17操舵室突入

 俺達が操舵室や爆弾を目指そうとそうでなかろうと、足を止めることはできなかった。俺の目では見えない闇の彼方から、狙撃が行われている。


 金属製の手すりが弾け飛び、補強された船室の壁までが音を立ててえぐられる。ただの狙撃銃とは違い、足や腕でも受ければ吹っ飛び、失血か痛みのショックで死ねるだろう。


 俺とルトランドは、どうにか銃弾をかいくぐり、主甲板へ続く階段を駆け下りた。ブロズウェルのくじら船と比べて、外板や船室が金属補強されているが、船体中央が広場のようにへこんでいるのは共通している。ヘリは横から狙撃してきているらしいから、これでどうにか逃れられた。


 だが、次は船尾の操舵室からの射程圏内となる。

 俺達が船室の影から出てきた直後、四か所ある窓が、89式の銃床で割られた。四人の兵士が、こちらを狙って射撃してくる。


「うわっ……!」


 俺は手近な木製コンテナの陰に隠れた。ルトランドも同様だった。


 銃弾が風を切る音が続き、木片が跳ね上がって床を汚す。俺はガンベルトからスラッグ弾を抜き取り、次の弾として込め直した。


 射撃の合間を縫って顔を出し、窓めがけて撃ち込む。俺にしては珍しく、窓の中に入ったが、相手は俺が出た直後に引っ込んでしまっていた。


 また射撃が始まる。俺は仕方なく体を戻した。ルトランドの方を見ると、こちらも先に進めていない。


『私達と共に果ててくれるか、断罪者よ。見上げた愛国心だな!』


 スピーカーがまた喋っている。俺達を追い詰めたのはそちらのくせに。


『お前達には軍隊の経験者すら居ないのか。オンボロのショットガン一丁に、バックショットはいくつ持ってきた? こちらは89式の弾がまだ四千発ほどある。分けてやるから体で受けろ!』


 気が遠くなる数字だ。向こうはこのまま弾幕を張り続けているだけで、俺とルトランドなど簡単に封じられる。ハッタリではなく、籠城に十分な弾薬を持ち込んでいるのだ。


 悔しくなって、叫んでみる。ここまで来たら操舵室にも聞こえるだろう。


「うっせえ! まとめて吹っ飛ぶんだぞ。大体、ノイキンドゥの奴らが死んでも、どうせ紛争前に戻ったりなんかしねえだろ。一緒に死んでまでやることかよ。お前ら頭おかしいんじゃねえのか!」


 聞こえたらしく、スピーカーから声が返ってくる。


『何を言うかと思えば! 人が死なねば歴史は動かんだろう。ゆえに我らは死して歴史となるのだよ。我らこそ日ノ本に報い、歴史を作る犠牲であり、日ノ本の平和を汚辱に満ちた異世界に伝える防人なのだ! 薄っぺらい説得など諦めてもらおう!』


 駄目だ。完全に効く耳を持ってない。最初から分かってたことではあるが。

 弾丸の雨の中、向かいのコンテナに呼びかける。


「ルトランド、何とかならないのか」


「魔法をかけようにも、連中は私と目も合わせません。大陸のアグロス人は魔法に対する戦い方を心得ています。こうも銃撃されては……」


 いくら魔法や剣術に優れようと、火器を持たない相手には、ただ距離を取って弾丸を浴びせるだけでいい。合理的だ。完全に攻めあぐねてしまった。


 もっとも、一度目のアナウンスのときに、この結果は分かっていた。外からの援軍も望めない以上、一体どうすればいいのか。


「騎士殿、少し良いか」


「なんだ?」


「坊ちゃまを、クレール様をどう思っておられる」


 妙な聞き方をする。


「どうって、普通に断罪者の仲間だけど」


 答えた直後、ルトランドは矢継ぎ早にまくしたてる。


「貴殿から見て、坊ちゃまは十分に将来を安心して見ていられるのか。吸血鬼として、この混沌とした世を渡っていく力や、他の種族と協調できる柔軟さを持っておられると思うか?」


 えらく詳しく聞きやがるな。なんで今、ここで知る必要があるのだろうか。少々いらいらしてきた。大体、俺などよりルトランドの方が詳しいに決まってる。


「あのなあ、お前戦って確かめただろうが! あいつが主人として十分だったから、剣を合わせて負けたんだろう。吸血鬼の基準じゃまだ年は子供かも知れないけど、大丈夫だよ。そうじゃないやつを、ギニョルが選ぶわけねえだろ」


