15船舶爆弾

 俺はなんとか水をかいて、しぶきを上げるドラゴンピープルの巨体にしがみ付いた。


「どうしたんだ、断罪者よ」


「島に逃げるところ、すまん。くじら船まで近づけるか」


 鱗をとっかかりに、背中に這いあがりながらたずねる。波が穏やかで助かった。


「お前ひとりで戦うのか」


「ああ。クレールは狙撃手の相手だからな。あの爺さん見殺しにはできないだろ」


「よく言った。では行くぞ」


「え、うおおっ!?」


 足元がまた揺らぐ。今度はあおむけに転び、背中と背中をぶつけてしまった。


 ドラゴンピープルはうつぶせに浮いた姿勢から、急速に泳ぎ始めたのだ。首をもたげて、口から上を水面に出し、体を左右にくねらせ、太い手足で水をかく。四本の手足と太い胴、尻尾まで使い、推進力を得てぐんぐん進んでいく。


 こいつら結構泳げるのか。そういえば蛇も短時間なら川を泳いで渡ったりするらしい。ただ、人を乗せることは考えていないのか、めちゃくちゃ左右にふらつくが。


 揺れに耐えながら、くじら船に近づくと、俺の目でも全体が見えてきた。闇の中に浮かび上がるのは、巨大な船体だ。


 相変わらず散発的な銃声が響くが、こちらに向けてではない。ルトランドが戦っているのだろうか。


 いよいよ船体に近づいてきた。巨大とはいっても、前に見たように、その横幅はせいぜい20メートルほど。どこまでも続く様に見える縦の長さも、100メートルほどに過ぎない。アグロスのタンカーとは比べるべくもないのだが。


「げ、登り方……」


 ここは海上だ。タラップも何もない。体力訓練は受けたが、木製とはいえ、船の外板なんぞ俺にはとても登れない。


「案ずるな、我らとてまた、とかげの仲間。しっかり捕まっていろ」


 ドラゴンピープルに言われるまま、背中の鱗に両手足を突っ張る。ドラゴンピープルは船首をそれて方向を変え、右舷側の側板に取り付いた。


 かと思うと、足元がほぼ垂直に傾いた。今度は壁を上っている。十メートル近いくじら船の外板を、窓に取り付くヤモリのごとく、がしがしと進んでいく。


 スレインの奴が普段飛んでるから気づかなかったが、太い爪と強力な手足の力を持つドラゴンピープルだ。つるつるの金属ならいざ知らず、木製の外板くらい、太い爪と強力な手足で登れないはずがない。


 そういえば、スレインの娘のドロテアも、石の天井に張り付く程度のことはできた。であれば垂直の壁くらい、ドラゴンピープルに登れないはずがないのだ。


 甲板がみるみる近づいてくる。俺は体を引っ張り上げると、ドラゴンピープルの肩に留まって、飛び降りるタイミングを測る。もう少しだ。


「敵襲! 右舷側板に竜人、一! 重機関銃、構え!」


 はっきりと、自衛軍の兵士だと分かる大きな声に続いて、船体の中央からブレーカーか何かを押し上げる、がこん、という音がした。


 船体が一気に灯火に照らされた。


 船首側に一つ、船尾側に一つ。M2重機関銃を備えた銃架。そして甲板上、船室の前には、ドラゴンピープルを確認したと思しき、兵士が一人。


 自衛軍の迷彩ジャケットを羽織ってはいるが、その額には純白に深紅の円を染め抜いた日ノ本国旗の鉢巻きをしている。


 照明が灯るまで、肩の俺には気づいてなかったらしく、ハンドガンを抜きながら、叫ぼうとするが。


「もう行け、撃ち殺されるぞ!」


 ショットガンM1897が吠えるのと、俺の叫び声。早かったのはこちらだ。


 距離2メートル。拡散したショットシェルが相手の顔面を襲った。俺はすかさず鱗に覆われた肩を蹴り、柵を超えて甲板に着地した。


 鉢巻きを血に染めて、倒れ伏した兵士の隣にしゃがむと、その手からハンドガンP220を奪い、スライドを引いて9ミリ弾を装填。ほぼ同時にドラゴンピープルが着水し、大きな音を立てた。


 ここは船室をはさむ甲板の廊下。船首と船尾の重機関銃からは丸見え。距離は前側8メートルほど、船尾10メートル程度。


 ちらりと振り向くと、船尾で銃声。銃口は海上のドラゴンピープルを目指す。

 ならば。俺は正面を向くと、船首側に向かってP220を構える。


 目はくらみ気味だが、闇夜よりは、はるかに狙いやすい。海側からこちらに銃口を戻そうとする兵士に向かって、連続で引き金を引く。


 一発、二発と火花が散って、三発目が胸元をとらえた。血を流して倒れ伏す、日ノ本国旗の鉢巻きの兵士。死に際に引き金は押し込んだのか、狙いを外した重機関銃が、数発だけ音を立てた。


