47断罪者と特務騎士団

 クリフトップから再び迫撃砲火が始まる。


 俺達が後にしてきたあたりに現れた一体目の禍神。

 イスマの北に現れた禍神。


 それぞれに対して、着弾と同時に爆風が上がる。


 禍神の方も負けていない。二体とも、再び魔力を振り分け、落とし子を作り出している。あいつらを城壁の中に入れてはいけない。もちろん、俺達の方に取り付かせるわけにもいかない。


 ザルアが剣を抜き、呼びかけながら後方へ走る。


「部隊を展開しろ! 魔術師隊に敵を近づけるな!」


 騎士や兵士、ドラゴンピープル達が再び陣形を整えた。魔術師隊がその後ろに回る。今度はさっきまでと逆方向に、全く同じ構えを取る。落とし子と接敵する前に、防衛体制を整えておかなければならない。


 俺もM2の設営に手を貸す。


 ほどなくして、落とし子が背後の森を抜けてきた。

 今度は魔術師部隊の援護をもらいながら、戦いが始まった。


「ぜえあああっ!」


 スレインが掛け声とともに、灰喰らいを振り回して落とし子をまとめて断ち切る。火炎の息は吹き飛ばした数倍の奴らを薙ぎ払い、焼き尽くす。


 ザルアも負けてはいない。騎士剣は、ますますさえわたり、乱暴に突っ込んでくる石の落とし子や木の落とし子を次々に砕き割る。


 SPASやM97も散弾をばら撒き、魔術師隊からは援護の現象魔法が落とし子の群れに降り注ぐ。

 俺も及ばずながら、M2の12.7ミリで敵をぶち抜いた。


 二体になったぶん、禍神の魔力も減ったのだろうか。落とし子の群れにはさきほどのような勢いもない。被害をほとんど出すことなく、快調に撃破していく。


 アパッチが俺達の頭上を貫き、禍神に向かって再び攻撃を開始した。


 ミサイルやロケット弾で黒焦げになり、再び消えて行く禍神。


 だがその痕にはやはり王の姿がない。


 水の落とし子を蒸発させ、スレインが首を回して振りむく。


「落とし子が退くぞ! ザルア、どうする?」


「追わなくていい……アパッチは、イスマの援護に向かってくれ。我々は、再び王の捜索を行うぞ」 


 声に先ほどまでの勢いが無い。皆の動きもどこか鈍い。


 俺にはその理由が分かった。全てが楽に行き過ぎているのだ。禍神は現象魔法である以上、発動すればするほど王の魔力を削っているはずだ。まだこちらには殆ど被害が出ておらず、相手の回復は望めないはずだ。


 なのに、この手応えの無さは、一体なんだというのだろう。


 アパッチがイスマの北に現れた禍神の元へたどりついた。ホバリングの態勢から、残ったロケット弾とミサイルを撃ち、こちらの禍神にもダメージを与える。


 そこへ迫撃砲や、使い魔に乗った悪魔達の火器が降り注ぐ。援護に来た連中も、RPGやてき弾銃らしい武器を用意していた。


 禍神は、こちらと同じように燃え尽きて消え去っていく。


 城下町の方角から、歓喜の叫びが聞こえる。城に残った数万もの軍勢や市民が喜びを爆発させている。眼前に迫った脅威を撃退した喜びはひとしおだろう。


 俺達をおびき出して、城下を狙うのが王の戦略だった。ということはあの禍神にこそ、王が居たはずだ。そこにアパッチとクリフトップや悪魔達の火力を集中させ、禍今度こそ吹き飛ばした。


 本当にそうなのか。やっぱり話がうますぎる。王はやけくその馬鹿じゃないはず。アパッチはともかく、自ら王の騎士団にため込んだ火力と、その威力については把握しているはずなのだ。無駄にやられるわけがない。


 今や陽が落ちた森を行軍しながら、俺は前を行くザルアの肩を叩いた。


「なあ、ザルア、お前どう思う。本当にこれで王は、禍神は倒せたと思うか。また起きてきたら、予定通りやればいいと思うか」


 ザルアはうむとうなると、応える。


「正直疑問だ。あの王がこんなにあっけなく倒されるわけもないが、その狙いも、確実なところは分からない」


「やはり断罪者には、妹と共に行ってもらいましょうか」


「ま、マヤ様」


 ザルアと共に振り向くと、後方で魔術師たちの中に居るはずのマヤが、すぐ脇を歩いていた。どうやって追いついてきたんだ。


 足元を見ると、ブーツの裏が薄く浮かび上がっている。なにやら緑の魔力も取り巻いている。


「ふふ、ララ姉さまの砂ほどではありませんが、私も風を使って飛び回ることができますわ。それで騎士、スレイン、ザルアも、禍神の動きを疑問に思うのですわね?」


 スレインがいつの間にか俺達の側を歩いている。聞き耳を立てる兵士達も興味がありげだ。


「……それがしは勘というものを信用せんが。王は望みを捨てて禍神を使ったのではあるまい。何か考えがあるはずだ」


「全軍、停止しろ!」


 ザルアの呼びかけで行軍が止まる。二度目の禍神の元までかなりある。


「どうしたんですか?」


「何かあったのか」


 魔術師部隊からフリスベルとクオンもこちらへ来た。


 指揮官級と断罪者、それに使い魔を通じたギニョルによって、俺とフリスベルとスレインから成る断罪者は、ユエと合流して別動隊として動くことになった。クレールとギニョルも吸血鬼と悪魔の指揮をそれぞれほかの者に任せて合流する。無論ガドゥもだ。