「ならば問うが、貴殿にとって、坊ちゃまはキズアトと、ミーナスと同じ吸血鬼だぞ。貴殿から命ほども大事なものを奪っただろう。その吸血鬼を認めるというのか」


 難しいことを言いやがるな。流煌を奪われたことは、まだまだ心にしこりとなって残っている。そんな自分を蹴とばすように、叫んだ。


「だからって、クレールはクレールだよ! 俺の仲間だし、断罪者だし、ヘイトリッドの当主やってる立派な奴だよ。いい加減にしてくれ、それよりこの状況なんとかする方法でも考えてくれよ」


 俺の言葉に答えることなく、ルトランドは黙り込んでしまった。なにやらぶつぶつと言っているらしい。なんだかわからんが使えそうにない。


 銃弾は俺達をコンテナに張り付けるためだけに、散発的に周囲をなぞっている。


 しゃがみこんで向こうをうかがうと、鉄板で補強してペンキを塗った壁面に、ドアが一つある。あそこから、船尾に入れるのだろう。鍵は鎖で巻いた南京錠がひとつ、ドアノブに巻き付けてある。


 距離約20メートル。銃弾の中を進んで、スラッグ弾で南京錠を破壊し、ドアを開けて突入する。もはや方法はこれしかない。数秒でできるが、相手は実戦経験豊富な報国ノ防人の兵士たちだ。その数秒で、俺を蜂の巣にするくらい容易いだろう。


 大体、負傷しながらドアを突破しても、その先に居る兵士達を倒して操舵室を制圧するなど不可能に近い。


 船が大きく汽笛を鳴らした。俺は腕時計を見た。放送から、もう三十分ほど経っている。島にも大分近づいているに違いない。


 2トンとんで800キロの爆弾では、島の手前で爆発しただけでも被害がでかいに違いない。どうしたって、このへんで止めてやらねばなるまい。


「仕方ねえな」


 俺はベルトに通してあった銃剣を取ると、M97の先端に着剣した。連中は、操舵室まで踏み込まれて、そこで白兵戦になることを想定していないだろう。銃剣をつけてないはずだ。甘い見通しには違いないが、その可能性に賭けるしかない。


 俺達がコンテナに閉じ込められて数分が経つ。幸いなこと、緊張が緩んできているらしい。というか、そうであると信じるしかない。


 次、掃射が止んだら一気に突入する。適当な木片を拾った。こいつを逆方向に放り投げて飛び出すか。


 いよいよ、と思ったところで、ルトランドがいきなり立ち上がった。


「私はここだ、良く狙え!」


 馬鹿な。言葉通り、銃弾が降り注ぐ中、確かに走った銀色の魔力が、窓越しに兵士の一人をとらえた。狙いはこれか、確かに狙いを付ける瞬間なら、目と目を合わせることもできる。蝕心魔法をかける隙も生じる。


 だが兵士の射撃の腕は悪くない。


 案の定、右腕、左肩、そして喉の下を貫かれ、ルトランドがコンテナの影にうずくまった。

 同時に、操舵室のなかで銃声がした。蝕心魔法で兵士の精神を乗っ取り、同士討ちをさせているのだ。


 ごぼごぼと吐血しながら、自分の血で塗れた手で、震えながら扉の方を指さすルトランド。


 喉をやられちゃ長くは持たない。

 命と引き換えに、俺に鉄砲玉をやらせるか。クレールについて聞いたのは、あいつなりの準備だったのか。


 俺は無言で飛び出すと、ドアめがけて駆け出した。


 慌てたように銃弾が降るが、同士討ちでパニック状態、ろくな狙いもつかない。俺にかすらせることもできない。


 距離十メートルを切る。M97を腰だめにかまえ、南京錠めがけてスラッグ弾を放った。真鍮の錠が弾け飛び、鎖が垂れ下がる。目前に迫ったドアめがけて、蹴り付けると同時に突入する。


 左側は通路、右に階段。その階段に兵士。


 それだけでいい。バックショットを2発撃ち込む。距離2メートル、散弾で顔と腹がずたずたになった死骸を踏み越え、一気に階上、操舵室へ。


 ちょうど、操られた兵士ともう一人が、お互いの銃剣でお互いの首と胸を貫き合う所だった。ルトランドの奴、死にながらここまで見事に操るとは。


 気配を感じて身体を引っ込める。後ろから来た銃弾が、頭上で火花を散らす。


 銃弾は執拗に降り注ぐ。俺ではなく、操舵室で同士討ちをした兵士の方にとどめを差しているのだろう。同じ目的を持った仲間を、こうも簡単に撃てるとは。


「断罪者め、我らの邪魔はさせんぞ……」


 地の底の怨霊のような声が響く。部屋の中から、89式のマガジンを換え、9ミリ拳銃のスライドを引く音が聞こえた。


 俺も銃を確認する。バックショットは後三発か。ボディアーマーを着ていようが、先に叩き込めば殺せる。


「こっちの台詞だ。爺さんのためにも、お前にだけは負けねえぞ」


 やってやる。俺だって断罪者だ。


 


 

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