9ギニョルの計略

 流煌は目の前でさらわれ、すべて背負い込んだフリスベルは死地へ。

 いい加減、我慢の限界だ。くそったれが。


 言った通りに、潮流に流されながらポート・キャンプの明かりをうかがっていると、確かに陸が近づいて来た。


 あれは倉庫街の港だな。もう泳いで行ける。

 荷受けをする木の船の脇に、作業用のはしごがある。苔まみれになったまま、フリスベルのマントを抱えて、はしごにつかまる。


 真黒な海を背に、ずぶ濡れのまま、岸壁をはいあがった。


 いきなり出て来た俺の姿に、労働者たちもびびったらしい。

 その中に、気弱そうなハイエルフを見つけて俺はすかさず肩を組んだ。


「なんだ、人間。いきなりどうしたんだ」


「黙って教えろ、このへんに悪魔の使い魔は居ないか」


「こっ、これは、吸血苔じゃないか。私に近づけるな、なぜ死なない、お前はシクル・クナイブに誅されるべき悪人か」


 なんかもうハイエルフを見るだけでムカついて来やがる。か細い首、その襟元をひっつかんでねじあげた。


「聞いた事に答えろ! 使い魔だ、魔力で分かるだろうが!」


 ついでにフリスベルのベスト・ポケットをこめかみに突き付けてやると、さすがにびびって真っ青になった。


「は、ああ、た、たしかに居るが、いつも、いくらでも飛んだり這ったりしているし」


「よく見ろ! 目立つのが居るだろ! うちの上司が飛ばしてるか這わしてるのがあるはずだ、早くしろ、お前ならできる!」


 言っててめちゃくちゃだが、緊急時だ。

 ハイエルフは言葉を失い、震えながら港の倉庫の雨どいの出口を指さした。


「あの中か?」


「ね、ねずみが……いつも居ない、変わった気配が」


「よし、ありがとよ! 後なんかあったら、シクル・クナイブじゃなくて断罪者を頼れ! 分かったな」


 うなずいた後、へなへなと崩れ落ちたエルフを放り捨て、雨どいに駆け寄る。


「おい、ギニョル! 聞こえるか、ギニョル! 出て来やがれ!」


 がんがんと雨どいを叩いて中に呼びかけると、がさごそと音がした。

 出て来たのは、でっかいムカデだ。


 が、目玉が紫色に光っている。


『そんなに怒鳴らんでも聞こえておる。騎士か、お前無事だったのか、ハーレムズを追ってどうなった、今応援にスレイン達をよこしたが』


「そっちはもういい! 緊急だ。フリスベルがやばい、シクル・クナイブの本拠も分かった。迎えをよこしてくれ」


『言っとる意味が分からん。倉庫などで何をしておる』


「一旦警察署に戻るんだ、装備を整えなきゃだめだ。スレイン達にはユエとクレールを拾って帰らせろ」


 気持ちが悪いが、腕ほどもあるむかでをつかみ上げ、肩にかけて走り出した。

 倉庫前でタクシーをつかまえると、使い魔に怯えるバンギア人の運転手をなだめ、財布を叩き付けて水上警察署へ向かわせた。


 銃をちらつかせて急かし、そのくせあほみたいな料金を払う俺に戸惑う運転手を横目に、事情を説明した。


『……フリスベルの奴め、そのような無茶をしたのか』


「そうさ。あいつ、刺し違えてでもレグリムやフェイロンドを仕留めるつもりだぜ」


『外套と銃を返したということは、断罪者としての立場は捨てたか。一人のローエルフとして、断罪法を破って奴らを殺すということじゃろう』


「それじゃあ、俺達を呼んだのは、どういうわけだよ」


『後始末じゃろうな。生き残ったら残ったで、わしらに断罪されるつもりじゃろう』


 俺は思わず、むかでを両手でつかんだ。


「馬鹿言うなよ! あいつはまだ断罪者だろうが! 俺はやらねえぞそんなの!」


 むかでが牙を剥き、しゃーっと鳴く。怒りに満ちたギニョルの叫びが返ってくる。


『あほうめ! そんなもんわしらの誰も同じじゃ。そうさせんために、一刻を争うのじゃろうが。使い魔を切るぞ、スレイン達を呼び戻す』


「分かった。頼むぜ」