 やったかと思ったのも束の間、頭上から銃声がして、手すりで弾丸が弾ける。俺はハンドガンを捨てると、8メートル先、船首側の機関銃を目指して走った。


 9ミリか7.62ミリか。不明な銃弾が足元を走る中、どうにか銃架に滑り込む。ここなら背後は海しかない。盾にできるはずだ。


「船首機関銃、敵一! 包囲、殲滅!」


 声と共に銃弾が降ってくる。銃架の金属、俺が撃ち殺した兵士の死体に容赦なく降り注いでいるが、思惑通りなんとかこっちの体は無事だ。


 今のところ、撃ってきてるのは、頭上の奴一人。しかし号令がかかったとなると、これからまだ兵士が出てくる恐れがある。


 多分、こいつらが報国ノ防人で間違いない。そうして正体は恐らく、実戦経験を積んだバンギア大陸に居る自衛軍の兵士だ。不意を突けた先ほどとは違い、これ以上増えると、俺一人では手に負えなくなるだろう。


 身を縮めながら銃弾をかわし、周囲を確認する。船尾の機関銃手が、こちらに銃口を向けようとしている。どうやらドラゴンピープルは無事に逃げられそうだ。


 俺は死体を引きずり下ろすと、M2重機関銃のハンドルを握った。思った以上に銃身が重いが、先に撃たれれば大惨事だ。


 上の兵士が撃った弾丸が、すぐ近くに着弾している。備え付けの鉄板に穴が空く。命中しないと信じるしかない。距離約十八メートル、ターゲットまでほぼ無風。トリガーを両手の親指でぐっと押し込む。


 ドコドコドコ、と無骨な発射音が両腕から胸元まで伝わる。はね上がった特大の薬莢が、甲板で音を立てた。


 船尾の銃架が爆炎を上げる。弾薬に引火したのだ。M2重機関銃から発射されるのは、口径12.7ミリのNATO弾。当たり所によっては戦車にさえ致命的となる。しっかり狙って先に撃てれば、こちらの勝ちは確定する。


 左舷甲板で、ばたんというドアの開閉音。銃口の移動は間に合わない。俺は慌てて椅子を降りた。

 上の奴が呼んだ増援だった。船室の角を盾にして、二人の兵士が交互にハンドガンを撃ってくる。距離は8メートル足らず。こうなっちまうと身動きが取れない。


 上からも銃声が響く。狙いが正確になってきている。いつまでも銃架の近くでは、さっきの兵士みたいに弾薬箱ごと爆発させられてしまう。


 かといって身動きも取れない。さらに悪いことに、右舷側の船室からも何か物音がする。こっち側は丸見えだ。挟まれたら完全に蜂の巣だ。


「くっそ……!」


 突破口は不意討ちだけだ。幸い8メートルならM97も役に立つ。

 弾丸が飛来する中、ガンベルトから撃った分を補充し、スライドを引いて体勢を整える。ストックを肩に当て、しっかり狙ってさあというタイミングだった。


「せえやああぁぁぁっ!」


 気合の掛け声とともに、船室のドアが破砕された。だらりとなって上半身をさらしたのは、鉢巻きを巻いた兵士だ。胸元を貫いているのは、レイピアだった。

 どうなってると思う前に、兵士ごとドアが蹴破られた。出てきた男が紅い瞳で死体を見下ろし、吐き捨てるように言った。


「ふん、銃と剣など人間らしい半端な剣術だ。小奇麗に効果的な動きをするのも気に入らん」


 こいつはヘイトリッド家の家令、ルトランド。700歳を超える年齢を少しも感じさせず、その剛剣でクレールを圧倒した吸血鬼だ。


 レイピアを奪われていなかったのか。というか、自衛軍の兵士は銃剣術を主とした格闘訓練を受けている、実戦も経験しているし、けして弱くはないはずなのだが。


 ルトランドがこちらに気付いた。うやうやしくお辞儀をして歩み寄ってくる。


「これは騎士殿、ご無事でしたか。坊ちゃまはどうされました」


「あいつは狙撃手とやり合ってるけど」


 耳をすませば、俺を狙った銃弾以外の音も聞こえてくる。


「そうです、狙撃手! ここには兵士しか居ません。狙撃手と観測手は待ち伏せをして、船に近づくものを狙撃しているのです」


 そうだったのか。だから俺達は撃たれちまった。銃声の合間を縫って、ルトランドは続ける。


「兵士の記憶を読みました。我々の企てを知っているというよりは、どうやら最初からそういう手はずだったようなのです」


 くじら船を発進させ、針路上の島にスナイパーを配置し、近づく者を狙撃させる。

なぜそこまでする必要があるのか。俺達断罪者は、爆破予告の期日である、七日目のぎりぎりまで、ここが拠点だということすら分からなかった。


 それは、この船が報国ノ防人にとって、作戦の要となるからだ。


 くじら船には大量の貨物が積み込める。人の手で積み下ろしをすれば、ひと月もかかる量だ。仮にそれを、全てプラスチック爆弾に置き換えたならば、それこそ、警察署の前で吸血鬼に巻き付けられていたもの数倍、数十倍、いや数百倍。


 実に数トンもの量となる。爆発力はどれほどか想像もつかない。


 恐らくこの船こそが爆破作戦の本命。まるで洗濯するがごとくに、ノイキンドゥをこの世から拭い去る船型の爆弾そのものなのだろう。

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