48屍うごめく首都

 俺達断罪者が七人。ユエ以外の特務騎士団員が合計二十人。それが、王に挑む全戦力だ。


「届く者は撃て!」


 距離恐らく、400メートル。ギニョルに言われるまでもなく、ユエや特務騎士団の者達が、装備したRPG-7で射撃する。いずれも王がヤスハラと共謀してかき集めた強力な火器だ。


 的がでかいとはいえ、誘導装置のないRPGは命中させるのに熟練を要する。

 もっとも、特務騎士団は優秀だ。バックブラストを次々に轟かせ、禍神の背中の真ん中に二十発を命中させた。


 炸裂した成形炸薬弾頭が現象魔法の壁を溶かし、ここからでも確認できるほどの穴が開いた。裂け目から覗くのは、一度見たら忘れないこの国の王、アキノ12世の姿。


 クレールと特務騎士団員が、一斉にライフルを構える。手心など一切なしだ。今すぐに止めなければならない。


 だが禍神の正面、見下ろすイスマの都市から魔力の光が上がってくると、壁がみるみる塞がっていく。自衛軍の兵士を食っていた時と同じだ。自らの国民を殺してその魔力を奪い始めたのだ。


「撃って!」


 ユエの号令と共に、ライフルの一斉射撃が行われた。


 クレールのM1ガーランド、ユエや特務騎士団員のウィンチェスターライフルの弾丸が一斉に殺到する。


 しかし、一歩遅い。すでに王の姿は現象魔法の壁に隠れている。

 目を凝らせば火花が散ったのが分かる。ちょうど、王がその体を露出させた位置だったのだが。


 禍神はスローな動きながら、つかんだ城壁の一部を握り込み、凄まじい音を立てて剥がし始めた。巨大な解体重機のようだ。


 スレインほどある瓦礫の塊を掴みあげた禍神。振り向き、俺達にぶつけてくるのかも知れない。あんな物体を禍神の力で放り投げられたら、驚異的な質量弾になる。


 足元の大ガラスの素早さを信じるしかないか。

 戦々恐々とする俺達だったが、禍神はこちらを振り向かない。狙いは—―。


「やめて、父さま!」


 ユエの悲鳴と共に、質量弾はクリフトップめがけて投げつけられた。

 石とコンクリートの塊が、トーチカと避難者のテントめがけて突き進み、叩き付けられた。


 衝撃で火薬庫がやられたか、再びクリフトップに火の手が上がる。今燃えているのは、森などではなく、負傷者や老齢の者、力の弱い女性や子供の居る居住区だ。


 城下町にも火が増えている。兵力として数えたはいいが、やはりにわか仕込みの市民。自衛軍や騎士達でもてこずる落とし子の前では、敵わない。


 魔力が次々と食われている。このままじゃ虐殺されちまう。街を守るべく打って出た軍隊だけが残されるなんて。無傷の盾だけ残って持ち主が死ぬようなものだ。


 AKをめちゃくちゃに撃ちながら、ガドゥが叫んだ。


「やめろ、やめろよ! くっそ、あいつ、先に弱い奴を食って魔力を増やす気だ。おれたちのことなんか気にしてねえ!」


 AKを撃ち尽くしたが、禍神には全く効いた様子がない。王の姿を露出させなきゃ、通常火器なんぞ無意味だ。


 それはユエや特務騎士団の面々とて同じ。いくら腕が良かろうと、禍神の分厚い体の前には携行火器程度じゃほとんど効果がない。頼みの迫撃砲や、てき弾銃つきの装甲車も、さっきの質量弾で沈黙している。復帰には時間が必要だ。


「ギニョル、どうする。それがしたちではアパッチほどの火力もない。近づいても、魔力を取られてまとめて倒されるだけだぞ」

 

 スレインの言葉は事実だけに重い。ザルア達に送り出されたというのに、全く役立たずだ。

 悔しいが俺の頭じゃ状況を打開する術が浮かばない。こうしている間にも協力してくれた市民に犠牲が出続ける。


 ギニョルが珍しく頭を抱えた。真っ赤な前髪をつかみ、ぐしゃりと指の間から垂らす。噛んだ唇が歪む。


「……いたし方あるまいか。ユエ、もはや悪魔との戦後の関係改善は期待しないでもらおう。わしは今より、この戦場を冒涜して時を稼ぐ!」


「戦場を冒涜するだと、ギニョル、お前まさか」


「クレールよ、わしは悪魔でお前は吸血鬼じゃ。そう呼ばれるにふさわしい戦術でやってくれる! ガドゥ、爆発性の魔道具はあるな?」


 問われたガドゥがかたわらの木箱の蓋を取る。ダイナマイトに複雑な文様をつけたような魔道具が入っている。


「ありったけ用意してるけど、どうするんだ? こいつは仕掛けなきゃ爆発させられないぜ。あいつには近づけない、魔力を取られちまう」


 ギニョルは髪の毛から手を離す。目を細めると、ライフルで射撃し続けるニノ達を見渡した。


「……特務騎士団に、死兵となってもらう。魔力不能者は魔力を取られることもないし、禍神の知覚を欺ける。そうじゃな、ユエ」


「うん……」


 ギニョルに見つめられ、ユエがゆっくりとうなずいた。


 確かに、その通りなのだろう。だからこそ、禍神の進路で待ち伏せるなんて恐ろしい真似ができたのだ。あいつや落とし子は魔力を探知して奪いにくるが、魔力の無い不能者達には反応できないのだ。


