18血闘

 自衛軍の兵士は、全員軍隊格闘術や銃剣術をある程度修めている。特に、如月のように実戦経験を経ている奴は厄介だ。


 俺と如月の距離は近い。いくら100年近く前の骨董品でも、ショットガンはショットガンであり、ベストレンジなのはこっちだ。


 本来ならリロードの時間すら与えるべきじゃなかった。立ち上がり、さきほど銃撃してきた側めがけて銃口を向ける。


 散弾がテーブルの海図に当たって引き裂いた。銃口を脇にかわし、散弾を潜り抜けた如月がこちらに突進してくる。


 がぎ、と激しい音を立て、俺の首元を狙った89式の銃剣と、M97の銃身がぶつかる。歯を食いしばり、目を真っ赤にして、如月が俺を見すえる。


「断罪者め、汚辱の島を守る鵺ども……!」


 舌を噛む可能性も無視して、俺に憎悪を剥きだす如月。プロは戦闘中余計な会話などしないはずだが、怒りが士気を上げることもある。


 銃剣の先端、7.92ミリの弾丸を吐き出す銃口は、ぎりぎりで俺の肩をずれている。運がいい。銃剣で突かれても、体に向けて、引き金を引かれてもアウトなのだから。


 相手の力が少しだけ抜ける。銃剣と入れ替わるようにして、銃床があごめがけてかち上がる。この型は知っている。俺は銃身を前に倒して、相手の89式を抑え込もうとした。


 剣と剣を合わせるように、互いの銃身を交差させて押し合う。近くで見ると分かるが、活動であちこち転戦しているであろう如月は、30半ばといったところか。中肉中背だが、かなり鍛えてやがる。いい膂力だ。


 また相手の力がゆるむ。今度は刃を下ろしてくるかと身構えた瞬間、胸元に鈍い衝撃を感じた。

 ブリッジの床に尻もちをつかされた。息が詰まって、目の前が暗くなる。右の前蹴り。力加減から、俺が先読みするのを予測して、フェイントを入れやがった。


 辛うじて顔を上げると、如月は89式を右から振りかざしている。銃剣で斬り付ける気か。


 銃口を上げる。距離1メートル、5発目の12ゲージを発射。

 如月は右脇へかわす。散弾は後一発、スライドを引こうと思ったが、嫌な予感がして、銃身を立てる。スレインの尾でも振り回したような、強烈な衝撃が襲った。


「……ほほう、勘が良いな」


「ぐっ……!」


 危なかった。撃とうとしてたら、銃剣が首元を薙いでいただろう。距離1メートル、ショットガンを持ってる相手に、白兵で挑んでくるなんて。

 しゃがみ込んだ俺に対して、両足を突っ張れる如月は有利だ。血走った目でこちらを凝視しながら、みしみしと刃を押し付けてくる。


「元自衛軍としてあるまじきことだが、銃はあまり好かないんだ。頭を潰すか、腹を突き刺して血を吐かせてやらねば、きちんと殺した感覚がないからな!」


 今度の横振りはかわせなかった。銃剣の逆から襲う銃床で、したたかに顔面を殴られる。


 たちまち口の中が血の味に染まる。頬を切り開かれ、熱湯でも詰められたようだ。脳を揺らされ、視界がぼやける。


「頭を潰せば死ぬだろう、醜い下僕半!」


 喜びと怒りの笑みを浮かべて、如月が銃床を振り下ろしてくる。俺はなんとかM97をかざして守るが、まるで叩き付ける大岩だ。何度も何度も執拗に振り下ろされ、受けきれずに頭をかすり、硬い角が額に食い込む。まぶたが腫れ、流れた血が目に入ってきやがる。


 守ることに必死になっていると、顔面目掛けて前蹴りが来る。俺は前歯を失う覚悟を決め、M97を振るった。


 柱に叩き付けられたかのような衝撃と共に、銃剣の先端にも手応え。ふさがりかけた右目の隅に、軸足の膝を押さえて転倒する如月が見えた。


 受けても死なないと踏んで、相討ちを狙ってやった。前蹴りを顔面に食らいながら、銃剣で相手の膝を掻き切った。


 今度こそスライドを引くつもりだったが、その前に如月はホルスターから9ミリ拳銃を抜く。


「きさまああああああっ!」


 銃声をかきけすほどの叫び声。慌て製図机の裏に隠れた俺のすぐ脇を、無数の9ミリ弾が抜ける。跳弾があちこちで音を立てている。


 十数発、弾倉の9ミリ弾を使い尽くして、銃身が固定するまで撃ち続けやがった。


「教練すら終了していないクソガキが、このおれに盾つきやがって……!」


 もはや怒りを隠すこともなく、如月が9ミリ拳銃のカートリッジを入れ替える。いよいよ頭に来ているらしい。基本的な技術があり、殺しの経験も多いが、反撃された経験はあまりないのだろう。


 俺との距離は、机を挟んで3メートルほど。次、お互いを視界に入れたときが、決着に違いない。相手は足を負傷している。動きに制限が出ている。本当なら俺の喉元か胸元を銃剣でかきまわしたいのだろうが、こちらの動きを待つほかないはずだ。


「かかってこい、犯罪者め。9ミリルガーを食わせてやる。この島かメリゴンくらいでしか、味わえないぞ」


 ずるずると体を引きずる音が聞こえる。如月は移動している。俺の狙いをそらして、先に射撃する気だ。まずい、これ以上時間を与えたら、こっちの利がなくなる。


 俺は一気に立ち上がった。にらんだ通り、如月はこちらに銃を向けるが、M97が吠えたのが先。


 距離3メートル、獰猛に拡散した散弾が、銃を持った右手を容赦なく吹き飛ばす。


 激痛を噛み潰し、歯を食いしばる夜叉の形相で89式を引きずり上げる如月。俺はそれより先に駆け寄り、銃身を踏みつけた。お礼のつもりで顔面に蹴りを見舞い、左手を取って羽交い絞めにし、うつぶせに床へ抑え込む。


「ずいぶん暴れやがって。右手を吹っ飛ばされたときの訓練はしてねえだろ」


 操舵室を制圧。一息吐こうかと思ったら、如月の笑い声がこだました。


「くく、ははははは、勝った。勝ったぞ。もう針路が固定した。船は止められない」


「なんだと」


 馬乗りになって如月を抑えつつ、振り向けば水平線の方に見えるのは、ポート・ノゾミの明かりだった。


 操舵室の中央、舵が破壊されている。総舵輪のつなぎ目が壊れ、転がり落ちてしまっている。


「ここからまっすぐ、まっすぐだ。西で折れて、毒虫どもの巣窟へ、我が神州の矢が届く。おぞましい怪物どもが、すべて消し飛ぶ。ノイキンドゥがなくなれば、こんな島を生かしておく旨みもなくなる。我が日ノ本は、今度こそ、バンギアの制圧を号令してくださるに違いない。我らが歴史を作るのだ」


 絞り出すように、展望を語る如月。ノイキンドゥは島の北西。一旦島の西側に向かい、そこからまっすぐ進むルート。もう最後の直線に入っちまってるっていうのか。


 なんてこった。舵輪がなければ、こんなでかい船の針路が変えられない。スレインがへばりついても無理だ。


 追い打ちをかけるように、階下から足音が響く。

 階段から現れたのは、来ないはずの兵士達だった。


「さあ、放してもらおうか」


 眼前に89式の銃口が三つ。勝ち誇った如月の口調には、沈黙で応えるしかなかった。

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