 残りの軍勢は王の大きな動きに備えて警戒。禍神や落とし子の群れが現れれば集団戦で被害を防ぐ。


 王そのものを追いかけて討つのは、俺達断罪者とユエ率いる特務騎士団の合同チームとなった。


 ユエ達は最初の禍神の侵攻ルートに配置されていた。森に紛れて狙撃の態勢を整え、王が姿を現すのを待ち構えていたのだ。


 探せば一生かかりそうなユエ達だったが、無線の呼びかけに応じて集まってきた。


 俺達断罪者と、ユエ率いる特務騎士団の十二人は、イスマの北西にある小高い丘で合流した。


 時刻はすでに午後六時を過ぎ、闇夜が辺りを支配している。


 はからずも戦いの終結前に出会ってしまったユエは、戦場での隊長然として厳しい顔つきだ。とても再会を喜び合える状態じゃない。


 フリスベルが撒いて魔力で育てた小さな光る花の明かり。それを頼りに、車座になって顔を突き合わせたいつもの断罪者と特務騎士団。一人立ち上がったギニョルはイスマの方を指さす。


「禍神は再び現れるに違いない。王を探して討つのじゃ。急ごしらえじゃが、このチームの戦略面はこのギニョル・オグ・ゴドウィが担当させてもらう。悪魔ですまんが、許してくれるか、皆?」


 車座の左半分、ニノをはじめとした特務騎士団の面々が無言でうなずく。


「ありがとう。ではまず索敵を」


 そう言いかけたところだった。突然強烈な魔力の光が森の中に巻き起こった。


 巨大な魔法陣のようなものが、俺達から見て西南西と南南西に浮かび上がってきている。


 そう。それぞれが後にした、本隊の居る位置だった。


「あの魔力、禍神と同じです。同じ性質の恐ろしい魔力が……壁みたいに覆っています」


 壁だと。まさか。


 ざざ、と無線が音を放つ。ユエがボタンを押して答えた。


『こち……ぜん……たい、ザルア。脱出……い、落とし子が……わなだった』


 電波も干渉されて聞き取れない。


「こちら特務騎士団。前線部隊、悪魔と吸血鬼のみんな、ねえさま、にいさま!」


 必死に呼びかけるユエだが、それ以上は返答がない。戦闘が始まったか、それとも電波さえも完全に遮られるのか。


『ボーナン、クレド! 返事をせぬか! だめじゃ……』


 ギニョルは悪魔や吸血鬼の指揮官と使い魔で交信を試みたが、こちらもだめだったらしい。あの魔方陣のような魔力が妨げているのだろう。


 クレールがレイピアの鞘で地面を突く。


「どういうことなんだ。禍神が吹き飛ぶのを、僕はこの目で見たのに。あれは現象魔法なのか」


「あれは、恐らく禍神の魔力を変化させた壁なんです。ああして皆さんを閉じ込めて時間をかせいで」


「無防備な場所を攻める……やっぱりイスマか!」


 俺の言葉の通りだった。街を守るべく打って出た軍団が閉じ込められたのを待っていたかのように、禍神が三度立ち上がる。


 しかも今度の位置は――。


「まずい、あそこはもう城下の畑だよ!」


 ユエと特務騎士団が走り出す。


 悲鳴に近い叫びだった。その通りで、禍神は城下の外壁のすぐ近くに出現したのだ。黒い雲を吐き出しながら、城壁に手をかけると、その体を伝って落とし子らしい奴らが城下町に侵入していく。


 誰の命令を待つまでもなく、全員が疾走を始めた。


 あそこまで全力で走っても十分以上はかかる。その間に城下を荒らされ、クリフトップまで乗り込まれたらいよいよ多大な犠牲と禍神に大量の魔力を与えてしまう。


「フリスベル、王の魔力は分かるか!」


「あれには、確かに感じます。最初に見た禍神と同じです。多分王さまはみんなを出し抜くために、最初に魔力だけの禍神を作って攻めてきたんです。倒されてもその痕からあんな壁や落とし子が作れるようにして」


 そんなに自在に魔力を操ることができるものなのだろうか。いや、そうとでも考えなければここまでのつじつまが合わない。


 王は自ら城内に蓄えてきた火器や、イスマに集った連中と直接の戦いを避けた。策を弄したのだ。一度ゴドーに殺されかけてまともに戦うのに懲りたのだろう。


 走る俺達の頭上に、黒い影が降りてくる。大からすだ。鞍がついており、くちばしにはあぶみまである。


 しわがれ声でなくからすから垂れ下がる手綱をつかんで、そのでかい背に引きずり上がる。


 それは俺で最後だった。すでにユエ達やクレール、ギニョルもからすに騎乗しており、ガドゥとフリスベルはスレインが背負っていた。


 アパッチにはとてもかなわない速度だが、走るよりはよほどましだ。


 はやる気持ちのまま空を行く俺達の前方。


 禍神に手をかけられ、落とし子の群れに入り込まれたイスマの城下町では、ぽつぽつと火の手が上がり始めていた。


「父さまだって、もう許さないんだから……!」


 ユエがSAAを構えている。


 禍神との最後の戦いは、断罪者と特務騎士団の手で担うことになりそうだ。

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