「フリスベル、お前、操身魔法は、悪魔の魔法はどこまでできる? 二年わしとおったのじゃ。その意味、分かっておろうな」


 俺には意味がつかめないが、フリスベルは生気のない表情でうなずく。


「……はい。お役に立てると、思います」


「よし。スレイン、騎士とクレールを連れて、クリフトップの立て直しにかかれ。重火器の射撃が準備できたら、使い魔でこちらに知らせてくれ」


 質量弾はくらったが、落とし子が暴れてるのは城下町の方だ。


「おい、ギニョル、城下町は見殺しかよ。市民の数はあっちのほうが」


「そちらはわしらに任せておけ。フリスベル、わしと来い。ガドゥ、ユエ、爆弾の設置と狙撃の方法はお前達に任せる。完了したらわしに連絡せい。クリフトップの準備ができたら、一斉射撃と爆弾で王をもう一度露出させる。後は分かるな、狙撃で仕留めろ」


「分かった。僕が」


「クレールくん、いいよ。私がやる」


「ユエ……」


 実の父を撃つことになる。その父が兄や姉に手をかけ、国民を喰らっている今となってはもう意味のないことかも知れないが。


「ユエ、任せていいんだな?」


「うん。騎士くんこそ、無事でね」


 炎に彩られた青い瞳。普段の射撃が信じられないほど細く白い指。お姫様に親殺しまで背負わせることになるとは。


 抱き締めてやりたかったが、今はそんな場合でもない。


「ここから先は死地じゃ。おのおの、心してかかれ!」


 ギニョルの号令の元、俺達は動き始めた。



 スレインに騎乗した俺とクレール。禍神の脇を大きく回り込み、クリフトップへ向かう。


 すでに特務騎士やギニョル達とは会話の聞こえないほど遠ざかった。もう陽は完全に沈み、あたりは夜の支配にある。禍神が開けた城壁の一部と、その足元に広がる城下は、落とし子が現れて赤々と燃えていた。


 目指すクリフトップは、もう少し。


「ちくしょう、ギニョルの奴、どうするつもりなんだ。爆弾の設置なんてかかりきりだろうし、だいたいあれだけの数じゃとても落とし子は防げないぜ」


 魔術師部隊への接敵を防ぐため、ドラゴンピープルが十人近くと騎士が数百名、それにM2重機関銃やてき弾銃が盾となった。それでようやく何とかなるレベルの数。


「騎士、恐らくお前だけだぞ、ギニョルのやることに気づいていないのは」


「フリスベルもだろう。必要とはいえ、ローエルフの常識からいえば、外道の行いにも等しい真似をすることになる」


 スレインも分かってるのか。一体何をするっていうんだ。


 悪魔たるギニョルがメインなら、恐らく操身魔法に違いない。そしてフリスベルもまた、本来エルフが使うのとは別の操身魔法の行使ができる。たとえば自然な魔力をねじ曲げるという、変身の操身魔法がそうだ。あれはハイエルフの連中さえ欺く。


 ギニョルのやることによっては、手伝いもできるだろう。


 待てよ。悪魔が操身魔法で頭数を増やすといえば。


 振り向いた俺の視界。大からすの背中に集まる紫色の魔力が見える。


 詠唱は聞こえない。だがこれは、恐らく間違いがない。


「騎士、僕たちは悪魔や吸血鬼でありながら、人間を守るためにここに馳せ参じた。戦力も十分用意した。人間と同じように戦えるだけの」


 そうだ。一丸となって禍神に立ち向かっていれば、人間の戦友として一緒に戦い、共に血を流すこともできただろう。


 だが今、結界によって戦力は分断。ギニョル達だけで落とし子の攻勢を支えるためには戦力を増やすほかない。使えるものは何でも使って。


「騎士よ、ギニョルは覚悟を決めたんだ。この戦場に悪名を刻む覚悟を。フリスベルもだ。それがしは、何も言えん」


 苦々しいスレインのつぶやき。


 果たして、紫色の魔力は今まさに燃え盛る城下町を取り込んでいく。これは相当規模がでかい。以前ギニョルが使ったものや、マロホシが使ったものさえ超えている。


 炎で染まり、明るくなった城下町の路地。俺の目でも見える。


 腐肉を連ねた人間や、骨の露出したエルフなどが立ち上がり、落とし子と格闘を始めている。風圧で飛ばされていく灰が、逆回しのように戻って、ゾンビや骸骨を形成すると、落とし子に向かって突進していく。


 操身魔法の効果か、蘇った死体は破壊されても魔力が離れず再び立ち上がる。


 落とし子の侵攻が見事に止まった。


「魔力はフリスベルが供給する。たとえ灰でも、魔力を与えられれば蘇る。市民に戦死者が出たからこそ、この戦法が使える」


「レイズ・デッド……」


 俺は改めて、悪魔の使うおぞましい魔法の名前をつぶやいた。スレインの言う通り、禍神が城壁を破り、市民を喰らい始めたからこそ、レイズ・デッドで操りやすい死にたての骸が大量に発生したのだ。


 一度戦って死んだ者の骸が、立ち上がって不死の兵となる。

 兵数で負けた状況で、味方の戦力を単純に二倍にも三倍にも膨れ上がらせる、神がかった策略に違いない。


 だが話し合いで協力関係を築き、首都を守るため自らの命を賭けた者達に、なしていい行いなのだろうか。


 人間と協調し、断罪者をやってきたギニョルにとって、これほどに辛い策略はないのだろう。


「急げスレイン。早くクリフトップを立て直して、王を倒す準備をつけよう」


「分かっている。騎士、もう見るな。ユエもこの惨状を認めている」


 俺は言葉が出なかった。戦場を冒涜してでも、ギニョルは犠牲を最小限に抑えるつもりなのだ。


 俺達にできるのは、作戦を成功させることだけだ。


 禍神が腕を振り上げる。魔力が城下の石畳を貫き、巨大な岩石が下から飛び出す。


 ギニョル達はそれをかわして、おぞましい操身魔法を維持し続けた。

 

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