 むかでの目から、紫の光が消えた。とたんに、めちゃくちゃにもがき始める。やばい、さすがにこのサイズに刺されたらどうなるか分からない。


 床に放り出すと、フリスベルのマントで包んだ。まだがさごそしてるが、どうにか動きを封じられた。


 警察署に着くと、びしょ濡れのまま駆け上がる。

 デスクのある部屋に飛び込むと、すでにメンバーは揃っていた。


 ギニョルにガドゥ、ユエにクレール、そして外から顔を出したスレイン。頼もしい奴らだが、ただ一人フリスベルが足りない。


 入って来た俺を見るなり、クレールがつかみかかってきやがった。


「下僕半、お前、なぜフリスベルを連れ戻せなかった! そもそも、お前が手を出したせいであいつはシクル・クナイブの事に気付いてしまったんじゃないのか!」


 クレールは、自分の無茶を偽装して、フリスベルをレグリムの所までたどり着かせた。

 それほどに、エルフ達の掲げた正義と美を信じたいフリスベルの事を買っていた。


 つかまれた腕を握り返すことができない。クレールの言っている事は正論。ガキ扱いなどとてもできない。


「……止められるなら、殴ってでも止めた。けど、そうしたら連中にフリスベルの事もばれてた。あいつら強えんだよ、見たこともねえ現象魔法を使う。それも分からず、手を出しちまったのは、俺の責任だ、罰は受けるよ」


「お前……」


 固めた拳が、下がっていく。怒りの引いたクレールを見つめて、俺はさらに言った。


「今は、フリスベルを助けてやってくれ。一度はローエルフとしての立場を優先させたかも知れないが、あいつは、まだ断罪者だろう」


 ギニョルが椅子から立ち上がった。


「そこまでにしておけ、クレール。今は時間が惜しい。相手はシクル・クナイブ、一筋縄でいく奴らではないが、すぐに発ってフリスベルを追わねばなるまい」


 すぐにでも動こうとした俺達に、ガドゥが口を挟む。


「ち、ちょっと待ってくれよギニョル。確かに行かなきゃならねえが、フリスベル無しで、あんな奴らに勝てるのかよ。しかも何人居るかも分からねえんだぜ」


 びびってやがるのか、と思ったが。


 まとめて殺されてしまえば、世話は無い。奴らには、バンギアで培って来た現象魔法や特殊な植物、暗殺術だってある。フェイロンドやレグリムに至っては、軽く見積もってザベルくらいの実力を持ってると考えていい。

 おまけに島の地形や、戦うことになる数も不明だ。

 M97で撃ち殺せたから、銃火器が効かんということは無いのだろうが。そうやすやすと同じように倒せるかと言われれば難しい。


「確かに、ガドゥの言う通りではある。ハイエルフの長老会、それを守る若木の衆といえば、その脅威はお前達も知る所であろう、ギニョル、クレール」


 スレインに言われて、ギニョルが顎に手を当て、デスクに視線を落とした。282年も生きてるこいつは、ハイエルフとの戦争の経験もある。


「確かに、奴らは、普通のエルフとは違う。我らのごとく、操身魔法も使えば、エルフの森の植物も使う。騎士がやられた吸血苔の胞子のほかに、奇怪な植物を自在に扱うておった。フリスベルがおれば力になるじゃろうが……」


 そのフリスベルが、断罪者の地位を振り捨て、ローエルフとしての誇りに準じようとしているのだ。それを俺達6人で助けに行く、確かに不利な状況だ。


 ユエが窓のサッシをめくって、夜の闇、その向こうのポート・キャンプをうかがう。


「スレインの弱点が、現象魔法ってことも分かってるだろうし、騎士くんが言う通りなら、最初の攻撃は上手くいくかもしれないけど、応戦されたらきっと不利になるよ。隠れ家だったら、罠とか魔法に使える木や草もあるだろうし」


 クレールが机をたたいた。


「ユエ、お前もか。臆したのかお前達! 断罪者がそんな臆病な集団だったとは、僕一人でも行くぞ、ヘイトリッド家の当主として、引き受けた役割を果たせぬのはこの上も無い汚名になる」


