確かめる事も無く、俺の方へ突っ込んで来る。仮面で表情が分からんが、短剣を振りかざし、獣のごとく斜面を降りる様は鬼気迫るものがある。


 俺にあるのは、花を咲かせるM97のみ。銃剣はついているが、格闘の経験も、連中には敵わんだろう。


 死ぬ事になるのだろうか。


 いや、俺はもう引き金を引いたのだ。弾丸は、すぐに発射される。


 マントをひるがえし、俺の首元を牙の短剣で狙うハイエルフ。

 その胸元が、突然真っ赤に染まり、力が抜けて崩れ落ちた。


 一瞬だけ硬直したものの、もう一人が杖を捨て、今度は木々を回り込む。火のついた木の幹を、リスの様に敏捷に駆けのぼり、梢の中に姿を隠して迫ってくる。


 先に行ったのが、俺に撃たれたと思ったか。狙いを外すつもりだろうが、あいにくと、もう引き金が引かれている。


 がさがさと音がして、俺の頭上からハイエルフが落ちて来た。

 落下のショックで仮面が外れ、右手と左足から血を流している、骨も折ったか、苦しそうにうめいている。


 これなら俺でも抑えられる。魔錠をかけると、さすがに観念したらしい。樹化されなくて良かった。肩のむかでに話しかける。


「ギニョル、2人やったぜ。1人確保だ。クレールに礼を言ってくれ」


『奥の下僕は下がった。警戒されたが、まだ気づいておらん様じゃ、ユエと合流して、引き続きやれ』


 まさか、ここまでうまく行くとは。


 作戦はこうだ。フリスベルが島の中心の丘から、500メートル以内のハイエルフと吸血鬼や下僕を探知する。そこへギニョルの誘導で、魔力を出さない俺とユエが近づき、例の散弾で花を咲かせてやる。

 咲いた花をめがけて、夜目の利くクレールが、数百メートル離れたスレインの背中から、目視で狙撃する。うっそうとした森がナパームで焼かれ、島の中まで見通しが利くことが、大きなプラスになった。


 目であるフリスベルが敵の位置を定め。俺が攻撃の引き金となり、弾丸であるクレールが撃ち抜く。見て、狙って、撃って。べつべつにそれぞれの役割をこなして、一匹の生き物の様に、確実に連中を狩っていく。


『ギニョルさん、ガドゥさん、南と北の道、近づいてきます!』


 使い魔を通して、フリスベルの注意が聞こえる。続けて銃声も聞こえた。

木箱で持ち込み、頂上に備え付けた、ミニミ機関銃と、M2重機関銃だろう。撃ったのはガドゥとギニョルだな。


『こっちは無事じゃ、騎士、心配するな』


 目を守るのは、頂上に残った2人の断罪者というわけだ。戦力の分散ではあるが、7人で固まっているより、よほど力が発揮できる。やはり俺達のお嬢さんは頭が切れる。


「おのれ、断罪者。森を焼き、汚れた金属をばら撒く蛮人どもめ……!」


 よく口が回るものだ。現象魔法の防護も切れて、放っておけば焼け死ぬというのに。


「焼いたのはキズアトが雇った奴らだろ。嫌ならハーレムズになんか手を出さなきゃ良かったんだよ」


「うるさい。我らの宿願、海鳴りの刻のためには」


 それ以上は、言葉が続かなかった。

 右側頭部から血を飛び散らかし、若いエルフは崩れ落ちた。


 弾丸は逆の左から。岩陰に潜り込んだ瞬間、肩から出ていたむかでの頭が吹っ飛ばされる。くっついていた足が離れて、ずるずると腹の部分に落ちて来た。


「どうなってんだ、畜生……!」


 銃を持った敵、俺を殺そうとしたやつ、ハーレムズの狙撃手だろうか。フリスベルの探知に引っかからなかったのか。それとも、さらに遠くから狙撃してきたか。銃声は聞こえなかった。


 シェルチューブを開放し、種入りのバックショットを除き、散弾入りのバックショットとスラッグ弾を込める。使い魔をやられたからギニョルとの連絡もできん、ユエともはぐれちまってる。


 どこだ、どこから狙ってくる。相手には俺が見えている、右か左に回り込んで、とどめを刺そうとするだろう。あるいは、焦って飛び出すのを待っているか。使い魔を殺した弾丸は、身を隠さなければ俺の頭を吹き飛ばしていた。まだ狙ってるに違いない。


 火の音以外、聞こえない静寂。なぜか、第三射が来ない。


 極限まで研ぎ澄ました神経は、火の中を来る足音を拾った。

 ユエの可能性もある。だが、あいつなら俺の不意討ちぐらいかわすだろう。それに、足音はユエの進んだ斜面上じゃなく、さらに下から近づいてくる。


 もう少し、今。

 M97の銃剣をふりかざし、俺は岩影を飛び出した。


 簡素なローブの黒髪の女、ハーレムズだ。両断するつもりで振り下ろしたが、銃剣が食い込んだのは、ライフルの丈夫な銃身。


 この恰好ということは、準備を固めてヘリで降下した奴じゃないな。恐らくはシクル・クナイブの標的になり捕まった――。


「お前……流煌!」


 まさかここで、会っちまうとは。

 このどさくさで逃げ出したか何かしたらしく、ところどころ火傷も負ってる。

 だが俺をにらみつけ、押しやってくる。


 意外と、力が弱い。下僕になっているはずなのに。


「私はフィクス、あなたを殺せばマスターが喜ぶ!」


 油断したとたん、胴体を蹴りつけられ、弾き飛ばされた。


 殺されてたまるか、ただそれだけでM97を撃つ。散弾が地面と岩を砕いたが、流煌は脇に飛びのいて、銃口から逃げやがった。


 フォアエンドを引き次弾を装填。だがその間に、流煌は俺に狙いを付ける。

 距離2メートル、外すことはあり得ない。


 もう終わりだと思ったが、銃声も弾丸も出て来なかった。


 流煌を見やると、ライフルを構えたまま、動きを止めていた。

 弾切れだろうか。いや、そうだとしても攻撃してこないのはおかしい。


「……なぜ、だ。なぜ……!」


 炎に彩られた頬を、ひとすじ流れる涙。散った長い黒髪、あどけないその顔は、紛れもなく失われたあの流煌。


 俺の方こそ、なぜと言いたい。

 流煌はキズアトの奴に、チャームをかけられたのだ。

 二度と戻ってこない、はずじゃなかったのか。


 噛み殺す様に、憎悪に満ちた目を向けると、流煌がきびすを返した。

 俺に背を向け、道の無い急斜面を駆け下りていく。


「騎士くん、無事だった! フィクスがこっちに……騎士、くん」


 駆けつけてくれたユエの言葉が、炎の中に流れていく。


「流煌、何なんだよ、お前はもう……」


 撃てなかった。断罪者の俺が、隙だらけの背中を。

 何度か抱きしめた、あの細い背中を。

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