16ぶつかりあう策略
さっきまで走り回っていたのに、顔から血の気が引くのを感じた。
「どうされました、騎士殿?」
ルトランドは気づいていないらしい。俺達断罪者や、犯罪者、軍人以外だと、そこまで詳しく銃や爆弾については知らないのか。
冗談じゃない。こんな爆弾の化け物、島に近づけてたまるものか。
なにがなんでも、この船を沈めるか、針路を変えさせなければならない。
数トンのプラスチック爆弾なんて、どれほどの被害が出るか想像もつかん。キズアトやマロホシや、GSUMの連中が吹っ飛ぶだけならまだしも、病院には治療中の奴らだって居るし、近くにはアグロス人やバンギア人も住んでいる。ザベルのレストランだって無事じゃすまない。
「作戦変更! 状況把握及び防衛を優先!」
上から撃ってきた兵士が叫んだ。俺を追い詰めていた左舷の兵士も下がってしまった。タラップを下る足音も聞こえる。
船全体に配置された兵士達が、船尾を目指して集まっている。あちらにあるのは、船を制御するブリッジか。やはりこの船の針路を、何が何でも堅持する気だ。
俺とルトランドには、放っておいてもこの船の進行を阻む術がないとみたのだ。
「むう、奴ら、退いていきますな。火薬と金属の気配が、次々と船尾と船底に集まっています」
船底にもか。ということは、やはり爆弾が詰め込まれているのだろう。
どう動くか。最悪、ルトランドを脱出させてから、海上ですべてを吹っ飛ばせば、俺以外の犠牲は防げる。
いや、それをさせないために、連中はブリッジと爆弾、両方の守備を固めているのだ。俺一人じゃ弾切れまで粘っても、操舵室にも爆弾にも辿り着くことができないだろう。
『……航海は楽しんでいるか、断罪者達よ』
アナウンス用のスピーカーから声がした。小学校の職員放送のごとく、少々つぶれているが、どこかで聞き覚えがある。
『私は報国ノ防人、団員である日ノ本大河だ。それとも、陸戦自衛軍B1連隊准尉、如月兵伍と名乗ったほうがいいかな』
如月兵伍ってのは、自衛軍の門前で俺とクレールを追いかえしやがった奴か。度を越して敵対的な態度を取ると思ったら、そのまま報国ノ防人だったとはな。
『ところで、お前達にはこの船を止めることも沈めることも適うまい。満載したプラスチック爆弾は、2トンと800キログラムある。ノイキンドゥのついでに、醜い鵺の巣も破壊してしまうやもしれんな』
周囲の被害はお構いなしか。接岸して爆発させれば、数キロ範囲まで鉄骨がへし折れ、コンクリートが崩れるほどの爆風だろう。警察署だって無事では済まないし、こいつらの故郷であろうアグロスと島をつなぐ三呂大橋までが吹っ飛ぶ勢いだ。
それもまた、狙いなのだろうが。
『ところで、今異世界の汚辱の中で奮闘しておられる我らが団長、
正体が分からん連中の親玉、豊田血煙。どうせ偽名だろうが、如月を生かして断罪できれば、記憶から分かるかも知れない。
さておいて、ここまで信用できない甘言も珍しい。
大体、言う通りにしたとして、戦っているギニョル達は、ノイキンドゥと共に爆弾で吹っ飛んでしまう。無論、攻撃してきた報国ノ防人も巻き添えにだ。
そして、こいつらは無事逃げ去る――違うな。こいつらのこと、最後まできっちりと船を守り切って、憎たらしいバンギア人と共に消し飛ぶつもりなのだろう。それが最も確実に作戦を遂行する方法だ。自分たちが助からない前提で動けることが、これほどに効果的だとは。
『とりあえず、七日間の間に我らを見つけられず、船を出させた段階で、貴様らの敗北は確定している。歯噛みして待て』
それこそが、最も言いたいことだったのだろう。
ぶつり、という音を立てて、スピーカーのスイッチが切れた。
こいつら、予想以上に数が多かった。島の事件で俺達の目をひきつけながら、着々と準備を進めていた。あれだけの犠牲が出ている以上、島に潜り込んでいると思い込んでしまったのが敗因か。
「騎士殿、今の声はまさか……」
質問してはいるものの、ルトランドにも事態が分かっているのだろう。俺は頭に手を当ててつぶやいた。
「まいったな。このままだと本当に島が吹っ飛ばされる」
爆薬は2.8トン。これは恐らく嘘ではないだろう。吸血鬼にくくりつけられていた10キロほどでも、小舟が沈んで警察署の窓が割れた。ノイキンドゥのビルが倒壊する程度で済むはずがない。
爆弾、操舵室、共に固く守られている。俺とルトランド、あるいはクレールの狙撃による援護があっても、とても抜けられない。やはり俺達の敗北なのか。
『では、機関室はどうじゃ?』
ギニョルの声に、俺は思わず振り返った。使い魔のとんぼが、悠然と浮かんでいる。相変わらず、爆音や銃声が混じっている。戦闘中に違いない。
「おや、使い魔ですか。虫を使うとは、今どきの悪魔では珍しい」
ルトランドが感心してうなずいている。最近の悪魔は動物の方を使い魔にするのだろうか。確かに虫は便利だが好みが分かれるかも知れない。とんぼが続ける。
『騎士や、連中の言うことに惑わされてはならぬぞ。くじら船には動力機関がある。水を集めて吐き出すことを繰り返す、単純じゃが大出力の魔道具によるものじゃ。船尾の水中にあるから、銃では壊せぬが、強力な現象魔法をぶつければ、緊急停止する。そうじゃな、ガドゥ?』
なにやらしばらく間が開いた。ガドゥに尋ねているのだろう。
『こちらから、フリスベルとスレインを向かわせた。連中が爆弾と操舵室に引きこもるなら好都合じゃ。海を氷漬けにして、船を止めればよかろう。お主らは、うまいこと脱出せい。ルトランドよ、協力に感謝するぞ』
使い魔から聞こえる銃声は、収まってきている。恐らくノイキンドゥの連中も迎撃に参加したのだろう。スレインとフリスベルを、こちらに向かわせる余裕があるか。俺一人ですべてを背負い込むことはなかったのか。
「ルトランド、救命ボートを探すぜ。無理に死ぬことはねえ。無事に帰って、クレールを安心させてやろう」
「そうですな……こんな老いぼれが生き残っても……危ない!」
見事なタックルで、甲板に押し倒された俺。見上げると、ホバリングをしていたギニョルの使い魔が消し飛んでいる。船体には穴が空き、壁が割れていた。
「なんなんだ……」
「ヘリというものでしょうか、小島からどんどん上昇していきます。恐らく狙撃手でしょう」
対物ライフルなら、千メートル以上の射程がある。かなり難しいが、操縦主も用意していれば、空中からこの船を狙うことも可能だ。
「クレールの奴、失敗したのか」
これじゃギニョルから、船の位置がたどれない。
「坊ちゃまに限ってそのような! しかし、運んでいる竜人が見当たりません」
立ち上がったルトランドが、目を細めて、水平線の方を見つめる。確かに、聞こえていたはずの銃声が止まっていた。
「まずいな、これじゃあスレイン達が撃たれちまう」
いくらあいつでも、対物ライフルで頭を撃ち抜かれたらさすがに死ぬ。フリスベルなど言わずもがなだ。
こうなれば、俺達で爆弾か操舵室まで突破するしかない。
「やはり、我々が参りましょう!」
襟元を直し、再びレイピアを抜いたルトランドに続いて、俺は甲板の廊下を走った。結局、人には頼れないってことか。
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