 出て行こうとする小さな背中を、ギニョルが背後から抱きとめた。

 今は角の有る妙齢な美人の形態だから、ちとうらやましい構図だな。ちょうど頭が胸に来ている。


「待て待て。そうは言うておらんわ、1分でできる策がある。悪くなるか良くなるか半々じゃが、うまい方に転ぶことを賭けよう」


 ギニョルの眼が紫色に光った。

 使い魔を呼び出しているのか。だが距離的には島まで行ける奴は居なかった気がする。からすではさすがにそこまで飛べないし、虫に海は超えられないはずだ。

 

 クレールを放すと、立ったまま呼びかける。


『……おい、キズアトや』


 俺は、耳を疑った。まさか本当にキズアトの居場所を突き止めたのか。

 ノイキンドゥに放った使い魔は、GSUMの同族に殺されちまうはずだが。


「おいガドゥ、どういうこった」


「そういや、キズアトが直接島に行くかどうか調べるって言ってたぜ」


 シクル・クナイブを狙って、ハーレムズがポート・キャンプを襲う可能性、その中に親玉のキズアトが交じる可能性を考えていたのか。俺達がポート・キャンプに出向いてる間場所を探っていた、と。


 どうやらノイキンドゥ以外の所に居るらしいな。使い魔が殺されない。


『わしが誰かは分かっとろう、おっと殺すな、お得なことを教えよう。お主のお気に入りの行方じゃ、どこへ連れ去られたか分かっとるのか?』


 愉快そうに話しかけるギニョル。この状況で、GSUMの首魁と話をしようとは、肝の太い奴。

 キズアトの奴がフィクスと呼ぶ流煌が、あいつらに連れ去られている。キズアトからすれば、当然無事に取り返したいはず。それと同時に、シクル・クナイブに対する怒りを晴らす機会も求めているに違いない。


 何らかの返答があったらしい。会話が続いている。


『ほう、M69ナパームとは、物騒なものをメリゴンから買うたな。飛行機まで用意するとは、ポート・キャンプを焼き払うつもりか。やめておけ、奴らの本拠地はロウィ群島にある』


 めちゃくちゃやりやがるな。M69ナパームっつったら、いわゆる焼夷弾、昔の戦争で日ノ本のアグロス人を焼き殺しまくった恐ろしいものだ。よほど頭に来ているらしい。


『嘘だというか、それも当然か。まあ、信じぬのなら構わぬが、その間にお主のお気に入りの下僕は、ハイエルフの老人の嬲り者になるじゃろうな。リリムのときよりさらにひどい、貴様のフィクスは辱めを受けたうえ、赤裸にされて焼け跡にさらされるに違いないわ。それが奴らの』


 うぐ、とうめいて、ギニョルが床に崩れ落ちる。

 ユエが駆け寄って肩を支えた。冷や汗を浮かべながら、ギニョルが薄ら笑いをする。


「……あや、つ、ショットガンで、いきなり、わしの使い魔をばらばらにしおったわ。しかし手は打った、キズアトの奴、かんかんになって、あの一帯を焼き払うじゃろう。元々今夜の内には、ポート・キャンプを焼夷弾で焼き払うつもりであったらしい」


 飛行機は自衛軍に金を積んで出してもらうんだろうな。輸送用のヘリからでもばら撒くのだろう。


「皆、すまぬな。あのキズアトを呼び込む事になる。ハーレムズも来るじゃろう、これは戦争になるぞ」


 それでも、シクル・クナイブと敵対してる以上、俺達だけで戦うよりはマシになるかも知れない。いよいよ状況はやばくなったが。


「望むところだ。なんならあいつもこの機会に断罪してやろう」


 クレールが犬歯を剥きだし、戦意をみなぎらせる。

 俺達も全員、覚悟を決めた。


「3分だけ待つ、装備を整えよ。我ら断罪者の覚悟のほど、奴らとフリスベルに必ず見せつけてやろう!」


 言われるまでもない事だ。

 シクル・クナイブとキズアトを相手に、ナパームの降る中立ち回れるのか。


 やらねばならん。

 俺達は、ノゾミの断罪者。それくらいの事もやれずに、フリスベルを再び迎え入れることなど、できるはずがないのだから。

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